3話
そんなこんなで夜も更け、それぞれの部屋で就寝することになった。もちろん一人部屋だ。私は荷物を広げず、ベッドの上に置いてそこに座る。
「…さて。気持ちを切り替えよう。」
もちろん他の4人はいい人たちだ。ユウキさんやマサハルさんは正義感の強いいい人だし、マサノスケさんも悪い人じゃないんだろう。マイさんもちょっと周りに流されそうだけど…まあ、進んで悪いことをする人でもなさそうだ。
だけど私は逃げたい。心の底から逃げたい。理由はいくつかあるが、一番がその4人のことだ。
この世界に召喚されたのが私達5人だけなのかはわからない。もしかしたら、もっといるのかもしれない。だけどとりあえず私の周りにはその4人だけだ。しかも全員私よりレベルは高い。あの中の一人でも私に敵意を向けてきたら9割方勝てない。日本人だし、同郷だし、滅多なことでは敵対しないとは思うが――私には、私たちには、この世界の常識が脳に刻み込まれている。
ナイトメアは忌避すべき者だし、魔神はこの世で最も危険。魔神は何を考えているかわからず、味方になったかと思ったらすぐに裏切る。そんな常識が私の中にはあるし、他のみんなも同様だろう。
おそらく実戦になったらすぐに私のファイター技能がそこまでではないことがバレるし、他の4人が13〜14レベルであることから明らかに疑われるだろう。そうなってからでは逃げられない。白木御狐としての私は信頼も信用もしたいけど、レオンの記憶からくる恐怖が勝つ。あの記憶は…ナイトメアだと分かった途端化物を見るような目をされた記憶は日本で一般人として生きてきた私を人間不信にするには充分すぎた。
ここは王城。つまり、国の中心部だ。教会は街のはずれにあったから、たぶんここから国境までは全力ダッシュで1時間以上かかる。いくらナイトメアの器用貧乏とはいえ敏捷度は捨ててるからな。全力で秒速6m、50m8秒ちょっとだ。元の体から言えば金属鎧つけてこれは正直めっちゃ速い。だけど冒険者基準で言えば不安しかない。14レベル冒険者でスカウトのユウキさんはきっと敏捷度ボーナス6、つまり30はゆうにあるはずだ。そこから考えて、絶対に見つかってはいけない。
今は下弦の月がちょうど昇り始めた頃。ちょうど半分だから、真夜中なんだろう。部屋に通されてから3時間は経ってる気がするし、もうそろそろいいだろう。
幸運なことに私の部屋は1階で、隣はマイさんだ。他の男3人は別の建物のようだから警戒すべきはマイさんだけか。そのマイさんも疲れているだろうし、ぐっすりだろう。TRPG的に言えば見張り立てて交代で寝るくらいじゃないと安心できないんだがここは王城だしな。
問題なのは見張りか。さすがに真夜中とはいえ王城に見張りの兵士がいないことはないだろうし、闇討ちして見つかったら面倒だし…デフネスで聴覚を狂わせればある程度はいけるけど、姿は隠せないからなあ。
…いや、いっそのこと堂々といけばいいんじゃないか?夜の散歩だ、って言い張ればあるいは…そもそも隠れて逃げ出すのも面倒くさいし慣れないし無理っぽいし…うん。そうしよう。
そうと決まれば有言実行。あれそういえば荷物どうしよう、っていうかそもそも荷物どこだ?と思ったらなんか異空間っぽいものが開いた。
中を覗いてみると石製の暗室っぽい部屋があり、そこに私の荷物――レオンの記憶の中にある、という意味だが――があった。
レオンの知識にもミコの知識にもなかったが、なぜかこれは異空間収納的なものなのだろうと分かる。収納ブレスレット、拡大版かな。これが転生…じゃないか。転移特典かあ。
広さはおおよそ1×2×5mくらい。自分の好きな形にできて好きに収納できる上、中は冷蔵庫と同じくらいの温度になっていて冷たい。形状は可変だが体積は同じようで、どんなに頑張ってもそれ以上拡張できない。最大体積はたぶん10立方メートルちょっとかな?メタ的に考えると【冒険者レベル】立法メートルなのかもしれない。まあ私以外のこと知らないから完全に当てずっぽうだけど。
さて…荷物の心配もなくなったし、出るとするか。
やって来ましたのは王城の門。
衛兵には2,3人会いましたがデフネスでやり過ごしました。衛兵のレベルも低いし、人数も少ないし…分かってたけど小国なんだなあ。門の前にいるのも二人だけで、やる気もなさ気だ。
「あのー、すみません。」
「えっ!?うわっ!?どちら様でしょうかっ!?」
「私はミコと言いまして、転移者の一人です。実は眠れなくて…少し夜の散歩をしたいんです。日が昇るまでには帰りますので…よろしいですか?」
「あ、あのっ!お言葉ですが一応この城を守る任がありますので、お散歩は王城の中に…」
「馬鹿っ!すみません転移者様!コイツ新人で…(おい、転移者様のいうことには従えってあれほど…っ!)お散歩ですか?どうぞどうぞ!」
あー、まあそうなるよねー。そしてもう一人の方の衛兵さんナイス。言ってくれなきゃフォースでも打って不慮の事故にするところだったよー。
「いえ、衛兵さんとしては当然のことだと思いますので…ありがとうございます。」
衛兵さんと分かれてから30分は歩いた。大通りは避けたので人気もなく、最後の方はダッシュしながらだ。
「この辺でいいかな…収納を開いて…これか。」
取り出したのは魔神の契約書。私の契約書は本の形になっていて、片手で魔道書のように持てる。もちろん
これを出したのは他でもない、召異魔法を使うためだ。
この辺りになると明かりもなく、暗視なんて持ってない私にはキツイ。だからといってランタンをつけるのも、人に見つかることを考えたら駄目だ。そこで使うのが『デモンズセンス』。召異魔法レベル2の魔法で、暗視をつけられる。ちょっと耳と目が変貌するのでそこは荷物の中にあった異形の面で隠すことにしよう。
もちろん新しい記憶のなかには魔法の使い方もあった。基本はゲーム内と同じで、魔神の契約書を片手に持つ。そこで本当は中二臭い詠唱をするのだが、異貌すれば問題ない。ただ、気分も考えて魔法名だけは詠唱することにしよう。
「『デモンズセンス』…これでよし。」
自分の体が変異していく。デモンズセンスは確か、ズゥールーのように耳が尖り、目が肥大化するんだっけ?目は仮面で隠せたし、耳もフードで隠せる。これなら万一見つかっても、イケるな。
――そこから私は猛ダッシュした。それはもう、生涯で最高にトバした。冒険者の体だからなのかいくら走っても疲れはなく、汗も自動温度調節機能の付いているサーマルマントのおかげでそこまででない。3回目のデモンズセンスの効果が切れた直後だったので、おそらく3時間経った頃なのか…日が昇る前には城壁につくことができた。
城壁は、定期的に動物の侵攻を防いでいるだけあって堅くて高そうだ。無論門から出ることは考えてないし、この城壁を登ることになる。
さて、ここで再び取り出しますは魔神の契約書。今回使うのは『デモンズウィング』だ。その名の通り悪魔のような羽根が生える魔法で、見た目が中二病っぽくなるので気に入っていた。MP負担は重いが、異形の面もあるから大丈夫だろう。
「『デモンズウィング』!」
今度は背中の、肩甲骨の辺りからなにか生えてくる感触。骨が伸びて肉がついて羽根が生え…ここからは見えないけど絵面、すごいんだろうな。深夜の城壁近くに佇むフード+仮面の、羽根を生やす女って…どう見ても不審者だわ。
何はともあれ、これで城壁は越えられる。何回かばさばさと羽根を動かして、そのまま飛び立つ。出来る限り暗闇に紛れて、見つからないように…。城壁を越えたら近くの茂みの方に飛んでいき、そこからは羽根が生えている間ずっと全力で飛んだ。魔法が切れたら脇目もふらず走った。
真夜中に王城を出たとき、一応方角は考えていた。目指すは北、現在の方角を月の位置で確認しつつの逃亡だ。時間を測るのに使うのはずっと使用中のデモンズセンス。効果時間が1時間なのですぐにかけ直して進む。
走って、走って、走って。日が昇っても走って、日が落ちても走って。大きな川や崖があったらデモンズウィングを使って飛び越えて。
結局その日の夜中に体力に限界が来たから、その辺の木の下を野営地にすることにした。『バリアドサークル』で範囲内の対象を感知できるようにして、範囲半径である30m圏内はあらかじめ見回っておく。地面にはテントのマットレスをひいて、猛烈にお腹が減ったから保存食の干し肉か何かをガツガツ食って…という辺りで、意識が飛んだ。