V系バンド、その名はミルク
突然だがヴィジュアル系バンドをご存知だろうか。
キラキラした衣装にバッチリメイク、髪型髪色。
それに重たい音楽。切ない女の子の心を歌うボーカル。
ヘドバンに狂うライブハウス。
好きなバンドマンにハートを飛ばし、咲き乱れ、一つの言動によりバンギャは妄想に走る。
今日もハートを痛い位に浴び、声援に応えるのはこのバンド…『ミルク』の下手萌え萌えギタリスト、狂実様であるこの僕である。
あざとすぎる位にひらっひらのピンクのロリータ服に身を包み、『下手の狂実狂♡』を名乗るバンギャ達に媚びを売る。
一瞬上手の黒ロリータすずるくんと背中を合わせてツインギターを奏でれば、バンギャ達はキラキラとした目つきでこちらを見るし、一瞬たまたま目があっただけのベーシスト、しずく様にはウインクをされ、それを見ていたバンギャ達はキャーキャー声を上げる。
これが、僕の…日常なんだけど。
メイクや衣装を脱いでしまえば、すずるくんは男子。
しずく様だって男子。
ボーカルのおんぷだって、ドラムのショウ様だって男子。
そうだ。僕、くるみは、女子で有りながらこのバンドに加入することになってしまったギター好きのゴシック王子に憧れるただの一般人だったりする。
僕、という一人称はたまたま僕が『僕っ子』であって、くるみというのも僕の本名なのである。
しかもメンバーほぼ全員が僕の事を男だと思っているというカオス展開。
味方は1人。
そんな、ライブ後の僕の一言から、始まり始まり、なのです。
「あー、暑い、死ぬ。」
出番が終わり、楽屋に戻った僕がスカートを捲り上げてバタバタとパニエ、ドロワーズを脱ぎ始める。
僕はこんな格好したくないのです。
スカートは大嫌い、な僕です。
「まあ狂実様、はしたなくてよー?」
カマ口調で分厚いメイクをゴシゴシ洗い落としてすっぴんになったおんぷはそう言いながら、僕の胸を後ろからわし掴みである。
ミルクのボーカルです、うちの変態ボーカルです。カマ口調聞くだけで鳥肌立ちます。ライブ以外ではやめてほしいのです。
だけど、胸を揉まれても僕が女だってことはバレない。
一応胸は潰しているし、そもそも、掴める胸なんぞない。
それに一々反応しないのが、僕スタイルである。
「こら変態ボーカル。狂実とデキてるのは俺設定らしいんだから離れろ、狂実に触るな。」
しずく様が僕とおんぷを引き剥がす。
しずく様も、はたから見ればただのオタク。
しかもその設定はバンギャの書いた同人誌から出た設定だし。
そんな差中、黒ロリ無口少年すずるくんはさっさと重たいロリータ服を脱ぎ、ショウ様とシャワーへ行ってしまう。
ショウ様とすずるくんは、なんだか本当にホモォですか?と聞きたくなる位にリアルにラブラブしてる。
そんな僕は実は女子高生。
日常生活でとても困るのが、売れ始めたこの僕の居るバンドの狂実と、女子高生であるくるみが似ていると、同じクラスのミルクバンギャ…通称ミルキィの女子が騒ぐことだ。
僕は『狂実さんをリスペクトしてるんだぁ〜』なんて言っているが、何を隠そうそれは僕なのである。
僕は僕をリスペクトしている、もっと言ってしまえば狂実コスの神様だったりもする。
いや、それ全部僕1人がやってることだから。
と、声を大にして突っ込みたい。
まあそれを置いておいて。
腹黒おんぷ(はぁと)と名高いおんぷは、しずく様に追っ払われてすずるくん達を追ってシャワーへ向かった。
楽屋には僕としずく様だけになる。
「出番が終わったからって一斉にシャワー行ったら他のバンドさんに迷惑かかるのにー」
と、僕はぶーたれた。
「俺たちはホテル帰ってからシャワーにする?くるみ」
やたらとキラキラしたオーラを纏いながら僕の本名の呼びでしずくは僕を呼ぶ。
そう、何を隠そう、このバンドで僕の本当の性別を知っているのは…下手仲間のしずく様…もとい、ユウヤだけなのだ。
「ユウヤー、それって僕の為?」
「そうだよー、だって今くるみが男だらけのシャワー室行ってみなよ、すぐ性別なんてバレちゃうよ?
てゆーか、男の前でよくスカート脱げるね」
「だってスカート嫌いだし、重ね着するからベタベタするし気持ち悪いよー」
「はい、そんな時はサッパリする必殺シート。
あんまり男に見せないでよね、俺のくるみが減る」
「ありがと。」
ヒンヤリとするシートで体をふくことで、なんとかその場をやり過ごす。
実はバンドマンなんて、はけてしまえば衣装を脱ぎ捨ててすぐ全裸になりたがる、汗っかきな男臭い、部活後のロッカーのような場所に押し込められた集団でしかないのだ。
素敵なホモォが待っている、なんて思ってはいけない場所なのだ。
まあ、うちのバンドにはその要素の人2人いるみたいだけど…ショウ様とすずるくんの事ね。
カーテンを引いて、ロリータ姿から半袖、ジーンズに着替える。
「ねえくるみー、今日打ち上げあるみたいだけどいくー?」
カーテン越しに見張りとして立っているユウヤが声をかけてくる。
「行かないよ、だって僕未成年だし…そもそもシャワーが浴びたい。」
「参加してもおじさん達の餌食だったもんねー、こないだの打ち上げ。
じゃあ俺もパスしようかな。
シャワー浴びたいし。」
2人してこうシャワーシャワーと言っているのには訳がある。
着替え終わった僕はカーテンを開きため息を漏らす。
「…早くぎゅーしてもらいたいもん。」
「俺もぎゅーしたい。ホモォ目線無しで。」
僕とユウヤは実は設定でもなんでもなくて、本当に付き合っている、正真正銘の恋人同士なのだ。
男女なんだし、間違ってないし…別にいいでしょ。
…と、僕は思うのだ。