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選択の時

残り五日。

移動に二日費やし帰宅。その際メアもなぜか僕が使っている宿に転がり込んできた。

そのせいで女将のフィリップさんに口笛吹かれたし、メアは顔を赤くするしで面倒だった。


「なんでついてきたんだ?」

「……お話ししましょう、ニグレドさん。いや紅月さんと言ったらいいですか?」

「どっちでもいいよ。で、話って?」


僕はベッドに座り、メアは椅子に座った。


「紅月さんって百年前の勇者なんですよね?」

「まあそうだけど」

「じゃあ私の事、覚えてないですか?」

「……えっ?」


その言葉にも疑問だが、一瞬彼女の姿がぶれて見えた。


「覚えて、ないですか?」


そこにいたのは異常なまでに整った顔をした少女。黒の瞳の双眸。その瞳の中心に右は金、左は銀に輝いている。

ああ、僕は知っている。

金と銀のオッドアイ。確かもっと幼い容姿だったのに。

またこうして会うなんて思わなかった。


「ああそうか。だから君はメアか」


忘れるわけない。あんな劇的な出会い方をしたんだ。忘れるはずがない。


「よかったぁ。覚えていてくれたんですね」


一度、僕が勇者という役職から逃げ出したときに出会った魔族とのハーフの少女、メーデル・サイス・アーデルハイド。

野垂れ死にそうになっていたのをたまたま僕が拾い、育てた。

拾ったと言っても殺されそうになっていた彼女に巻き込まれ、育てたと言っても一か月だけだけど。


「百年ぶりですね、お父さん。久しぶりに顔、見せてください」


僕は仮面を取り、ローブを脱ぐ。

メアは涙ぐみ、いや泣きながら僕に抱き着いてきた。


「お父さんっずっと、ずっと会いたかった。私は、私は……」

「ごめんね、メア。もう僕は僕の世界に帰ったりしないから」

「はいっもう、いなくならないでください」


もうあの世界には帰るつもりも無いし、帰る手段も無い。

ただいなくなるかもしれない。

生き物は大抵、死ねば消えてしまうから。

触れることも、暖かさを感じることもできなくなる。


「お父さんは変わってないですね」


それは百年も経っているのにと言いたいのだろうか。

瞳に浮かぶ金と銀の十字を見つめ、言う。


「時間の流れが違うからね」


隣に座るメアは、首を横に振り、否定する。


「容姿じゃないですよ」


そう言い、甘えてくる。


「ずっとそのままでいてください」


それは変わるな、ということ。変わらないものなんて存在しない。

生命の灯も絆も在り方も移ろいゆく。

時の流れというものは残酷だ。いくら不変を願おうともその願いすら呑み込んでしまう。

ただ僕は例外かもしれないが。

メアに握られた右手が痛んだ。

劇薬を掛けられたような激痛でもなく、じわじわとくる鈍痛でもなく。

形容しがたい痛みがした。

僕も絶えず変化する。

例外なんてないかもしれない。

魔女の言葉が正しいかどうかわからないが、魔女も神ではないということだ。


「お父さん、これからどうするんですか? 私は魔族にも人間にも味方してほしくないですよ」

「……わからないよ。まだ、決めれない。でもメア、君は守りたい」


そう、だから僕は魔に付くかもしれない。メアは魔族と人間のハーフだ。

人間がメアを受け入れることなどなく、しかし魔族がメアを受け入れることもないだろう。


「魔眼族の里に行くのはどうですか?」


新しい選択肢だ。魔眼族、人間でもない魔族でもない存在。

ただ瞳が異形なだけで人間に排斥され、姿かたちが人間と同じため、魔族から排斥された哀れな生き物。


「……ゆっくり決めてください。私はどんな選択でもお父さんについていきますから」


本当にこの子は優しいよ。自分は決して相容れないとわかっているのに魔族と人間の戦争を止めたいと願っている。

だからせめてメアだけは守りたいな。


「ところでお父さん、ニグレドって名前誰が付けたんですか? 師匠ですか?」

「違うよ。ギルドの受付さんだよ」


するとメアはえっ、と声を漏ら驚いた。

あまりにも予想外という様子であり、何か嫌な事態が起こりそうであった。


残り四日。


僕たちは今、ギルドに向かっている。

受付さんに真相を確かめるために。

昨日メアが語った僕の名前は信じられないものだった。


『ニグレド・ローラン。古代語で意味は、堕と勇。二つを連結して生まれる意味は勇は堕ちる。つまり、勇とは勇者であり、堕ちた勇者ということです。私はてっきり師匠がつけたものだと思っていましたよ』


さらにメアは言っていた。ニグレドとは錬金用語で、黒化、堕天、裏切りを意味すると。

まるで僕にふさわしい名前じゃないか。


国を裏切った勇者。魔の者と親しい勇者。人間を殺した勇者。勇者を補完する存在である姫様を斬り捨てた勇者。

まさに堕ちた勇者。

鎖から解き放たれた魔獣だよ。これじゃあ僕をもといた世界に帰したくなるのも、殺したくなるのも納得だ。

街角に張られた僕の手配書。僕を捕まえれば一生遊んで暮らせる報奨金が書かれている。

だがしかし、生かしたままで。

まあ僕を殺せるとは思っていないのだろう。

勇者を倒せるのは同じ勇者か、魔王くらいだから。


ギルドの木製の扉を開ける。あるのはいつもと同じ景色、景観。

騒ぐ酔っ払いに、武器を担いだ女。どいつもこいつも生き生きとした目をしている。

僕の存在に気づき、一瞬の静寂。誰もが僕を見る。受付に向かう僕を見る。


「やあ受付さん」

「こんにちは、ニグレドさん」


いつも通りの挨拶。まるで恒例行事。これが始まりの儀式。


「少し話があるんだけど、いい?」


いつもと違う行動。驚く受付さん。自分に興味を持たれた驚きか、それとも……


「私にお話ですか。珍しいこともあるんですね」


戸惑いと笑顔。細められた瞼の隙間から黄土色に眼が覗く。


「良いですよ。私も少しニグレドさんとお話ししたいと思っていたところでしたし」


受付さんは同僚の、もう一人の受付嬢に残りの仕事を頼み、こちらに来た。


「どこでお話しします? あと後ろの子も一緒にですか?」

「静かな場所で、三人で話そう」


僕たちはギルドを後にした。メアはこの受付さんを不信そうに見据えていたが、何も語りはしなかった。

静かな場所といわれ、僕が思いつくのはここしかなかった。

誰もいない、誰も来ない、誰も知らない、洞窟の最奥にある隠された地底湖の畔。


「流石ニグレドさんですね。こんな静かで美しい場所があるなんて知りませんでした」


確かにここは美しい。だがそれだけだ。

湖底にはまるで星の輝きのような光がある。星の海を泳いでいるようだった。


「単刀直入に聞くよ。受付さん、君は何者だい?」

「そうですね。ただのギルドの受付嬢で──」


受付さんは魅惑的な笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てる。


「──過去が見える人ならざるものですよ。勇者さんに異端者さん」


敵意も害意もない純粋な笑顔。


「では自己紹介をしましょう。過去視ウルズの魔眼保持者、ウルド・ノルニルです」

「まさか、ノルニルの三姉妹ですか。何故そんな大物がここに?」


ノルニルの三姉妹。時の女神の三姉妹の名を冠する魔眼保持者たち。


「それはメーデル、あなたが一番よく知っていることです。そこにいる堕ちた勇者が選択者だからです」


またその言葉を聞いた。

一体僕に何をさせようとしているんだ。

世界は、魔族は、魔眼族は、人間は……


「スーちゃんが視たのはここまで。こうして私たちが出会うことでまた未来が変動する。不変であるはずの未来が……」


『あなたは世界にとって不穏分子なの。招かれざる異形の勇者。存在しない混じり物の八番目の勇者。だからどんな些細な行動でも世界に影響を及ぼす。あまり理解していないようね。もう一度言うからしっかりと聞きなさい。

存在しないものが存在している。だから歪むのよ。わかる? 一番如実な例はあなたのそのチカラのように。でもそれは悪いことじゃないわ。あなたがここに存在する。それもまた運命だもの』


紫紺の魔女の言葉。あのときはまだ理解できなかったけど。

まさか魔女は僕がもう一度この世界に来ることを予想していたみたいだ。

死昏の魔女アメジストはこの先を、結末を知っているのだろうか。


「だから私たち魔眼族は勇者を求めるのです。魔王と友であったあなたなら、人でもない魔でもな私たちを救ってくれると信じて……」


魔眼族に与すればメアを救える。メアを一人ぼっちにしないでいい。

でもそれは水姉とギルを殺すということ。

ほんと、どうして残酷な選択肢しか与えられないんだろう。

誰も傷つかない、みんなが幸せになれる選択肢があればいいのに。

そんな生ぬるい三文小説のような結末は、この現実には存在しない。


「少し、時間が欲しいんだ。僕がどれを選ぶかなんて今すぐに決めれない」

「はい。それは当然です。選択の時に、選んでください」


四日後、全てが決まる。それまでに決めないといけない。

魔王か勇者か、それとも人でも魔でもない魔眼族か。

どれも選ばないか、選ぶか。


「そこにいる異端を救いたければ私たちを救ってください。彼女は私たちとでしか生きる道が無い」

「…………」


悲しげに俯くメア。事実故に否定はできない。

彼女の金と銀のオッドアイは魔族にとって不吉の象徴。

彼女に流れる血は人間にとって憎しみの象徴。

そして彼女が原因で魔族と魔眼族は分かたれ、殺し殺される仲へ。


「私たち魔眼族はあなたたちを受け入れる準備ができています。ですから……」

「ごめん。今はまだ決めれない」

「いえ、少し私が焦り過ぎました。では、四日後会いまみえましょう。私たち三姉妹が迎えに伺います」


お辞儀をして、彼女は帰って行った。

去り際に、まだ私の事言いふらさないでくださいね、と言葉を残していった。


残り三日。


レコンキスタ中に、勇者御一行がやってくるという噂が広まる。

二人の氷と光の勇者。

氷結女王に、白光の申し子。

十六夜水月に上条光輝。

宮廷特異魔術師二人。

全治全癒と絶対防壁。

そして美しい人形。

僕の時と違いこの五人で旅をしながら魔族を駆逐している。

彼らの偉業は遠く離れたレコンキスタにも届いている。

魔王軍四天王二体撃破。世界の大半を支配していた魔族領から半分にまで押し戻した。

たった五人で。僅か数月で。

勇者という戦略核。その戦闘力、その破壊能力は核兵器といっても過言ではない。

それが二つもいるのだから……

そして人間側にとって吉報。

王国軍が魔王城目指し進軍を開始した。

もう止まらない。もう止められない。

どちらかが消えてなくなるまで。


そしてあっという間に時間が過ぎていく。


僕は決意ができないまま。

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