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自由都市

……目が覚めた。

軋みを上げながらベッドから降り、僕は黒の外套と黒の面を付け、部屋を出た。

木造の階段を下りると、この宿の女将がいつものように朝食を準備しておいてくれた。


「おはようさん。相変わらず怪しげな恰好をしているね」


それでも、一か月もこの宿に泊まり続けている僕に対して愛嬌のある笑顔を向けてくる。


「おはようございます、フィリップさん」

「冷める前にさっさと食べてしまいなよ」


フィリップさんはそれだけ言うと奥の厨房に入っていった。

周囲には誰もいない。と言ってもこの宿に泊まっているのは僕だけだったりする。

安くて料理もおいしいのに……

まあとにかく早く食べてしまおう。

僕は仮面を少しずらし、朝食を取ることにした。


自由都市レコンキスタ。ここに来てもう一か月が過ぎようとしていた。

本当にここは住み易い街だと思う。

僕みたいな正体不明な奴でもお金は稼げるし寝床も確保できる。

そもそもこの街は、魔族に国を落とされたものや、訳ありで国から追い出された者たちが多い。

だからあまり目立たないんだ。こうして正体を隠していても。

ただ難点は治安が良いとは言えないことだろう。

いろんな所から人が集まれば仕方がないといえば仕方ないけど。

それでも一応の治安は守られている。


ギルドから派遣される警備員や自警団とかが頑張っているみたいだし。

のんびりと金を適度に稼ぎながら暮らすには良い街だよ。

そんなことを考えている間に僕の職場に着いた。

木製の扉を押し開けるといつも通りの景色が広がっていた。


机を囲んで酒を飲む男達、掲示板を眺める武装した男女。そして受付に美しい女。

ようするにギルドだ、ここは。

騒がしさは相変わらずだが視線が集まる。

ここに来た当初一悶着あったせいだろう。

だけどまあどうでもいいや。


「いらっしゃいませ、ニグレド様。今日はどういった御用件でしょうか?」


美しい女はにこやかにほほ笑む。完璧な営業スマイルだ。


「討伐依頼を受けたいです」

「では右手の掲示板からクエストを選択してください」


ニグレドというのは僕の名前らしい。本名を記入しなかったせいでこんな名前が付けられた。

僕が掲示板に近付くと、今までいた男女が慌てた様子で退いた。


「ごめんなさい」

「いっいえ」


謝ると、男はどもりながら女を連れて足早にギルドから出て行った。

……そんなに怖がらなくてもいいのにね。

溜息を吐いて、僕は左腰に携えていた剣を後方に振り抜いた。


鈍い金属音。そして物が壊れる音。男のうめき声。

どうやら勢いよく飛び過ぎて木造の壁を突き破っていたみたいだ。

僕は抜き身のドス黒い剣を鞘に納めて、受付嬢に謝ることにした。


「毎度毎度すみません」

「いえ。お気になさらずに。修理代はあちらから頂きますので」


にこにこ笑っているよ。まあいつも修理代含め迷惑料としてがっぽり毟り取っているらしいからかな。

馬鹿みたいな速さでまた斬りかかってきた。

それをまた僕は剣で防ぐ。

一切ビクともしない僕に苛立ったのか舌打ち距離を開けた。

が、僕は一気に距離を詰め、男の腹に掌底を叩きこんだ。

またしても男は吹き飛ばされ、偶然にも先ほど開けた穴に吸い込まれるように入った。


「全く……」

「いつも大変ですね」

「ありがとう。そんなことを言ってくれるのは受付さんくらいだよ」


壁を突き破った男が腹を摩りながら戻ってきた。


「くそ~。今日こそ勝てると思ったんだが」


この蒼髪蒼目の男、名前はテオ。毎度毎度僕に勝負を挑んでくるめんどくさい相手だ。

こうなった理由も笑えないほど些細なことなだけに気が滅入るよ。

単に僕がギルドでは珍しいソロクエスターで、彼が狙っていた獲物を偶然討伐してしまったからなんだ。


彼も僕と同じくソロクエスターで、二つ名は蒼の滅竜士。名前からもわかるように人間が到底勝てない竜を専門として、ギルドでもトップレベルの剣士だ。

僕とスタイルが似ていることが気に食わないって言う理由も加味されて、どっちが上か、と彼の闘争心に火が付いてしまったんだ。


「……」


僕は無視する。それが彼の神経を逆なでしたのか、彼は背負っていた蒼い大剣の柄に手を掛け……


「馬鹿テオ。ここでソレを抜くな」

「ぐあっ……!?」


叱責の声と共にテオは後頭部を殴られ、痛そうにしゃがみこんだ。

はぁ…………

どうしてこうも厄介なことが起こるんだろう。


現れたのはテオとは真逆の紅い髪の、どこか紳士のような雰囲気の若い男だ。

どうやらテオを殴ったのは、今彼が手で遊んでいるステッキらしい。

服装はダークスーツにシルクハット。テオの無骨な鎧姿と真逆だ。


「ッ~~~~? クラウン、テメェ何しやがる!?」

「ゴブリンよりも低能な君の知能ではわからないのも無理はないさ」

「馬鹿にしてんのか!?」

「ふっ、そんなことも解らないのかい? 僕は君を馬鹿にしているのだよ。ああ、実に嘆かわしい暗愚さだよ」


やれやれといった風に肩を竦める。


「ぶった斬ってやる!」


激情したテオ。だがまたクラウンにステッキで殴られ、蹲る羽目に。


「だからテオ、君は阿呆なんだ。いい加減その剣を抜いたらどうなるか、理解したまえ」


そこでようやく理解したのかテオは……


「あっ……」


と声を漏らして、またクラウンに頭を小突かれた。

ほんと、この二人が揃うと騒々しくなるよ。

そんなことより早くクエストを決めて、狩に行こう。

流石に財布が寂しくなってきたし。


僕が掲示板を眺めていると、僕の肩に手が置かれようとして……


「避けるなんて酷いな」


僕は半歩身を翻し、クラウンの手は宙に残る。


「……お前は信用できない」

「心外な。ただ僕は君の正体が気になるだけだよ。テオもそう思うだろう?」

「クラウンはこいつの正体なんか気にしてるのか? どうでもいいだろ、そんなこと。こいつは強い。それさえわかれば十分だ」


憮然というテオを見て、クラウンはますます興味深そうに笑みを深める。

ほんと、嫌な奴に目を付けられたものだよ、まったく。

これじゃあまるで僕がどこぞの主人公みたいじゃないか。


顔は普通、性格も良いとは言えなく、心もたいして強くなく、これといった特技もなく、どこにも主人公らしい要素もなく……

欠片も主人公みたいな物語なんか望んでいないのに……

僕はただ異世界で、適度なスリルと適度な堕落が合わさった生活がしたいだけなのに……

それなのに僕は勇者で、様々なことに巻き込まれていく。

運命の脚本を書いている奴がいるのなら、どうして僕を勇者にしたのか聞いてみたいよ。

そしてそいつをぶち殺してやりたい。

僕が考え込んでいると、クラウンは何か思い出したように、ポン、と手を叩いた。


「そうそう思い出しました。ニグレドさん、あなたにお話が合ったんですよ」


思考から強引に意識が浮上した。


「…………なんだ?」

「僕たちと一緒に依頼を受けてくれませんか? 勿論、報奨金は支払います。前金でこの額。達成で倍払います」


うわぉ。僕が受けようとしていたクエストの十倍近い金額だよ。

だけど、その分危険があるんだろうな。


「……何故僕?」

「笑わせないでください。あの蒼の滅竜士をあしらえる実力があるあなたですよ」

「おいこらクラウン。オレがこいつより弱いって言いたいのか?」

「馬鹿は黙ってってください」


またクラウンはステッキで叩き、話を続けた。


「で、どうしますか?」


……迷いどころだ。


「依頼内容は?」

「……ここではあれなんで場所を移しましょう」


金になりそうな話に耳を立てているやつらはどこにでもいる。

ギルドの個室で話し合った結果、僕はこの依頼を受けることにした。


傭兵クエストに依頼書が張られたのを見計らい、僕は依頼書を取り、受付に渡した。

書かれていた内容は、ある遺跡の探索に人員を一人募集していること。


「はい。承りました。手数料もすでに頂いていますので、ではこちらにサインを」


サインを書き終えると受付さんが少し心配そうに見ていた。

まあそれなりに馴染みだからだろう。


「……難易度SS以上ですが大丈夫ですか?」


僕のランクはAだから心配になるのも無理はない。普通ならランクが高すぎて受けられない依頼だけど、名指しだから受けられてしまう。


「大丈夫ですよ」


死ぬつもりはない。逆に死ねるものなら死んでみたいよ。

死にたくはないけどね。


「じゃあ行ってきます」


外で待っていたテオとクラウンが用意した馬車に乗り、僕たちは遺跡を目指した。

馬車に揺られること三日、遺跡があるという秘境まで歩くこと五日。計八日も移動に費やしてしまった。

だけど特に問題はなかった。

道中、見たこともない突然変異種に襲われたり、テオが性欲を持て余したり、非常食が絶望的に不味かったけど、問題はなかった。


「ここが今回潜る遺跡の入り口です」


潜るといっても、洞窟から地下にある遺跡まで降りるだけだけど。

帰りたい。非常に帰りたい。

洞窟の奥から変な叫び声が聞こえるは、尋常じゃない臭いが漂っているはで、非常に遠慮したい気持ちでいっぱいだ。

何分、聴覚も嗅覚も異常だからこの二人に分からないものも感じてしまうのだから、最悪だ。


「……何があるんだ?」

「そういえば言ってませんでしたね。古い伝承では勇者の遺物らしいですよ」


勇者というよりも、この禍々しさは魔王だろう。というより魔王じゃなきゃ、おかしい。


「クラウン、御託は良いからぱぱっと終わらせようぜ」


溜まったストレスを発散したい様子のテオは子供のように無邪気な様子で笑っていた。

短い付き合いだけど、ただ暴れたいだけなんだろうと容易に推測できる。


「そうですね。では行きましょうか」


僕たちは松明の明かりを頼りに薄暗い洞窟を降る。

どこぞのファンタジーのように、洞窟だからと言って魔物が出るわけもなく、トラップがあるわけでもなく、歩くだけだった。

拍子抜けするほど何も起こらなかった。


別に何かアクシデントが起こることを期待していたわけではないが、現代っ子の僕が知っているゲームとか漫画とかと違い過ぎて、現実を突き付けられた気がして嫌だった。

今までが余りにもファンタジーらしかったせいもあるけれども。

まあこれが現実だろう。

そう毎回何か問題が起こっても主人公みたいで嫌だし。


唐突に洞窟が終わる。

不自然なまでの人工物が現れた。といっても大きな鋼鉄製の扉だ。

ようするにここからが本番ということなんだろう。

一体全体どうやってこんな地下深くに遺跡を作ったのか気になるところだが……


「ここからがいよいよ本番ですよ。気を抜かないでください」


少しわくわくしてきた。

何を隠そう僕はファンタジーが好きだ。

過去に辛い思いをしたけど、このファンタジーな世界が好きだ。

剣と魔法に魔物に魔王。こんな世界を経験出来て実に幸福だと思う。

昔から僕はこういう世界に憧れていたし、今もその想いはあり続けている。

だから胸躍る。

未知の遺跡を冒険することも、命がけの戦いも。

ただ理想を言うなら、主人公みたく魔王と戦いたくなかったし、勇者なんかなりたくなかった。

ひっそりとギルドで生計を立てながら、可愛い嫁を見つけてのんびり暮らしたかった。

まあ今はそれが出来つつあるからいいけれども。

取り敢えず言えることは……

僕は今……

非常に追い込まれていた。

現実逃避したくなるほどに。

あ~あ、まだ死にたくない。


扉を開け、遺跡に入れた所まで良かった。

まさかテオがあんな簡単なトラップに引っかかるほど馬鹿だとは思わなかったよ。

普通、こんな古びた遺跡にいた女の子に声かけないよね。

しかもうっすらと半透明な幽霊に。

いくら性欲を持て余しているからと言って幽霊に発情しないでほしい。

そのせいで今、僕たちは無数の幽霊たちに追い回されている。


「テオが発情したばっかりに……」

「俺は発情なんかしてない!」

「嘘はいけませんよ。道中に人型の魔物を襲おうとしたくせに」

「それは、おめぇらの勘違いだ!」


厄介なことに僕たちを追い回している幽霊には即死効果があるらしく、もれなく彼ら彼女らのお仲間入りという訳だ。

だから必死で必死で走る。人間が出せる速度で、狭い通路を右へ左へ駆け抜ける。

やだやだ、僕はまだ死にたくない。


「テオ、責任とって死ね」

「ふざけるなニグレド。欲求不満のまま死にたくない」

「やっぱり発情しているじゃないですか」


勇者ぱわーなら何とかできる可能性があるけど何とかできない可能性もある。

下手に自身の素性を明かせない僕がチカラを使う訳にはいけない。

だから手持ちの武器で何とかしないといけないのだが……

いかんせん物理攻撃しかできない。テオも僕と同じ剣士だから期待はできないし……

頼みの綱のクラウンは魔法を使うどころではない。

さて、どうしたものか。

思案しているとクラウンが話しかけてきた。


「ニグレドさん、あなたの剣ってミスリル製でしたよね」

「多分」


この仮面と外套と一緒に魔女から貰ったものだ。確か魔女はミスリル製って言ってた気がするけど……

ミスリルって確か白銀色だったような気がする。


「でも真っ黒だよ」

「ああそれは属性が反転しているからでしょう」


なら駄目じゃないか、と思っているとクラウンはさらに言う。


「いくら堕天していても大丈夫です。貸してください。今すぐ霊体を斬れるように魔法を掛けます」


言われて僕は剣を手渡す。すると会話を聞いていたのか幽霊たちが勢いを増して襲い掛かってくる。

クラウンは忌々しそうに舌打ち、懐から取り出した小瓶を地面に叩きつけた。不思議な反響を残し、亡者たちの動きが鈍る。


「聖杯です。これでしばらく霊は動けないはずです」


その隙を突いて、僕達は右に曲がった。

そこは今までの通路と打って変わった、奇妙な部屋だった。

壁一面に何か壁画のようなものが刻まれた、何かを訴えてくる部屋。

テオはそんなこと気にする余裕もないのか地面に横たわり、荒げた息を整えている。

クラウンは僕の剣にぶつぶつと何か呟きながら指を這わせている。


「ニグレドさん、完了しました」


といって渡された剣だがどこも変化はない。

僕の不安を読み取ったのかクラウンは説明した。


「大丈夫ですよ。魔法は完璧に掛かっています。それにしてもここは……」


語る言葉を失くしたみたいだ。


「くそっ。なんでお前らは疲れてないんだよ」

「身体強化の魔法を使ってますから」

「……鍛え方が違う?」

「そんなことよりテオ、見なさい」

「あん? ただの壁画じゃねえか」

「馬鹿テオ。これは物語です」


確かに左から右へ描かれた絵は変化していた。


なるほど。

勇者の誕生から魔王討伐までの物語か。


始まりは一人の男に光が差し込み、神か天使のようなものが降りてくる様子。

そして次は何か武器のようなものを渡され、勇者が誕生する様子。

そこから様々な物語が描かれていき……

禍々しい、魔王としか形容できない存在に立ち向かい打ち破る様子。

そして最後、また神か天使のような存在が勇者のもとに降りる様子が描かれていた。

一体これはいつ描かれたものなんだろう。

ここに描かれた神か天使のような存在は一体何者なのだろう。

勇者や魔王といった存在はすでにもう識っている。

この神聖な存在の正体がわかれば何故僕が選ばれたのか、わかるかもしれない。


「クラウン、ニグレドッ! 奴らが来たぞ」


考えるのは暫し中断だ。

いまは敵に集中しよう。

こんなところでまだ僕は死ぬわけにはいかない。


漆黒の剣を握りしめ、少女の幽霊の脳天目掛けて振り抜く。

技術のへったくれもない、力任せの一撃だが、速かった。

断末魔の悲鳴、というのは些かおかしいかもしれない。

だが実際に少女は消えゆく刹那、怨嗟を上げていた。

聞いている僕が呪われるんじゃないかと危惧するほど、恨みつらみの籠った声で。

寒気がする。

僕は幽霊が苦手だ。

それでも僕は手を止めない。足を止めない。


縦横無尽に駆け巡り、一撃必殺の刃を振るう。まるで水を得た魚のように。

斬る斬る斬る斬る。

もう一度言うけど僕は幽霊が大嫌いだ。


「ふう。終わった」

「お疲れ様です。やはりあなたを雇って正解でした」

「くそっ強すぎだろお前」


僕は片手を上げることで応え、視線を頭上の壁画に向けた。

戦闘中に気付いたもう一つの壁画があった。

松明の明かりでは届かず、天上は暗いが僕の人外の視力なら問題なく視れる。

第一、暗闇だろうと昼間のような明るさで視れるのだから実際、松明は必要ないけれど。

僕がソレを見た瞬間、悪寒が全身を駆け抜けた。

ぞっとした。有り得ないという思いで一杯になった。


幸いにも仮面を付けていたことで、僕の表情はクラウンたちに悟られなかったが……


「どうかしました?」

「何でもない。それよりもこれからどうするつもりだ?」

「そうですね。この部屋を調べて、勇者の遺物の手がかりを探します」


そういいクラウンは壁画を丹念に解析し始めた。

だがいくら解析しようとも手がかり何て見つかりはしない。

僕が勇者だから、勇者だったからそのことを理解してしまった。

ここは……

ここは……

勇者の遺物なんか、

勇者なんか、

祭ってなどいない。


有り得ない。信じられない。

一体誰がこんな悪趣味なものを作ったというのか。


「ここには何もないようですね」


落胆した様子でクラウンは言う。

だが、おやと何かに気づいた。


「そういえばテオがいませんね」


確かに見渡してもテオの姿が無い。ここは何も遮るものが無い空間だから、見つからないということは……

突然、ガコンッと始まりの壁画が描かれた壁が回転した。

その壁には物語の始まりが描かれている。


「うおっ。おっクラウンにニグレドがいるってことは帰ってこれたみたいだ」


嬉しそうに手を振る馬鹿。


「どこに行っていたんですか?」


こういった事態に慣れているのかクラウンは特に気にすることなく尋ねた。


「さあ?」

「……何かありましたか?」

「おお、なんかあったぞ」


そうですか、と言ってクラウンが始まりの壁画を押すが、先ほどみたいに回転しない。

すると何故か悔しそうにクラウンは言う。


「馬鹿に出来て私にできないなんて悔しすぎます」

「クラウン、入口はあっちだぞ」

「……みじめです」


テオが見つけた秘密の通路を抜けた先、また少し毛色の違う空間が現れた。

死者と生者が手を取り合う彫像。その手と手の間に扉がある。

いかにも何かありそうだ。

そしてさっきの部屋と同じように、壁画が部屋の側面に二つ描かれていた。


「クラウン、どうする? 中に入るか?」

「少し待ってください。今こに描かれた文字を解読してますから」


右に描かれた絵は、騎士のような恰好をした者とドレスを着た者が抱擁している。

左に描かれた絵は無数の屍の上で同じく騎士の姿をした者が天を仰ぎ慟哭している。

まるで真逆の絵だ。方やハッピーエンド。方やバッドエンド。


終焉がこの部屋の入り口で、始まりが出口。先ほどの部屋に側面に描かれ絵は七枚。

側面に描かれた絵はまるで円。幾度と繰り返される勇者と魔王の物語。

本当に誰だ、こんなモノを造ったのは。

空気の淀み具合から百年や二百年じゃきかないぞ。

これを造った奴は未来でも見えていたのか。それをわざわざ誇示したかったのか。


悪趣味すぎる。

くそっ……


「読めました。どうやら資格がある者のみ、この扉を通れるらしいです」


この扉の先に、答えはあるのだろうか。


「おっしゃーー! 俺が一番乗りだっ……て、ビクともしねえ」


糞っ糞っと扉を蹴るが、なかなか頑丈なのか壊れる気配すらない。

続くクラウンも案の定開けることができず、残された僕は期待に満ちた眼差しに晒される羽目に。

僕なら開けれるだろう。

七枚の壁画に描かれた勇者に、天井に描かれたもう一枚。

七に八、そしてあの絵。

これらの共通点。そして資格ある者。

導き出されるもの、答えは、勇者。

いくら僕が否定しようとも、僕は七代目の勇者であり、新しい方法で生み出された八代目の勇者。


終焉から始まる。

終わったはずの物語が、カタチを変えて始まる。

それを意味していたあの絵。

天井に描かれていた、魔法陣の上に立つ二人のヒト。

まるで僕と水姉。

まるで僕と彼。


気が付けば僕の視界は黒く塗りつぶされ、あの扉を開けたのかすら、わからなかった。

思考は絶えず、意識は鮮明で、謎が瓦解していく。

勇者と魔王の闘争。それはこの世界に定められた運命であり、終わることがない。

それは幾度となく繰り返された、まるで螺旋。数多の命が犠牲になる死の螺旋。

それを僕が、七代目の勇者である僕が破壊した。

繰り返される因果を断ち切った。

そのはずだった。

もう二度と勇者が現れることも、魔王が現れることもない、そのはずだった。

だけど現実は違う。



再び勇者は現れ、魔王は現れ、闘争を開始した。

物語はカタチを変えて、始まったから。

僕が犠牲を払い、それでも世界を変えたというのに。

これでは茶番だ。僕の努力も犠牲もすべて無駄だった。

何もかもを捨てて、為し得たことが無駄だった。


記憶はさらに過去へ。血肉を削り、全てをあのヒトに捧げた激闘の青春時代へ。

気が付けば、あの国から旅立っていた僕。記憶では魔法陣から呼び出され、勇者に仕上げられた僕。それでも僕は体験した記憶などなかった。

それでも僕は知っていた。

それでも僕は知らなかった。

言葉も国も地名も家族も友達も、そして恋人も。

本来あるはずがない記憶。

それでも僕は知っていたし、僕は知らなかった。

意味が分からない。

意味が分かる。

僕は七代目の勇者だ。

違う、僕は八代目の勇者だ。

それらは正しく、正しくなく。


ああ、どうして僕は魔王を倒すことを最優先にしたのだろう。

ああ、どうして僕はあのヒトの気持ちが分かっていたのに、辛辣な別れを述べたのだろう。

それは、忘れてもらうためだ。もう二度と、会えない僕なんかを。

違う。そんなのは僕らしくない。


そうだ。僕なら、例え世界を敵に回してでも、あのヒトと添い遂げることを選んだはずだ。その選択は無理でも不可能でもなく、魔王を倒した勇者なら可能だったはずだ。


でも、魔法陣が……

現にその魔法陣を破壊して自由に生きているだろ。それをしなかった僕はただ、怖くて逃げただけだ。


絶えぬ自問。

絶えぬ自答。


選択肢を間違えたから、僕はあの壁画のように、数多の亡骸の上で泣いたのか。

選択肢を間違えなければ、僕はあの壁画のように抱き合えたのか。


…………

そうか。全ては僕が選択を誤ったから。

そうか。だから物語が新しく始まった。


七順目を終えた物語は選択され、新たな物語へと脱皮した。

僕が彼を食べ、新しい存在になったように。

闇が、黒が、白く、光に、染め、られ、た。


目が覚める。眼が捉える。

見知った天井。いつも僕が使っている安宿の天井。


「僕はなんでここに……」


理解ができない。何故か僕はベッドの上で寝ていた。

それから僕は何があったかギルドで調べた。だが謎が増えるばかりであった。


テオやクラウンなどという人物は存在しておらず、依頼も存在していなかった。

しかし、その埋め合わせと言わんばかりに、テオやクラウンの存在を補完するように、レオやフラウンといった、彼らと瓜二つの存在が。

あの依頼を補完するように、僕は複数の依頼を彼らと受け、金を受け取っていた。

気味が悪い。確かに彼らとの記憶はあるというのに、実行したという感覚がなかった。


まるで気が付いたときに勇者となっていた感覚とまるで同じで……

まるで世界が塗り替えられたようで……

ああ、実に奇妙な話である。


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