戦場での殺戮
僕が背を翻しテントから出るが誰も引き止める者はいなかった。
「そこの人、今一番酷い場所はどこ?」
適当にそこらにいた兵士を呼び止め尋ねた。すると兵士は、
「ゆッ勇者様、多分西側が一番悲惨です」
僕を見つめるその瞳に宿るのは恐怖と敬意、ようするに畏怖。
「ありがとう」
礼を言うと兵士はびしっと敬礼し足早に立ち去った。
彼方から響く破壊の音。此方から響く悲鳴。微かな血の匂いが鼻孔を擽り、僕は、僕の五感がここが戦場だと明確に訴えかけてくる。
いくつも建てられた白いテントの群れを抜け出す。
あの山を越えた先に戦場がある。ほんと、僕は何をやっているんだろう。
別に戦うことが好きでも、殺し殺されが当たり前の戦場が居心地がいいわけでもないのに。
ほんと、なんで僕はこうして戦場に赴いているんだろう。
考えるのはやめよう。昔みたいに心を殺し、無駄な思考を削り、純粋な戦闘マシーンになろう。
勇者とは敵を屠るための道具だ、武器だ。
勇者とは魔王を倒す弾丸、絶対に彼の者の喉笛を食い千切る魔弾だ。
故に勇者に正義は不要。
故に勇者に優しさは不要。
ただ魔王を倒す、そのためだけに存在するんだ。
それが勇者の存在理由。
戦いだけが存在証明。
彼女が望んだ。
だから僕は勇者になった。
だから僕は魔王を倒した。
だから僕は素直に従った。
だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから……
……愛してほしかった。
感情が爆発する。目に映るすべてのものを切り刻みたくなる。
けれども僕は感情を抑える。
戦闘マシーンになりきる。
これはやつ当たりだ。だから魔王、僕に八つ当たられろ。
山駆け上り、下る。その際戦場の大体を把握した。
中々酷い有様だった。
国最強の部隊と言われている魔法騎士団が奮闘しているがいかんせん数の暴力に押されている。
このままだと敗戦、敗走するのが目に見えている。
まあそんなことどうでもいいや。人が死のうがどうでも。
右手に奇跡が集い形を成す。
光の剣。数多の命を啜ってきた聖剣を握りしめ僕は駆け出す。
駆けるは紛うことない地獄。
僕は跳び、戦場のど真ん中、夥しい数の魔物の群れの中心に飛び込んだ。
そして、弾ける様に、血肉が飛び散った。
まるでミキサーか何かでぐちゃぐちゃに斬り裂かれたように。
返り血でべっとりと汚れた僕。姫様に貰った黒鎧が台無しだ。
「ふう。実力は変わってないな」
よかったよかった。これならまた一方的に魔王に八つ当たれる。
おお、僕を囲むように魔物たちが陣取る。あれだけ瞬殺したのにまったく怯えてない。
となると誰かが魔物を操っているな。どこにも魔族の影がないってことは隠れているな。それもこの戦場を把握できる範囲に。
「まあいいや。全て殺せばいい」
僕が全滅させれば勝つ。本当に不甲斐なさすぎるよこの国の兵士は。いくらなんでも魔物の集団に負けないでほしいよ。
一斉に奴らは襲い掛かってきた。
何の武術の心得なんてない僕はただ圧倒的な高性能を誇る僕の身体で無造作に腕を振るだけ。
それでも、それだけでも魔物たちはどんどん死んでいく。弱い弱い。ははは。
兵士どもが不甲斐ない、なんて考えているときもありました。
いや、マジでこれは負けているのも当然だよ。
確認、というよりも敵の位置を把握するためわざと大きめの隙を晒して止まる。
するとどこからともなく一本の矢が、それも魔法が付加され速度も貫通力も上がった矢が、僕の首目掛けて飛んでくる。
それを左手で払い、敵を探すがそこには魔物しかおらず、
「鬱陶しいな、ほんと」
この程度なら死にはしないからいいけど、一々動きを中断して矢に意識を向けるのが面倒だ。
目の前にいる数十匹の魔物を狩る。今度は動きを止めずに、すぐさま反転し次の魔物を狩る。
今度は隙を見せなかったのに、また矢が飛来。
人間では捉え切れないほど高速で移動しているのに。
それも払い、今度は矢が飛んできた方に突進。纏めて皆殺しだ。
光の剣を縦横無尽に振るい、惨殺。だけどそこには、そこにあるのは魔物だった残骸だけ。
それでも僕の耳は矢が空気を切り裂く音を捉えた。
後ろに飛び退く。すると僕がいた場所に矢が突き刺さる。
今度は上。一体どこから。
感覚を研ぎ澄ませて探すことに集中すれば見つけられるのだけど、そんな暇はないし、どうしようか。
そう、考えている暇なんてない。戦場で考え事している時点で僕は平和ボケしてるんだろう。
本当に考えている暇なんてない。
上空に展開されていく魔法陣。それらは複雑に絡み合い、立体的な形になっていき、強烈な光が生まれる。
「大規模魔法か」
あれはこの国のモノじゃないな。それにこの方向だと僕諸共後方の陣営が吹き飛ばされる。
なんとかしないといけない。
そして破滅の光が放たれた。
「黄金色の翼を持つ刃金」
僕の右手に握られていた光の剣がどんどん重みを増し、物質感が現れる。
これが僕のチカラ。この黄金色の光が僕の刃の象徴。
久方振りに使ったチカラの象徴は今も眩しい輝きを放っている。
これが僕のチカラの一つのカタチだ。
少し広めの諸刃の刀身に、翼のような鍔がある、少し長めの片手剣。
その刃で真っ向から迫ってくる破滅の光を斬り裂いた。
大規模魔法を真っ二つに裂き続けるチカラの余波は今も展開され続けている魔法陣を破壊した。
少しの疲労感を感じ、黄金の剣を解除。
少しミスったな。あの程度の大規模魔法に使うのには過剰すぎるチカラだよ。
実戦を離れすぎて少し判断力が鈍っているみたいだ。
また僕は今までの光の剣を握り魔物を狩り始めた。
そうして粗方殺し尽くした。一面は血の海、地獄と形容するのが相応しいほど臓物臭に満たされていた。
流石にやり過ぎたかな。
苦笑いを浮かべる僕の全身は返り血でべっとりと汚れ、黒鎧が紅鎧になっていた。
鈍っていた感覚を研ぎ澄ませるためとはいえ、少しやり過ぎたかな。これじゃあ勇者じゃなくて魔王の方が相応しいな。
「でも可笑しい」
いくらなんでも敵が弱すぎる。魔物を操っているはずの魔族の姿は見えないし、魔法攻撃もあの一回以来ない。
僕の戦いに巻き込まれないように兵士たちを後方に下がらせていたから、僕がどこにいるか何て丸分かりだったはずなのに。
アイツらは攻めてこなかった。
これじゃあ、必要最低限の戦力で僕の実力を測っていたようだよ。
まあいい。わかったならわかったならで早く攻めて来い。
光の剣を解除し、僕は空を見上げた。
今にも泣きそうな、厚い灰雲に覆われていた。
その厚い雲の向こうに、何かいる。
強烈な気配、獣じみた殺意の塊、理性でコントロールされた殺意とは程遠く、無差別に襲い掛かかってくる。
うわっ鳥肌立った。
背筋に冷たいものが奔り、僕は頭上のソレから目が離せなくなる。
雲を突き抜けて出てきたソレは、例えるなら立体的な影のようで、角も尻尾も翼もある、まさに悪魔のような存在。
それが今、僕の前にいる。
「やあ勇者、我が同族たちの味はどうだった? 極上な命の味だったろう。あはははははははあははは」
声が響く。笑い声が響く。不安が掻き立てられるような、絶望的な声が。
後方から兵士たちの叫び声。今の一瞬で恐慌状態に陥った。
それも仕方ない。僕ですら軽い恐怖を感じたんだ。
「五月蠅いな」
「あははははははははははは」
狂ったように笑うそれにうんざりした。
たぶんこれが魔王、だと思う。だって前倒した魔王以上に強そうだし、なにより八つ当たれそうだ。
「黄金色の翼を持つ刃金」
瞬間、右手に奇跡が集い、僕は全力で振り抜いた。
悪魔は真っ二つに裂けたかと思うとすぐさま霧散し、また現れた。
「我の言葉を遮るとは無粋ではないか?」
もう一度一閃。
「勇者よ。無駄だ」
霧でも斬っているかのような手応え、ようは素振りしているだけか。
「むかつく」
「ふははは。我は無敵だ」
狂ったように笑う。その様はまるで魔王。余りにも露骨な魔王像に些か違和感を感じるけど、これが魔王なんだろう。
「魔王死ね」
「ふはは。我が魔王だと気づいたか。流石勇者だ。で、いい加減無駄なことをやめて我の話を聞け」
斬り続けている僕をまるで意に介していない。
昔さんざん嫌がらせをされた魔女を思い出して凄いムカつく。
これでは無駄と悟った僕は一度魔王から距離を取った。その様子を魔王は、化け物面をより一層歪め、笑みを浮かべた。
「漸く我の話を聞く気になったか?」
「…………」
「それとも我との実力差を知って絶望したか? はははははは、気にする出ないぞ、勇者。何せ我は万物の最高傑作なのだから」
高らかに笑う魔王。同時に背中が凍り付くような殺気を撒き散らかす。
それでも僕は恐怖も絶望もしない。
「よくしゃべる魔王だな」
「貴様を口説きに来たのだから饒舌にもなろう」
此奴が何でわざわざ僕の前に現れて、何もしない理由がわかった気がする。
「勇者よ。我が軍門に下る気はないか? さすれば我は貴殿に世界の半分を分け与える所存である」
まるでゲームの中の魔王のようなことを言ってきた。いや実際にこいつは魔王なんだが。
実際にこんな非効率で、馬鹿としか言えない愚行を行うものなんだろうか。
「馬鹿じゃないの?」
「馬鹿ではないさ。貴様のような強大なチカラを持つものが敵対しているのではこちらの被害が甚大になるからな」
「だから僕を」
「そう。貴様がいればより一層世界征服がしやすくなる」
世界征服、そんなことを真剣に考えているのか此奴は。
前の魔王ですらそんなガキのような夢は語らなかった。あいつはもっと現実味のある、そして魔族にとって必要ある理想を語っていたな。
「それに勇者よ、何故貴様が人間どもの味方をする理由がある?」
人間の味方をする理由ねえ。
「仮に我を倒したとして、貴様のその後はどうなる? 我に匹敵する強大なチカラをもつ同士-バケモノ-よ」
その後何てもう知っているさ。
いやでも理解しているさ。
「我と同じように排除されるぞ。人間どもは異常、異端を異常なまでに。病的なまでに排除しようとするからな」
そうだろうな。今回もまた、用済みになれば僕は…………。
「故に勇者よ。我と一緒に行かないか。我は貴様を恐れたりしない」
勇者が人間側に与する理由ねえ。
前回は…………惚れた弱み、だった。
今回は…………あれ……味方する理由がないぞ。
前回の恨みもあるし、なにより彼女がいないこんな国に味方する理由がないぞ。
「勇者よ、我と共にこの世界を────」
魔王が手を差し出す。それはまるで甘い誘惑。手を取ればすべて終わってしまう悪魔の囁きだった。
「僕は…………」
「さあ、勇者よ」
前回は人間の味方をして失敗したんだ。
なら今回は────
「我の手を取れ」
リーズ。僕は君が愛したこの国を守れそうにないよ。
「魔王」
僕は手を伸ばし、魔王の手を────
そのとき、強烈な冷気が僕と魔王の間を駆け抜けた。
遮るように生まれたのは氷の壁。向こうが透けて見えるほど薄く、透明度の高い氷。
だけどそれが放つ冷気は尋常ではなく、魂まで凍てつきそうだった。
「これはまさか────」
魔王の言葉が遮られる。背後からの斬撃によって。
「紅ちゃん。お姉ちゃんが助けに来たよ」
「水姉……」
「────ええい。我の邪魔をするか、偽者よ」
霧散した魔王は少し離れた場所に現れた。
本当は怖くて仕方がないくせに。
今にも逃げ出したいくせに。
それなのに水姉は僕を守る。
振るえる足を勇気でごまかしながら。
「魔王、今ここで終わらせる」
立ち向かう勇者の手には大きな鎌、刃の部分が真っ青な、よくわからない金属でできている鎌。
そこから尋常ならざる冷気が放たれた。
「停止する氷結世界-ニブルヘイム-」
世界は停止した。圧倒的な冷気によって。
寒い寒い寒い。まさか僕まで氷漬けにされるなんて予想外だよ。まあ水姉は僕の事になると周りが見えなくなるけど……
守りべき対象まで始末したら駄目だと思う。切実に。
全身に力を入れ、邪魔な氷を砕いていく。
この程度で死ねたら化け物って言われない。
「うわあ…………真剣にこれはやり過ぎだ」
見渡す限り氷原。ほぼすべての生き物が停止していた。
無論それは魔王も。
「砕いてみよ」
殴ると魔王は粉々に砕けた。
死んだかな、と思っていたけどどうもそれは違うらしい。
周囲に魔王の禍々しい気配を感じるから。
「勇者風情に我の身体を破壊されるとは。やはり勇者。なかなかどうして進化する生き物よ」
声が空から堕ちてくる。不安が掻き立てられるような絶望的な声が。
「勇者よ。暫し我は我が城で貴様を待つ。ではさらばだ。十六夜紅月」
ふと気配が消えた。まるで初めからそこに存在しなかったかのように。
僕は深く息を吐きだし、体の緊張を解した。
「本当に寒い。こんなとこで寝てると風邪ひくよ、水姉」
僕は意識を失っている水姉を抱き上げ移動することにした。
拍子に姫様からもらった黒鎧はぱらぱらと砕けてしまった。
かっこよかったから少し残念。
でも防御力は僕の方が上だからあまり防具としての意味はないけど。
「……そうだ。今回の戦争報酬に何か王様から貰お」
タダ働きするほだ善意はないし、労働に対する対価として当然だ。
「魔王、なんで僕の名前知っていたんだろう?」
疑問は残る。だけどその答えは魔王しか知らない。だから考える必要は今、なかった。
頭の隅に留めて置き、これからの事を考えながら僕は姫様が待つ野営地に帰還した。
こうして僕の二度目の初陣は終了し、勇者の有用性が証明された瞬間だった。




