序章 1
朝霧 誠。
それが僕の名前だ。日本においてさまざまな人々を欺き、大金を手にした極悪の詐欺師。
名前負けというか、親がつけてくれた名前だけど、まったく正反対な生き方をしていることが、僕にとっては笑えてしまうのだが。
ちなみに、趣味はいろいろなことを知ること。
余計な知識や、普段使わない雑学、ちょっとした手品だったり、栄養のこととか、生き物のことなど。
そういった知識を得ることが、僕にとっての楽しみだ。
そんな僕は、今日も仕事を終えて帰路に着いた。
簡単な仕事だった。偽モノの美術品を本物と信じ込ませて、見る目のない金持ちに売りつける。
金持ちなんてのは、自己顕示欲の塊だ。だから、モノが高けりゃ高いほど買いたがる。僕にとっては朝飯前だ。
だから、ゴッホの「ひまわり」の絵っぽく描いた油絵を、それっぽく包んでおいて、焦らして、焦らして、焦らして、見せるだけで言い値で買うと言ってきやがる。
そこで僕はすごく嫌そうに「これは本当はルノワールに寄付するほどの品なのですが…」などと前置きをして、いかに貴重なものなのかを信じ込ませる。
そうすると、相手は鼻の穴を大きくして馬みたいにフンフン息を鳴らして値段を聞いてくる。
そこで僕は法外な値段を吹っかけるのだ。しかし、その金持ちに払えない値段ではない。
一括で、少し無理するけれどそいつにとってはギリギリ出せる程度の範囲の大金。
その境界線の見極めが、僕は得意だった。疑われず、されどそれほどの品だと、思わせるような価格設定。
当然金持ちは、高い!と思いつつも、それを手に入れて自慢したい、自分のコレクションに入れたいなんて、思ってしまうものなのだ。
だから、今日も僕の企みはあっけないほどにうまくいったのだった。
僕が住処にしているアパートに着くと、見慣れない燕尾服の男性が、僕の部屋の前に立っているのが見えた。
どうやら、僕の興味を著しく引くような出来事が起こりそうだと、僕は感づいたのだった。
僕は孤独だった。両親は、僕が3歳くらいのときに死んだ。それから、僕は施設暮らし。貧乏だけど、それでも明るい施設の中で、僕はまっすぐに育ったつもりだった。
親が何してたのかは知らないけれど、僕の今現在の暮らしにかかわる遺伝的な部分で、詐欺という仕事の才能が目覚めたということを考えれば、世間に後ろ指指されてしまうような仕事だった、なんてことは子供でもわかりそうだった。
実際、義務教育から高校卒業までの間、僕は話術と小手先の手品やトリックを使って、好き勝手に過ごせるくらいには、詐欺や盗みの才能があった。
だから、僕のアパートの前に立っていた男が、親の使用人をやっていたらしく、そのまま親父が残したらしい豪邸に僕を連れて行き、そこで親父やお袋の話をされたときは、なるほど、この力は血筋なんだな、と思った。
話を聞くに、親父は詐欺師、お袋は窃盗団の幹部だったんだとか。すごい家庭だな、とも思うし、それでよく僕に「誠」なんて名前をつけたもんだとも思った。
そんでもって、親たちが死んだ理由は、当然その仕事関係でのことなんだともすぐ合点が行った。
だから、そのことに関しては聞かなかったし、聞く意味もないと思った。
でも、その執事がどうしても話さなければならない、というので、僕は耳を傾けるしかなかった。そして、予想していた結末とは違っていたとことに、興味を持ったのである。
どうやら、一夜にして両人ともに煙のように消えてしまった、というのだ。僕の両親は。
その日、両親は一仕事終えて、その戦利品を持って帰ってきて、この豪邸でくつろいでいたらしい。
二人は戦利品を持って寝室に行った。そのまま使用人たちに就寝の旨を伝え、部屋の中に入る。
しかし、使用人が朝、起こしに行くと、彼らはそこに置いてあったベッドごと消えてしまったのだとか。
ベッドの置いてあった場所には一枚の紙が落ちていて、誠をどこかの施設に入れておけ、誠が大人になったら、この家につれてくるんだ、といったようなことが書いてあったんだとか。
なるほど、謎が謎を呼ぶミステリーってか。面白い。
使用人は、今日からあなたの家です。あなたに向こう100年は仕えることができるほどの報酬はいただいているので、何も気になさらず我々をお使いくださいませ。なんて言ってきたもんだから、稼いだんだな、うちの親は。なんて、月並みな感想しか浮かばなかった。
さて、それじゃ、探索と行こう。もう子供じゃないんだけど、僕は冒険とか、探検とかは大好きなんだ。
まずは、事件?が起こったっていう寝室。
もう20年も前のことだから、掃除されてて手がかりは残ってないんじゃないかと思ったけど、でもやっぱり、何かあるとすればここだけだ。
んで、僕は考えた。僕をどうこうするなんてメモを残したってことは、どうやら時間的猶予はその消える出来事が起こってから少しはあったはずだ。
そして、ベッドを引きずったんなら床にあとは残るだろうし、そんな跡は見たことがないと使用人が言っていたから、ベッドが蒸発するように消えたか、浮かんでどっかに飛んでいったとしか考えられない。
なるほど、ミステリーだ。粉うことなきミステリー。
神隠しとか、もはやそういったレベルだ。
そこで、ふと思ったことがあった。その戦利品とはなんだったのか、である。
使用人に聞いてみると、今まで派手な仕事をしていた彼らには珍しく、アンティークな見た目の短剣を持っていたというのである。もしかしなくても、それが原因であることは分かった。
その短剣の特徴を細かく教えてもらった。古い時代に使われたとされる、儀式用の短剣だと、僕は気づいた。黄金の柄、文字の彫られた刀身、埋め込まれた緑の宝石。
ファンタジーな匂いがぷんぷんとしてきたが、しかし、突拍子もない話ではないか。まさか、その短剣に魔法でもかかっていて、その魔法が発動されたとき、彼らの肉体は触れていたベッドごとどこか別の場所に転送されてしまったとでも言うのだろうか。
僕は寝室を隅々まで調べたが、そんな短剣などはどこにもない。おそらく、それが鍵となるはずなのだが、ないものはないのだ。
結局、夜中まで探し回ったが、そのようなものはない。使用人たちも、みたことはないというのである。
手詰まりだな、と、僕は正直に思った。両親が消失したトリックの種。僕はすごく興味があったが、解決しようがないのである。
そんなわけで、夜も更けてきたところだから、僕は就寝することにした。
せっかくなので、例の寝室で寝てみることにする。申し訳ないと思いつつも、ベッドを例の寝室まで運んでもらった。
そして、おやすみなさい、と一言を残し、部屋の電気を消すと、僕はベッドに寝転んだのであった。
そのときである。
ベッドに寝転んだ状態でのみ、見える場所があった。それは、天井である。
ちょうど、ベッドが置かれているその位置。その真上の天井に、キラリと光るものが見えたのである。まさか、と僕は思ったが、部屋にあるイスと机をもってきて、ベッドの上に重ねて、その光ったものを取ってみることにした。
と、指先に燃えるような痛み。「痛っ!」と思わず声を上げる僕だったが、やはり、その正体は刃物。これは、もしかしなくても例の短剣ではないか。
僕は、形をもう一度怪我をしないように慎重に手探りで確認し、柄を持ってグッっと引っ張った。すると、僕の手の中には、緑の宝石がはまった黄金の柄に、どこぞの象形文字のような模様が彫られた刀身。話に出てきた例の短剣が収められていた。
「これが…原因か…」
僕はそうつぶやくと、まじまじとその短剣を眺めた。
書かれている文字の意味はまったく持って理解しがたいが、これこそ、神隠しの原因だろう。
しかし、どうすればこの短剣が人間二人とベッドを中空へと飛び上がらせることができるのだろうか。
と、そのとき、先ほど傷ついた指から、血がにじんできた。水滴となった血液は、刀身に掘られた文字の溝に入り込む。すると、その文字が光りだしたのである。
これは…と、僕は思う。まさか、この文字に血を流すことで、魔法か何かが発動するんじゃないか?などと、憶測を立てた。
どうせなら、と、僕は短剣の文字に指先を押し当ててすべての文字に血を吸わせた。
瞬間、短剣は全体を輝かせ、虹色の輝きを放ち出す。
その光の強さに、僕は眼を開けていられなかった。
そして気づけば、僕は光の中にいたのである。
どうやら、僕は両親と同じ道をたどってしまったようだ。謎は解けたが、それ以上に、僕は僕の現状に頭を悩ませざるを得ないようである。
まるでファンタジー。いや、というかファンタジー世界そのものではないか。
しばらくその空間にい続けた僕は、いつまでこのままなんだろうと思ったのだが、やはり変化は訪れるようである。
光輝くこの空間の中、やっとハッキリしたものが見えてきたと思えば、前方からきれいな女の人がやってきたのであった。
「…え、マジで?」
その第一声は、この神々しい空間には似合わないものであったが。