第一章 詐欺師は迷いの森の夢を見る
サウスユーレンシア領中央森林区、別名迷いの森。
僕とギルド長、クロエ女医はその地に立っていた。
「…思ったよりも、森って感じですね…ジャングルみたいだ。」
「ジャングル?なんだいそれは?」
「ああ、気にしないでください。」
「そうか。それより、気をつけなよ。ここにいる原生生物は人を襲う。何があるかわからないからね。」
「わかりました。」
ジャングルという言葉すら浸透していないとは驚きだが、仕方のないことかもしれない。
草を掻き分け、進んで行く僕ら。正直、なんの手がかりもないんじゃないかと思うのだが、ギルド長はまっすぐ進んでいく。それが気になったので聞いてみることにする。
「ギルド長、娘さんの居場所がわかってるんですか?」
「ん?ああ、そうだよ。あの子が触れたものは魔力を吸い取られてしまうからね。植物にとっても魔力は必要なものだ。だから、だからどうしてもあの子が歩いた後には痕跡が残る。僕はそれを追いかけているだけだ。」
「なるほど…」
「とはいっても、ここには土の魔力が多い。だから、植物たちもすぐ回復するんだ。早め早めに動かないと、痕跡がなくなってしまう。」
「わかりました。」
それだけいうと、少しペースを速めたようである。
僕は、森を歩くこと自体はある程度慣れているため、そこまで苦労はしない。
とはいっても、ギルド長の歩み早いので、それなりに追いつくのは難しかった。
「そろそろ近いな…それにしても、原生生物がいない。おかしいな。」
「どうやら、この森も何か変化があるみたいだね。」
「それって、どういうことですか?」
「この森はもともと生き物の数が多いんだ。それこそ、凶暴なモンスターたちも結構多い。それなのに、ここまでの道のりの間、原生生物たちの姿かたちはおろか、痕跡すら見かけない。」
「つまり?」
「…なにか、もっと凶悪で原生生物達が引っ込むような生き物が紛れ込んでいるのかもしれない。」
「…それって、あの飛んでいる生き物とかじゃないですよね?」
と、僕は上空を指差した。先ほどからずっと気になっていた生物である。上空を飛び回っているその姿は、ファンタジー映画で見るようないわゆるドラゴンのような姿だ。
「…あれはマズイよ、アーサー君。あれは本当にマズイ。」
瞬間、ギャオオオオウウ!!!という叫び声を上げて上空から影が舞い降りてきた。ドスン!という軽い地響きとともに、僕らの目前に降り立ったその生き物は、やはりトカゲをもっと禍々しいデザインにしたような、翼の生えた生き物だ。
「これはアースドラゴン。土の魔法に強い耐性を持つ竜の一種だ。知性も高く、本来は人を自分から襲ったりはしないんだけど…どうやら、ご立腹のようだね。」
「ギルド長!のんきに説明してる場合じゃないよ!!」
「そうだね。この状況はまずい。悪いんだがドラゴン君、そこをどいてはくれないかね?」
グルル…とアースドラゴンは興奮気味に僕らをねめつけている。
「な、なぁ、リリア。僕は君と話ができるけど…彼とは話せないのか?」
「えー?無理だと思うよー。なんか、怒ってるもん。ノームだったら何かわかるかもしれないけど、私と同じ属性じゃないから意思疎通もできないし…」
「アーサー君、危ないよ!」
「えっ!?」
僕が気づいたときには、アースドラゴンは尻尾をブン!と振り回していた。振り回していた、という表現なのだから、すでに尻尾は僕の目前に迫っていることはお分かりだろう。
当然、僕は本日2度目の後方への吹っ飛びを経験せざるを得なかった。
「おっと、危ないね。気をつけなよ。」
僕が景気よく吹き飛ばされた先には、どうやらクロエ女医が先回りしていたらしく、僕の体を受け止めてくれたようだ。本日2度目の気絶はしなくてすんだということだろう。当然、腹部に結構な痛みを感じてはいるが。
「いってぇ…でも、生きてる!」
「…そうだね。」
「いやいや、だってこれ、よく考えてみてください。こいつが僕たちを殺すつもりなら、僕って死んでるんじゃないですか?まほうしょーへき?とかいうの、僕使えないし。」
「…そういえば、そうだね。」
「もしかしたら、何か理由が…?」
と、僕の視界の端に、ギルドでも見かけたあの帽子が入ってきた。リリアが心配そうにこちらをのぞきこんでいるが、大丈夫だと手を振ると、僕は叫んだ。
「おーい!そこのノーム!ちょっと僕の話を聞いてくれないか?」
「えっ!?オイラの姿見える!?人間に?…そんで、話って!?」
「そうだ!あのドラゴンは何に怒ってるんだ!?」
ノームはピョコンと跳ねると、ドラゴンに話しかけ始めた。
少し離れているので何を言っているかは聞き取れないが、そもそも僕らの話している言語とは違うようだ。だが、おそらく英語かそのあたり。と、僕が感じると言うことは、いわゆる古代語である。
「なんか、人間が森に入ってきたときに森の魔力が減っちゃったんだって!それで原因を調べてたんだけど、そんときに君たちを見つけたから、原因かと思ったんだけど、分からないから焦ってるみたい!」
「そうなのか。わかった、ありがとう。」
ノームがしゃべっていた言語が古代語であるならば、僕でも話ができるんじゃないかと思ったので、アースドラゴンに話しかけてみることにした。
『おーい、僕の言葉が分かるかい?』
『なに!?貴様、竜と話ができるのか?』
『さっき土の精霊が話してるのを聞いて、僕でも分かるかもと思ったんだ。』
『面妖なやつだ。貴様らが森を荒らしたのか?』
『いや、僕らはその原因を追ってるんだ。原因は人間の女の子なんだけど、その子は魔力を吸収してしまう体質なんだって!』
『そうか…では、貴様らがその女の子とやらを回収するのだな?』
『そうだ!でも早く行かないと痕跡が消えちゃうから、早くしないといけない。悪いんだけど、そこをどいてくれないか?』
『ふむ。そういうことならばいいだろう。森の子供たちも恐れている。竜と話ができる貴様には興味があるが、それは後回しだ。早く原因を止めてくれ。』
『わかった、ありがとう。』
そんな人にはわからない話をすると、アースドラゴンは空へと飛び立って行った。ギルド長とクロエ女医は驚愕した顔をしているので、説明するとする。
「どうやら、森の魔力が減少してしまったみたいで、その原因を探していたらしいです。」
「…そ、そうか。しかし、竜と話せるなんて…」
「アンタ本当に面白いやつだね…まあいい。それで?彼はどうしたんだい?」
「僕らがその原因を追いかけているといったら、どいてくれました。」
「そうか。いや、あのアースドラゴンはこの森の主なんだよ。いつごろから住み着いたのかは知らないけど、希少な生き物を倒すわけにも行かなくてね。さあ、問題が片付いたのなら先を急ぐとしようか。」
「そうだね。早く行かないと。」
と、そんな会話を終えると、僕らは先ほどと同じく、草を掻き分けて先へと進み始める。森の最深部へと、どんどん近づいているようだ。
※1 ジャングル
熱帯雨林のことです。植物の7割ほどが樹木であり、それらの樹木は、5段階ほどの高さに分かれています。高い木は飛びぬけて存在しているほか、森を構成している樹木の種類が非常に多く、明るい場所が少ないくらいの森林地です。
この作品においては、この迷いの森は熱帯雨林ではないですが、陰鬱とした雰囲気で熱帯雨林と同じくらい木が生えていると思ってください。
※2 アースドラゴン
火の属性の魔力に対し非常に強い耐性を持つファイアードラゴンに対し、土の属性の魔力に強い耐性を持つのがアースドラゴンです。体は養分を多大に含んだ土壌をまとっており、そこに自生するさまざまな植物の中には、霊薬エリクサーの元ともなる霊草であったり、肥沃な大地にしか根を下ろさない植物がたくさん存在します。
森の守り神とも呼ばれ、成熟したアースドラゴンは各地に飛翔して行き主のいない森や林に下りると、そこを自らの縄張りとして守護するようになる性質を持ちます。知能が非常に高く、また魔力を感知する能力にも長けていて、一流のハンターでも倒すことは難しいとされています。