旅人の男性
先ほど絹を売ったお金で、食材や糸などを仕入れるために村を回る。
やはり秋という季節だけあって、食材の種類が豊富だった。
通りから見える店に並んだ品を眺めながら、何を買うか考える。
ふらふらと見ながら歩いていたら、ドン、と何かにぶつかる。
そのままよろめいてしまい、後ろに倒れる。
だが、地面にしりもちをつく前に右腕をぐいっと引かれる。
「大丈夫ですか?」
上から落ち着いた、男の人の声が聞こえて来た。
ふと見上げると、いかにも、旅人、という風情の男の人がいた。
落ち着いた着物を着て、頭に藁で編まれた傘をかぶっている。
だが、ことはのほうが背が低いため、下から見上げる形になるので、顔を見ることが出来た。
その顔は端整で、どこか気品を感じる表情を浮かべていた。
髪は癖もなくまっすぐで、肩のあたりで切られている。
「は、はい。ありがとうございます…。」
見知らぬ人に身体を支えられている、という状況にことはは緊張して、固くなってしまう。
固くなっていることはを、旅人の男の人は優しい所作で、体制を直して立たせてくれる。
「お怪我はございませんでしたか?」
少し遠くなった距離に、ことはは冷静さを取り戻す。
この男の人にぶつかってしまい、転びそうになったところを助けられたようだ。
「大丈夫です。転ぶ前に助けていただいたので…。こちらこそ、すみませんでした。」
「いいえ。大丈夫ですよ。私も、注意が足りませんでしたから。」
男性はやさしい声でそういう。
やはり気品があり、とても穏やかな空気をまとった人だ。
ふと、男性の視線がことはの胸元に落ちる。
その視線に、なんだろうかと思いことはも胸元を見下ろせば、着物の下に入れていた封じ石が転んだ拍子に外に出てしまっていた。どうやらそれを見ているようだ。
男性は、一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに取り繕うように穏やかな表情になる。
「美しい、瑠璃色の石ですね。その首飾り、どうされたんですか?」
男性の突然の問いに、ことはは戸惑う。
この首飾りの石は、夜鵠が封じられている石だ。
どうしたのか、と聞かれても、何と答えたらいいのかわからない。
「えっと、これは、私の祖母からもらったものなんです。」
「おばあ様から…。そうだったのですか。それでは、とても大切なものなのでしょうね。」
私が返事に窮して居ると、男性はすっと目を細めて封じ石を見る。
「それにしても、神秘的な美しさを持っていますね。まるで、何かそこに力が込められているかのような。」
その言葉にことはは、ドキリとする。
この石には確かにただの石ではない。
男性はまるでそのことを見透かしているかのように、微笑みながらそういった。
思わずことはは、一歩後ろに下がり、男性の目を見る。
その目は先ほどまでは、優しげで丁寧な印象を受けたが、なぜだか、今はその表情がとても怖いものに見えた。
「いがかいたしましたか?」
男性の口調は、あくまでも丁寧だが、やはり怖く感じる。
「あの、先ほどは本当にすみませんでした。私、急いでいるので、そろそろ失礼します。」
とにかく、この男性から離れようと、話を打ち切る。
男性の横を通り過ぎていけば、特に呼び止められることもなく、男性から離れることが出来た。
ある程度離れて、先ほどの場所が見えなくなったら、そっと振り返る。
あの男性は、一体何者のだろうか。
少し不安に思いながらも、とにかく買い物を済ませようと村を回る。




