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ひとつの選択

メーデル・サイス・アーデルハイト。

百年前、魔王の弟に攫われた魔眼族の女を母に持つ。

その目は魔族にとって災厄の象徴。

殺されそうになっていた時、紅月と出会う。

不幸に見舞われながらも懸命に生き、初めて自分から生きたいと願うも……

最後は紅月の腕の中で消滅した。

これが彼女の人生だった。


ひとつの強烈な気配がどんどん近付いてくる。


「ギル……久しぶり」


天から降りてきた、まるで神か悪魔かにでも愛された存在、ギルバート・フォン・デュランダル。

その異常なまでに整った顔立ち、長く美しい黒の髪、血のような紅の双眸。

漆黒の、翼、細長い尻尾。


「……ベルムーン」


何故君はそんな泣きそうなほど悲しい顔をする。


「勇者はどうしたの?」

「……君がそんなにも怒っているのが心配で急いできたからな。殺しそびれた」


僕は良かった、と呟き……


「僕の手で殺せる」


すると魔王は苦しそうに呻く。


「ベルムーン、殺気を抑えてくれ。それだけで命を落とすものもいるぞ」

「どうでもいいよ、そんなの」

「傷つき悲しむ君を抱き締めてあげることもできない我は切ないな」

「ごめんね、ギル。君が友達で嬉しいよ」


もう僕たちは昔のように笑えない。

僕の瞳に浮かぶ金と銀の十字。

魔族にとって忌むべき象徴。

この僕を受け入れるというのなら、どうしてメアを迫害したと聞きたいし赦せない。


「ギル、僕は人間を滅ぼすことにしたよ。だから、魔眼族には手を出さないでね」

「我としては魔眼族を滅ぼす気はないが……」

「……僕にもう君を殺させないでよ」

「……わかった。尽力しよう」


魔族にもいるんだ。自分たち以外全て滅ぼそうとする過激派が。


「ありがと、ギル」

「一つ聞いてもいいか?」

「いいよ」

「もし、もし我らの立場が違ったら……」


僕は答えない。思い出す、まだ何も知らなかったあの頃。

二人で遊んだ楽しかったあの日々。子供のように無邪気に遊んだあの日々。

決して戻ることができない過去の幸福。


「どうしてこうなったんだろうね」

「どうしてこうなったんだろうな」


気が付けば僕たちは泣いていた。もしかしたら今とは違う関係性になっていたかもしれないと識っているから。

もし、違ったら……

もし、僕が勇者じゃなくて、ギルが魔王じゃなかったら……

もし、世界がもっと平和だったら……

もしかしたら、僕たちは幸せだったかも知れない。

あの時、僕が最後までギルの言葉を聞いていたら……

変わっていたかもしれない。


「悲しい運命だな」

「そうだね」

「……ベルムーン」

「何?」

「さよなら、だ」

「……うん。ばいばい、ギル」


悲しげに、美しい顔を歪める彼女は羽ばたいていった。レコンキスタとは別方向へ。

近付いてくる気配。全てが終わるのを見計らっていたのだろう。

僕を迎えに来たのは三人の女。受付さんがいるということはこれがノルニルの三姉妹か。


全員黒髪の女。背は受付さんが一番高く、年齢も高いようだ。


「ニグレドさん、あなたを迎えに来ました」

「……受付さん」

「何も言わなくていいです。あなたの悲しみ、憎しみは痛い程伝わっています」


過去視でここいら一体の過去を見たのだろう。終わりまでの過程と結果を。


「姉さん。こいつが選択者か? 確か勇者は魔眼を持っていないはずだぞ」


口を開いたのは真ん中の少女。黒髪を短く切った、蒼い目をした、口調や服装から活発そうだとわかる少女だ。

言われ、思い出し、憎しみが湧く。殺意に火が着く。

慌てて受付さんに落ち着く様に言われ、それでも落ち着かず、実力行使された。


「あまり殺気立たないでください。私たちの心臓に悪すぎます」


怒られ、僕は正座している。まさか受付さんが強いとは思わなかったよ。


「それにヴェルもあまり彼を刺激するようなこと言わないでください」

「……お前のせいだからな」

「ヴェル、お仕置きが足りないみたいですね」

「ひっ。ごめんなさい、姉さん」


隣で睨めつける少女ヴェルは、受付さんに脅され震えている。


「スー、未来は見えますか?」

「……うん。勇者はまだ来ない」


隻眼の、まだ幼い少女。淡い紫の瞳はぼんやりと焦点が合っていないようで、どこか心ここに非ずだ。

たしかこの幼女の片目があの化け物の掌にある。


「そうですか。では行きましょう。ニグレドさんもここにはあまりいたくありませんしね」

「……そだね」


受付さんはスーと呼ばれる幼女の手を引き、歩き始めた。

僕とヴェルもついていく。


「ニグレドさん。里まであと数日かかりますが大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」


僕は振り返り、レコンキスタの街並みを見つめる。

もう戻れない。決して引き返せない。


数日かけてやってきたのは魔眼族の里。強力な結界で守護されたそこは里というよりは街だ。

魔眼族といってもほぼ瞳以外人間なわけなのだから、人間が住むような街になっていてもおかしくはない。

途中、三姉妹の家へ向かう途中、幾人かの魔眼族に遭遇したが、僕を見た途端、跪いた。


「何しているの?」

「その瞳は私たちにとって救世の象徴だからですよ」


メア、君は最初からここにいたら結末は変わっていたかもしれないね。

メサイア、古代語で意味は救世。君は識っていながら僕のもとに来たのかな。


「ここが私たちの家ですよ」


何の変哲もない普通の家だ。仮にも族長なのだからもう少し立派なのかと思っていたけど。

何でも魔眼族は身分差別をしないらしい。差別の無意味さを身に染みてわかっているからかな。

どうでもいいか。

早く、早く、僕を戦場に放り出してくれ。

何も考えないで済む戦場に……


宛がわられた部屋。今日一日は何もすることがないらしい。

部屋にある大きな鏡。そこに映る僕の顔。

異常なまでに整った、顔。

メアの面影がある。僕の面影はあまりない。

そっか。ずっと一緒にいるって……こういうことだったんだ。

鏡を見ればそこにはメアがいて、だけど手を伸ばせども触れ合えない。

砕け散る音。鏡を叩き割る。乱反射する粒子。

こんなものはただの幻想だ。メアは死んだ。もういない。

……もう、いないんだ。


それ以来、僕は鏡が嫌いになった。

気分も悪く、寝ることにした。

そして夢を見た。


悲しそうに笑うメア。

悲しそうに泣く、本物のリーズ。

二人にまた会えた僕は嬉しくて嬉しくて、駆け寄り、抱き締めようとする。

けれど……

メアが目の前で殺される。

リーズが塵のように消える。


居なくなった。いなくなった。イナクナッタ。


誰もいない、真っ暗な闇の中で僕は一人ぼっち。


孤独で寂しくて壊れそうで……


僕はヒトリボッチ。


暗い暗い闇の底で僕は孤独だった。


目が覚める。気が付けばもう朝か。

嫌な夢を視た。とても辛く、悲しい夢。

もう二度と見たくない夢だよ全く。だから僕は眠ることをやめた。

そうすれば夢など見ないから。

そうすれば彼女たちの面影を追いかけないで済むから。


ノック音。それからややして扉が開かれる。入ってきたのは受付さん。


「朝ごはんが出来ましたよ」

「ああ、うん」


笑顔を向ける受付さんから目を逸らし、返事する。

リビングに行くともう二人は席についていた。


「おせぇぞ、ニグレド」

「……」


文句を言う次女と、無言で見据えてくる三女。

だけど僕は反応せず、席に着いた。


「ニグレドさん、しっかり食べてくださいね。今日は忙しくなりますから」

「うん」

「ほんと、こんな奴が救世主なのかよ」

「知らないよ。僕はただ人間を滅ぼす。それだけだよ」


疑惑の眼差しを向けるヴェルだが、すぐに顔色を変えた。どこか怯えたような……

僕は今、酷い顔をしているのだろう。


「冷めないうちに食べましょう。折角のご飯が台無しになりますからね」

「……うん」


受付さんが忙しくなるって言っていた意味がわかった。

止め処なく集まる人、人、人。

救世主たる僕を一目見ようと集まってきたらしい。

どいつもこいつも期待、安心に満ちた笑顔で……

僕はぎこちない笑顔で笑うだけ。


「すみません。控える様にと言っているのですが……」

「いいよ。うん。別にいい」

「これは同情するわ」


ヴェルは苦笑いしながら、怒鳴る。あまり近づくなとか、なんだとか。

だいたい三百人くらいいる。これが今いる魔眼族の総人口らしい。

世界中にまだ保護できていない同胞たちも数多くいるらしいが、こうして集まって街を

形成しだしたのも最近の話だ。


「ほんと、どうして魔眼があるだけで忌み嫌われるのかな?」

「……自分たちと違うのはとても恐ろしく気味悪いからでしょうね」


ただ目に見えて違うだけなのにね。人間だって実際のところ一人一人違う。一人一人個性があるように。

ただ目に見えているだけで、違う生き物だからとか言って理解するのを放棄している。

とやかく言おうとも、今更わかり合えないのだけれども。

いつ、僕は闘いに、戦争に行けるのだろう。


夜。あっという間に夜。闇の帳に包まれる。

どうやら今夜は宴らしい。広場では沢山の食糧が持ち込まれ、大騒ぎ。

松明の明かりに、太鼓や笛の音が感情を高ぶらせ、踊り出すものや唄い出すものもいる。

僕は何故か宴の中心にいて、大量の食べ物や酒が持ってこられていた。


「一杯あるね」

「そうですね。頑張って食べてください」

「それだけ期待されているってことだぜ」

「…………」


三姉妹も僕の近くにいてそれぞれ勝手に楽しんでいる。

不意に外の方が騒がしくなった。


「よう、ニグレド。久しいな」

「お久しぶりです、ニグレドさん」


不思議なことにやってきたのはテオにソラウン。どういうわけかここにいる。


「不思議そうな顔してるな」

「まあ当然でしょうね。一応私たちも魔眼族ですよ」


驚く僕。隣で受付さんが答えてくれた。


「彼らの役目はいずれ来る勇者との接触、監視、可能ならば勧誘することです。未来を知った私たちが勝ち取るために、生き残るためにしたんです」


なるほど。だからこいつらは僕に関わっていたのか。


「それとニグレド……」

「何?」

「惚れた女くらい死ぬ気で守れよ、っていつもなら怒鳴るけど……お前の目を見てやめるわ。必死で守ろうとしたんだよな……」

「テオ、今すぐ黙れ」

「今すぐ忘れろなんて言わないけどな。そのままだとお前、死ぬぞ。死んだ人間に縛られたものの末路なんてみんな悲惨だ」

「……黙れよ」

「俺はお前に死んでほしくないから黙らない。短い付き合いだったけど、気に入ったんだ」

「そうですよ、ニグレドさん。テオも私もあなたを気に入ってます」


テオにソラウンは口をそろえてそんなことを言う。

何でかな。どうして失ってすぐ、また僕の近くに集まってくるんだろう。

また僕に失う痛みを味あわせるためなのかな。

神様というやつがいるのなら、そいつは僕のことが大嫌いに違いない。


「そう。好きにしたらいい」


だから僕は心を閉ざすことにした。

あんな想いは二度とごめんだ。絶対に……

喪失の痛みは確実に僕の心を蝕み、崩壊の一途を辿っていた。


「ああ、そういえばアリサも帰ってきてますよ」


何か思い出したように言う受付さんの言葉に、一瞬僕の思考は停止した。


「……アリサ?」

「ええ。そこのテオの妹で、王国に潜入させていたアリサです」

「……お久しぶりです」


いつの間にか僕の背後にいた。いつもながら気配を消すのが上手すぎる。

振り返ると、ぺこりとお辞儀した無表情で、怜悧な印象のアリサがいた。

やはりこいつはパンが好きなのか片手には隠しきれないほど長い、フランスパンが握られていた。


「パン好きなんだね」

「ええ。とても」


普通じゃないとは思っていたけど、正しかった。


「おう、アリサ。久しぶりだな」

「……」

「無視するなんて悲しいだろ」

「……」

「……」

「……」


結果、テオは男泣きした。慰めるソラウン。冷めた眼差しで見据えるアリサ。

どういうわけか兄妹仲は悪いらしい。


「ウルド様、これから何をすればいいですか?」

「そうですね。特にないですね。自由にしてください」

「はい。では自由にします」


そうして彼女は近くに座り、むしゃむしゃとパンを食べ始めた。


朝日が差し込む。結局、その日は朝までお祭り騒ぎだった。

広場では酔いつぶれた大人たち。母親に寄り添い眠る子供。勿論その中にはテオやソラウンもいる。

隣では眠りこける三姉妹。そして僕と同じように眠らなかったアリサ。

未だに彼女はパンを食べ続けているが、どれだけ好きなんだろう。

僕が観察していると、アリサはふと視線をこちらに向ける。

目と目が合う。


「どうかなさいましたか?」

「いいや。何でもないよ」

「ならどうして私の顔をじっと見つめるんですか?」


特に理由もなく、答えが無い。だから僕は考える。

無感情な瞳に僕を映す。


「紅月様、これからどうなさいますか?」


突然の質問。今までの会話と一切脈絡がなく、戸惑う。


「これからって言われても……」

「例えば今日の事とか」

「そうだね。できるのなら僕はさっさと終わらせに行きたい」

「そうですか。なら行きましょう」

「えっ?」

「いま、勇者たちは始まりの国にいます。これは絶好の機会じゃないですか。復讐をするのに」


気が付けば、アリサの表情はどこか楽しそうだった。


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