誕生日の朝と村
はっと、目を開けるとそこには見慣れた天井がある。自分が眠っていたのだと気が付くまでに少しの時間を要した。
まるで、本当にその場にいるかのような現実味のある夢をことはは見たのだ。
幼いころから時折見る女性の夢と、おばあちゃんが亡くなった時の夢。
顔の見えない女性の夢は、いつもことはを抱きしめ言葉をかけた後、背を向けて立ち去ってしまう。
追いかけたくとも、ことはには追いかけることが出来ずに終わりを告げるのだ。
そして、おばあちゃんが亡くなった時の夢を見たのは、今回が初めてだった。
ことはが十六の時に亡くなってからすでに、二年もの月日が過ぎたというのに。
どちらの夢もことはにとって、悲しい思いを引き出すものだった。
しばらく夢の名残を感じながら布団に座り込んでいたが、いつの間にか日が高く昇っていることに気づき身支度を始めた。
今ことはは、村のはずれの森の入り口で一人で暮らしている。
父と母はおらず、おばあちゃんは父親と母親の事は、ことはに一切教えなかった。ただ、母がことはをおばあちゃんに預けていったのだ、という事以外。
村のはずれに一人暮らしだから大変かというと、そうでもなく、物心ついた時からここで暮らしているため、多少不便でも気にならない。
それに、ことはには妖を見ることが出来てしまう。
普通の人たちにも、もちろん見えることはあるが、普段はそこにいたとしても見えることはない。だが、ことはにはいつでも見えてしまうため、普通の人たちと一緒に暮らしていくのは少し大変なのだ。
なぜことはに、妖が見ることが出来るのか、おばあちゃんに聞いたこともあるが、明確な答えをもらうことは出来なかった。
ただ、ことはにはそのような才能があるのだ、というだけだった。
身支度が終わり、仏壇の前に座ると手を合わせ目をつぶる。
「おばあちゃん。私も今日で十八になりました。」
今日はことはの十八の誕生日だ。一緒に住んでいる人はいないため、誰かが祝ってくれるという事はないが、こうして亡き祖母に報告が出来てことはは満足していた。
村に降りる支度を整え、作った絹を持ち、家を出る。
今日は村に降りて絹を売り、必要なものを調達してくる日なのだ。
基本的にことはの生活はおばあちゃんに教わった機織りで織った絹を売ることで成り立っている。
あまり裕福な暮らしはできないが、飢えることなく生活することは出来る。
村に降りて、いつも行く店に顔を出す。
「おや。ことはちゃんじゃないか。久しぶりだね。元気だったかい?」
人のよさそうな笑顔で店主―藤次がことはに声をかける。
この店の店主は、おばあちゃんがまだ生きていた頃からの付き合いで、いつもことはの作った絹を買い取ってくれるのだ。
「は、はい。えっと、今日はこれを持って来たんです。買い取ってくれますか?」
ことはは、たどたどしく受け答えをする。
物心ついたころから村のはずれに、おばあちゃんと二人きりで生活してきて、人との関わりが極端に少なかったことはは、人と接することが苦手なのだ。
「ああ。いいよ。ことはちゃんの織る絹はいつも評判がいいんだよ。ことはちゃんにはこの店の専属職人として、近所に囲っておきたいぐらいなんだけどな。」
藤次は愛嬌のある笑顔で、にかりと笑う。
だが、ことはは困ったように微笑みながら、小さな声でことはは答える。
「ありがとうございます。でも、私はあの家から出るつもりは、ないので。」
すると、店の奥から四十代ぐらいの女性が現れる。
「ちょっとあんた。ことはちゃんを困らせるようなこと言っちゃだめじゃないか。まったく困った人だね。ごめんなさいね、ことはちゃん。この人の言うことは気にしないでね?また村に来た時に、いつでも気軽に立ち寄ってくれればいいんだからね?」
最初は藤次に叱りつける口調で、最後はことはに向けてやさしく言った。
この人は店主の奥さんで、名前は紗知という。藤次は妻である紗知には頭が上がらないのだ。
「わかってるよ。無理強いするつもりはねえよ。言うぐらいいいだろ?ことはちゃんの腕がいいのは事実なんだから。」
店主は、少しすねたようにつぶやいた。
そんな藤次を放っておいて、紗知はことはを見る。
「今日はどんな絹を持ってきてくれたんだい?見せておくれ。」
そういわれ、籠の中から持って来た絹を出す。
色とりどりの絹を並べると紗知は一つ一つ丁寧に手に取り見ていく。
「流石ことはちゃんの作る絹は違うね。どれも一級品だ。色もきれいだし、手触りも抜群。ちょっと待てね。」
そう言い、一度奥に引っ込みしばらくして布の袋を持ってきてことはに渡す。
「今回の代金はこれで足りるかしら?」
お金の入った袋を受け取り中身を見ると、ことはの想像していた額より多く入っていて驚く。
「紗知さちさん、こんなにもらえないです。多いですよ。」
「なにいってるんだい。もっと払ってもいいぐらいだよ。もう少し上乗せした方がいいかしら?」
ことはは紗知の言葉にぶんぶんと大きく首を振って、十分です、と言う。
「そう?ことはちゃんの絹は本当に評判がいいのよ。だから遠慮することはないのよ?」
「でも、いいです。これだけあれば、しばらく生活できますから。紗知さん、藤次さん、いつもありがとうございます。」
貰ったお金を大切に懐にしまい、小さくお辞儀をした。
「いいえ。また村に降りてきたら立ち寄って頂戴。」
「ああ。その通りだ。こっちとしても、ことはちゃんの絹が手に入るとお客が喜ぶからな。また来いよ。」
紗知も藤次も、にこにこと人好きのする笑顔で、ことはに笑いかける。
ことははそんな二人にもう一度頭を下げて、店を出る。




