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再召喚

澄み渡る自然の空気、静謐に包まれた空間を打ち破るように響くヒトの嘆息。まるで同じだ。

眩しさに閉じていた瞼を開ける。白装束に包んだ宮廷魔術師に豪勢な衣装に身を包んだ王族。

僕はまたここに来たんだ……。滅ぼすって脅したのに。


「こっ紅ちゃん。どうなっているの?」


隣で狼狽する水姉。それを宥めるように一人の少女が前にでた。


「今、ご説明いたします勇者様。あなたたち二人はこの世界を救っていただきたく私たちが召喚したのです」


長く美しい金色の髪、碧色の深い瞳。彼女と瓜二つの容姿をした少女。


「今は混乱すると思いますが、どうか私たちの世界を、いえ人類を救ってください」


深々とお辞儀をする少女。まるで僕が呼ばれた時のことを見せられているように、同じ光景だった。


「世界を救えって言われてもわたしたちに何のチカラもないただの一般人ですよ」


水姉はそう言う。確かに何のチカラもない一般人だ。かつてはだが。


「その点はご心配なく。勇者様はこちらに呼ばれた際、何かしらの能力が付与されています」


そう、意識すると唐突に自身に与えられたチカラが浮かんでくる。それがどういったモノなのかも、使用方法も全て。


「あっ……本当だ」


水姉は何か分かったのだろう。だが、やっぱり僕には新しいチカラはないらしい。でもそれも当然かな。一度勇者としてチカラを与えられてるし……また貰っても嬉しくない。


「もう一人の勇者様はどうでした?」


どうしたらいい? ここで正直に能力を明かすか、それとも無能力だと偽るか。どちらもメリット、デメリットがあり、決め難い。

考えろ、僕の人外脳みそ。考えろ考えろ考えろ。どうしたら平穏無事にいけるかを。


「あなた様のお力、わたくに教えてください」

「僕のチカラは強化と光です」


ッ……!? 僕はなんで今、教えた? 言うつもりなんてなかったのに。

口が勝手に動いた。僕の意思に反して。


「ッ!? それは本当ですか?」


姫様は息を呑み、周囲はど色めく。宮廷魔術師の一人が溜息のように漏らした。


「あの、伝説の勇者様と同じだ」


だから言いたくなかった。歴代勇者の中で唯一、魔王を殺し、生還した勇者のチカラだと知られたくなかった。


「そ、それは本当なんですね?」

「はい」


くそ、僕の意思と関係なく言葉が出る。質問によっては僕が勇者だったとばれる。


「ああ、これで私たちは魔王に勝ちました」


姫様は瞳に涙を溜め、喜びに打ちひしがれる。

ずきり、と胸が痛む。

くそっ…………


「もう一人の勇者様のお力もお教えください」

「わたしのチカラは──」


いつの間にか、水姉の右手人差し指と中指に指輪が嵌っていた。一つは氷のような透明な指輪と水のような透明で水色の指輪。


水精化ウィンディーネ氷結世界の絶対女王(ヘルサイズ)です」

「ありがとうございます。ええっとそういえばわたくし、お名前をお伺いしてませんでしたね」


姫様は恥ずかしそうに頬を朱に染め言う。  


「十六夜水月です」

「十六夜紅月です」


まただ。偽名を言おうとしたのに、また勝手に僕の本名を言っていた。


「ありがとうございます。水月様、紅月様。何分急なお呼びでしたのでお疲れだと思います。ですがその前に、一度王の間へ赴いてもらいます。この国のことや世界のこと、説明しておきたいのでお願いします」


案内された場所は気品ある、豪勢な部屋。僕がいた頃と全く変わっていない。

一段高くなった所にある王座に、初老を迎えた男。無論それは王であり、老いを感じさせない強烈な眼光で見据えてくる。

この世界の詳しい説明を受けた僕らの反応を見逃さない、狩人、鷹のような眼差しだ。

魔王の出現から10年。世界の三分の二はその魔の手中に収められたらしい。

前回より酷い状況だ。


「世界を救ってくれるか?」

「はい。必ずや魔王を倒してみます」


水姉は使命感に駆られた面持ちで決意を語る。

まるで昔の僕みたいだ。そして気が付けば命がけの戦いに巻き込まれていった。

王が水姉から視線を僕に移す。貴様はどうなんだ、といった推し量るような鋭い眼光だ。

流石に辺境にある大国の王だ。


「僕も魔王を倒して見せます」


王との謁見が終わった僕らは部屋に案内された。何故か僕専属のメイドが部屋にいるけど丁度いい。


「ねえ」

「はい。どうなさいましたか?」

「図書館ってどこにある?」

「図書館ですか。ですがお疲れではないのですか?」

「大丈夫。案内して」

「畏まりました」


案内された図書館。少し薄暗いが僕の人外の視力は問題なさそうだ。


「どのような本をお持ちしましょうか」

「歴史書と……」


あと必要なのは──


「地図を持ってきて」

「畏まりました」


メイドは一礼し、無数にある本棚の隙間に消えた。流石は辺境国でありながら勇者を数多輩出する国だと思う。

ほんと、監視の目が鬱陶しいな。


頼んだ本を持ってきたメイドに礼を言い、僕は本を読む。メイドは帰ってくれるかと思ったけど、僕の背後に佇み、帰る気配がない。

まあ気にしなくてもいいか。

取りあえずまずは歴史書からいこう。最新の年表は981年。僕が魔王を倒してまだぎりぎり百年か。

ぺらぺらとページを捲り、僕がいた頃まで遡る。

888年、勇者召喚。889年、勇者一行は魔王討伐を開始する。891年、魔王討伐完了、そして勇者召帰。892年、リーズ姫行方不明。


…………行方不明?

僕があんなこと言ったせい……かな?


「こちらに居りましたか、紅月様」


動揺していつの間にか背後を取られた。咄嗟に僕の身体が反応する。僕の右手に奇跡が集う。僕は奇跡が完成する前に、振り向き────


「姫様、驚かせないでください」


────奇跡を強制解除し、僕は驚いて大げさに振り向いた、ように演技した。


「ごめんなさい。お食事の準備が出来ましたのでご一緒にと思いまして」

「そうですか。では僕も伺います」


豪勢な食事が並べられた長机の対面に姫様は座り、こちらの反応を窺がうように上目使いで見てくる。


「こちらの食事はお口に合いますか?」

「ええ、とてもおいしいです」


素材の味を存分に引き出している、と言えば聞こえがいいが要するに、調味料があまりないのだ。


「それは嬉しいです」

「姫様、少し気になるのですが何故僕たちだけなのですか?」


部屋には僕と姫様を除けば、給仕のメイドたち数人しかいない。

あのいつもべったりな水姉がいなかった。


「水月様はお疲れでもう就寝しておりましたので、起こすのは流石に心苦しいです」


誰だっていきなり異世界に呼ばれたら精神的に疲れる。


「それに紅月様。先ほど申した通り、姫様なんて他人行儀でなくリーズと名前で呼んでください。それに敬語もお止めください」


そう、図書館から出てすぐ、いきなりさっきと同じことを言われた。


「いえ、一国の姫様を呼び捨てにするのは……」

「むう。ではせめて名前を入れてください」

「はぁ、それくらいなら」


何故こうもしつこいのかな。

それから食事は終わり、僕の一日は終わった。


翌日、僕と水姉は城にある広い訓練場に来ていた。何でも、戦闘経験がない素人をある程度は使えるレベルにまで鍛えるらしい。


「戦うの、わたしはやだなぁ」

「訓練をしていないといざ、というときに困るのは水月様ですよ」

「うん、わかってはいるけどね。でも、ううん。やるよ、わたし。紅ちゃんを守れないなんて嫌だから」


あれだけ躊躇していたのに、リーズ姫が声をかけると水姉の決意が固まった。


「紅月様はどうです?」

「僕も嫌です」

「それは何故?」

「殺しかねないからですよ。この強化のチカラを使ったせいで、全然手加減が出来そうにない」


嘘は言っていない。実際手加減はそれほど上手くない。努力はしてある程度できるようになったけど、それでもそこらへんの人間なら殺してしまうレベルだ。


「それはまた心強いお言葉ですね。では紅月様には魔法騎士団の団長、水月様には副団長にお相手してもらいます」


だからこの男女がいたのか。というか最初からこの二人を相手にする予定だったのか。


「魔法騎士団団長のヘルガだ」

「副団長のキリア」


どちらも白鎧にローブ、腰には長剣を携えている。

黒髪の男も赤髪の女も全く隙のない立ち振る舞いだ。流石は最強の魔法騎士団の団長、副団長を務めているだけはある。

さっきバカにしたせいか、男の方からびしびしと殺気を飛ばされているが、普通の一般人なら気付かない程度だ。

だから動くな、僕の身体。

必死に僕の身体が勝手に動かないよう抑えているが、姫様はそんなこと知る由もなく、


「ではヘルガさん、キリアさんお願いします」

「分かりました。おい行くぞ」


と強引に僕はこの男に連れて行かれた。

勇者二人が近場で戦えば巻き込まれる危険性があるから妥当なんだろう。


「さっきあれだけ大口を叩いたんだからオレも少し本気でいくからな」


言葉と同時に、ヘルガは空間に手を踊らせた。物凄い速さで魔法陣を描く。一瞬、いや半瞬ともいえる速さで構築された魔法陣。すぐに魔法は完成して、


「招くは雷霊・放つは雷槍》》》光鳴」


魔法陣の中央から強烈な光源が生まれ、僕へと目掛け放たれた。

僕は横に素早く回避した。


「はあっ!? 普通初見でこの魔法が避けれるほど光鳴は遅くないぞ。というか雷速を避けれるか?」


なんてことを言われても第一この魔法は初見じゃないし、てか腐るほど見てきた。


「じゃあ今度は僕の番だ」


昔、仲間だったヒトに教えてもらった技を使ってみる。

僕みたいに高速で動ける化け物が近接戦闘でその速さを生かすための技術。

強烈な加速。蹴り上げた地面は陥没。瞬間、間合いは僕の距離になり、大地を踏みしめた。

踏み込んだ震脚が床を雷鳴のように打ち鳴らし、繰り出された巌の如き縦拳は鎧を砕き、ヘルガは藁屑のように吹き飛ばされた。


確実な手応えを感じながら僕は…………って殺したら駄目じゃないか!?

ここは中途半端な強さを見せて役立たずを演じるつもりだったのに。

はぁ、本当に殺しが身体に染みついていて面倒だよ。


「だ、大丈夫ですか?」


慌てて駆け出すフリをしながら僕はヘルガの下に駆け寄る。

あちゃあ~~、これは少し不味いな。

白鎧は砕け、胸は抉れ、呼吸は浅い。血の海に仰向けで横たわるヘルガはどう見ても死にかけだった。


「だっ団長ッ!! しっかりしてください、今治療を!」


慌てて駆け付けてきたキリア。同じく駆けつけてきた姫様は小さく悲鳴を上げていた。


「紅ちゃんは悪くない。わたしが保証する。だってあんな強力な魔法を使われたんだから仕方ないよ」


優しく抱き締めてくる水姉。別に僕は落ち込んでなんかいないけど……。

そんなことをしている間に治癒魔法でどんどんヘルガの傷が癒されていった。


「がはっげほっああああくっそ。オレが負けるなんて」


気道に溜まっていた血液を吐きだし、ヘルガは悔しさを露にした。

僕が負けるわけないよ。潜ってきた修羅場の数も質も違うし、殺してきた命の数も違う。

ってこんなこと言ってて悲しくなってきた。


「僕修行しなくていいよね?」

「それは……そう、ですね」


姫様は複雑そうに頷いた。


「お姉ちゃん寂しいから一緒に訓練しようよ、紅ちゃん」

「ええ~~…………」

「お・ね・が・い」


ぎゅっと強く抱き締められ、耳元で囁かれた。

ぞくぞくぞくぞくっと背筋を奇妙な感覚が駆け下りた。


「うっうん」

「ありがと、紅ちゃん」


また僕は折れた。なんだかだんだん水姉が僕の扱いが上手くなっているような気がするようなしないような。

はあ、まあいいや。


昼食を食べ終えた僕は城を出て街へ出ることにした。最初、リーズ姫はすごく渋っていたけど許可してくれた。が……


「こちらがこの街一番のパン屋です」


何故かボク付のメイドが一緒にいる。名前はアリサらしい。


「…………」

「どうかなさいましたか? はっ!? もしやお気にいりませんでしたか?」

「……とりあえず中に入ろう」


無表情なメイドはぺこりとお辞儀して中に入っていった。

それから僕たちは涼しげな噴水広場で買ったパンを食べることになった。

こっちの世界にもメロンパンがあることに感動したよ、ほんと。いや、マジで。


「で、君はそんなにそれが好きなの?」

「ええ、実に」


無表情なメイドはフランスパンのような細長いパンをむしゃむしゃと無心で食べている。


「おいしいの?」

「あげませんよ」


パンを食べ終わるとメイドのアリサが訪ねてくる。


「では次はどこに参りましょうか?」

「一人で街巡りはダメ?」

「駄目です」

「どうしても?」

「はい。姫様のご命令ですから」


無表情のメイドはどこからかパンフレットを取り出し広げた。


「街巡り楽しい?」

「やや」

「そう。それはよかった」


はぁ、仕方ない。

次はどこに行くとしますか。


それから僕たちは日が沈むまで街を練り歩いた。

ここで生活している人たちはみんな笑顔であふれ、まるで魔王が侵略してきているなんて悪い噂みたいだった。

現実ではもうそこまで戦火は近づいているのに。


散々遊んでから城に帰還。何故か水姉と姫様に怒られたけど。


「なんで怒られたんだろう?」

「さあ? 私も思い当たる節がありません」


無表情なメイド。黒色の長髪に黒い瞳。肌は病的に白く、切れ長の眼と美しく整った容姿、その無表情が怜悧な印象を彼女にもたらしていた。


「で、いつまで僕の部屋にいるつもり?」


そう。このメイドは我が物顔で何故かずっと居座り続けている。


「私の仕事は紅月様の身の回りのお世話ですから。お茶が入りましたよ」


品の良い木製の机に置かれたマグカップにアリサは淡々と注いでいる。


「ああ、ありがとって話を逸らすのはだめだって」

「いえ、話は逸らしてませんよ。これが私の仕事です。それ以上でもそれ以下でもありません」


うん。折れそうにない。諦めるしかないのかな。


「まあいいや」


それから一週間のときが流れた。穏やかだった日常は終わり、いよいよ勇者バケモノが実戦投入される。

ついに魔族、魔王軍は僕たちがいる国の領土にまで侵略してきたのだ。

今はその戦火の最前線、作戦司令室となっているテントの中で地図を広げ作戦を立てている。

苦々しい表情で地図を睨む将軍に、場違いな姫様にアリサ。何故かこの二人はわざわざ死ぬ可能性がある危険な戦場に赴いていた。


「これは少し不味いですね」

「はい。何故か魔王軍は突然、我が国目掛けて進軍してきたため兵の配置が少し不十分なのが不安です」


そう、突然奴らは攻めてきた。まるでどこか焦りすら感じられるほどの進軍速度で。

不意に将軍と姫様の視線が僕に、正確に言うなら僕と水姉に向けられた。

さっさと魔族どもを皆殺しにしてこいって言いたいんだろ。


「紅月様、水月様、事態は切迫しています」

「リーズ姫、僕が出て皆殺しにしてきます」


いいさ。やってやんよ。皆殺しにしてきてやるよ。僕が全て殺してやる。


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