絹を売りに行きましょう
あの日以来、なんだか夜鵠との距離が、少しだけ近づいたような気がした。
特別何が変わった、というわけではない。だが、ことはは確かに変化を感じていた。
夜鵠は変わらず、昼間は外にいて、夜になるとふらりと帰ってくる、という生活だったが、その生活の中にも小さな会話が生まれるようになった。
ことはが森へ行き、夜鵠を見かけて声をかければ、返事が帰って来たし夜、夜鵠が帰って来た時にことはが機織りをしていれば、機織りに興味をひかれたのかことはに質問をしてきたりもした。
今日も、出来た絹を村に売りに行くために支度をしていれば、珍しく家にいた夜鵠が声をかけてきた。
「その絹を持ってどこかに行くのか?」
風呂敷に絹を包んでいることはの横に来て、荷物を興味深そうに見ながら、夜鵠は声をかけてきた。
「この絹は、近くの村で売ってお金に換えるんです。この絹を売ったお金で生活しているんですよ。」
夜鵠はふーん、と頷きながらまだまとめていない絹を、一つ手に取り手触りを確かめるように絹の上を指を滑らせる。
「器用だな。よい品だ。いい素材を使っただけでは、このようなものは出来ぬだろう。技術があってこそのものだ。」
ことはは、その言葉を聞いて、とてもうれしくなった。
今まで、いろいろな人に絹のことをほめられたりしたが、夜鵠にほめられるとなんだか誇らしく、うれしく思えた。
「ありがとうございます。夜鵠さんにほめられると、なんだかすごくうれしいです。」
思わず、にこにこと、顔が笑顔になるのを感じながら言う。
「……いや。この絹はこの風呂敷に包めばいいのか?」
夜鵠は手にしていた絹を、ことはに見せて尋ねる。
「あ、はい。そうですけど…。」
ことはがそういうと、夜鵠はそばに置いてあったまだ包んでいない絹も手に取り、手早く風呂敷に包んだ。
「荷物はこれだけか?」
夜鵠の行動の意味が分からず、きょとんとしていることはを置いて、夜鵠は荷物を持って立ち上がる。
「今回は俺がお前の護衛をしよう。この間の礼だ。」
言われた言葉にびっくりして、思わずことはも立ち上がる。
「え?あの、夜鵠さん、この間のことは気にしないでください。私が夜鵠さんのお力になりたくて、好きでやったことですから。それに、いつも私一人で村に行っていましたし、大丈夫ですよ。」
「借りを作るつもりはない。それに今までは平気だったのだろうが、今迂闊にひとりで夕闇の中を歩けば、お前は確実に食われる。」
「く、食われる…?」
夜鵠の突然の不穏な言葉にことはは夜鵠を見るが、夜鵠は真剣な表情をしている。
今まで一緒に住んでいて、夜鵠は冗談を言うような人ではないと知っているし、もし言うにしてもこんなたちの悪い冗談は言わないだろう。
「忘れたか?お前は十八の歳を迎え、霊力を開放している。そのせいで先日、妖に襲われたばかりだろう?」
その言葉に、妖に襲われた時のことを思い出す。
ことはを食べると言い、恐ろしいどろどろとした視線を向けてきた妖達。
そして、夜鵠がその時現れていなければ、殺されていただろうという事。
その時のことを思い出して、真っ青になることはに、夜鵠は落ち着いた声色で声をかける。
「俺が護衛になると言っている。襲われたとしても、守ってやる。大丈夫だ。」
夜鵠の落ち着いた声音を聞いて、安心したことははこわばっていた身体の力を抜く。
「…ありがとうございます、夜鵠さん。護衛、お願いします。」
「ああ。…とりあえず、封じ石を持ってこい。」
「え?何でですか?」
「人目の多い村の中までは俺はついていけない。日中に妖が人の多い場所で襲ってくるとは思わないが、念のため封じ石を持っていた方がいい。俺の核となる妖力が封じられている石だからな。持っているだけである程度の妖なら牽制できる。」
ことはには夜鵠の言う、妖に関する難しい事はあまりよくわからないが、夜鵠がことはの事を心配して言っていることだという事はよくわかった。
だから、素直にうなずく。
「わかりました。今持ってきます。」
封じ石は、以前夜鵠が言っていたように、もともと入っていた木箱の中に入れて押し入れの中においていた。
押し入れを開けて、桐の箱を出す。
そっと箱のふたを開けば、以前見た時と全く変わらない綺麗な瑠璃色の封じ石が付いた首飾りが入っている。
その石を包むようにして取出し、夜鵠の元へ戻る。
「持ってきました。」
「ああ。しっかり身に着けておけ。」
夜鵠の言葉にうなずき、なくしてはいけないので、封じ石についているひもに首を通して、首から下げる。
封じ石を身に着けたことはを見て行くぞ、と短く声をかけ鵠は家を出る。
ことはも夜鵠の背を追って家を出る。




