第一章 詐欺師は白髪の少女の夢を見る
程なくして、僕らは森の奥深く、中央の付近までたどり着いた。
痕跡もだいぶ近いようであり、僕でも確認できるほど、植物たちが元気なさげに頭を垂れていて、人一人が通った後のように道ができていたのであった。
「…それで、君はどうして着いてきたんだい?」
「だって、面白そうなんだもん!」
僕ら4人(?)のパーティには、先ほどの一件からついて来ているノームが加わっていた。
「…そうか。君の名前は?」
「僕はティータ!」
「ティータか。でも、この先は少しお口にチャックしといてくれないか?」
「えー!どうして?」
「雰囲気ってものがね、うん。」
「雰囲気?」
「そう。僕らがここに来た理由。その女の子が、多分目の前にいるからだよ。」
そういって、僕が目線を投げた先。そこには、ひときわ大きくて太い巨木が根を張っていた。
そしてそのうろに、白くてきれいな髪の毛が見えていたのである。
「…ギルド長、もしかして。」
「ああ、間違いない。僕の娘だ。」
「…木が。」
「ああ、あの子は魔力を吸い取ってしまう。あの木はこのあたりの植物に命を与えている、世界樹と呼ばれる種類の樹木でね。」
そういうギルド長の顔は、愁いを帯びている。
「つまり、あの木が枯れてしまうと、この森は重大な痛手を受けることになる。」
「だったら…」
「そうだ。さあ、行こうか。」
僕らは世界中の根元まで歩いていったのだった。
*
「いいかい、アルセリア。」
「…なあに?パパ。」
「君は特別な体質なんだ。まだ分からないかもしれないけど、君が生き物に触ってしまうとね、その生き物は魔力がなくなってしまうんだ。」
「そう…なんだ。」
「魔力がなくなってしまうと、どうなるかわかるかい?」
「わかんない…」
「たとえばお友達だったら、倒れてしまう。だから、この手袋をはめてね。ごめんね…。」
「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。」
…
「なぁ、君、人の魔力吸っちゃうんだろ?」
「…そうだよ。」
「だから、手袋してるんだ。かわいそうに。」
「かわいそう?」
「そうさ。だって、誰かと握手することも、抱き合うこともできないじゃないか。」
「…そうだね。」
…
「やぁアルセリア。今日はいい天気だよ。外へは、行かないのかい?」
「だめなの、パパ。私は…」
「…そうか。そうだよね…。」
…
「君の体質を治せるっていう人を見つけたんだ!」
「ほんと!?」
「本当さ!」
「やったぁ!!!」
…
「ごめんよ、アルセリア…」
「ううん、いいの。」
「あのペテン師め…くそっ…」
「あの人は悪くないよ…」
「ああ、アルセリア。こんなときだって、君を抱きしめられないなんて…」
「パパ…」
…
「やあ、はじめまして。」
「あなた、誰…?」
「僕はアーサー。」
「そう。私はアルセリア。」
「アルセリア。悪いんだけど、そこから出てきてくれないか?その木がだめになってしまう。」
「あ…そうだった。今、出るね。」
「うん、頼むよ。」
「あ…出れない…このうろ、思ったより深かったみたい…」
「そうなのか…じゃ、僕が引っ張りあげるよ。手を出して。」
「だ、だめ!」
「大丈夫さ。僕は、大丈夫。」
「だめなの…」
「ほら、手を出してよ。届かないから。」
「…どうなっても、私のせいじゃない…」
「そうだよ、君のせいじゃない。」
「…わかった。」
*
「よいしょっと!!」
僕は木のうろから、アルセリアを引っ張りあげた。どうやら予想通り、僕には魔力がないからなのか、魔臓がないからなのかは分からないが、なんともないようである。
「あれ…パパ?それに…クロエさん…」
地面に降り立ったアルセリアは、きょとんとした顔で僕らの顔を見回していった。
「あっ…あの、アーサー…さん。あなたは、大丈夫なんですか?」
「うん、僕は大丈夫。」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、大丈夫なんだ。僕はね。」
そういうと僕は、アルセリアの手を取り、握手をして見せた。彼女の握力は、同年代のこと比べても、弱弱しかった。
「な、なんで…」
「僕はね、魔力を生まれつき持っていないんだ。魔臓がないんだ、僕は。」
「魔力を…魔臓をもっていない…」
「そう。だから、大丈夫なんだ。」
「そう…なんだ。あなたも、大変だったんじゃ…」
「確かに、いろいろあったよ。でも、魔力がなくたって、精霊魔法は使えるさ。見て、ファイアー。」
と、僕の手のひらから炎が上がる。
「強いんだね…」
「そんなことないよ。僕は弱い。でも、できることはあるさ。それに、やりたいことができないわけじゃない。」
「でも、私は…」
「できるよ。」
「えっ…?」
「できるよ。君のやりたいことは、できる。」
「…でも。」
「でもじゃない!君は、何もしていない。君の体質が異質なことは分かるよ。それが原因で、どんな思いをしたかも、想像はつくよ。でもね、それでも、なにかしたいことがあるなら努力し続けるしかないんだよ!!!」
「アーサー…さん…」
「自分を捨ててしまったのなら、世界を捨てるのとおんなじだ。やりたいことを投げ捨ててしまったら、自分を投げ捨ててしまっているのとおんなじなんだよ。」
「…」
「君が自分の体質を呪うなら、その体質を直す方法を自分の力で見つけようと努力するべきなんだよ!!」
「私は…努力…してない…?」
「君の言う努力は、方向音痴なんだ。自分が迷惑をかけないための努力。自分が傷つかないための努力。そんなものは、努力なんていわないんだよ!!!」
「ちょっと、いいすぎだよ…」
「黙れ!!!」
「アンタ…キャラ変わってるじゃないか…」
「君が努力というそれは、ただの逃げでしかない!!根本の改善にはなっていない!!いいかい、人間が想像できることは、すべて実現できるんだよ!!だから!君がその体質を治したいというなら、それは治るんだ!!」
「本当に?」
「本当さ!!」
「じゃあ、あなたの魔法が使えない…魔臓がないっていうのも、治せるっていうの?」
「ああ、治せる。」
「どうやって…?」
「分からないよ。だけどね、方法を探して、少しでも可能性があるなら試す!」
「それでも無理だったら?」
「探し続ける。」
「いつまで、探し続ければいいの?」
「もちろん、死ぬまでだよ。」
「…やっぱり、あなたは強い。」
「そうかな。」
「そうだよ。うらやましい。その強さが。私には、ないものだから。」
「あるよ。」
「え?」
「あるよ。君にも。」
「ないよ…私には、なんにも…」
「君が言う強さって、なんだい?」
「えっ…」
「君の言う強さとは。自分の呪われた運命を切り開こうともがく勇気のことをいうのかい?」
「…」
「それを強さというんなら、君はここまでたった一人で来た。それは、君の強さじゃないのか?」
「私の…強さ…」
「そうさ。僕にもできる。君にもできる。できることなら、僕だって協力するさ。当然、後ろに居る二人もね。」
「パパ…クロエさん…」
「ああ、当然だ。」
「もちろんだよ。僕は君のお父さんなんだからね。」
「ほら、君にも居るじゃないか。心強い味方がさ。」
「私、がんばれるかな…」
「がんばれるよ。それじゃ約束をしよう。」
「約束?」
「そう。僕が魔臓を手に入れる方法を見つけるまでに、君もその体質を治す方法を見つけるって言う約束だ。」
「できるかな…」
「その答えは、未来にしかない。だから、そこまで突っ走るんだ。僕だってそうする。というか、それしか方法なんてないんだからね。」
「やるしか、ないってことなんだね。」
「そうとも。…じゃあ、行こうか。」
「…どこに?」
「腹が減っては戦はできぬ。僕たちはこれから解決法を探すという旅に出るんだ。それに、ここまでくるのに疲れたでしょ?」
「フフッ…そうだね。じゃあ…」
「帰ろう。」
「うん!」
*
そうして、僕たちはエリクシールへと帰路を歩み始めた。
ただ、これ以上森の魔力を吸い取ってしまうのはまずいというので、僕がアルセリアを背負わなければならないというのは完全に計算外だったが。
それで、僕の背中の上ではアルセリアが晴れやかな顔で寝息を立てているのは、喜ばしいことだと思いつつも、後ろをついてくるリリアの視線がなぜか突き刺さっているのと、ノームのティータがそのリリアの背中にくっついていることには、どうしたものかと頭を悩ませることとなった。
そんなこんなで、ギルド、ニケの首に到着したころには辺りはすでに真っ暗になっており、アルセリアを彼女の部屋に送り届け、ベッドに寝かせて退室した後、今日はもう遅いから、といって、ギルド長が僕を客室に案内してくれた。
今日は、ここで一夜を明かすことになった。
ちなみに、精霊二人は当然という顔をして僕の寝るベッドの中にもぐりこんでしまい、シングルベッドの中で少々手狭い思いをしながらも、僕は施設で年下の子供たちと一緒に寝る気分を思い出し、少し懐かしくなったものである。
ちなみに、僕が魔臓を手に入れる方法を見つける。というのは、当然嘘だ。
だって、僕は詐欺師なんだからね。
※1 世界樹
世界樹。別名ユグドラシル。もともとは神話の存在であり、この世界はこの世界樹の中にあるとされていました。世界樹は9つの世界を内包しているとされ、その大きさからして、日本語では宇宙樹とも呼ばれます。
この世界においては、世界樹という巨大な霊樹がどこかに存在し、時たまその実を地面に落とすと、そこから世界樹の子供が生まれ、その付近の大地を養い、巨大な森を形成すると言い伝えられています。