出会い
あれから特に主だったこともなく、僕の理想通りの普通な生活を満喫していた。
けれどあの出来事を忘れたわけではない。
だからこうしてレオやソラウンと昼飯を一緒に取っていても、どこか違和感を感じる。
彼らであって彼らではない存在。僕という小さな視点でもれば大きな違いだけど世界という大きな視点でみれば大差ない、些事だ。
「どうかしたのか、ニグレド? もしかして飯不味かったか」
「やれやれ。レオは味覚もバカだったんですね」
名前は微妙に違うし、レオは赤髪赤目だし、ソラウンは真っ青な髪色だし。
けれども気配もそっくり。
彼らの魂はそっくりそのまま。
「少し考え事してた。ご飯は不味くないよ。むしろおいしい」
まあいくら考えても仕方がない。どうしようとも答えが出るわけではないし、覚えているのは僕だけ。
「ほれみろソラウン。俺はバカじゃねえ」
「残念ですね」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「売ってませんよ。レオと喧嘩しても利益がないですから」
ほんとこいつらはいつもいつも、仲がいいな。
「レオとソラウンはほんと仲良いね。一体どういう関係なの?」
如何わしい関係だと疑うほどに。
現にギルドの受付さんとか、彼らをよく知るヒトたちは噂してるし。
僕も受付さんから聞いたときはほんと驚いた。
「どういうって言われても……」
困ったレオはソラウンを見る。
「そうですね……一言で言うなら幼馴染です」
どうやら僕の言葉の真意に気づいたのか慎重に言葉を選んでいる。
「幼馴染か……」
獣のような野生を感じるレオに女顔で知的なソラウン。
「確かに幼馴染だな。かれこれ二十年だな」
「そうですね」
少し彼らに興味が湧いた。まるで何かを隠そうとしている彼らに……
「ふ~ん。レオ、ご馳走様。僕はこれから依頼受けるから先に行くよ」
「おう。じゃあなニグレド」
「お気を付けて」
そうしていつものように、いつも通りに受付へ行く。
「こんにちは、受付さん」
ギルドに来れば、いつもいる顔なじみの受付さんに挨拶するのが習慣になっていた。
「こんにちは、ニグレドさん」
「レオとソラウンってやっぱりなんか怪しかったよ」
わざわざあの二人と一緒に昼飯を取ったのにはわけがあった。
「そうですか。やはり睨んだ通りです」
この受付さんに依頼されたんだ。
「これは一応の報酬です」
「ありがと。で、話があるんだけど良い?」
「良いですよ」
ギルドが一瞬ざわついた。言葉だけを聞いたら、僕が口説いてるように見える。
現に片隅から、あのニグレドが難攻不落の受付嬢を口説いただと、なんて驚きの声も聞こえる。
確かに受付さんは美人だ。サラサラの黒髪に、可愛らしい笑顔が特徴的な美人だ。
さらりと笑顔で毒を吐くけれども。
「話ってなんですか?」
「僕も彼らに興味が湧いた。だから彼らについて知っていること、教えてほしいな」
そういうと難しそうな顔になる。
「……ギルド員の個人情報を漏らすことはできないって知ってますよね?」
「うん。知ってる。聞ければいいな、て思って聞いたからね」
「ではきっぱりと。お教えすることはできません」
残念、と肩を竦めて僕は何か面白そうな依頼がないか尋ねてみると、
「依頼はないですけど……マスターがあなたが来たら部屋に通せと申していました」
「マスターが僕を?」
しがない一介のギルド員である僕を呼ぶなんて普通は有り得ない。
ということは何かあったということ。
例えば僕の正体がバレた、とか。
魔女から貰ったこの正体を秘匿する外套も仮面も完璧じゃない。
可能性はあるな。
実際にあの王国は、裏切り者として僕の手配書を各地にばらまいてるし。
最悪、マスターを殺して即刻この地を離れよう。
受付さんに案内され、通されたこの部屋がギルドマスターの執務室だ。
実用的でかなり巨大な木製の机には大量の羊皮紙が積んであり、そのどれもがギルドへの依頼だ。
それを物凄い速さで片付けていくこの三十代半ばの女性が、ここのマスター。
「よく来たな。今は少し手が離せないから適当に座って待っていてくれ」
歳のせいか美貌に陰りは視られるものの、その実力は衰えることを知らない、魔法使いだ。
彼女の存在が魔族どもにレコンキスタに攻め入ることを躊躇させているという噂が流れるほどの実力者だ。
さらに数少ない、魔女の一人だ。
確かこの女は、覇魁の魔女と言われている。
「ふむ、待たせたな」
仕事を終えた彼女は、僕が座っているソファーの対面に座った。
「こうして会うのは二度目だな」
「そうですね、シヴァさん」
そう、こうして会うのは殺し合いをして以来だ。
血のように赤い髪を掻き上げ、夜のように黒い瞳で、シヴァは僕を見据える。
正確に言うなら、偽る仮面のその奥を。
「ふむ。やはり貴様からアメジストの気配がするな」
……気付かれた。
驚きはしない。魔女を相手にしているんだ。このくらい予想できて当然だ。
「一応、彼女と面識はありますから」
「面識があるだけならあの女が上質の魔具を与えはしない」
……確かに。魔女だけあって興味のない対象には冷たいからな。
「ということは貴様、印持ちだな」
「そうなりますね」
魔女の烙印。僕の左手に刻まれている。
僕は左手の手袋を外し、見せた。
「ふむ。確かにアメジストの紋様だな」
少し残念そうに、シヴァは頷いた。
「……掟に従おう。くそっアメジストめ、いつもながら手が早すぎる」
魔女の掟。烙印がある者は与えた魔女の庇護下にある。
要するに、先に唾を付けたもの勝ちで手出しは無用ということだ。
「掟により、私は貴様の正体を詮索しないし、貴様に害をなす干渉を極力しない」
ということは僕の正体はまだばれていない。
ならいい。
それならいい。
こいつが僕の正体を暴き、情報を流す可能性が無くなったのなら、最悪の事態は避けられた。
「はい。十分です。向こうにもちゃんと伝わったと思います」
「……少しでいいから貴様を調べさせてくれないか?」
「駄目ですよ。あなただって知ってるでしょ? 魔女は独占欲が強いって」
それにしたってどうして魔女は僕の身体に興味を示すんだろう。
あの我儘な魔女ですら、僕のどんな願いでも叶えるから解析させて、と頼みこまれたし。
だから少量の血液と交換でこの魔具と剣を手に入れたのだけれども。
「……仕方ない。今は諦める」
「そうしてください。で、今日僕を呼んだのは何故ですか?」
「ああ、忘れるところだった。貴様に会ってもらいたいヒトがいる。知人の娘で、一応の弟子だ」
それがこの女の子の肩書だった。
この世界では極めて珍しい黒髪、黒目。色白い肌。まるで僕の国の人間みたいだ。
「メサイアです」
特別美しいわけでもなく、特別醜いわけでもない。普通というのが似合い、違和感を感じる矛盾した雰囲気の女の子だ。
「ニグレドです」
僕も自己紹介すると、メサイアはどこか驚いたように目を少し見開き、微笑んだ。
「苗字は何て言いますか?」
「ローランですが」
「ふふ、そうですか。中々良いお名前ですね」
「はぁ」
「私のことはこれからメアと呼んでくださいね」
一体何を企んでいるのかわからない。これから、ということは何かしらこいつと関わるということなのか。
それは避けたい。
わざわざ今までソロで行動していたのが無駄になる。
それに僕の勘がこいつとは関わるなと言っている。
「自己紹介も済んだようだが、ニグレド。しばらくメサイアと行動を共にしろ」
「嫌です」
「即答しないでくださいよ。いくら初対面でも傷つきます」
「ふむ。何故だ?」
「僕にメリットがない」
それにいきなり見ず知らずの奴と一緒に居ろと言われても抵抗を感じる。
「まあそういうな。私が言うのもなんだが、中々強いぞ」
「別に強いヒトなら良い、なんて言ってませんよ」
基本、僕一人で何とかできるし。
「というより、何故僕なんですか? ほかにも色々いるでしょう?」
「居ないさ、貴様ほどの実力者など。私の魔法を悉く斬り裂いた者など貴様以外いると思うか?」
「……」
こんなことになるなら手を抜けばよかった。でも負けたら正体を明かす約束だったし、結局詰みか。
「沈黙は肯定と受け取ろう。では、メサイアを頼んだぞ」
満足顔でシヴァは出て行った。腹立たしいほどしたり顔で。
「まあそんなに気を落とさずに。それよりも、すごい視線の数ですね」
また一階の受付に戻ってきたのだが、ここにいるギルド員全員に注目されている。
「僕が他人と一緒にいるのは珍しいからだよ」
一緒に居ても、赤の滅竜士のレオか蒼魔のソラウンといった大物ぐらいだ。
だからこんな見ず知らづの女の子といれば目立つ。
受付さんも興味津々らしく、僕に話を聞きたくてうずうずしている。
「ここじゃ目立つから場所移すよ」
「いいですよ。あ、私まだお昼ご飯食べてないので美味しいお店に連れて行ったください」
そういって僕の腕に絡みついてきた。
ざわめくギルド。
にやりと笑う受付さん。
こいつ、わざとやったな。
これでこいつの印象はよくわからないやつから、ニグレドの女に昇格しやがった。
くそっ、一緒に居ても不思議がられない。
何て計算高いやつだよ、まったく。
仕方なく行きつけの定食屋に連れて行き、僕はいつも頼む飲み物、メサイアはオムライスを頼んだ。
「うわぁ。美味しいですね」
「そうでね。で、聞くけど君は何ができる? 何故僕を選んだ?」
この二つが重要だ。
僕を選んだ理由も実力も。組むことはもう確定してしまった。なら足手まといにならない程度の実力は欲しい。
「君じゃなくてちゃんとメアと呼んでください。じゃないと何も教えてあげません」
ぷいっと顔を背ける。
「……メア、教えてくれ」
「いいですよ」
すると一片。満面の笑み。
「あなたを選んだ理由はですね、師匠に最強の剣士を相棒にしたいといったらあなたを紹介されたからです」
「……ならメアは最強の剣士に釣り合う実力がある?」
「最強は否定しないんですね。下手に謙遜しないヒトは好きですよ。まあ私はあの師匠に鍛えられましたし、師匠曰く魔女見習い程度の実力らしいです」
見習いと言っても魔女のだ。それはとてつもない実力者だということ。
下手をすれば軍隊と対等に渡り合える人間兵器。
どうせなら退屈しのぎになってくれればいい。
「ならその実力、確かめさせてほしい」
それから二日馬車で移動。時間はかかったけど、中々面白そうなクエストだから許容できる。
だけど、その間メアと一緒だというのがきつかった。
何かとこちらの素性を明かそうとしてくる。ほんと物好きなひとだ。
「その仮面の下、どうなってるんですか?」
「わざわざ見せるほどじゃないよ」
もう目標のテリトリーに入っているというのに、警戒のけの字も見せないメア。
「それにしても鬱蒼としてますね」
気味が悪いほど草木が生い茂り、剣で斬り裂きながら進む。
「気持ち悪い鳴き声です」
ギャーギャーと気味悪い鳴き声の鳥獣が群れを成して飛んでいるのが、生い茂る葉の隙間から見えた。
あれが飛んでいるということは、あっちだな。
「メア、こっちだ」
僕は鳥獣が飛び去った方向と逆に歩き始めた。
「あ、待ってくださ~い」
何かいるかと思ったが、結局見つけられなかった。
「日が傾いてきた。メア、ここで今日は移動するのはやめだ」
夜の森ほど危ないものはない。視界は悪く、方向感覚も無くなり、最悪夜行性の魔物に襲われるか、足を踏み外し崖から落ちる可能性がある。
「でもまだ夕方ですよ」
「あっという間に暮れるよ。それとも真っ暗闇のなかで野宿の準備、したい?」
「うっ、それはいやです」
「じゃあ魔法で草を刈り取っておいて。僕は枯れ枝を探してくる」
「わかりました。任せてください」
意気揚々とメアの指先が踊る。
描かれていく文字が帯のように連なり、最終的に円になる。
そして、文字が回転し、疾風が駆け抜けた。
「上手にできましたよ。どうです?」
「うん。お疲れ」
詠唱が不要の魔法か。それに展開、発生速度の速さ。
文字と帯となると西地方の魔法に近いな。
剥き出しの大地に、焚火の明かりが影を刻む。
辺りは静まり返る。時折魔物の鳴き声がするが、襲い掛かってくる気配はない。
「ニグレドさんはご飯食べないんですか?」
「保存食は不味いからいい」
それに飲まず食わずでも生きていけるらしいし、僕。
「食べないと身体壊しますよ?」
メアは焚火で干し肉をあぶりながら言ってくる。
「慣れているから大丈夫。それよりもさっさと食って寝ろよ」
ついでに言うなら寝なくても大丈夫。
最近どんどん人間離れしていくのが少し悲しいな。
「はい。じゃあ寝袋だします」
二つ鞄から取り出し、並べた。
「何故二つも?」
「ニグレドさんの分ですよ」
「僕は寝ずの番するからいらない」
「そうなんですか。ありがとうございます」
何故残念そうな顔をする。
何故悲しそうに寝袋を畳む。
ああそうか。僕の素顔が見たかったからか。なるほどなるほど。
瞬く間に夜が明け、日が上る。毛布に包まり眠るメアを起こすべく、彼女の肩を軽く揺さぶる。
「……ん」
「起きろメア。朝だ」
寝ぼけ眼を擦りながら、座るメアはぼーっと僕を見る。
「……ニグレドさん」
「どうかした?」
「…‥おはようございます」
「ああ、おはよう」
そして突然、何故か服を脱ぎだした。
「何してるんだ?」
「……お着替えですよ」
「そう」
僕は後ろを向き見ないようにする。
衣擦れの音がする。まあ着替えているから当然か。
というより、こいつ何考えているんだ。
これでも僕は男だぞ。
普通見ず知らずの男のこんなことするか。
一緒に何日も旅をするか。
「よくわからない」
まあどうでもいいか。
着替えたメアの服装は前日と打って変わり、戦闘向きの装備だ。
足首をしっかりと固めれる厚底のブーツに、細いナイフが数本付けられた短パン、金属製だが重さを感じさせない胸当て。短いマント。
左手から肘まで覆われたよくわからない金属でできたガントレット。それには彼女の主武装たる魔杖剣が収められている。
「最初からその恰好で来ればよかったのに」
「いえ。だって女の子らしくないじゃないですか」
じゃあなんで今更装備したんだと聞きたいところだが、それどころではなかった。
……何か、いる。
そして見られている。
探す手間が省けた。取り敢えず目標かどうか、確かめに行くか。
ずんずんと僕は森の奥へ。
メアは何も言わずついてくる。
少し緊張した足取りだ。ということはこの奥に何かいると気づいている。
そして僕達は遭遇した。
そしてまた僕は選択する。
森の最奥だというのにそこは開けていた。周囲には木々が無く、戦うには最適すぎる環境だった。
「ニグレドさん、あれ……」
中心に、いた。
「ああ。あれが僕たちの標的だ」
蝙蝠のような巨大な翼に、トカゲのような体躯。燃えるような赤の双眸に漆黒の身体。
ドラゴンだ。しかも黒竜。
「行くぞ」
僕はドラゴンに近付く。メアは渋々着いてくる。
ある程度近づいたとき、ドラゴンが吠えた。威嚇の咆哮だ。これ以上近づくのは許さない。
「やあ。よく来たね」
「ッ…………!?」
声を掛けられその存在に気付いた。ドラゴンの背に立つ白いローブの存在。声は魔法で偽装しているのか性別は分からない。
まるで気が付かなかった。
この僕が……
「まあそう警戒しないでもらいたいね」
それは無理だろ。誰でも得体の知れない者に警戒はする。というかしなかったら生き物として駄目だ。
僕は黒剣の切っ先を向ける。メアも僕にならい、魔杖剣を抜いていた。
「そう殺気立たないでくれないかい? 少し話がしたいだけだ」
「話?」
「そう、話だよ。君ならよくわかる話」
黒竜の背中から飛び降り、白ローブが少し近づく。
「ニグレドさん。こんな得体の知れない人の話なんか聞かないでください」
「メア、君は下がっていろ」
僕は何故か、無性に気になっていた。
「ニグレドさん!」
「メア、何度も言わせないでくれ」
メアは何故か泣きそうな顔をしている。
「ふむ。物わかりの悪い連れがいると苦労するみたいだね。さて、話というのは魔王、ギルバート・フォン・デュランダルについてだよ」
「魔王だと?」
久しぶりにその名前を聞いたな。ギル、僕が殺した魔王で、僕が殺したただ一人の友達。
「そう、魔王様についてだ。どういうわけか魔王様は君を欲しがっているのだよ」
「…………」
「魔王様が、ギルバートが君を、だよ」
ギルはもういない。僕が殺したのだから。また僕の知っている人を騙るのか。
どいつもこいつも僕の癇に障ることをする。
「何故魔王が僕を欲しがる?」
すると白ローブのヒトが笑った。声を上げて、さも可笑しそうに。
「何故? フハハ、笑わせないでくれ。そんなこと誰よりも君が識っているだろうに」
「黙れッ!」
こいつは、僕の正体を識っている。
「そんなにまで正体を隠したいのか? わざわざ魔具を使ってまで」
さらに言葉が続く。
「フハハ、勇者よ。いつも君は間違ってばかりいるね」
僕は黙らせようと、白ローブに襲い掛かっていた。
だが、白ローブは後ろに下がり避けた。
「闘うのか? 闘うというのか? いいだろう、勇者。君がどれだけ強くなったのか確かめよう」
ドラゴンが吠える。吼える。咆える。
僕の動きを止めるほどの咆哮。
周囲をなぎ倒す咆哮。
不意を突かれ、僕は吹き飛ばされた。
揺れる視界。その隅で、僕は視止めた。
メアが、あの白ローブに襲い掛かっているのを。
メアは、魔杖剣を振り抜く。決して、その刃が白ローブに届かない距離で。
すると、文字が奔る。刃の軌跡を追うように。
文字が発光し、雷に化けた。
迸る光と雷鳴。並の魔術師では到底再現不可能な、自然の稲妻に比類する威力だった。
大地に大穴を開けるほどの威力だった。
だが標的はどこにもおらず。あの巨大なドラゴンすらいなかった。
体勢を整えた僕は左右を見回す。
見失った。くそっ、僕が一瞬メアに意識を向けた瞬間に何かしたな。
不意に、上空から強烈な気配がした。
見上げ、そこにいたのは白ローブ。手には今までなかった、漆黒の大剣。
禍々しい片刃のそれはどこか竜を思い起こさせる意匠で……
刃が一瞬煌めき、黒い息吹が放たれた。
広範囲を破壊するのではなく、一点を集中的に狙った一撃だ。
そしてメアは黒に飲まれた。
直後、白ローブが大地に降り立ち……
天へ駆け上る金属音。それは黒と鋼が交差した音だ。
「しぶとい娘だね」
どういう仕組みかわからないが、メアの動きが加速されている。
およそ通常の三倍。その魔術なり魔法なりで回避したというのか。
残像煌めく斬撃を白ローブは悠悠と受け止めている。
「ニグレドさんッ」
呼ばれ、加勢する。大きく振りかぶった一撃は避けられた。
闘いはここで一休止。僕たちと白ローブは大きく後ずさり、お互い攻撃範囲から逃れた。
がくっと崩れ落ちるメア。息も荒げ、玉のような汗を流している。
「はぁ、はぁ、すみません。前衛は任せます」
「任せて」
得るモノが多ければ代価も多くなる。魔導力学の第一法則だ。
無論、勇者のチカラも例外ではない。
僕の強化のチカラも光も代償を払う。強くなっただけ失ってきた。
「で、勇者。君はどうするつもりだい?」
投げかけられる問。
魔王につくか、否か。ここで戦うか、否か。
いまが選択するときだろう。この選択で僕の未来は大いに変わる、かもしれない。
「一緒に来ないかい? あそこは平等だよ。人間みたいに裏切られることもない」
だけど、魔王に付けば勇者と戦うこととなる。水姉と殺し合うなんて……絶対に嫌だ。
「ニグレドさん、こんな奴の話なんか聞かないでください。本当に魔王の仲間なのかも怪しいです」
「私は人間みたいに嘘は吐かないよ。ギルが君を求めている」
「ニグレドさんッ」
「さあ勇者」
どうしたらいい。僕はどうしたら……
「聞きたいことがある」
「何だい?」
「ニグレドさん。あなたは魔王が本当にそんなこと望むと思っているんですか?」
「メア、少し黙っていてくれ。これは僕の選択だ」
メアはしゅんとうなだれる。
落ち込むなよ。でもこれは僕の問題だ。
「聞きたいこととはなんだい?」
「今の魔王ギルバートは、ギルは本物なのか?」
「その質問は些かおかしいね。まるでギルと会ったことがあるような発言だよ」
疑問に感じるのも当然だ。ギルは僕が確実に、この手で殺した。
……この手で殺したんだ。
だから生きてるはずがないんだ。だからギルバート・フォン・デュランダルがもう存在するはずないんだ。
「魔族は長生きだからもう気付いているんだろ? 僕が前魔王を殺した勇者だって」
「フハハ。漸くその言葉を聞けたよ。十六夜紅月、魔王は君を待っている」
「じゃあギルは死んでいなかったの?」
「いいや。死んださ。確実にね。でも世界というのは摩訶不思議でね。魔王はまた生まれ変わったのさ。記憶を引き継ぎ、新たな肉体へね」
僕は握っていた剣を落とし、力無く崩れ落ちた。
僕は……どうしたらいいんだ。
また僕は友達を殺さないといけないのか。
それともたった一人の家族を殺さないといけないのか。
世界はいつだって僕に優しくない。
「ニグレドさん。鵜呑みにしないでください。まだ此奴の言っていることが本当だとわかったわけじゃないです」
「そういうときの為に伝言を預かってきたよ。君に言えばわかるらしい」
そして白ローブは言った。
『ベルムーン』
ああ、嘘だ。ギルがいるなんて……
ベル・ムーン。この世界の古代語で意味は紅い月。
まだ僕達がお互いの正体を知る前、まだ友達だったときに魔王が名づけた渾名。
ギルがいるんだ。ギルがこの世界にいるんだ。
どうして……
どうして世界は残酷なんだ。
友人か愛する人を選ばせ、挙句の当てにはまたそれか。
殺したはずの友達をもう一度殺せというのか。
たった一人の家族を殺せというのか。
どうして僕に大切なものを天秤に掛けさせるんだよ。
なんで……どうして……
世界はいつも僕から奪っていこうとするんだよ。
「ニグレドさん……」
メアが優しく僕の肩を支える。
止めてくれ。僕に優しくしないで。
……泣いちゃうだろ。
そして僕は泣いた。
「大丈夫です。何とかなるいい方法がありますよ」
「いや、ないね。もう魔族と人間の争いは止まらない」
「そんなこと、ないです」
「もう止まらないさ。魔族と人間は争う宿命なんだよ。人間側はさらに新しい勇者を呼んだ。これで今回の勇者は三人、どうみても人間は魔族を根絶やしにするつもりだ」
三人目、だって。
「どういうこと?」
「君が使えないと判断した王様たちは、新しい勇者を用意したんだよ。君のよく知る人間をね」
僕の知り合いで、勇者らしい人間……
一人知っている。
僕なんかよりよっぽど勇者らしい人間を。
「上条光輝、だね」
「確かそんな名前だったね。で、構成メンバーが十六夜水月、上条光輝の勇者二人に、王宮特異魔術師二人。そして愉快なことにリーズ姫もいる」
姫様に光輝か。洗脳されてるんだろうな。あいつは賢いけど馬鹿だから。
きっと魔族は絶対悪だと刷り込まれているんだろう。
これは止まらないし止まれない。どちらかが消えてなくなるまで。
「さて勇者よ。これで物語の粗筋を理解したかい? では君はどれを選ぶ。どの結末を選択する?」
「……」
「再び友を殺すか、それとも家族を殺すか。どちらも殺さない、どちらも殺すという選択肢もある。さあ選べ、これが君の物語だ」
「……時間を少しくれないか?」
いま決めるなんてできない。昔みたいに強い想いがあるわけでもなく、殺意があるわけでもない。
「猶予は少しあるよ。レコンキスタに勇者たちが到着するまで一週間だ。予言でもそこで未来が決まると言っていた」
……水姉たちが来る。
「君の選択で決まるんだ。今度はさ、私たちを助けてよ。ギルとさ、楽しく生きようよ。ギルは裏切らないよ。人間と違ってギルは君を大切に思っているんだ。だからさ、私といこ? もう君だって裏切られるのはいやだよ」
泣いている。白い仮面の下で泣いている。
ギル、君は、君を殺した僕を許してくれるのか。もう一度友達だって言ってくれるのか。
「でも、ごめん。考えさせて」
「……わかった。一週間後、君を迎えに行く」
そして白ローブは去り、僕達もレコンキスタへ帰還した。




