女の子のくるみに戻れるタイミング
仙台に到着して次の日は即ライブ。
対バンとツアーを掛け持ちしてるこのツアー。
東京で見かけるファンも相当ついてきてるこのツアー。
最終日までの短い間、僕とユウヤは2人で最終日のセトリ(セットリスト)を見ながら夜になれば2人で部屋にこもりきりになって話していた。
女子高生に戻ったらやりたいこととか、そういうことも全部話していった。
テストをちゃんと受けて、学校をちゃんと卒業したい。
バンギャの友達以外も作りたい。
高校での思い出も作りたい。
それと同時にユウヤと過ごすこの一瞬一瞬を大事にしたい。
舞台上から見る景色も、目に焼き付けておきたい。
男の子としての短い時間を完璧に作り上げて、完璧に男の子としてこのバンド活動を終わらせたい。
ユウヤにだけ相談する、ということは、スタッフも誰も知らないタイミングで、僕の口から言えるタイミングで。
作文を作るように、言葉もまとめて行った。
このバンドを抜ける、ユウヤと決めたことをあと数日で実行する。
方法は無茶苦茶だし、最後の最後まで僕は仲良くしてきたメンバーの事も考えた。
困ってる時強引でも助けてくれたショウ様、僕が間違えたギターソロをカバーしてくれたり、背中を合わせたりしたすずるくん、テンションが上がらなくてしょんぼりしてる僕に気合を入れてくれたおんぷ。
みんな家族みたいで、バカもやってきた。
「明日のミーティングで、言おうと思うんだ。」
ツアーの最終日は出番は最後。
トリなわけだ。
だから多少時間が押してもライブハウスに迷惑がかかることはそんなになさそうだとユウヤと話している時に、僕は言った。
「みんなを突然裏切るようなことは出来ないからせめて最後だけでも、ちゃんと言いたい…全部。」
「全部…性別も、だね。」
しゅんとしてる僕の手を握りながらユウヤは確かめるように聞いてきた。
「ファンの子には言えなくても、メンバーには言いたいなぁ。」
ファンにばらしたとしたら、きっと僕はフルボッコだろうななんて思った。
それこそ僕の女子高生に戻りたい女の子に戻りたいなんてこと出来なくなると思うし。
そもそもこの計画は、どこで叩かれても仕方ない方法だったし。
暫くはネットで色んな事言われる、でもユウヤはそれを庇うと言ってくれている。
「そしたら、この曲で暗転した後、ベースソロからのくるみのソロで曲止めよう。」
僕を後ろから抱えて、ベッドの上でユウヤが指さした曲はいつも暴れ曲としてやってきた曲だった。
「ユウヤ、ありがと。」
「ここまで2人で考えてきたんだし、俺が最初に脱退させたいって言ったんだ。守らせてよ。」
よしよしと頭を撫でられ、僕は少しうるっときていた。
「明日、だね。」
うん、と返事をして、僕とユウヤはその日2人で決めたんだ。
女の子に戻る方法を。
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次の日いつも通りのテンションで始まったミーティング。
僕は緊張していた、けど、ユウヤが時間を作ってくれた。
ごめん、大事な話がある。と、場の空気を変えてくれたのだった。
そして僕は今まで隠していたこと、女の子に戻りたいこと、脱退することを決めたこと。
そして、出来ればこのタイミングでと、話した。
それはみんな口を挟まずキチンと話を聞いてくれた。
まさかと思う位真面目に。
そしておんぷは責任を感じてか、思いっきり泣きながら謝ってきた。
すずるくんはどうりでチビだと思ったと、優しく笑ってくれた。
ショウ様は気付かなくてごめんと、涙をうるうるさせながら答えてくれた。
ユウヤも僕も感動して泣いていた。
バラしてしまえばなんだか後は話しやすくて、メンバーみんなを交えて、最後のミーティングになった。
メンバー以外には誰にも話さない。
僕たちはここで、団結していた。
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そして、当日。
僕の狂実人生最後の日。
みんなで気合い入れをして、上がったステージ。
「最後の曲ですよー、ラストですよーラストラストー!
かかってこい!」
と、おんぷが叫び始まった煽り暴れ曲。
ああもう泣きそうだ。
ヘドバン、モッシュに狂うライブハウス。
合間合間に入る咲き乱れ。
「ラスト一回!」
おんぷが声を張り上げ、最後のヘドバンモッシュが終わり、暗転し。
そのタイミングが来てしまったのだった。
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性別を誤魔化して居たことと、何故辞めるのかというのは曖昧なものの、僕は最後に一言付け加えた。
「腕を上げて、このバンドといつか対バン出来るバンドを引っさげて、戻ってきます!
それまで、まっててね。」
直前まで暴れていたお客さんが悲鳴交じりに泣き始めたり、泣いてる僕に泣かないでと言ってくれた。
勿論僕が腕を上げて帰ってきた時は、僕はきっと、女の子のバンドを組んで帰ってくるだろう。
ユウヤがまだ、このバンドに参加してるなら。
男の子としての生活も、こうして終わったのだった。
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その後。
"わたし"は女子高生として、学生生活を送っている。
髪は狂実の時よりも伸びて、V系と言うよりも大人しめの女の子になった。
勿論今でもV系王子様に憧れていたりもする。
狂実が去った後、少しお客さんが減ったと聞いたけど、V系バンド『ミルク』は解散することなく今でも活動を続けている。
下手ギターが居なくなっても、新しいメンバーを入れたりしないで。
たまに今でも狂実のネタをおんぷが話して、ライブハウスがどっと笑顔に包まれたりもしてるらしい。
そして今年の春"わたし"は高校を卒業する。
思い出も沢山出来た。
近寄り難かったとクラスメイトに言われた事もあったけど、今は普通に過ごしてる。
可愛くなりたい。
相応しくいたい。
隣にいたい。
"わたし"の心はしずく様、もとい。
ユウヤに全部持って行かれている。
あの日ユウヤが決意して"わたし"にいってくれなかったら、変わらず今もあのバンドにいたんだろうか。
想像すると少しおかしく思えて、でも同時に少し寂しくて、不思議な気持ちだ。
今でもメンバーとはメールのやりとりをする。
たまにこっそり皆で会って話したりもしてる。
そんなこともあったよねと、今では笑い話がたくさんだ。
"わたし"は1人、補習が終わり、教室を飛び出し、靴を履き替えてあの人が待つ校門へ走った。
"わたし"は卒業したら、あの人が言ったあの言葉の通りになると決めた。
校門を抜け、止まっている見慣れた一台の車。
少し前に教習所を卒業したあの人は、車を買った。
そして少し、オタクっぽくなくなったかな。
「お待たせー!」
「おう、待ったー!」
「ごめんね?」
「謝んなよ、ほら、今日はどこ行きたい?
天下無敵、女子高生のくるみさん?」
「結婚式場!」
「気が早い!卒業したらな!」
「あはは!じゃあまたいつものとこ!」
「了解!」
そうなのである。
"わたし"の左手薬指には、一つのシンプルな指輪がはまっている。
ハンドルを握っているのは同じバンドで出会ったユウヤ、その人。
"わたし"を女の子に戻してくれた本物の王子様である。
そして"わたし"を乗せた大好きなユウヤの車は、安全運転で走り出す。
あのみんなと出会って笑った思い出のカラオケへ向けて。
『V系バンドのあかさたな』
END
短編予定で書き始めたこの『V系バンドのあかさたな』もっと細かく書きたかったのですが、説明を細かく書いてしまうとまだまだ続く!みたいになるために、細かい所は省いて終わりとなりました。
だけど自分の中でこの『ミルク』ってバンドの話を書いてるのが楽しくて、短編でまた、メンバーとの話や絡みの話も書いていこうと思ってます。
その時はまた、このV系バンド『ミルク』と、『ミルク麺』を生温く見守ってあげてください!ありがとうございました!