第4話 悪夢の先にある悪夢
「隊長、出発の準備が整ったとの連絡がゼノ操作団長から入りました。基地からは3時間ほどの飛行となりますので…そうですね、15:00には出発されたほうがよいかと」
堅実な雰囲気を持つ若い女性は翡翠色で癖のない美しい短髪に深紅の瞳を持っている。
その瞳は凛とした光に満ちているようで、自信に溢れた印象を与えるようだ。
「もうそんな時間かい?…参ったなぁ…もうちょっと待てないかな…」
傍の女性とはいわゆる正反対の雰囲気を放った隊長と呼ばれたその男は柔らかい物腰で、深い栗色の癖っ毛を斜め後ろに紐で緩く束ねている。白い肌に映える橙色の瞳はその人柄が良く表れているような温かみが感じられる。
「…というと、例の少年でしょうか?」
「…うん、そうなんだよね…随分酷い怪我だったからこれは暫く安静が必要だとは思うんだけど…次の場所に向かう前にせめて目を覚ましてくれるといいんだけどなぁ…」
男は大きな溜息をつきながら、腕を組んで途方に暮れる。
少し押し黙った後に、きつく閉じていた瞳を開いてから急に真剣な剣幕で言葉を紡ぐ。
「…あの少年の怪我…君も見たかい?」
「…はい、拝見いたしました。表面上の傷も酷いものでしたが…内部に…魔変弾丸と見られる異物が埋まっているようですね…内臓がいくつか副作用に犯されていると考えるのが自然でしょう」
魔変弾丸ー。
現最大の魔法国家であるオルフェントの魔術研究家が開発した魔力の変換が行われる際の威力を、特殊に弾丸化し魔銃士の間で普及したものである。書かれた魔法陣から銃口のような散弾される仕組みは当時物珍しく、大発明としてもてはやされた。
それもかつてはの話で、現在ではもはや幻想と成り果てた唯の古遺物になってしまった。
魔変弾丸は余りの破壊力を前に創造国ともいえるオルフェントが禁忌の魔丸として製造を停止させたといわれている。
「…消えたはずの禁忌の魔丸がなぜ…」
「入手する術も技術も断たれた…そんな代物をそのまま再現して使用している奴とすると、放っておくわけにもいかない…それに、魔変弾丸を取り除くにしても、俺たちにとって得体の知れないモノだけに治癒法も分からない。あの少年…いつまで身体が堪えられるか…」
失われかけた希望の光が消え、絶望の色に移りゆく瞳が印象的に虚ろな明かりを灯す。
得体の知れない不安と未知への恐怖がのしかかる。
(…なんて気の毒な少年だ…)
そこで不意に女が口を開く。
「…このような未知の痕跡は、私やメリリーの治癒魔術をもっても恐らく応急処置程度にしかならないかと。……しかしジオグラントならば…あの男ならば、何とか出来るかもしれません」
治癒魔術。
古から受け継がれた数少ない使い手が操る癒しの特級魔法である。現在では治癒魔術を使用する魔術師は減少し続けており、単独で使用するというよりかは剣術や弓の使い手、または攻撃魔術の併用として使用する戦闘員が殆どである。
「…!…確かに、トロイほどの研究家なら古遺物の学も持っている可能性は十分にある!治癒魔術が使えなくても彼の知があれば治すこともできなくない…」
「はい。彼の研究対象は幅広く古遺物もまたその範囲内であると思われます。以前…訪問時にその手の書物が見受けられましたので」
「流石はファナだね。目の付け所がまた凄い所で発揮されるあたり、君は本当に優秀だ」
褒め言葉を並べられても尚、冷静さを失わずファナの冷め切った表情は殆ど変わらない。
まるで機械人形のようだ、と言うのが正しい表現かもしれない。
「いえ、私はただ…この組織のため、我々の利になることならばどのようなことにも力の限りを尽くさせていただきます。それが…副官としての役目であり、隊長は私を存分に使うと思っていただければいいんです」
「…はぁ。ほんと、相変わらず君は堅いというか掴めないというか…。あのね、何度も言ってるけど、僕は君を使い物にするつもりもないし、したこともないはずだよ。…きっとファナは副官っていう立場を重く捉えすぎじゃないのかい?このダメな隊長を支えるとでも思って、…ってそれじゃ何だか僕の自虐になってるじゃないか…はは…っ」
少しも揺れることのなかった瞳が少しだけ光を帯びて、微笑みに変わった。
「…ふふ…なんですか、それ。…やっぱり隊長は、変な方ですね」
「へ、変なって…まあ、いいか…」
虎穴に入らなけばその獣を狩るどころか、心を掴むことすらできないとはよく言ったものだ。
-そして誰一人入ろうとしないその心の中に唯一入り込む者は勇敢な王者である。
「よし。早速捜査本部に行き先変更の連絡を頼んでもいいかい?僕は今乗船してる隊員たちに連絡してみるよ」
「はい。了解しました、隊長」
*
「ゔぅ……」
真っ暗闇だった視界が開けてくる。
ぼんやりと差し込む白い光がやけに眩しくまだ見慣れない。
「う………まぶ、しい…」
曖昧だった不透明な世界が、やがてはっきりとしたものに変わってゆく。
その光に手を伸ばそうとしてるはずだった。
「っ…‼︎!い…ってえ…っ」
全身に響くような痛みが一瞬走る。
伸ばした手は余りの苦痛に途中で呆気なく滑り落ちてゆく。
その瞬間、ぼやけた意識が覚醒し記憶が。
それ以前に起こった記憶が巡って頭に追いついてくる。
「な…俺…っ…何をして…‼︎‼︎…ル、ルイ…そうだ…ルイは、どこだッ…⁈」
あの時、あの男はルイはいないと言った。
未知の魔法陣を頭の中に流し込まれたその衝撃の中、最後に見たものは男が器として使用していたルイの身体ーもぬけの殻になってしまった親友のものだった。
(そして………俺は、死んだはずー )
明らかに死を悟った記憶がある。
全身が焼けただれて、頭をぐしゃぐしゃに潰されたような感覚に襲われたのは間違いなかった。あれが幻覚というには少々現実味のありすぎるものだった。
「なんで…生きてるんだ…俺…。…ッ‼︎…痛ぇ…」
痛覚はどうやら働いているようだった。
ふと身体を見下ろしてみると、身体には火傷のような跡がはっきりと遺されている。
だがあの激痛からは想像していたよりも遥かに傷が浅すぎるような気はした。
(それなのに……全身が痛ェ。…くそっ…)
「…怪我の手当てがしてある…ってことは、俺……誰かに助けられた、ってことか…?」
辺りは真っ白な部屋だった。
寝ているベッドも、壁も、天井も、床も。
窓さえ無く、ただ飲み込まれるような白に囲まれた牢獄という表現の相応しい空間。
まるで、何処かの基地か何かのようにも見えるその空間は、自分が発する音以外何も聞こえない、呼吸の音さえ響き渡るほどしんとしている。
「…とにかく…こんなところにいる場合じゃねぇ…っ…此処を出なきゃ…」
痛みと吐き気で朦朧とする意識の中、ロジェはベッドから起き上がり、真っ白な部屋の出口へと足を引きずる。
(こんな…扉までの距離でさえ億劫に感じるなんて…何て情けねぇ…)
扉をようやく開けた先は、ようやく瞳に色が戻ってきた。
変な安心感と同時に、痛みの限界が訪れる。
「…く、そ……ッ」
(足………動か、ねェ…)
そのまま、景色がぐにゃりと歪んで色を失ってゆく。再び暗い闇の中に意識が消え、少年はその場に倒れ伏したー。
*
「あ、あのぉ…………お〜い……」
頭上から降りてくる鈴の音のような綺麗な声に目が眩む。まるで自分を呼びかけるかのようなその声だが、全く聞き覚えはない。
「…あの〜!……こ、これ聞こえてないのかな…ど、ど〜しよ……」
夢にしてはやけにリアルな呼び声だった。
(答えたいのは山々だけど…俺…声が出ないんだよなぁ……)
「だ、ダメだぁ〜‼︎返事ないみたいだけど……これ、死んでないよね…生きてるよね…⁇…とっとにかく、運ばないと‼︎…引きずっても大丈夫かなぁ……」
夢の中のはずなのに、誰かに思いっきり首根っこを掴まれ、引きずられる感触がよく分かる。
(これって……ひょっとして……)
その刹那ー。
ゴンッ‼︎
「きゃあああっ‼︎ご、ご、ごめんね〜⁉︎どうしよう…思いっきりぶつけちゃ……」
「痛ってええええよ!!」
「きゃあああっ‼︎ 叫ばないで〜〜っ……て、あ、あれ⁇ 」
視界に飛び込んできたのは呆気に取られた様子で目をパチクリさせる少女だった。
腰まで伸びた淡い桃色の癖っ毛によく似合う真っ赤な瞳をした、超絶美少女。
大きくて輝きがあるその瞳に、ロジェの顔が写り込んでいる。
愛らしい雰囲気を纏ったその少女に少しの間目を奪われる。
「………夢、じゃねぇ…か。やっぱり…」
「夢じゃないって…あなたは何言ってるの⁇…もう、いきなり死人が生き返るなんて思わなかったから本当にびっくりだよ…」
「………俺は死んでない!」
「だっ、だからぁ!突然叫ぶのやめてっててば!心臓に悪い少年だなぁ…」
頬を膨らませてそっぽを向いた後、あっと小さな声をあげる。
そして何かに気がついたようにロジェの方に向き直りじぃっとこちらを見つめてくる。
- 穴が空きそうなほどに…。
「な……なん、だよ?」
ずっと見られていることに何故か羞恥を感じて思わず目を反らす。
「あの〜、怪我は…大丈夫なのかな?私、偶然あなたが倒れてるの見つけて声をかけたんだけど…隊長からは動けるような状態じゃない、って聞かされてたんだけどなぁ?」
「あ…えっと…そうだ、俺は…?」
全く知らない風景、人物、自分自身の状況に思わず我を忘れていたのかもしれない。
ーやはり、全身が軋むように唸りを上げている。痛覚が既に麻痺しているかのように。
「あ…そうか…やっぱり夢なんかじゃなかった、ってわけか…なぁ、ここってどこだ?助けて貰って悪いけど、俺直ぐに行かなきゃならねぇんだ…!」
「な、何があったのかは私も分からないけど…ここは…何ていうか…言っても信じてくれるのかなぁ?……それに、私の判断じゃ君はここから出してあげられないよ。今は動けるとは言ったって、酷い怪我だし…それに…」
最後に続く言葉はやけに自信なさげな声音になり消えていった。
「私から説明するのも何だし…私たちの隊長に一度会ってみるといいかもしれない!きっと混乱、しちゃうと思うけど…君を助けたのは隊長だし…とにかく私が連れて行ってあげるよ」
「……わかった。その隊長に会えば、いいんだな」
助けてもらった恩くらいは返しておかないといけないような気がして、一度気持ちを切り替える。
自分がなぜ助かったのか、その"隊長"と言うのが一体何者であるのかを知るためにも。