第6話 少年は憧憬へと歩き出す
「…!」
「ええっ!ロジェくん決断早っ!」.
自分自身でも、意外であった。
勿論命を失ってまでWSUに入らない選択肢は、ロジェの中にはなかった。
(どうやら俺は…思ったよりオルフェントに帰るのを躊躇っているらしい)
「…俺、元はと言えばWSUに憧れてた。それがまさかこんな形でとは思わなかったけど、それでも俺は…カイが生きているって信じたい。俺が此処で死んじまったら…カイの生きている可能性を潰すことになっちまう!俺はここで、強くなりてぇ。いや、俺を…強くしてほしい!それに…俺は…」
(ユアン…)
あの日の後悔を、失った大切なものを取り戻す、そのためにも。
(やらなきゃ、なんねえんだ…!)
「…うん。やっぱり君は僕の見込んだ通りの男みたいだ」
「…え?」
「僕だって、WSUとして必要な人材と…そうでない者との区別はつくものだ。君を見た時…そして君の声を聞いたその時、君なら立派な戦士になれると僕の勘がそう言ったんだ」
セルは真っ直ぐに、ロジェの瞳を射抜くようにそう言った。
この男こそが、今迄憧れを抱き続けたWSUの頂点に君臨する器なのだと、直感で信じてしまうのだ。
少なくとも、ロジェの目にはそのように写った。
「じゃあ少年、じゃないね。ロジェ、これからよろしくね?」
メリリーは口角を目一杯に上げて笑みをこちらに向けてくる。
少し照れ気味に、綺麗な桃色の髪を耳にかける仕草をしてみせる。
「…ああ!よろしく」
(こんな形でWSUの一員に…憧れだった夢に届くだなんて、想像もしてなかったけど…それでも俺は…前に進まなくちゃならねえんだ。カイや…ユアンのためにも…)
「まだ君はメリリー以外の隊員には会ってなかったね…まあ、任務等で出払ってる者も多いんだけど、ここに残っている者たちだけでも紹介しておこうかな。…これから、戦う仲間たちだからね、君も知っておかねばならない」
そう言うと、セルは突然通信機のような形をした機械を手にし、
「あ、あー」と音の確認をとる。
辺りにセルの声が響き渡るその様子を見ると、この基地全方位に機械を通して話したことが伝わる仕組みになっているらしい。
「全隊員、直ちに隊長室まで集まってほしい。繰り返す、全隊員直ちに隊長室に集まるように」
「お、おお………すっげぇ」
「…?すごいって、何が?」
メリリーはロジェが何に感嘆の声を漏らしているのか疑問に思ったのか首を傾げてこちらを凝視している。
「あ、いや…なんつうか…本当にWSUなんだなぁっていうか、こういうの見ると実感湧いちまうっていう感じ…?」
その言葉に、メリリーはくすくすと可愛らしい声で笑い出す。
「ふふっ、ロジェってやっぱり面白い」
「…仕方ねえだろ、俺から見ればWSUなんて本当に存在するのかさえ、分からないモンだったんだ…それに、メリリーみてぇな普通の女の子もこうやって戦ってんのなんか、尚更想像してなかったっつうか。伝説っぽいむさ苦しい、ゴツいおじさんばっかだと思ってたぜ、俺」
「ははは、俺たちは世間ではそんなイメージを持たれてるのか…それは意外だったな。だが僕みたいのが現実隊長を勤めてるわけだし、他にも所属隊員は若者が多いよ。もちろん強者ばかりだけどね」
「戦闘要員だけでいうとね、この基地には7人いるんだよ。捜査本部も含めるともっといるんだけど」
と、メリリー。
「…えっ、WSUってそんなに少ない人数で動いているのか?もっとこう…何百単位の多勢かと…」
「俺たちは少数精鋭で動いている。最も、要員だけの話だが。基地には他にも兵や医師、他にも他国に協力者がいたりするんだ」
「へ、へえ………」
初めて知るばかりの事に、思わず感嘆の声をもらす。
「へへ、驚いた?要員は皆色んなスタイルで戦うんだよ。剣や槍とか弓、武器の天才から魔術のエキスパート…ちなみに私は…」
メリリーが言いかけた瞬間。
「泣き虫ノロ魔法使い、だろうが」
扉を開ける音とともに、男の声が後ろから聞こえた。
「へっ」
素っ頓狂な声を上げるロジェを思い切り無視して入って来た男から、金属音のぶつかり合う音が鳴る。
深い藍色の髪によく映えた赤眼を持った青年は、男のロジェが見ても思わず見惚れるような端整な容姿をしている。何処か冷たく氷を連想させるような鋭い瞳が人を寄せ付けまいとするようだった。
耳たぶや首、腰にじゃらじゃらと音を鳴らす正体である大量のアクセサリーをつけているせいで、より存在感を増すその美しさは一瞬で場の空気を壊してしまうような力を放っていた。
「レイン、またメリリーを泣かすような発言をするのはやめろって何度も言ってるじゃないか…………」
呆れたように溜息をつくセルの様子と、先ほどの「泣き虫ノロ…(以下省略)」発言で俯きながら涙ぐむメリリーの様子を見る限り、よほど普段から口の悪い男なのだということが初見でも理解できた。
「うう…」
先ほどまで笑顔の絶えなかったメリリーがここまで沈んだ表情を見せるとなると、余程傷つきやすい性格のようだ。
「お、おいメリリー…?きっとこの人も本気でそんなこと思ってねえって。WSUの隊員なんだ、そんなノロマでへぼい魔法使いだなんてわけないだろ?」
「…うぅ、ロジェが………へぼいって言ったぁぁ…‼︎」
「ええっ!?」
慰めたつもりが、余計に泣き出してしまった。
「ロジェ……………。レインはへぼいとまでは言ってない…」
セルの耳打ちにはっと青ざめる。
(しまった………………)
「…ほんと面倒くせぇ。いい加減それくらいで泣き出すのやめろ。うっとうしいんだよ」
「そこまでです。メリリーも、いちいち挑発に乗っているようではWSUとしての名が廃れますよ」
「…ん?うわあああああっ」
全く気配なくロジェの真横に立っている女性に気づいて、思わず悲鳴をあげる。
そこに立っていたのは、無表情を保ちながらも研ぎ澄まされた冷たい空気を放った女性。
「……ちっ。ファナか」
「舌打ちは余計です。とにかく、その茶番は見飽きました。私の前ではやらないように願いたいものですね」
サラリと毒舌を吐きながらロジェの前を颯爽と通り過ぎて、セルの横に付く。
「あ、あの…………」
続々と登場する面子に呆気にとられるロジェ。
「ああ、済まないねロジェ…初対面からこんな奴ばかりで…」
セルが申し訳なさそうに頭を掻きながら謝罪してくるために、こちらまで申し訳ない気持ちになってしまった。
「それで…皆に集まってもらったのは他でもない……彼についてだ。」
その言葉で、一斉にロジェへの視線が集まり思わず背筋が伸びる。
「本日から、ロジェはWSUに入隊することになる。彼も様々な事情があるしこれは例外中の例外のケースだが、これからは君たちの仲間の一員となるわけだからね。仲良くしてあげてほしい」
「あ……あの。よろしく…」
言いかけたところに、盛大な溜息がおとされる。
「……甘ったれじみた只の一般人にWSUが務まるかよ。途中で逃げ出すくらいならそんな奴此処にはいらねんだ。セル、今からでも考え直せよ」
「っ………」
この人の言うことが、胸に棘のように突き刺さる。本当は此処にいるべきでもWSUの一員としてこれから生きるべきでもない人間。
ーそんなのは、分かっていたつもりだった。
それでも、こうして否定の言葉を投げられると想像していた以上の痛みに決意が揺らぎそうになる自分に嫌気が指して何もいえない。
「レイン」
沈黙を裂いたのはセルだった。
「ロジェのことは俺が隊長として責任を持つ。彼がWSUに入らなくちゃいけなくなったのは俺のせいでもある。……それに、彼にもここに入るべき理由が彼の中にきちんとあるようだ………そうだね、ロジェ」
「あ………」
そうだ。此処で弱音を吐いているようじゃカイを見つけることは愚か、手がかりを見つけるのも無理だ…。
決めたのは、運命だからではない。
自分がそうすべきだと、その運命を選択したからだ。
「…はい!」
「だってさ。レイン?」
「…お前が考え直す気がねえのは分かった。だが俺はそいつのお守りはしないからな」
彼がまだ認めたわけではないというのは態度から心底伝わったけれど、それでも進まなければ始まらない。
やるしか、ないんだ。
「全く。レインは君以外にもこういう態度だから気にしなくていいからねロジェ」
「…そうだよ…私なんて……うぅ…」
「は、はぁ……」
先ほどメリリーが嫌味を散々言われて泣いていたのを見た後だからか、何となく想像はついた。
(俺も気をつけよう………)
「そうだ。一応軽く紹介しておこうか。まずこっちが、副官を務めているファナだ。何か基地内で分からないことなんかがあれば彼女が一番適役なんじゃないかな、ははは…」
「ええ。隊長があまりに方向音痴ですので」
「そっ、それは禁句じゃないか………!」
セルは慌てて顔の前で人差し指を立てる仕草をしている。
余程方向音痴なのが恥ずかしかったのだろうか。
「うーん、でも此処は広いから分からなくなることもなくはないですよねぇ!」
「メリリー……フォローが逆に辛いんだが………」
「あれは放っておいて、ロジェと言いましたでしょうか。よろしくお願いします」
淡々と話すファナは、笑顔ひとつなく挨拶を口にするので少し怖いと感じてしまった。
「あ…こちらこそ。よろしく」
軽く頭を下げた後、ふとその斜め後ろ辺りに怠そうに立つ男に目を向ける。
(確か、レインって言ったよな…)
まだ不機嫌そうな表情は崩さないままの彼は、ロジェの方を見ようとすらしない。
その困った様子を見計らったかのような間合いでセルが取り直し紹介を再開する。
「ああ、そして彼がレイン。うちの戦闘員のエースなんだ。無愛想なところはあるけれど根は正義感が強いんだ」
「へ、へえ………………」
何と無く全身を纏う気から只者ではないはずだとは察していたけれど、この男が一番強者だったのは予想外だった。
(容姿も強さも一流となると、自分が情けなくなってくるな…)
「あれれ、ロジェどしたの?何だか暗そうな顔しちゃって」
メリリーに下から顔を覗き込まれて我にかえる。
「わ、わぁぁっ!…なんでもねぇよ!」
(だ、だからこの子は距離が、近いんだよ…)
「ふーん、変なロジェだねぇ」
「…あ、その、よろしくな。…レイン?」
「………」
馴れ馴れしく名前を呼ぶなとでも言いたげな表情が明からさま過ぎて、この先が不安で覆い尽くされた気分になった。
「さて、とりあえずこんなもんかな」
そう言うとセルは机に置かれた時計を見て、立ち上がる。
「…新隊員を迎え入れた所で、早速次の目的地なんだけどね」
くるりと背中を向けて数歩進んだ先で足を止め、壁に貼られた世界地図の一点を指差し振り返るセル。
「次に向かう先は…機工都市ワークスデリム。目的地は、開発局ジオグラントだ」
「ジオグラントだと?」
咄嗟に反応したのはレインだった。
「うん、そのとおり。理由は大きく分けて二つ。一つはレイン、メリリー、君たち二人の武器のメンテナンスが終わったとの連絡が入った。もう使えるようになっているみたいだから任務にも支障はなくなるだろう?」
「ホントですか⁉︎よかったぁ〜、この代わりの杖使いにくくて困ってたんだよね…」
メリリーは自分の背丈ほどある古めかしい杖を指で指しながら頰を膨らます。
「やっとか…。それで、直接使い心地でもその場で試すために取りに来い、ってか?」
「まあ、そんなところかな。君たちも戦士なら自分の武器は少しでも早く手にしたいところだろう?彼も中々忙しくてこちらに出向いてくるのは難しいらしいしね」
「まあ、な…で、二つ目の理由ってのは何だ。只武器を取りにってんなら、総員で向かう必要はねえはずだ」
セルは少し間を空けて話し出す。
「ふむ…二つ目の理由はそうだね、ロジェを連れていくことだ」
「…は?!俺……?」
理由の意味に見当もつかず、思わず叫んだ。
「まあそこら辺の詳しいことは彼に説明してもらった方が早いだろう…俺にはその説明は少しばかり難しいと思うから」
「な〜んだ、隊長ったら思わせぶりな発言しておいて!」
「はは……ごめんね。もう出発の準備は整っている頃だろうから、総員配置について置くように。ロジェも体調が悪くなったらすぐに教えて欲しい」
「………ああ、わかった」
去り際に肩に置かれた手がやけに冷たく感じたのをその時不思議に思ったけれど、未だ少しだけ痛む身体の傷でその瞬間は直ぐに忘れてしまえた。
そのまま他の人たちの背中を追い、まだ見慣れない基地内に少しの不安を抱きながらWSUの一員になった事を改めて実感しながら無言で足を進めるのだったー。