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影霧と父の話

荷物をまとめて家をしばらく空けてもいいように、家の中を整理して外に出れば、男性はいつの間にか馬を二頭連れてきていて、馬の首をなでていた。


「遅くなって、すみません。支度終わりました。」

ことはが声を掛ければ、男性は振り向いた。


「大丈夫ですよ。では、さっそく参りましょう。どうぞ、こちらの馬にお乗りください。」

一頭の馬をことはの前に連れてきて、ことはに乗るように促す。今まで馬になど乗ったことのないことはは、どのようにして乗っていいのかわからず戸惑っていると、男性はことはに指示をだし、持ち上げるようにして馬に乗せてくれる。


「できるだけ、ゆっくりと進むようにいたしますが、もしも辛くなりましたらいつでもお声かけください。」

そう言って、自分も馬にまたがり馬を歩かせ始める。ことはは馬を歩かせる方法など知らないのでどうしたらいいのか一瞬困ってしまったが、その心配はすぐに必要のないものだったと知る。


ことはを乗せた馬は、何も指示をしなくても自然と追いかけるようにして歩き出したのだ。

ふと、周りを見るが夜鵠が見当たらず、どこにいるのか疑問に思い男性に夜鵠のことを訪ねてみる。


「あの、夜鵠さんが、見当たらないのですが……。探したほうが……」

「ああ、大丈夫ですよ。姿は見えませんが、近くにいます。ついてきますよ。もし、ついてこなかったとしてもこちらの手に封じ石がある限り、心配はいりません。」

ことはには、気配が読めないから本当にいるのかどうかわからない。だが、青年は全く心配はしていないようで、落ち着いていた。


だが、ことははついてくる、ついてこないよりも、先ほどあのようなことがあったのだから、夜鵠の身体の事や彼が今何を思っているのか、それが心配でならなかった。


ことはの手を振り払った時の夜鵠の瞳は、ただ冷たいだけではなく初めて会った時を思い出させるような、悲しげななにかを諦めているような色を宿していたような気がしたのだ。

あの時は手を振り払われた衝撃と、瞳が真紅に染まっていたことの驚きで、そこまで深く考えることは出来なかったが、今考えれば、冷たい拒絶だけを宿していたわけではなかった。ことはは夜鵠の事がとても心配だった。優しいあの妖は、酷く傷ついていたのではないだろうか。


そんなことを考えながら馬に乗っていれば、初めは視界の高さと馬が歩くたびに、身体が揺れるため怖かったが、だんだん慣れてくる。すると会話をする余裕も出てきて、男性に話しかけてみようかと思い、何度か口を開く。

だが、何と声をかけていいのかわからず、口を開いては閉じてを繰り返していれば、男性の方から声をかけてくれた。


「そういえば、私の自己紹介をしていませんでしたね。私は影霧かげきりと申します。満永様の側近として、お仕えさせていただいています。」


「側近…。」

ことはの父、満永は珠森家の当主だと言っていた。どの程度の規模かわからないが、当主がいて、仕えている人がいるのなら、それなりに大きな家なのではないだろうか?その満永の側近ともなると、それなりの地位であるはずだ。どうしてそんな人が、わざわざことはを迎えに来たのだろうか。


「どうして、影霧さんが、私を迎えに来たんですか…?影霧さんは、偉い人なんですよね?だったら、お忙しいでしょうし、影霧さんでなくてもよかったんじゃ…。」


ことはの言葉に、くすりと影霧が笑い、優しく答えてくれる。


「満永様はことは様のことを本当に、常から気にしていらっしゃいました。ですから『下の者に迎えに行かせるのは心配だ、だからお前が行ってこい。』と、私に命じられたのですよ。」

満永はそんなにことはのことを気にかけていたのか。その話を聞いて少しずつ父の印象というものがことはの中で作られていく。


そんなことを思っていると、影霧は「それに」と続ける。

「お迎えに上がった時だけではなく、ことは様を探す役目も、私に任せられていました。下の者にいろいろな情報を探させ、実際にその真偽を確かめるため、私がその地に自らの足で尋ねて行きました。」

その言葉でことははもしかして、と思った。


初めて影霧に会った時、彼は旅人の格好をしていた。それはことはを探すために、わざわざあの村に来ていたのではないだろうか。そんなことはの疑問に、先回りするように影霧が話を続けた。

「あの日ことは様と初めてお会いした時も、あの村にことは様がいらっしゃるのではないか、という情報を確かめるために、村を回っていたところでした。」

やはりそうだったのかと、ことはは納得する。影霧がいう事がすべて本当だというのなら、満永はことはのことをとても気にしてくれていて、影霧も一生懸命ことはのことを探していてくれたようだ。


まだまだ、安心の材料としては足りないが、そのことも考慮して今後どうしていくのかを見極めていかなければならない。

「そして、あの時ことは様とぶつかったことで、ことは様を無事に見つけだし、こうしてお迎えに上がることが出来たのは幸運でした。」

確かに、ことははめったに村に行かないし、人気のない森の入り口に住んでいたから、漠然と探すだけでは、簡単に見つけることは出来なかっただろう。だが、ある程度の身体的特徴を知っていれば、情報を得ることは小さな村ではさほど難しくはない。


しかし、ことはは今まで、一度も満永に会ったことはない。もし、ことはの物心つく前に会っていたのだとしても、成長した今の姿を知らないのだから、少し容姿を見ただけでなぜ、探している少女だと気が付いたのだろうか。


「あの、影霧さん。どうして私のことを見ただけですぐにその、母様…春音さん…、の娘だとわかったんですか?」

「それは、ことは様があの時、封じ石を持っていらっしゃったからですよ。私には多少、術師としての心得があります。ですので、その石を見た時にすぐにただの石ではないとわかりました。そして、その石を持っていらっしゃったことは様も、並の術師ではもちえないような強い霊力を宿していると。」


夜鵠もことはと出会ったとき、強い霊力を感じると言っていたことを思い出す。

ことはは、まったくそのようなことを知らないで生きて来たので、突然そのようなことを言われても、なんだかぴんと来ない。


それでも、夜鵠も影霧もそういうのならばそうなのかもしれないと、少し思い始めていた。二人が言うほど霊力が強いとは思えないが、多少はあるのかもしれない。


「封じ石、というのは元々、先先代珠森家当主の次代から珠森家で管理、保管されてきていました。ですので、封じ石の特徴を私は伝え聞いていましたので、一目見た時に、気づくことが出来ました。あとはことは様の事を村の方々に聞いて回ることで、確信を持ちました。」


「そう、だったんですか…。」

確かにあまり大きな村でないため、少し話を聞けば何かしらの情報を知ることが出来る。

そう思っていると影霧は続ける。

「ことは様。お迎えに上がるのが遅くなってしまったこと、お詫び申し上げます。お一人であのようなところで暮らすのは、とても大変だったことでしょう。私の力不足です。」

影霧はとても申し訳なさそうに、頭を下げことはに謝罪をする。

突然の謝罪の言葉にことはは驚き、思わず手を大きく振ると馬上だったため体制を崩し、かけてあわてて馬の鬣を掴む。


突然鬣を強くつかまれた馬は、少し首を振って気にしたが、暴れることもなく歩いてくれた。




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