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二度と元には戻れない選択の末に

その時が来た。宿の外では、勇者を祝うためか祭りが行われ、騒がしい。

世界を救済する勇者さまがやってきたせいで、非常に騒がしい。


「凄い騒ぎですね」


窓から眺めるメアは呆れたように言う。


「そうだね」


僕はベッドに座りながら答える。いつ、何があっても大丈夫なように黒の外套、仮面を着け、片手剣をすぐそばに置いている。

メアは心配そうな顔をして僕の傍に座った。


「大丈夫だよ。君は守る。例え何があっても」


例え僅かな時間でも家族だったんだ。なら守る。メアは死なすには惜しい。

なんだかんだ言って、僕はあの家族ごっこを気に入っていたみたいだ。

不意にドアが激しく叩かれた。


「に、ニグレドさん。マスターが至急ギルドまで来るようにとおっしゃっていました」


若い女の声。そして緊迫した声。

避けられないか。どうしても。

僕は扉を開けた。


ギルド。そこは常に熱気と騒がしさに包まれている場所。

だがいまはがらんと閑散としていて、寂しい。

待っていたのはマスター。覇魁の魔女。シヴァ。


「師匠、一体これはなんですか?」


確かに疑問に感じても仕方がない。普段ならありえないから。


「久しいな、メサイア。その隣にいる貴様に話があるそうだ」


血のように赤い髪を掻き上げ、黒の瞳が嘲笑う。


「入ってきていいぞ」


シヴァの後方、ドアが開く。


「勇者か……」


勇者御一行。水姉に光輝、姫様。見知らぬ二人の女。

僕を見据える十の瞳。僕の正体を探る猜疑の眼差し。


「どうやら貴様の正体が気になるらしい。何でも探し人の可能性があるようだからな」


ということはシヴァは語っていないな。だからこうして疑われている。

水色の鎧を身に纏う水姉、高級そうな服装の光輝。

こうしてまた対面するとはね。

水姉がゆっくりと口を開いた。


「紅、ちゃん?」


それはどこか確信と疑心が混ざり合ったような違和感のある声で。


「顔、見せてよ?」


一歩、近付いてきた。反射的に僕は後ずさり、それが彼らに何らかの影響を与えた。

例えば呪文を唱える者。

例えば武器を抜いた者。

それは魔術師の一人で。

それは勇者の一人で。


「光輝君、マーニャさん。何もしないで」

「それは出来ないですよ、水月様。そこの黒尽くめは怪しいし、行動も怪しい。なら、捕縛するのが最善でしょう?」


どこか小馬鹿にした語り口調のマーニャは呪文を展開していく。


「水月さん、もしあなたに何かあったら嫌なんです。だから赦して下さい」


光輝はどこからか取り出した純白の、神々しい両手剣を握りしめ、構える。

そしてマーニャの足元から幾本の半透明な光でできた鎖が僕に襲い掛かってきた。

それは途轍もない速さで、三方から。


脊髄反射で僕は黒剣を抜き放つ。堕ちたミスリルの刃は魔法など、鎖など嘲笑うかのように斬り裂いた。

その異常性を理解する魔術師ふたりは目を見開き、水姉は申し訳なさそうに目を伏せ、光輝は……

純粋なる敵意を感じた。


「謝って許されるとは思わないけど、ごめんなさい。私の仲間があなたに……」

「水月様、そんなこと言っている場合じゃないわ」

「……アレ、危険」


そういいさらなる呪文を唱える。


「マーニャ、ヒャール、もうやめてッ。これ以上邪魔しないで」


怒声と同時に急激に温度が下がる。原因は水姉が手にしたよくわからない蒼い金属でできた大鎌のせい。

彼女の怒りに、二人の女は顔を蒼くし、慌てて口を閉じた。


「ニグレドさん、どうします?」


小声でメアは話しかけてくる。


「逃げたいけど、無理だね」


逃げれば絶対追いかけてくるだろうし、何より、光輝が何をしてくるかわからない。

何故あんなに敵意をむき出しにしているのだろう。


「光輝君、今は何もしないで。私がなんとかするから」

「……わかりました」

「ありがとう」


そう言い、こちらを見据える。変わらない深い眼差しで。


「正体を明かしてくれないなら、力尽くでいきます」


水姉はその大鎌の有効距離、攻撃範囲でないその場で救い上げる様に振り上げる。

瞬間、氷が奔った。

まっすぐに僕目掛け、氷の斬撃が奔る。

僕はそれを避ける。あれは絶対に避けなければいけなかった。

背後で衝撃音。ちらりと見ると壁が広範囲にわたって凍り付いていた。

回避という判断は正解だったが、よそ見をするのは失敗だった。

顔面に衝撃。仮面が飛ぶ。どうやら距離を詰めた水姉に殴られたようだ。

くそっ、油断した。

あまりにも殺意が無いせいで集中できていなかった。

抱き締められる、暖かい感触。

女の鳴き声。嗚咽。

驚愕に息を呑む音。

様々な音と音と音。

そして肌が泡立つ殺意。


「やっと、やっと見つけた。もう絶対に離さないからね、紅ちゃん」


安心しきった水姉の声。


「お父さんから、離れろッ!!」


怒りの染まったメアの声。

激突の予感。やはり相容れないのかな。

人間と魔族は。

魔王と勇者は。


唐突に展開されていく魔法陣。僕と水姉を囲むように。

目を見開く勇者御一行。どうやら彼らの仕業じゃないようだ。

わかっていたけれども。


無数にある小さな小型魔法陣から飛び出す、光の槍たち。

だが、当たらなかった。僕にも、水姉にも。

光の槍は一切僕に当たらず、しかし水姉はやはり勇者らしく、人間離れした身体能力があるらしく、回避していた。

隔たれたこの距離。

まるで僕と水姉の溝。

まるで人間と魔族の溝。

まるで勇者と魔王の溝。


選択は決定された。僕は人間側と敵対する。

例え僕の意思とは関係なく、決意もできぬまま。

勇者は刃を抜いた。


「お前……魔眼族か? いや匂いは魔族。ああそうか、お前混血児か。だから殺したくなったのか。水月さん、紅月の事はあとです。まずはそこの魔族を殺さないと」


光輝はその名の通り、光り輝き、勇者らしい恰好になる。

純白の鎧に純白の盾と剣。

穢れを、闇を知らない、純粋なる正義を信じる光輝らしい有様だった。


あの優しかった光輝がこうも殺意を剥き出しにするなんて、ほんと凄い洗脳だな。

ただ魔族だからといって……

ただ魔眼族だからといって……

僕から言わせれば同じヒトだろうに。

多少目が特殊だったり角とか尻尾があるけど。

あれらはヒトだ。普段の光輝なら敵意は向けようが殺したりはしない。

だってアイツは優しいから。同じヒトを殺すことなんてできない。


「メア。あれ、対処できそうか?」

「能力がわからないままだと何とも……」

「わかった。僕が光輝の相手をするよ」


黒剣の切っ先を向けることで解り易く敵対することを告げる。


「紅月。お前、どういうつもりだ? どうして魔族の味方なんかする?」

「そうよ、紅ちゃん。私たちが戦うなんておかしいよ」


覚悟を決めよう。僕はこの手で友の命すら奪ってきたんだ。

なら……

血の繋がる実の姉だろうとも斬ってみせる。


「メアを殺すというなら……光輝、僕は君たちを殺す」


僕は本気の殺意を彼らに向けた。

僕が意図して殺意を剥き出しにしたのは久しぶりだ。

人外の覚悟は強烈な重圧を生み出していた。魔術師二人は苦しそうに喘ぎ、勇者二人は少し震えていた。


「紅月、お前……俺たちを、人間を裏切るつもりかッ!?」

「光輝君、紅ちゃんがそんなことするようなこじゃない。そうよ……きっとそこにいる魔族の女に誑かされているんだわ」

「……ああ、そうですね水月さん。そうにきまってます。紅月、今お前の目を覚まさしてやる」


一触即発。一髪千鈞。緊張。緊迫。

互いに踏み込むタイミングを窺がい、攻めあぐねている。

まあ武術の心得なんて一切ない僕は脱力して、突っ立っているだけだけど。

まあ光輝の父親はたしか道場の師範代だったし、ご都合主義的に暗殺剣か殺人剣でも習得しているんだろう。

だから僕が隙だらけで立っているのが不気味で攻め込めないんだろう。

だけど事態は僕の予想を大きく外れていく。


「貴様ら、ここで死合うつもりか? ここは私のギルドだと、忘れてはいないか?」


今まで黙っていたシヴァが動いた。

流石は魔女の端くれ。強烈な殺気を垂れ流す。

ああもう、ややこしくなるな。

三竦みの睨み合い。それは下手に動けばやられる構図だった。


事態は目まぐるしく変化する。どの行動が正しくて、間違っているのか考察するときすら与えずに。


「紅月様、もう……おやめください」

「……ッ!!?」


刹那、背後から声。

聞きなれた、慣れ親しんだ彼女の声。

頬を撫でる優しい温もり。

くそっ。なんで姫様が僕の後ろにいる。

振り向き、そこにあるのは泣きそうなリーズの顔。感情などないホムンクルスのはずなのに。


心は泣く。再びまた彼女に会えたから。

身体は啼く。再びまた彼女を騙られたから。

ずれ堕ちる人形。吹き出る赤と朱と紅。

気が付けば刃を振り抜いていた。

いくら騙されようとも識っているから。そこにいるのは偽物だと。

地に転がる美しい顔は苦痛も悲痛もなく、無表情で。

どくどくと流れ出る赤は暖かく、生きていた証で。


怒号が響く。僕の名を怒りに満ちた声が叫ぶ。

僕達は分かたれた。選択は終わり、物語は分岐した。

凄まじい速さで、弾かれたように光輝が襲い掛かってくる。振り下ろされる白剣。僕は黒剣で受け止める。


「何故、何故リーズを殺した!? 彼女はお前の事が、大好きだったんだぞ。危険を承知でお前を探すために一緒に来たんだぞ。それなのにお前はッ!!」


何も知らないくせにわかったようなこと、言うなよ。お前は僕の何を知っているつもりなんだ。いつも自分の都合のいいようにしか解釈できないお前が……

鍔競り合う白と黒。光輝は力任せに押してくるが、僕の方が強かった。

勝てないと悟った彼は一度退く。


「メア、決めたよ。僕は人間を滅ぼす。君は悲しむだろうけれど、もうそうするしかないよ……」

「紅月、目を覚ませッ! そんなの間違っている」

「光輝、目なら覚めているよ。覚まさなければいけないのはお前のほうだよ。もう話すのはやめにしよう」


洗脳はまだ解けていないようだった。

今度は僕が攻める番だ。力の限り振りかぶり放った斬撃。光輝は盾で受け止めたが、衝撃まではいなせず、ギルドの壁を突き破っていった。


斬り上げる様にして僕は魔術師二人を狙う。

甲高い金属音。氷の壁に阻まれる。

横を見る。水姉が地面に鎌を突き刺していた。さらに魔術師の片方、マーニャが魔法を発動していた。

地面から飛び出してきた複数の鎖が僕の四肢を拘束した。

氷の壁が解除され、ヒャールと呼ばれた女が毒々しい色をした短剣を右手に持ち突っ込んできた。


鎖を引きちぎり回避するには時間が足りない。だから一撃甘んじ、確実にこの女を殺そうと考えていたのだが……

僕の周囲を這う、光る文字でできた蛇のようなものが鎖を食いちぎり、ヒャールを威嚇した。


「……くっ」


硬直するヒャール。その隙を見逃すはずがない。距離は剣が届くほど近い。

無造作に振り抜くが、複雑な魔法陣に阻まれる。


「はぁ、はぁ……させない」


息を荒げたマーニャの仕業だった。これは絶対防壁だな。ただの剣といえど人外の怪力を誇る一撃を防ぐ。凄い魔法だな。


「黄金色の翼を持つ刃金」


僕は黒剣を投げ捨て、チカラを使った。


右手に光が、奇跡が集う。

瞬時に形成される黄金の剣。

振り抜く。ガラスが砕ける音。そして赤が舞う。

崩れ落ちるヒャール。いくら勇者といえどこの刹那に介入できるほどの速さはない。


悲痛な叫び声。死体の名を呼ぶ。だけどピクリとも動かない。

一歩踏み込み、よそ見をする魔術師の女を狙うが流石に遮られた。競り合う黄金と蒼。


「水姉、邪魔しないでよ」

「可哀想な紅ちゃん。いまお姉ちゃんが助けてあげるね。大丈夫。手足を失っても一生お姉ちゃんが面倒見てあげるから安心してね」


鍔競り合いの状態で僕は強く水姉を押した。

瞬間、僕の背後を駆け抜けた光が茫然としていたマーニャを貫いた。

仲間が殺されたというのに、水姉は気にするそぶりすら見えない。

それどころか僕を無抵抗にしようと躍起になっている。


「お父さんから離れろって言っているでしょ」

「ねえ紅ちゃん。お父さんてどういうことかな? 一体誰の子? どの女の子供なのかな?」


メアが魔法を放つが水姉は回避、または氷漬けにして難を逃れている。

今はメアが先陣切って対処しているが、時間の問題だろう。

ほら、だって……


「……なんで二人が死んでいるんだ?」


勇者様が帰ってくるから。


「そうか。お前が殺したのか?」


睨みつける先はメア。どうしても光輝は僕を悪くしたくないようだ。

はんっ、向こうでは誰彼構わず親友だって豪語していたからかな。


「ッ……絶対に許さない」

「そのセリフは私が使わせてもらおう。貴様ら、殺される覚悟はあるか?」


ふむ。ついにシヴァがキレた様だ。まあ散々ギルドを荒らされたから怒って当然だ。

僕だって怒る。


「来い、黒覇金」


シヴァの影が盛り上がり、出てきたのは異形の覇者。

人間の数倍はある図体。全身を覆う黒鋼の鎧甲冑。握られた黒刃の大斧。

一度僕が殺し合ったときの奴だ。力を使わなかったとはいえ殺しきれなかった化け物だ。


「魔女、貴様も人間に仇なす化け物か。人間に害為すというのなら俺は貴様も排除する」


徹底的に洗脳されているな。大方王国に逆らうものは排除するようにでもされているんだろう。


「黒覇金。私の敵を対処しろ」


命令が下され、化け物は咆えた。

身体の奥底まで揺さぶられる咆哮。ギルドが吹き飛ぶんじゃないかと思った。

ていうかシヴァは怒りで当初の目的を忘れているよ。

光輝たちに近付いた黒覇金の一撃。

何の比喩でもなく、轟音と共に実際に地面が揺れた。

振り下ろされた大斧は地面を真っ二つに裂いていた。流石にあの一撃を防ぐ自信がなかったのか、光輝は横に回避していた。

これだけ大騒ぎしたせいで、周囲の人たちも異変に気づき、どんどんギルドに集まってきているようだ。

見知った気配もすでにいる。

さてさて、一体どうしたらいいのかな。


周りの連中は気になるが、中にいるのは勇者と魔女だと知っているためか、入ってこない。

一部の実力者は除く、だけど。

知り合い数人。知らない数人。

テオ、ソラウン、あとは二つ名持ちの面々。


「うおっ、ニグレドお前そんなガキだったのか?」

「こらテオ。確かに驚く事ですけど今はこの事態に気を使いなさい」

「おお、そういえばなんでマスターと勇者が戦っているんだ?」


なんだろ。一気に気がそがれた。

それでも黒覇金は大暴れ。光輝は防戦一方。


「おいおい。魔眼族の女がいるぞ」

「ああ。てことはこいつらが敵か?」


二つ名持ちがメアに気づいた。僕は牽制の意味も込めて、再び拾った黒剣の切っ先を向ける。


「ニグレド?」

「テオにソラウン。メアを傷つけるというなら殺すよ」

「おいおい、ニグレド。確かにそいつはとんでもない美人さんだがよ……その言葉の意味、ちゃんと考えたか?」

「テオ、あなたの頭は女の事だけですか。まあ今回は正しいですけど。ね、ニグレドさん?」

「テオ、ソラウン。僕はちゃんと考えたし覚悟はあるよ」

「そっか。ならいい。帰るぞ、ソラウン」

「良いんですか?」

「ああ、良い。だってあいつの目は本気だしな」

「あなたらしいですね。ではニグレドさん、頑張ってくださいね。また会いましょう」


それはどこか含みがある言葉で。

彼ら二人は帰って行った。


残された二つ名持ちたちはおいおい、とおった感じでマスターを見るが……


「貴様らも帰れ。貴様らがどうこうできるレベルじゃない。それと早く避難勧告を出せ。最悪消し飛ぶぞ」


何が、と聞きたげだがあの闘争っぷりを見て悟る。

ああ、街が消し飛ぶのかと。

おずおずと、いそいそと帰って行った。

結局何がしたかったんだろう、彼らは。


「ニグレド、貴様はどうする?」

「……逃げていい?」

「いいぞ」

「だってメア。じゃあ行こう」

「え?」


きょとんとするメア。確かにさっきまで殺し合っていたのに打って変わったのだから驚くだろう。


「なんだかんだ言って僕は水姉を殺したくないからね」


僕はメアの手を握る。


「師匠ー。ありがとうございます」

「気にするな。折角再開できたんだ。その思いを無駄にするなよ。さて、勇者どもよ。私に少し付き合ってもらおうか」


僕はメアを連れて、逃げ出した。

ギルドから飛び出すと外は阿鼻叫喚と言うのが相応しいほどの混乱っぷりだった。

本当なら全力で走りたいのだが、メアが負荷に耐えきれなくて死んじゃうだろうし。

だから人間並みの速度で走る。背後から強烈な爆発音が響こうが、凍てつく風が吹き抜けようが普通に走る。

うう、どんどん気温が下がっていく。水姉が本気で暴れてる。


「メア、大丈夫?」

「はい。大丈夫です」


だけど浮かない顔をしている。多分、僕に血の繋がった姉と殺し合う選択をさせてしまったことが悲しいんだろう。


「メアが気にすることじゃないよ。これは僕が選んだ結果だからね」

「……本当に私なんかでいいんですか?」


それは実の姉より血の繋がらない娘を選んでもいいということ。


「うん。君だから僕は戦うんだ」


君は優しすぎるから。


「……私、生きていてもいいんですか?」


忌子と罵られ、災厄を呼ぶと忌避され、孤独だった彼女だからの疑問。

ただ瞳に象徴があるだけで。


「ああ。生きていい。メアが死んだら僕は泣くよ?」


こんな彼女だから僕は守りたいと思うんだろう。


街外れまで逃げ切った。


「ここまで来れば、大丈夫ですね」


ごろんと寝転がったメア。安心しきったような顔。


「……」


だけど僕は答えられない。気配を探り、気付いたから。

まだレコンキスタでは二人が激突している。

二人だけが。

残る一人。荒々しいまでの敵意を向きだした男が来る。

勇者、上条光輝。君はそうまでしてメアを殺したいのだろうか。

メアが魔王の血を引いているから、勇者は無意識に殺意でも抱くのかな。


「メア、起きて。敵が来るよ」


ほら、来た。人間にしては速過ぎる、残像を残しながら走ってきた。


「やあ光輝。君もあきらめが悪いね」

「水月さんと約束したからな。お前を絶対連れ戻すって」


ならその殺意、抑えろよ。何故、僕とメアに殺意を向けるんだ。


「安心しろ、魔族の女。せめて苦しまないように殺してやる」


僕の目ですら残像を残すその速度。やはり勇者のチカラの一つの様だ。

お世辞にも綺麗とは言えないこの大地を駆け抜けるその足。正確には足を覆う金属性の脛当てと靴。

僕の推測だけど、移動速度の上昇と全走破の能力があるはずだ。

だって良く見ると少し浮いているしね。

光輝が迫る。狙いはメア。メアは反応出来てはいるが、少しきついだろう。

だから僕が割って入り、白剣を黒剣で受け止める。


「紅月ッ!!」


僕の名を叫ぶ。だがもう答えない。いくら話しても分かり合えないから。

左足で踏ん張りながら僕は右足を蹴り抜いた。その白い盾目掛け。

吹き飛ぶ光輝。これでまた能力がわかった。

全体的に僕の身体能力は圧倒的に彼を凌駕していることと、盾の能力。

あれは絶対防御じゃない。ただ壊れないだけだ。まあそれを普通絶対防御とかいうんだろうが。

あとは身体を守る鎧とマント、剣くらいか。

あれだけ強烈な衝撃を受けてもすぐ立ち上がるということは、そのどれかに治癒に関する能力がありそうだな。


「メア、追尾系の魔法を撃って」

「はい」


魔杖剣を振り抜き、陣を形成。圧倒的な速さで魔法は完成し、放たれた。

光の尾を残しながら奔る赤の槍。槍というより鏃に近い形状だが、残光と相まって槍のように見える。

光輝は一度盾で防ぐが、魔法は壊れず再度襲い掛かる。

前後左右から襲い掛かる赤光槍。

その数は絶えず増え続ける。メアが執拗に魔法を生み出し続ける。

避け続ける光輝は発生源を絶ちたいが、メアを守護する僕がいる。無数に襲い掛かる魔法がある。

苛立ち紛れに舌を打ち、光輝は跳んだ。愚策ともいえる空中に逃げた。

いやあの足があるか。現に光輝は空中を三次元的な動きで魔法を回避している。

だがそれでも魔法は襲い掛かる。

流石に光輝も嫌気がさしたのか、能力を使うようだ。

白剣が白く、淡く、発光する。

すると赤光槍がいきなり霧散した。光輝は地面に降り立った。

なるほど。あの剣は魔法の無効化か。

光輝が再び迫る。僕は迫り来る白剣を再び黒剣で防御して……


瞬間、激痛が奔った。

焼けるような痛みが……


ああ、今僕は絶叫しているんだろう。と、僕はどこか客観的に、他人事のように自分を観察していた。

どくどくと溢れる粘り気のある液体が頬を伝う。押し付ける両の手から零れ落ちる。

いくら拭おうとも僕の目は光を捉えない。

気が付けば僕は崩れ落ちていた。


イタイイタイイタイ。

痛い痛い痛い。


激痛のあまり時間感覚が狂う。

耳から入る闘争の音。それもいつのものかもわからない。


「メア……メ、ア……」

「お、父……さん」


弱々しいメアの呻きにも似た声。一気に僕の意識は覚醒する。


「メアッ!」


気配を探り見つける。周囲に勇者はいない。だが、レコンキスタから強烈な魔王の気配がある。

そんなことはどうでもいい。僕は何度もこけながら、駆け寄る。


「メア……」

「お父さん……私、もうダメみたいです」


彼女は、泣きそうな笑顔で僕の手を握り、触らせた。

腹部からどくどくと、抑えようもない勢いで流れ出る生命を確かめさせるように。


「ごめん……なさい。わたしの、せいで」

「違う。絶対に違う。メアは悪くない!」


僕は文字通り血涙を流しながら泣いた。叫んだ。


「ふふ……やっぱりお父さん、優しい……ですね」

「メア、嫌だ。死なないで。僕が、僕がまた……」


漸く気付いた気持ち。ずっと目を逸らしていた気持ち。認めたくなかった。だってまた失うから。

僕が好きになったヒトはみんないなくなるから。


「……ヒトを好きになれた。メアだから好きになれたんだ。だから死なないで。もう嫌なんだ……」

「嬉しい、です。私も……大好きです。だから、私の全て、受け取ってください」


メアの手が僕の頬に触れた。唇が触れあったその瞬間……

流れ込む暖かいもの。

流れ込むたびにメアの存在が希薄になる。


『お父さん、いや紅月さん。私はあなたに会えて幸せでした。本当に幸せでした。一緒にいた時間は短かったけど、嬉しかったんです。こんな私でも誰かに愛してもらえて、幸せでした』


嫌だ、嫌だ、嫌だ。

メア、メア……僕を一人にしないでよ。


『安心してください。私はずっとあなたと一緒に居ますから。こうしてもう二度と触れ合えないかもしれないけど、ずっとあなたの傍にいます』


流れ込む命。

混じり合う、僕とメア。

忌み嫌われている魔眼のチカラ。


『紅月さん……』


……メア


『こうして話せるのも最後かもしれません。だから言いますね』


……うん。


『大好きです。ずっとずっと愛してます。紅月さん、大好きです。消え逝くものが言っていいことじゃないですけど、私はあなたを愛してます』


……メア、僕も君が好きだよ。愛してるよ。


『ふふ……嬉しいです。でもリーズさんのことも好きなんですよね』


……うん。


『ふふ。紅月さんらしいです。あのヒトなら許してあげますよ。だってあのヒトは……』


……何て言ったの。


『ふふ。内緒です。そろそろ時間の様ですね』


……うん。


『さようなら、なんて言いません。また会いましょう。紅月さん…………大好きです。あ……いして……ま、す…………』


……


……


……メア…………



再び光を得た瞳に映るのは大地ばかり。だけど一つだけ見つけた。

小さな首飾り。僕が昔、彼女にあげたもの。それを握りしめ、僕は泣いた。

喉が裂けんばかりに、叫んだ。

不条理な選択ばかりさせる世界に。

メアを奪った光輝に。

ありったけの憎しみをぶつけた。


僕は涙を流しながら立ち上がる。メアの形見である、黒の首飾りを付ける。

だけど涙は、涙だけは拭わない。

決してこの悲しみを忘れないために。

決してこの憎しみを忘れないために。


「絶対に……殺してやる」


メアがくれたこの瞳で、僕はレコンキスタの街並みを見据える。

未だ激突している三つの強大な気配。見知った気配。魔王ギルに勇者たち。

覇魁の魔女シヴァが見つからないのは気がかりだが、死んだか逃げたかのどちらかだろう。


「光輝、お前だけは絶対に殺す」


湧き上がる怒りを全て殺意に変えて。



初めて僕は本気で、ヒトを殺したいと思った。



彼方から魔物が逃げる足音、羽音がする。



ああ、今……



僕は酷い顔をしているんだろう。



「はは、殺してやる」



高じ過ぎた憎悪は歓喜にも似て甘いのだと、初めて識った。


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