表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

しばしの休息

あれから三日かけて僕たちは城に帰った。その間、水姉が目を覚ますことはなかった。

未だ眠り続ける水姉を余所に僕は図書館に向かった。

無論僕付きのメイド、アリサも居る。だが彼女は入り口付近で待機し、僕は本棚にいる。

調べているのは神話やおとぎ話。勇者や魔王といった存在についてだ。


「だめだ……全然だめだ」


前回調べた内容と大差ない。どれもこれも知っている内容ばかり。

知りたいことが全然見つからない。これはもう魔女のもとに行くしか……


「はぁ……一体この世界はどうなっているんだろう?」


なんで魔王の名前が前魔王と同じなんだ。あいつは確かにきっちりと殺したはずなのに。


『ギルバート・フォン・デュランダル』


僕が野営地に帰ってきてすぐ聞かされた名だった。

この歴史書に書いてあるように魔王は200年ごとに現れているんだ。なのに今回は100年。

現れるはずがないのに……

魔王は現れた。そして勇者も。


適当に開いたページ。そこには偶然にも僕のことが書かれていた。

歴代最強にして魔王を倒し、生還した異能の勇者。

彼の者が振るう光の剣は万の魔を屠り、真なる聖剣は闇をも払う。

彼の者は修羅の如く刃を振るい、聖者の如く弱きを救う。

そして彼の者はある言葉を残して帰還した。


『我は悪しき者を払った。故に後の世のことは任せた』


まるで嘘。

予想通りに改竄された美談だよ。


「紅月様ー。いらっしゃいますかー。少しお話があります」


姫様が呼んでいる。行かないと。

僕は嫌々しい歴史書を本棚に戻し、姫様のもとに向かった。


「そんな大声を出してどうしたんですか?」

「紅月様、遊びに行きましょう」


なんてことを言ってくるのはこの国の姫で彼女にそっくりなリーズ姫。

朗らかに笑う彼女に対して僕は引きつった笑みを浮かべていた。


「……こんな時期にですか?」


魔王軍は一時撤退したとはいえ、多くの人間領は占領されたままだ。


「こんな時期だからですよ。いつ死ぬかわからないから今を楽しみたいのです」

「……リーズ姫が外に出るのは大丈夫なんですか?」

「あなたがいるじゃないですか。それにお父様の許可も貰っています。それに、もし危険が迫っても勇者様が守ってくれますよね?」


…………


「そ・れ・に・紅月様。敬語は無しって約束ですよ」


姫様は魅力的な笑みを浮かべ、僕の手を取った。


「君も折れない人だね」

「ええ。わたしはこういう人間ですから」


僕は結局姫様の要望をかなえることになる。


「うわぁ……とってもおいしそうですね。あっ紅月様、あれもすごいです」


無邪気な子どものようにきらきらと目を輝かせながら姫様は街の屋台に感激していた。

姫だとばれないように一般人のような服装に身を包み変装しているが、生まれ持った高貴さが滲み出ているせいで、些か騒ぎになりそうで不安だ。


「美味しそうだね。買わないの?」

「ううん。行儀が悪い女の子だと思われたくないです」


ずっと僕の手を握る姫様は恥ずかしそうに俯いた。実際に耳が真っ赤に染まっているけど。

不意に姫様のお腹が鳴った。


「お腹も空いたし適当に昼ごはん買って食べようよ」

「……あう…………」


リンゴみたいに真っ赤だ。そんな姫様を連れて僕は適当に屋台で昼飯を買い、アリサとパンを食べた噴水に行くことにした。


「うわぁ……とってもおいしいです」


ハンバーガーのようなものを食べる姫様はかなり驚いていた。いつも宮廷料理を食べている彼女にしてみればこんな片手で食べれるようなジャンクフードは初めての経験なんだろう。


「濃い味のお肉と少しカリッとしたパンの相性がすごくいいですね」

「そうだね」

「次はどこに行く?」

「そうですね。あっちの方に行ってみましょう」


昼食を取り終えた僕は姫様に引っ張られ、すこし込み合っている人混みをかき分けながら…………

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


姫様が綺麗なネックレスを見つめて笑う。

姫様が可愛らしい犬を抱いて笑う。

姫様が手を離さず走りながら笑う。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


太陽が傾き始めた。


「今日はとても楽しかったです」

「そうだね。日も暮れてきたし城に帰ろう」

「はい……」


少し歯切れが悪い。


「どうしたの?」

「その前について来てほしい場所があるんです」


深い眼差しが僕を見つめた。

どきりっと僕の心臓が一際強く高鳴った。


そこは街外れにある秘密の場所。周囲は森に囲まれた美しい泉だ。

七色に輝く水草に瑠璃色の魚が水面で跳ねる。その美しい水面になぜか青い夕陽が差し込み夜のような幻想世界だった。


「ここはわたしのお気に入りの場所なんですよ」


姫様は裸足で水と戯れながら語りかけてくる。

なんで…………


「わたしだけが知っている秘密の場所」


姫様は唇に人差し指を当て、蠱惑的な笑みを浮かべ、深く優しい眼差しで……


どうして…………


「紅月様……わたしはここを守りたいです」


『コウ……わたしは美しいこの場所を守りたいの』


一瞬。過去と今が交差した。

かつて想い出が現実を侵食する。


「…………」

「でもわたしは何もできない無力な女。だからと言って紅月様に全てを託すのはあまりにも傲慢かもしれません。ですが……」


なんで……


「どうかわたしたちを……」


『助けて』


「救ってください」


碧色の眼差しに見止められ、僕は何も話せなくなる。


これ以上何も言わないでくれ。

じゃないと僕はもう……


「お願いします。紅月様……」


立ち尽くす僕を姫様は優しく抱き締めてきて……


『コウ……』

「紅月様……」


まるで過去と今が同化したようで……

まるで姫様にリーズが乗り移ったようで……


「僕は……」


僕は……“リーズ”を抱き締めた。


「護ってみせる。君もこの場所も、この世界も」


するとリーズは顔を上げ、魅惑的な笑みとともに、深い色をした碧の瞳から僕は目が離せなくなった。


「ありがとうございます。紅月様……」


一斉に幻光蝶が羽ばたいた。美しい、白銀色の翼は光り輝く鱗粉を撒き、世界がより一層幻想的に染まっていく。


ああ、本当にきれいだ。

ああ、本当にきれいだ。


彼女も、世界も、なにもかも…………


城に帰った僕たちは……


「紅月様、今日はとても楽しかったです」


リーズの部屋の前。リーズは本当に楽しそうに笑う。


「僕も楽しかったよ」


嘘偽りのない言葉。リーズはさらに嬉しそうに微笑む。


「はい。じゃあ、お休みなさい。紅月様、今度は……わたしの部屋に遊びに来てくださいね」


それだけ言うとリーズは物凄い勢いで部屋の中に入った。


「……ほんと」


僕は振り返り────


「何がしたいんだ?」


いつの間にかいた黒髪のメイドを睨みつけた。


「いえ、水月様が目をお覚ましになりましたのでご報告にと」

「だからと言って盗み見る理由にはならないよ」


ご丁寧に気配まで消して。


「姫様が本当に楽しそうに笑うようになった理由が気になりまして」

「…………」


無表情なアリサから何かを読み取れる自信はなかった。


「水姉はいつ、目を覚ました?」

「つい先ほど、ほんの一時間ほど前に。あなた様がお戻りになったころです」


無表情な女は淡々と述べていく。


「わかった。案内してくれ」

「畏まりました」


背を翻し、アリサは歩き出した。

その立ち振る舞いは隙だらけで、とても気配を消すことができるような人間だと思えなかった。


「あっ紅ちゃん」


意外と元気そうな水姉が出迎えてくれた。だけどどこかやつれた雰囲気で……


「お姉ちゃんが寝ている間にお姫様とデートするなんて少し酷くない」


何故知っている?


「もう。全てアリサさんが教えてくれたんだからね」


こいつ……

睨むが涼しい顔で流された。


「いつの間にそんなに仲良くなったの?」


見据えられた眼差しは鋭く、声色は恐ろしかった。

強く引っ張られて水姉の横に座らされ、抱き着かれる。


「…………誘われたんだよ」

「……へぇ~~」

「紅ちゃんはああいうお姫様タイプが好きなんだ」


……リアルお姫様だけど。

でも性格は優しい普通の女の子。


「……そうでもないよ」

「……へぇ~~」


水姉の眼が怖い。何が怖いっていつも感情豊かなのに、無表情なところが怖い。

それから続く沈黙。

僕は必死に無言の圧力に耐える。

誰か助けて……!?

不意に……


「くしゅん……」


どうやらアリサがくしゃみをしたらしい。あの無表情からほんのり恥じらいの様子が窺がわれる。


「あ~あ。何かどうでもよくなってきちゃった」


抱き着いていた水姉は僕から離れて、どこか投げやりにベッドに座った。

た、助かった。でもあの、ほら、わたしのおかげで助かったんだから感謝しなさい、ていう勝ち誇ったアリサの目付がムカつく。


「紅ちゃん。わたしもう疲れちゃったから……」


要するに出て行けということ。だから僕は素直に立ち去った。

部屋へ戻ろうとしていると


「紅月様……」


僕の部屋に通じる長い廊下で呼び止められた。

聞き覚えのある、優しく愛らしい声。


僕は振り向き、リーズは微笑む。


「どうしたんだい?」

「その……あの……」


あたふたと二の句が継げない。


「傍にいても、良いですか?」

「…………」


僕は言われたことが理解できず茫然とリーズを眺め、みるみる真っ赤に染まっていく彼女を観察していた。


「あう……そんな幼子を見るような生暖かい眼差しはやめてください」

「……」

「うう……ッ怖くて寝れないんです。あの魔王の声が頭から離れないんです」


ああ、そういえばリーズもあの戦場にいたな。


「……」

「だっだめですか?」


迷う僕。リーズは重ねて言葉を紡ぐ。


「お願いします」

「……いいよ」


僕の意思と反して、僕は返答していた。

理由を考える間もなく僕はリーズに案内されて、というより手を強引に引っ張られて、城の庭園に連れて行かれた。


「へぇー。綺麗な場所だね」

「あの場所には劣りますけどね」


それでも美しい場所だった。

咲き誇る花々に鏡のような水面に映る満月。

泉のほとりにあるベンチに座るも、会話はなく……

ただ寄り添うだけ。

手をつないだまま。


近くのテーブルにアリサがお茶の準備をして、彼女は黙って立ち去る。

だが、離れた場所からこちらを観察している。

邪魔はしないが、こちらに対する興味が尽きないようだ。


「……まだ、魔王が怖い?」

「はい……でも。紅月様がいてくれるから……」


本当に、何でこんな冴えない僕がこうも……

誰も愛さないと決めたのに……


唐突に、僕はリーズを抱き寄せ……

大きくその場から飛び退いた。


「こ、紅月様?」

「黙ってて。何かいる」


今もびしびしと強烈な殺気が僕だけに襲い掛かってくる。

殺気に指向性を持たせれるのだから相当の実力者だろうし、僕を狙ってきたということは……


「僕に何の用だ?」


リーズを僕の背中に下がらせ、白色の光の剣を出現させた。


「流石はリーズ姫を誑かした勇者様だ」


物陰から出てきた者は獣のような獰猛な目つきをした、白髪を短く刈り込んだ男だ。

この男の身のこなし、筋肉の付き方、目線の送り方、どれを見てもただ者じゃない。


「ぜっゼクスさん!? 一体何を……?」

「おお、わたくしごときに敬称は不要です、姫様」


恭しく片膝をつく男。

どうやらリーズの知り合いらしいが……


それなら殺気を収めてほしいな、切実に。

これだけ強い殺気だと身体が勝手に反応して、殺しそうだ。


「ゼクス大佐、答えなさい」

「はッ! 何なりと」

「では何故このような真似を?」

「それは────」


立ち上がり、僕を左手で指差した。


「────この男が次の作戦で使えるかどうかを調べるためです」


瞬間、奴の左腕から複数の、獣じみた殺気が噴き出した。

僕の右手が僅かに動いた。その様子をゼクスは────


「ほう。ある程度は出来るみたいだな」


こいつ……殺気で僕の実力を測りやがった。

最初はただのバカかと思っていたけど、なかなか狡猾な奴だ。

だが何故こいつは僕の実力を図ろうとする?

この前の戦いで存分に見せつけたはず。でもどうでもいいか。流石にもう……


「用は済んだか?」

「いいや、まだだ」


……身体が暴走しそうだ。


「もう一人の勇者みたく、失望させてくれるなよ」

「……今、何て言った…………?」

「なあに、ただ殺気で脅してやっただけだ。まあそれだけでガタガタと怯えるような──」


全力の踏込。抉れる大地。

撃ち抜かれた震脚が鳴り響き、一歩で距離を詰めた僕は、全力で右腕を振り抜いた。

鈍い手応え。弾き飛ばされるゼクス。


だが奴の左腕から得体の知れない何かが飛び出す。それが大地に突き刺さり、衝撃を吸収し、優雅に着地した。それはとてつもなく速く、防御力に秀でている。何せ僕の一撃を防いだのだから。


「速いな。まるで目で追えなかった」


……殺してやる。


「そう殺気立つな勇者」


……殺してやるッ!


「ここでは姫様を巻き込む危険性があるな……場所を移すか」


小声で呟くゼクス。それが聞こえないほど、僕の聴力は伊達じゃない。

突然、走り出したゼクス。無論僕も追いかけるが、奴の左手から飛び出した何かが妨害してきたが、それを斬り捨てた。

一瞬の隙。

それでも奴にとっては十分。奴は城壁を飛び越えていた。


「紅月様ッ!」


あいつを追いかけようとした僕をリーズは止めた。


「何で……?」


もしかしたら……

グルなのか。


「……仲間同士の無益な私闘はお止め下さい」


バツの悪そうに言う。

……納得できない。水姉に危害を加えたんだ。きっちり殺してやらないと僕の気が収まらない。


「……ゼクスさんにも何か考えがあってこんなことをしたんだと思います」

「だからと言って僕が我慢できるわけがない……もう、唯一の家族を傷つけられたんだ!」


リーズは申し訳なさそうに、顔を歪める。

ずきりと胸が痛む。


「……紅月様」

「水姉はもう……たった一人の家族なんだ…………」


リーズの悲しそうな顔。怒りは萎え、悲しみが湧く。

光の剣が霧散する。

リーズが歩み寄ってきて、僕の手を握ろうとして、やめた。


「……」

「……」


最悪な気分だ……

僕はこんなにも……


沈黙が辛い。

彼女の眼差しが辛い。

憐れむような、そして許しを請うような、そんな眼差しで見ないでくれ。


「…………ごめん」


僕は逃げた。

全力で逃げた。

色々なストレスが僕を追い詰め、真綿で首を絞めるように窒息していく。

「あっ…………」


背後でリーズが何か言っている。

聞きたくない。

そう思うと、不思議と何も聞こえてこなかった。

高く高く跳躍。

夜風を切り、空を駆ける。

ああ本当に……泣きそうだ。


夜が明けるまで、僕は独りでいることにした。


本当に……僕は心が弱い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ