僕が狂実になったワケ
「狂実さまぁ(はぁと)お疲れ様でしたぁ(はぁと)あのー、つまらないものですがうけとってくださぁい(はぁと)」
「ずるいー!狂実さまぁあたしのもー!」
「おんぷー!結婚してぇー!」
「すずるくぅーん!かわいー!」
「ショーウ!!(デスヴォ)」
「しずくさまぁ(はぁと)フィギュアわたしも買いましたぁ(はぁと)」
はははははは…。
出番も最初の方だった『ミルク』一同は、まだ熱気あふれるライブハウスを通称『盤車』、バンド機材を乗っけるボロワゴンに乗り込み、逃げるようにその場を後にしようとしていた…のだけど。
知名度もまあまあ、こないだ初めて出したCDの売り上げが伸びてしまった為か、『盤車』の周りをバンギャが出待ちで固めてしまい動けずにいた。
おいおいバンギャよ…マナー…マナー…
僕とユウヤはまだ化粧は落として居ないけど他のメンバーは全員スッピンだと言うのに。
そんなことお構いなしで手渡しプレゼント攻撃を食らわせて来る。
もちろん最初に僕を見つけてプレゼントを、押し付けて来たのは僕の高校の友人だったりする…。
車に乗り込めず、花束やらデカイ紙袋やらが『ミルク麺』に押し付けられている。
出待ち禁止だと言われても熱狂的な僕等、ミルク麺のファンであるミルキィ達は迷惑を顧みずやってくる。
麺…と言うのはそもそもなんなのかを伝えると、メンバーの省略形である。
決してラーメンとかの類ではないんだよ。
バンド名の後に付けるのがお決まりのようになっていた。
僕達は沢山のプレゼントに埋れながら何とかローディー(お手伝いしてくれてるメンバー以外のメンバー?)が抑えてくれてる中でようやく車に乗り込み、出発することになった。
疲れる…
毎度良く思うのが、全力で暴れた後だと言うのにぼっさぼさになった髪やメイクが丁寧に直されている事だ。
最早僕にはバンギャさんには魔法使いが居るとしか思えない。
翼を授かってるに違いない!(飲み物)
ワゴンの二列目窓側に、ユウヤが僕を押し込んでくれたお陰でなんとか狂実狂から逃げることが出来た。
プップー!
クラクションを鳴らし、ハンドルを握るのはショウ様。
助手席は当然の如くすずるくん。
おんぷは二列目、ドア閉め係りだ。
めんどくさいので僕とユウヤ以外のメンバーは本名を伏せさせてもらうね。
今日泊まる先のホテルに着くのは少し先になるので、ここで僕が何故このバンドに入ったのか説明しようと思う。
あ、ユウヤが手握ってきた、…ああもう、可愛い男だ。
時間はさかのぼり…
僕はその時、ギター教室から出て、少し歩いた所にあるとあるCD屋さん(V系専門)の張り紙を見ていた。
小さい頃から父の影響で、ゴシック王子に憧れ、ロックが好きだった僕は、ヴィジュアル系のお兄さん達に憧れを抱いて居た。
男なのに女のコのような見た目や、リアルゴシック王子、ふりふりロリータバンド…素敵過ぎる沢山のメンバー募集が張り出されていた。
そんな僕のその日の服装は、父の買ってきたどこかのブランドの黒服だった。
黒服にはフリルがあしらわれていて、小さなハットを付けてギターを担ぐ僕は、どこから見ても憧れのヴィジュアル系バンドマン。気分だってエレキギターを背負ってる時点でバンドマン!だったのである。
高校を卒業したら、女の子だけのヴィジュアル系バンドを組んでやるんだと思いながら、色んなチラシを目にしていた。
だって、参考にもなるし…。
そして目についたのが何を隠そう『ミルク』のメンバー募集だった。
そこには、ボーカルおんぷ、ギターすずる、ドラムショウ、の3人のアー写(アーティスト写真)が載っていて、3人とも男に見えない位可愛くて、カッコ良かった。
『下手ギター、ベース募集中!』そうでかでかと書いてある紙。
僕も男の子だったら、今すぐにだってこの連絡先を千切って応募したいよ…。
なんて、思っていた。
その時だった。
「ミルク、気になるのー?」
話しかけてきたのはモロに今まで見つめていたバンドのボーカル、おんぷだった。
「え、あ、はい、とっても可愛くて、かっこ良くて素敵です…」
思わず僕はいつもの低い声でおんぷの質問に答えてしまったのだ。
僕の地声はイケボという部類に入るらしい。
「ふーん…?今ね、ベースも見つかったし、一応はバンドの形にはなるから一旦そのビラ外しに来たんだけど…君、イイね、ちょっと一緒に来て!」
僕の見た目を上から下まで見たおんぷは、身勝手にも僕を拉致してとあるカラオケ屋に入っていった。
そして一室をバァーン!と開くとそこにはまさかのスッピンでありながらさっきのビラに写っていたすずる、ショウ、そしてミーティングに参加していたまだ名前も決まっていない新入りベースのユウヤが居たのだ。
「はぁーい!皆ビッグニュース!下手ギタリスト拾って来ちゃいましたー!」
満面の笑顔で言うおんぷは僕の手を握ったまま、その場に居たメンバーにあろうことか紹介しやがったのだった…。
ここまで来てしまったのだから仕方が無い、一応話だけでも聞かせて貰おう…どうせ女だって分かれば入れてなんて貰えないし…いい経験だし。
そう思ってしまったのが間違いだった。
「おー、良くやったなおんぷ!」
ショウ様。
「身長的にも僕とちょうど良さそう…」
無口少年すずるくん。
「下手なら、俺と一緒だな!よろしくー!」
この時僕の性別に気づいていない将来のしずくこと、ユウヤ。
「ほらほらー!名前は?君っ!」
握った手を握手に変えて、おんぷは僕に名前を聞いた。
そして、僕は答えたのだ。
そのまま。
「くるみです…」
「おー!気合い入ってるう!もうその名前でいいのかなー?しょうねーん!」
「えっちょ…」
「よーし!今日は新メンバーも2人加わったことだし、ミーティングさいかーい!」
やたらとテンションの高いこのおんぷという男に、僕は本当の性別を、言えないでしまったのです。
カラオケの機械にエレキギターを繋げて、軽くテストみたくスコアを渡されギターを鳴らしたり、『ミルクのくるみ』だとなんかパッとしないから漢字にしよーよと男に囲まれて『狂実』と決められたり、ユウヤがまだ本名のままだったので、皆で決め合いして悩んで笑って。
そんなことをして居たら僕も楽しくなってしまって。
そのまま数日後に迫って居たライブに新メンバーとして私服でユウヤと登場して…
いつの間にか性別を言うことが出来ず…。
あれよあれよと言う間に雑誌に載せられ、アー写撮影、衣装打ち合わせ。
僕の身長は150cm…それで男というのには無理があるのではと思ったのに誰も疑問を抱かなく…。
そして東名阪ツアーが決まり、僕は学校を休んで、ツアーに参加することになっていた。
流石に父には本当の話をした。
その時の父はとても嬉しそうにしながら僕の話を聞いていたっけ…、止めろよ親父…。
そして泊まる先のホテルで、ハタチ越えの元々居た3人のメンバーは一室に集まり、打ち上げをするので、この時まだ19だったユウヤは僕と相部屋。
まさか女子高生である僕が、男と一夜をともにしなければならなくなったのだ。
マズイとは思った。
思ったのに、僕は、間抜けにもシャワーを浴びる際にユニットバスの鍵をかけ忘れてしまったのです。
なんにも考えないで大あくびをしながらトイレの為に入ってきたユウヤと、シャンプーを取る為にシャワーカーテンを開けた瞬間がかぶってしまい。
「きゃあああああああああああ!!!」
「うおおおおお!?!?」
と、お互い悲鳴を上げたのを今も良く覚えています…。
1人はズボンのチャック全開、中身も全開。
1人は全裸、全裸の…女の子、僕だったのです。
こんな感じで、僕とユウヤは隠し事一切なしでその日の夜は語り明かした記憶がある。
それでも他のメンバーには絶対言わないと、ユウヤは言ってくれて、そしてその日から女の子だからねと大事にしてくれるようになった。
ーーーまあ、それが僕らの同人誌ができるきっかけだったのだと思ってる。
と、過去を語った僕だ。
ハンドルを握っているショウ様と僕以外は疲れで爆睡中。
僕に寄り掛かって眠っているユウヤと僕の恋の話は後々させてもらいますです。
「誰か起きてるかな?」
と、ショウ様。
「あ、僕起きてますよー?」
空いている右手で挙手して答えた。
「てっきりみんな寝たと思ってた、狂実も寝てて良かったのに。」
ショウ様はおんぷにハゲハゲ言われてるけどそんなこともなく、メンバー思いの優しいお兄さんだ。
ライブ中は凄まじくドラムを叩いているけど。
あれはいただけない、怖い。
イケメン台無しで怖い。
「そろそろ仙台だよー。随分時間も押したけど、皆、起きてー?」
「チェックインだけはがんばって済まさないとですね!」
バックミラー越しに目を合わせ、僕はショウ様に答える。
ユウヤは長い前髪をピンで止めてたけど、ピンずり落ちて最早お化けだ。
笑みがこぼれる。なんて可愛い男だ。
「ほらほらー!しずく様ー、おんぷー!起きて起きてー!」
こうして僕とミルク麺ご一行はホテルへ入るのでした。
部屋割りはいつも通り。
やっとユウヤにぎゅーできる。
それを考えたら、こんな、かっこいい人と同じバンドに居られる僕は、幸せなのかも知れませんね!
決して簡単ではないのですが。
次へ続くのです。