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遭遇

その後、食料と生活に必要なものを買い揃えた。

出来るだけ村に来た時に、必要なものをそろえておかなければならない。

だから、帰りには大荷物になるのだ。

そんなこんなで、買い物をしているうちに、空は夕焼け色に染まっていた。

日の陰り具合を見て、ことはは慌てて買い物を切り上げた。

村からことはの家までの道のりは、夕方になれば人通りもなくなり、非力な小娘が一人、大荷物を抱えて歩くには危険になる。

急いで村を出て家への道を歩いていくが、あたりはどんどんと暗くなっていく。

「少し、遅くなりすぎたな。早く帰らないと。」

そう呟いて足を速める。

それでも、帰り道の半ばを過ぎたころには、いよいよ人気が無くなり、あたりも暗闇に染まる。

ことはは、ぞくりと背筋に寒気を感じ、腕をさする。

薄闇のせいか、どんどんと周りの空気が重く、冷たくなっていっているような気がする。

それだけではなく、まるで闇や死角から誰かにじっと見られているような気がした。

気のせいだ、気のせいだ、とことはは自分に言い聞かせ足を速めるが、誰かに見られている感覚がぬぐえない。

―――何か、居る……?そんなわけ、ないよね……?―――

怖くなり、何度も辺りを見回してみるが、何もいない。そこにはただ静寂と夕闇が広がっているだけだ。

だが、それがさらに不気味に感じられて、ことはは駆け足になる。

もうすぐ家が見えてくるというところまで来て、幾分か安心して息をついた。

だが、その時。突然、後ろで物音がした。

先ほどまで何もいなかったはずの場所から聞こえた音に、ことはは驚き飛び上がる。

咄嗟に音のした方向を振り返ると、そこには闇の中に恐ろしいあやかし達がいた。

「ああ、人間だ…。旨そうな人間だ…。極上の人間を見つけた。……食べたい。力がほしい、ああ、力を、肉をよこせ…!」

女の姿をして乱れた髪が顔全体を覆い隠している妖が、その髪の隙間から見える目をギラギラと光らせながら恐ろしい形相で迫ってくる。

女の妖の周りにいる小さな鬼のようなあやかしや、いろいろな動物が混じった妖が女妖怪に同意するように奇声を上げる。

「な……!ぁっ…!」

ことはは、止まっていた足をすぐに動かし、全速力で逃げ出す。

―――よ、あやかしっ……!あれはだめ…!捕まったら殺される……!―――

本能で感じた。あのあやかしたちに捕まれば自分は死ぬのだと。

それもただの死ではなく、苦しみぬいた末に死を与えられるのだ。

少しでもあやかし達の目から逃げるために、道の端に広がる林に飛び込み、走り続ける。

枝や草が体中を傷つけるがそのようなこと気にならなかった。逃げなければ殺されるのだから。

「どうして、どうして…!今まであやかし達はこちらが何もしなければ、襲ってくるようなことはなかったのに…!」

ことはが何かいたずらをしない限り、あやかし達は襲ってくるようなことは今まで一度もなかったのだ。

悪さをしてくるあやかしも時折いたにはいたが、それは子供のいたずら程度のことばかりだった。

林の中に逃げ込んだおかげで、少しあやかしたちを引き離すことに成功する。

そのままの距離を保ちつつ、今いる場所から家まで一番近い道を使い、走り続ける。

後ろから迫ってくるあやかしたちの声と足音を聞きながらも、速度を緩めることなくひたすら走った。ことはは決して体力があるわけでも足が速いわけでもないが、人間本当に必死になったら己の普段以上の力が出るようだ。

何とか家へとたどり着くことが出来て、とにかく中へ駆け込み、どこか隠れるところを探した。

咄嗟に目についたのは押し入れで、その中に素早く身体を滑り込ませ、隠れる

「どこだぁ?どこへ行ったぁ!逃がさぬぞ。人間…!極上の肉!」

家の外から、ことはを探すあやかし達の叫び声が聞こえてくる。

―――どうか諦めて…!お願いっ…!―――

恐怖に身体が震える。そんな震える身体を何とかしようと抱え込むが、あまり効果はない。

妖達はしばらく外を探していたようだが、一体、また一体と家の周りを探し始め、ついには、扉が開く音が聞こえ、家の中を探す音が聞こえてくる。

ことはは、今にも恐怖に叫びだしたくなる衝動を抑え込む。

あまりの恐怖に頭の中はぐちゃぐちゃで冷静な判断が出来るとは思えない。

だがしかし、今ここで考えることを放棄するわけにはいかない。

ことはは恐怖に震えるからだと心を叱咤し、必死で考えた。

―――このまま、ここに隠れていてもいずれ見つかってしまう。どうしたら、いいの…?どうしたら…―――

その時ふと、おばあちゃんの最後の言葉が蘇る。

『だけど、もしも自分ではどうすることもできないことが起きたら、そこの押し入れの中に、触れてはいけないと言っていた箱があるだろう?その箱を開け、祈りなさい。』

この押し入れの中には、あの箱があるはずだ。

ことはは、藁にもすがるような思いで、その箱を探した。

震える手で、なるべく音を立てないようにしながら、近くの物を静かにどかしていく。

そして、箱は意外にもすんなりと見つかった。

桐の木で作られた、特に何か特別、代わったところがあるわけではない普通の箱だ。

そっと蓋を開けてみると、中には瑠璃色の石がついた首飾りが入っていた。

「首飾り……?きれい…。」

思わず石の美しさに目を奪われ、首飾りを手に取る。

瑠璃色に、目を引き付けられた。まるで神秘をその中に閉じ込めているかのような、そんな不思議な魅力を持つ石だ。

数十秒、いや、本当はほんのわずかの時間かもしれないが、その石に見とれていたことはだったが、外で一際大きく、家具が倒れる音がして意識が現実に戻ってくる。

―――おばあちゃんはこの石に祈るように言っていた……。だけど……。何を祈ったらいいの?―――

妖達は本格的に家の中を探している。すぐ近くで物が倒れる音が立て続けにした。

その音に驚き、近くにあった箱に肘がぶつかってしまう。

あやかし達が押し入れにじりじりと近づいてくる音がした。

見つかったのだ。

「そこかぁ…!見つけたぞ…!肉よこせぇえ!」

恐ろしいその言葉を聞いた瞬間、すべての考えが吹き飛んだ。

瑠璃色の石を握りしめ、ただただ強く願った。

―――助けて、誰か!私を、助けて……!―――

願うのと、押し入れが開くのは、ほぼ同時だった。


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