第一章 詐欺師はギルドの夢を見る
さて、魔法が使えないと分かったところで、次は何を目的としてこの世界で生きるか、だ。
魔法が使えないなら、使わないなりに生きていかねばなるまい。
寿命を75年くらいと見積もるならあと60年。何をして生きればいいのだろう。
もちろん、このままお店の一店員として生きていくのも悪くはないが、しかし、せっかくこの世界とは別の世界で育ち、別の価値観を持って、この世界で生きれるのだから、いろいろなことをしたいというのが本音だ。
だから、そろそろこの酒場からも離れるときがきたんじゃないかと思っている。
では、この酒場から離れてどこに行くのか?というと、やはり、ギルドとやらに入団してみるのも面白いではないか。
この町のこの一角でしかこの6ヶ月を過ごしていないのだ、魔物の姿さえ、食材としてしか見たことがない僕が、刺激を求めてそういった生き物たちに邂逅したいと思うのは当然である。
そして、僕が入ってから3ヶ月ほどしたあたりで、もう一人新しい従業員が増えていたのである。彼はカールというのだが、なるほどデキる男である。実は彼が一人前に成ったかと思うところで、僕は店をやめようと思っていたのだが、つい先日とうとう食べ物の作り方もマスターしてしまったので、そろそろか、と思ったものであった。
ほどなくして、仕事が終わった後、僕は胸の中をマスターに打ち明けた。
魔法は使えないが、それはそれとして、僕はある意味自由になったのだから、生きたいように生きたい。だから、恩を仇で返すようで申し訳ないが、この店をやめてギルドに入団していろいろなものを見てみたい、と。
するとマスターは、僕の話をうんうんと黙って聞いてくれ、僕が語り終わると、こう言ったのであった。
「お前の気持ちは分かった。きっと、もっと前から思っていたんだろうが、カールが一人前になったからやっと言えたんだな。だったら、お前は筋を通した。なら、俺も筋を通さなければならない。お前のその決意は、これからさき死ぬほどつらいものになると思うが、お前の決意は固そうだから、俺は見送ることにする。だから、いつでも帰ってこい。お前の部屋はずっと空けておくからな。」
と。
僕は申し訳なさと、リオネルの暖かさに胸を打たれたのとで、胸が熱くなったが、別れは笑顔で。リオネルにそう言われてしまったので、涙をこらえて「今まで本当にお世話になりました!!」と大声で叫ぶと、店から出て行った。
店の扉の先には、カールとハウルが立っていて、一発ずつ殴られたが、その拳はすごく痛いけど、暖かいものだったなと思う。
いずれにせよ、僕はもう一度顔を出すくらいはするつもりなので、そのときに倍返ししてやろうと心に決めた。
そして町の宿を探し一泊すると、目的地へと歩を進めたのであった。
サウスユーレンシア領、王都エリクシール北部。
大型ギルド、〈ニケの首〉。
その、建物の前に僕は立っていた。
「わぁ…おっっっっっっきいね!!!」
「うん、とても。」
ギルド、ニケの首は例の酒場よりもかなり大きく、大型というだけはある、といったような、巨大な建物だった。ギルド構成員は2000名。ほかのギルドは200名くらいが普通だというから、その大きさは当然である。
「ところでさ。」
「うん、なあに?」
「君どうしてここにいるの?」
そう、そんな巨大なギルド本拠地の前に立っているのは僕だけではなかった。
「どうしてって、お兄さんについてきたからに決まってるでしょ?」
「うん、まずね。そこが謎なんだ。すごい謎なんだよ。」
「どうして?」
「うん、それ僕が言いたい。リリア、家帰らなくていいの?」
僕の隣に立っているのは、転生初日に出会った例の女の子、リリアその人なのである。いつのまにかそこにいて、僕についてきたという。まさしく謎である。
「おうち?ないよ?」
「え?ない?」
と、彼女はさも当然のように言ってのける。まさか、彼女は捨て子…?なんて、思った矢先である。
「そうだよ?だって、私人間じゃないもーん!」
「は?え?」
驚きの回答が待っていた。
「私、火の精霊なんだ!」
「え、精霊!?」
戸惑いを隠せない僕であったが、少し考えてみると、彼女にはじめてであったとき、その一回だけ火の魔法を使えた、という事実が、その裏づけのように思えて仕方がない。
「そう、イフリートっていう種族なんだよ!」
「イフリート…へぇ…もしかして、僕が君に会ったとき魔法を使えたのって…」
「そう!お兄さんが唱えたとき、私しか近くに火の精霊いなかったもん!だからちょっとだけ火出してあげたんだー!」
「ちょっとまって、その口ぶりだと、僕が魔法使えないってわかってたの?」
「え?もちろん!だって、お兄さんから魔力感じないもん!」
「…そっかぁ…僕、君の手のひらの上で踊らされていたのか…。」
「面白かったよー!」
「うん、ならいいけど。それで?僕はギルドの中に入りたいんだけど、君と一緒だと門前払いされそうじゃないか?だから…精霊の世界?見たいなとこに帰ったほうが…」
「え?そんなのないよ?精霊の世界はここだもん。ていうか!精霊が見える人なんていないよ!だからお兄さんすごいの!魔力なしなのにね!!」
「へー…そうなんだ、知らなかった。精霊が見えるのって珍しいんだね?」
「うん、見える人にははじめて会ったよ!」
「そっか、それほど珍しいんだ。なるほど。それで僕がいろんな人にじろじろ変なもの見る目で見られてた理由が分かったよ。」
「うん!お兄さんはためから見たらヤバい人だもんね!」
「分かってたなら早く言ってよ!!?」
「えー?だって、お兄さんそういう人なのかなって思って…」
「どうして!?そんな変な人に見られたい願望ないよ!?」
「でも、お兄さん酒場に一文無しの変な格好でドヤ顔で入っていって即ターンっていう一発芸してたじゃない。」
「…うわ、言い返せねぇ。」
「でしょ?でも、違うんだねー。よかったよかった!」
「うん、何がよかったなのかわかんないけど、もういいよ、ここにい続けたら最悪通報されちゃうし!中に入ろう。」
「はーい!」
「…先が思いやられるな…」
というか、この子はいつまでついてくるつもりなんだろう。と、思わずにはいられない僕であった。
*
「スイマセン。僕、このギルドに入りたいんですが…。」
「…え?入団希望っすか?」
「はい、そうです。」
「…えっとー、紹介状みたいなのってあるっすか?」
「あ、いえ、ないです。」
「あー、そっすかー。そしたら無理っぽいっすね。今、けっこー人いるんで!」
「…わかりました。」
「もうしわけねーっす!依頼のほうはおまちしておりまーす!」
「超門前払いされた…。」
「そりゃそうでしょー!だって王都の超有名大型ギルドだよ?まさか紹介状もなしに入団できるわけないじゃん!」
「だからさ、言ってよ!」
「なんでも人に頼ってばっかじゃだめだよ!ダメ男になっちゃうよ!」
「…さいですか…」
「ほら、入団したいんでしょー?がんばって方法考えなきゃ!」
「うん。じゃ、いこっか!」
「え?もう考えたの?」
「うん。」
「…何も考えてなさそうだけど…。」
「スイマセン。僕このギルドに入団したいんですけど…。」
というわけで、再度挑戦である。
お忘れかもしれないが、僕の本業は詐欺師。話術ならお手のものだ。
「…え?あれ?さっきの人?」
「え?何のことですか?」
「いや、アンタさっきの人っすよね?紹介状もってきたんすか?」
「いや、持ってないです。」
「んじゃだめっすねー。今人足りてて、紹介状ないと入団できねーんすよ!」
「そうなんですか…」
「そうなんすよ!」
と、ここで引き下がってはいけない。
「んじゃ、アナタ、書いてくれませんか?」
「へ?」
「いや、紹介状がないと入れないんですよね?だったら、アナタ書いてください。」
「はー?無理っす無理っす!まず書きたくないし、もし俺が書いたとしても俺の書いた紹介状じゃはいれねーっす!」
この反応は至極当然だろう。もちろん、折込済み、というか、こういう反応でなければ困る。目論見どおりの反応に僕は内心ほくそ笑んだ。
「あ、そうなんですか?そしたらアナタ大したことないんですね…」
僕は魔法が使えない。なら、この話術こそが、僕の魔法といっても過言ではない。だから、ここで流れを作るのだ。
「…は?」
途端に、受付の男の顔が怒気をはらむ。この手の手合いは冷静さを欠いたほうが負ける。話術の場では、それが鉄則である。
「あ、気に障ったら申し訳ないんですけど、でもやっぱ、受付程度の紹介じゃぁこの超有名大型ギルドには入れないって事なんですよね?」
冷静さを欠くには、怒りが一番である。怒りとは、とてつもなく強いエネルギーだ。キレた相手は正常な判断ができなくなる。1対1の場ならリアルファイトになりかねないが、周りの目もあるため、キレたらキレただけ立ち回りやすいものである。
「…そうっすけど。」
「なーんだ、そしたら、その程度の力しかない人が受け付けやってるんじゃこのギルドも大したことないんだろうなー!!!」
おそらく、このギルドで働くということは、多くの人にとっては名誉なことなのだ。僕らの世界で言えば、超一流企業で働いているようなもので、ことに受付をやらされている人員というのは、大体が新人である。
そういった新人は、やはり働いている場所が自分にとってのステータスとも言えるのだ。つまり、自分の中では強みである。その強みが、正面切って貶められるなんて日には、当然怒りが湧くであろう。
「…オイ、いい加減にしろよ?」
トーンの落ちた、低く威嚇するような声。うん、まだキレてはいない。
「…なにがですか?」
「テメーさっきから聞いてりゃ好き勝手ほざきやがって。ここは天下のニケの首。お前みたいなヒョロっちいヤツが入りたいですはいそうですかで入れるような場所じゃねえんだよ。」
「そうなんですか。」
「そうなんですよ!!オラ、帰れ。」
「いやです。」
「テメー!!!」
瞬間、受付の男は机を飛び越え拳を振りかぶった。
すなわち、僕の勝利である。
と、思ったのだが。
いかんせん、この世界における暴力というものを僕は知らなさ過ぎたようだ。
顔面に激しい痛みと圧迫感を感じた瞬間、僕の視界はブラックアウトした。
*
「ハッ…!ここは!?ってか痛い!すごく痛い!!」
僕は、跳ね起きた。どうやら死んだわけではなさそうだ。しかし、殴られた頬が痛い。後頭部もズキズキと痛むので、これは間違いなくただ一発のパンチによって僕はノックアウトされ、その勢いのまま吹っ飛んでいき後頭部をしこたま地面に打ちつけたようだ。
「あ、起きたんだ!よかったー!死んじゃったのかと思ったよ!」
「…。」
「あれ?どしたの?」
リリアが起きぬけに話しかけてきたが、彼女は普通の人には見えない存在である。ゆえに、周囲を確認する必要があった。
ちなみに、僕が今いるのは医務室のようだ。ベッドに、包帯や薬らしきものがしまってある棚。病室というよりは医務室。そんな表現がぴったりだ。
「いや、周りに人がいないか見てた。まさか受け付けの男ですら一発でKOしてくるとは予想外だったよ。」
「そりゃぁニケの首だもん!受付の人だって別のギルドじゃ高ランクだったはずだよ?ていうか、無茶したねー。」
「僕もそう思う。暴力沙汰になるのは狙ってやったんだけど、まさか気絶するなんて思ってもみなかったよ。」
「だって、お兄さん魔法障壁だって使えないのにギルド員相手に喧嘩売るなんて下手したら死んじゃうよ?」
「あのさ、だから、受付の人だってあんな力強いってことも含めて先に教えてよ!」
「いやー、だってなんか秘策ありますみたいな顔してたんだもん。それに、私に頼り切りはだめって言ったじゃん!」
「そんな頼りにして…たね、ごめんよ。」
と、ぶーたれた顔になったリリア。僕が一言謝ったあたりで、医務室らしき子の部屋の扉が開いた。僕は当然、口を閉じる。
「おや、目が覚めたか。頭の調子はどうだい?」
「はじめまして。ズキズキしますけど、別状はないみたいです。医務室の担当の方でしょうか?」
「そうか、安心したよ。そして、アタシはクロエ・バナヘイム。ギルド「ニケの首」専門医科療法術師であり、アンタの言うとおり、医務室の担当だ。」
「医科療法術師。つまり、ヒーラーってことですか?」
「そういうこと。で?アンタ名前は?」
「僕はアーサー・マーコットと言います。このたびは騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません。」
「あー、そうね。ハイネスは気の毒だ。でも、手を出すのは受付としてご法度だからね、仕方ないよ。」
「…と、いいますと?」
「一般の市民に手を上げたとあっちゃ、ギルドも看過しては置けない。あいつはあいつでよくやっていたけど、以前も何度か暴力沙汰を起こしてたからね。今回ばかりは下手したら死んでたから、とうとう追放されてしまったようだ。」
「あ…そうなんですか。それは本当に申し訳ないことを。」
なんと、受付の男はギルドから追放されてしまったようだ。さすがの僕も、罪悪感が生まれないわけではない。
「うん、まぁ、アンタもかなり焚き付けてたみたいだしね。でも、ルールはルールさ。」
「そうなんですか。ということは、ギルド員は2000人から1999人になったってことですよね?」
「…まさか、アンタ。」
「クロエさんに言う話じゃないかもしれないんですが、受付でもいいんでこのギルドに入団できないかなーと。」
「アンタそのなりで肝っ玉据わってるんだね…ま、タイミングはいいかな。それなら、これからギルド長の部屋に行くところだし、直談判してみればいいんじゃない?」
「え、いいんですか?」
「いいんじゃない?ギルドとしても、迷惑をかけた一般人にはお詫びをしないといけないしね。」
僕は内心ほくそ笑んだ。計算違いで負傷してしまったが、ギルド長と直談判できるなら話は早い。そもそも、あの受付の男に喧嘩を吹っかけたのは、いわゆるクレームみたいなもんで、責任者を呼べ!的なアレである。そしたら、話をすることでチャンスが生まれるんじゃないかと踏んだのだ。経緯はどうあれ、受付の男が問題児であったのも運がよかったといえる。
とにもかくにも、うまい具合にことは運んでいるようだ。殴られたのも、塞翁が馬だと思えば、気が楽になるってもんだろう。
そんなわけで、僕はクロエ女医にお供する形で、ズキズキと痛む頭に悩まされながらもギルド長の部屋へと向かうのであった。
※1 精霊
この作品における精霊は、やはりほかのファンタジー小説と同じく、魔法に深いかかわりをもつ生き物のことです。
性質としては、神様に近い存在であり、周辺の魔力素や性質にも変化を与えます。
人間と契約することも多いのですが、リリアのように会話まで出来るという事例は珍しいです。というか、マコトが特殊なだけではありますが。
※2 イフリート
こちらも、ファンタジーRPGなどで有名ですね。この作品では火の精霊として扱っています。そもそも、イフリートというのは、イスラム教においては堕天使でした。煙のない火から生まれたジンという種族の長の名前です。アラビアンナイトの魔法のランプから出てくる精も、このイフリートだと言われています。
この作品においては、イフリートという精霊は一般的なサラマンダーと呼ばれる火の精霊よりも上位の存在であり、非常に強い力を持った最高位のものとして認知されていますが、当然マコトはそんなこと知る由もありません。
※3 医科療法術師
いわゆるヒーラー…回復を主とした魔法使いのことです。
この世界におけるヒーラーの能力は、傷を癒すことです。
毒などを解毒したり、呪いといった類の継続的な魔法を取り除くのも、このヒーラーと呼ばれる人々の専門となります。
もちろん、特別な資格などはありませんが、有能な人は各国から実力を認められるとクロエのように資格名のようなものを名乗る権利を与えられます。
ちなみに、クロエの持つ医科療法術師は、魔法だけではく、ある種の生物学や医学的観点からも傷病を分析し治癒することが出来る人たちの事を指します。つまり超優秀ということです。
※4 塞翁が馬
中国の故事を元として出来た慣用句です。
塞翁とは砦に住んでいた老人のことで、その老人が飼っていた馬が逃げ出したので友人たちは残念だったなと声をかけるのですが、「これは福となるだろう」と老人がいったところ、逃げ出した馬は駿馬(足の速い馬)を連れて帰ってきました。それを聞いた友人たちがお祝いに行ったところ、「これは災いとなるだろう」といいます。するとその駿馬に乗って遊んでいた老人の息子が落馬して足を負ってしまいます。しかし、「これは福となるだろう」と老人は言います。事実、戦争が始まって徴兵が行われた折、足が折れているので戦争に徴兵されることがなかったといいます。このことから、悪いことがいいことに変わったり、いいことが悪いことに変わったりすることを、「人生は容易に推測できるものではなく、すぐ喜んだり悲しんだりするべきではない」という意味で締めくくる言葉なのです。
マコトは殴られたのが塞翁が馬と言っていますが、句の意味的には、少し違った解釈をしています。