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言の葉を紡ぐ少女と黒の翼  作者: 羽紅
第十一章
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雪の白と怨みの黒




風邪をひいて、数日間は布団の中から出ることが出来ず、楓に食事と薬湯を運んでもらった。

その間は、満永との約束通り夜鵠はことはの居る部屋から出ることなく、ずっと壁際に座ってじっとしていた。


なんとなく、夜鵠を部屋の中に閉じ込めているようで申し訳なさを感じたが、ことはは動くことが出来ないし、動いてまた倒れたりしたら、ことはのそばにいる夜鵠が一番迷惑を被ることになるので、しばらく我慢してもらった。

それでも、着々と風邪は回復していき、今はもう部屋を出ても問題ないほどに回復していた。


ただ、心配性な楓になかなか部屋を出る許可がもらえず、今までずっと部屋にいたのだが、ようやく今日、自由に歩く許可がもらえた。


「夜鵠さん、どこか行きたいところとかありますか?ずっとこの部屋に居たから、退屈だったでしょう?外とか、見に行きたいですか?」

歩き回れるようになったので、さっそく夜鵠の行きたいところなどに行こうと思い、声をかけた。


「お前が行くところに俺はついていくだけだ。行きたいところに行けばいいだろう?」


冷たい声で返された言葉に少し怯みそうになるが、ぐっと堪える。

「それじゃあ、私がこのお屋敷のお庭を案内します。ここに来てから私が見た限りの場所しか案内できないんですけど、ここのお庭は綺麗にお手入れされているし、素敵なんですよ。行きましょう?」

そっと夜鵠の左手を取り、歩き出す。


触れた夜鵠の手には一瞬力がこもり、ことはの手を振り払うかのように思えたが、すぐに力を抜いて、手を引かれるままについて歩く。

外は昨日までの雪空から一転して、太陽の光が庭に降り注いでいる。その光を受けて雪がきらきらと光り輝いていた。


「雪、綺麗ですね。きらきらと光っていて。」

そういうとことはは縁側から庭に出る。自然と夜鵠も外に出る形になり、二人で庭を歩く。


しばらく、ことはがここは何の木が植えてあるだの、ここを行くとどこに出るだの、夜鵠を連れまわした。


夜鵠は終始無表情で、特に何も言わず問われたことに最低限答えるだけだった。

そんな夜鵠を何とかして楽しませたいことはは、どうしたら楽しいと思ってもらえるのか、ひたすら考えていた。


庭の案内もある程度終わってしまい、次に何をしようかとことはは考える。


そんなことはを見ている夜鵠は、何を言うでもなく、ただそこに立っていた。


雪を見つめて考えていれば、ふといいことを思いついて、その場に屈みこんだ。

突然屈みこんだことはを不思議そうに見る夜鵠だが、特に何か言う事はない。


なるべく、踏み荒らされていない雪を選んでちょうど手に収まる量を掬い取る。

その雪を軽く握って、横長の形に丸めて近くにあった南天の実を二つほど取り、その雪玉にくっつける。そして、葉っぱも二つ、先ほどつけた南天の実の少し上に付ける。


出来上がったのは、雪うさぎ。


ことはの手の中にちょうど納まるほどの大きさの雪うさぎは何とも可愛らしい。

それをことはは、夜鵠に差し出す。


「よかったらこれ、差し上げます。かわいいでしょ?」


しばらくの間、雪うさぎを夜鵠は戸惑うように見ていたが、そっとことはの手から雪うさぎを受け取った。

「雪だから、温かくなればすぐに溶けてしまうけれど、まだしばらく寒いと思うから、外に置いておけば、簡単には溶けてなくなったりしないと思います。かわいがってあげてくださいね?」


夜鵠が雪うさぎを持っているという、何とも言えないこの状況を少しおかしく思いながらも、この雪うさぎを夜鵠が眺めて、少しでも気持ちが和らいだらいいと思った。


そして、もう一度屈みこんで、雪を一握り手に持ち、今度は真丸く形を整える。そして、先ほどの物よりも少し小振りにもう一つ雪玉を作り、乗せる。

出来上がった雪だるまの目と鼻をどうするか、悩んだが、南天の実で目を作って、落ちていた枯れ枝を二つ拾い腕を付ける。


「雪うさぎ一人だと寂しいと思ったので、雪だるまも作っちゃいました。部屋から見えるところに飾りましょう?そうしたら、私も見られるし、夜鵠さんも見たい時に見られる。」

「ずいぶんと子供っぽい事をするんだな。」

ようやく口を開いた夜鵠の言葉は少し呆れたような声色だった。


「そうですよね、自分でもちょっと子供っぽいなって、今思いました。」


言われて気が付いたことで、少し恥ずかしくなり、寒いはずの顔がほんのり熱くなった。


それでも、いつまでも雪で出来たうさぎとだるまを持っていると、流石に手が冷たいので、足早に部屋の前に来て、部屋から見える石の上に二つ並べて置く。

ちょこんと並んだ二つの雪の人形が並んでいるとやはり可愛らしい。

なんとなく達成感を感じ、しばらく、仲良く並んだ雪人形を見ていた。

だが、天気がいいと言ってもまだ雪の残る冬だ。身体が冷えてくる。

身体を抱くようにして腕を軽く擦る。


「寒いなら部屋に帰れ。病み上がりだ。ぶり返すぞ。」


「そう、ですね。そろそろ、部屋に戻ります。」


夜鵠の言う通り、部屋に戻ろうと庭に背を向けたその時。


後ろから、すごく嫌な気配をことはは感じた。背筋が凍るような、黒い気配。そして、空気がゆがむような嫌な感覚だ。


とっさに振り返ろうとしたことはだが、その前に何かに強く引き寄せられる


それと同時に金属に何か固いものが強く打ちつけられるような音が響く。


何事かと周りを見渡せば、目の前に人の形をしていながらも、鬼のような角と牙をもち、ぎょろぎょろとした目は充血していて、長く乱れ放題に乱れた、薄汚れた白い髪を振り乱しながら、尋常ではない長さの爪を夜鵠に向かって突き出している妖がいた。

その姿はまるで、怨みの感情を具現化したかのようだ。

ことはは、その妖にとてつもない恐怖が沸き起こって来た。

見てはいけない、近づいてはいけない、触れてはいけない。呑み込まれてしまうから。


頭の中に声が響いてくるようだった。


ことはは、我知らず、身体が震えていた。立っている事さえ困難で足から力が抜けていくのがわかる。

だが、そのままへたり込むことはなく、力強い腕に支えられる。

妖が突き出している腕を、刀で受け流し、夜鵠は片腕でことはを支えていた。

夜鵠は受け流した妖の爪を弾いて、ことはを抱えて後ろに飛び退く。

足から力の抜けたことはをゆっくりと座らせ、庇うようにことはの前に立ち、刀を構えた。


あたりを見回せば、先ほど襲いかかってきた妖以外にも、四体の妖がいる。


「恨めしい、恨めしい、生者が恨めしい。なぜ生きている。なぜのうのうと生きている。ああ、苦しい、苦しい。お前たちも苦しめばよいのだ。」


一人の妖が、かさついた声で、恨み言を吐き出す。


「術者の家になぜいる?お前のようなものは入り込めないはずだ。」


夜鵠は怪訝そうに言う。


だが、問いかけに妖は答えることなく、夜鵠をじっとりとなめまわすように見る

「ああ、お前、その心に大きな闇を飼っているね?何がお前の心にそれほどの影を落としたのかねぇ?恨めしいだろう?憎らしいだろう?私と一緒においでよ。さあ、憎いものに復讐をしようではないか。」


先程攻撃してきた妖が、ニッコリ不気味な笑顔で夜鵠に笑いかける。その笑みは誘うように誘惑的な笑顔で、引きつけられるようだ。


そんな笑みを夜鵠は向けられているが、一切動じない。

「怨みと憎しみより生まれし亡者よ。ここはお前たちのいるべきところではない。ここは生者の生きる世ゆえ。」

夜鵠の鋭く厳しい声。叫んだわけでもないのに、しっかりと響く。


「ああ、お前も所詮は生者。われらの憎き生者。許せぬ、許せぬ。ああ、お前を殺し、憎しみに歪ませねば気が済まぬな。食ろうてやろう。」


夜鵠の答えを聞いたとたんに、皆一様に憎々しげに顔をゆがめて一気に怨みの気配をまとった。


そして、妖達は、一斉に夜鵠に襲いかかった。

最初の間こそ、夜鵠の優勢で戦いは進んでいくが、数が多いせいか徐々に攻撃が後手に回るようになってくる。


そして、妖の中の一体である、刃こぼれしたようなぼろぼろの刀を持ったまるで、落ち武者のような姿の妖が夜鵠が、ほかの妖を見ている間に横から勢いよく飛びかかる。


そして、飛びかかった勢いのまま振り下ろした。

刀でその攻撃を受け止めた夜鵠だが、咄嗟の事だったため隙が出来て、妖に後ろに回り込まれる。


後ろに回り込んだのは、長い爪をもった女の妖だ。


その妖は、その長い爪を夜鵠の背に突き刺した。


夜鵠は痛みに呻き、歯を食いしばる。

そのまま、勢いよく引き抜かれ、夜鵠はよろめいて思わずといったように刀を地面に刺し、身体を支えた。


今度は、正面にいた妖が夜鵠の首元を噛み千切らんと、するのがわかった。

だが、夜鵠は体勢を崩しているうえに痛みでとっさに動けない。




「夜鵠さん…!」




ことはは、それを見て、今まで恐怖で動かなかった身体が嘘のように動いた。


咄嗟に、手元にあった石を妖に向かって二、三個思い切り投げつける。

投げたうちの一つがたまたま、妖に当たり、驚いた妖は攻撃するのをやめ顔を上げる。


その瞬間を逃さず夜鵠に駆け寄り、妖と夜鵠の間に飛び込む。


―――夜鵠さんが、怪我をする、死んじゃう。そんなの、絶対にだめ…!―――


妖達はとりあえず邪魔をしてくることはを標的にし、襲いかかってくる。


―――殺されるっ…!で、でも、だったら最後に一発だけでも…!―――


ことはは、半ばやけくそで、飛びかかってきた妖に拳を振り上げ、とにかく前方に振り下ろす。


その時、ことはの腕に何か固いものがぶつかったと同時に、強い光が弾ける。


そして、その中から、妖のけたたましい悲鳴が聞こえた。





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