N-043 階段を登ってきたもの
エルちゃんと一緒に3時間の見張りに立つ。
エルちゃんは編み物をしながらたまに前方を見ているし、俺はパイプを楽しみながらジッと明かりの奥を見る。
エルちゃんはコンロの脇においた籠にライフルを立て掛けておくし、俺は傍に置いて何時でも撃てる準備は出来ている。
迷宮の入口付近と違って、通路の壁面がゴツゴツしているから何となく不気味に感じる。
遠くに浮かぶ光球がふわふわと動くから、壁の凹凸が床に影になって動いて見える。
此処から見るとまるで魔物が動いているように見えるけど、本物の魔物ならエルちゃんが教えてくれるだろう。
「てっちゃん。交替にゃ」
しばらくすると、アイネさんとマイネさんが起きてきて替わってくれた。
「今の所、問題ありません。お茶が沸いてますよ」
「ありがとにゃ。ミイネ達が起きたら出発にゃ。それまで寝てるといいにゃ。」
見張りをアイネさん達に引継いで、俺とエルちゃんは岩壁の下に敷いた毛布の上で、マントに包まって目を閉じる。
結構歩くからな。エルちゃんは疲れてるんだろうか? 直ぐに寝息を立てている。
ドォーン!というくぐもった音で俺は目を覚ました。
エルちゃんも半身を起こして、耳を立てクルクルとその音の元を探している。
「今の音は?」
「たぶん爆裂球にゃ。先行してたチームが使ったにゃ」
手に負えないような群れなら迷わず使えって言ってたよな。
そんな状況になったとしたら……。
「たぶん、左の通路の先にゃ。シイネ、光球を作って岐路のところに持っていくにゃ」
シイネさんが携帯コンロの傍から立ち上がり光球を作ると、それを投げるような動作で光球を移動させる。
エルちゃんも3つの光球の配置を少し変えるみたいだな。
そんな彼女達の様子を見て突然気が付いてしまった。
何と、光球の動きと彼女達の尻尾の動きがシンクロしているのだ。人間なら、たぶん手の動きに合わせるんだろうけど、長くて綺麗な尻尾を持っているからね。第3の腕として使っているのかな?
光球は岐路の部分に2つ、15m程先に1つ、そして俺達の真上に1つになった。かなり明るく通路が照らされる。これなら、狙いを付けるのも楽だろう。
「近付いてくるにゃ。数が多いにゃ」
ネコ族の勘は相手の動きに連動しているようだ。動かないでジッとしている相手は分らないということなのだろう。
そうでなければ、十字路で左右を鏡を使って確認することもない筈だ。それとも、分っていても、目で再度確認するんだろうか?
「来るにゃ。全員で一斉射撃にゃ。ミイネとエルちゃんは射撃が終ったら【メル】で牽制にゃ!」
アイネさんの言葉が終って一呼吸する間に、岐路の左側から溢れるようにサーフッドが姿を現した。
アイネさんの合図を待たずに俺達は銃を撃つ。
俺は素早くライフルを撃つと、【アクセル】を唱えて槍を持って前に出た。
直ぐ隣にアイネさんが同じように槍を持って構えた。
俺達の頭上を【メル】の火炎弾が飛んでいき、サーフッドに当って炎を当りに撒き散らす。
マイネさんとシイネさんが銃撃を加え、それにミイネさんが加わった。
近付くサーフッドを槍先で通路の奥に撥ね飛ばすと、エルちゃんが次々と火炎弾をサーフッドに投付ける。
「止め!……様子を見るにゃ」
アイネさんの言葉に、臨戦態勢のまま前方を凝視する。
サーフッドの体液も燃えるのだろうか? ぶすぶすとちいさな炎を上げてサーフッドの小山が燃えている。
やがて、ガサっと音を立てながらサーフッドの山が崩れると床に吸い込まれるように消えていった。
そこで始めてアイネさん達が魔石を探し始める。
いったい何匹のサーフッドだったのか分らないけど、30はいたんじゃないかな。上手くいけば10個近く魔石を見つけられそうだ。
「たくさん見つけたにゃ。黒の魔石が2つもあったにゃ」
そう言って、魔石を入れる小箱に収納している。1つの小箱に20個入るからこれで2箱目になるな。3箱用意したといっていたから、60個は収納できることになる。でも、この調子で行くと3箱は3日も経たずに満杯になるんじゃないかな。
一応、今回の狩りは迷宮内で4、5日を予定している。箱がいっぱいになったら、布に個別に巻き込んで保管すればいいんじゃないかな?
「おーい! だいじょうぶだったか?」
左側の岐路から4人の男女が現れた。
たぶん彼らが爆裂球を使った連中なのだろう。
「だいじょうぶにゃ。でも、爆裂球を使う場合はその後を考えて欲しいにゃ」
「悪い悪い。とんでもない数のサーフッドが現れてな。俺達の中では【メル】を使う者がいない。仕方なく使ってしまったのだ。こっちに怪我が無くて良かったぞ」
携帯コンロの傍に座った4人に早速お茶をご馳走する。
エルちゃんが俺達にもお茶のカップを配ってくれた。
「【メル】が2人か。それに前衛をこなせる者が3人いるのでは贅沢なチームだな。……そして全員が銃持ちなのか」
「そうにゃ。でもさっきの群れは凄かったにゃ。【メル】の連発ができて良かったにゃ」
「そうか、そっちの嬢ちゃんはハーフだったか。羨ましい限りだ」
ネコ族の魔法力は小さく、人族の7割程度らしい。
エルちゃんの場合はエルフ族とのハーフだから、エルフの魔法力を持つ。その値は、人族の2割増し程度。
白レベルの数値ならば、ネコ族は14~16程度に対してエルちゃんや俺は24~26を持てるということだ。これなら魔法を多用できる。
「てっちゃんもエルフとのハーフにゃ。でも、ようやく白になったばかりだから、此処に来たのは初めてにゃ」
「それは、悪かったな。俺達はもうそろそろ青になるところだ。それでも迷宮の1階奥は苦労する。20前後なら問題は無いが、それを越えるようであれば躊躇無く爆裂球を使う。これで今回迷宮で使った爆裂球は2個目だ。お前達も白の祝いに長老から爆裂球を貰った筈だ。いいか、良く見極めて使うタイミングを逃すなよ。迷宮1階の奥は爆裂球を使うタイミングを訓練する場でもあるのだ」
4人組みは俺達にお茶の礼を言うと去っていった。
爆裂球はそういう意味で長老がくれたのか。でも、アイネさん達は白だったから本来は貰えないんじゃないかな?
そして、爆裂球のタイミングか……。
さっきの場合はどうなんだろう? 確かに爆裂球を使わずに何とかなった。爆裂球の値段は魔石1個よりも高価だ。
となれば積極的な使用ではなく、俺達の手に負えない事態になった時の切り札として使うことになるんだろうな。
これからのことを考えると、爆裂球を1個ポケットに入れて置くべきなんだろうな。
「私等も朝食を終えたら出発にゃ」
そんなアイネさんの言葉に皆が朝食を作り始める。
その間は俺が見張りに立とう。
◇
◇
◇
「だいぶ奥に来たにゃ。今どの辺りにゃ?」
「此処です。もうすぐこの通路を進めば、下の階に下りる階段があるはずです」
迷宮内の魔物狩りは遭遇戦が基本だ。確かにジッとしていれば魔物の方からやってくる場合もあるが、それは例外と見るべきだろう。俺達が野営をしている時に襲われたのは3回に1回の割合だ。同じ場所に10時間以上いるんだから,まぁ仕方がないことではあるけどね。
エルちゃんがゆびさした地図の場所は右の外れの方だ。迷宮の入口から真直ぐにくれば1日は掛からないな。
上位のハンターは地下階に挑むことになるから、一回の迷宮入りはかなりの期間が掛かるんだろうな。
「地下から何か来ます!」
突然エルちゃんが叫んだ。俺達は一瞬顔を見合わせる。
直ぐに銃声が聞こえた。
散発的に4発が撃たれたようだ。
「あれはパレトにゃ。通常弾を撃ってるにゃ」
「どうします?」
俺の質問にアイネさんは行動で応える。
通路を走り出したのだ。慌てて俺達は後を追い掛けた。
通路の先にちょっとした広場がある。その広場の片隅に地下に降りる階段が見える。
階段の周囲に石で囲いが付いているからまるで地下鉄の入口のようにも見えるぞ。
俺達が階段に少しずつ近寄って行くと、階段から転び出るようにネコ族の女性が現れた。革の上下ではなく革鎧を着ているけど、その革鎧の所々に傷が付いており、少し血も滲んでいるようだ。
「サベナスが来るにゃ! 急いで逃げるにゃ」
俺達の方にヨロヨロと歩いてきたが途中で倒れてしまった。
エルちゃんとシイネさんが駆け寄り状況を見ている。
「毒を受けてます。治療して角に移動します」
2人が女性を動かしている間に俺とアイネさんは【アクセル】を唱える。
そして階段から更に2人の男女が血を流しながら駆け上がってきた。
「直ぐ下にいる。大型のサベナスだ」
そう言いながら壁際によろけていく2人の後には、点々と血が滴っている。
「てっちゃん、覚悟はいいかにゃ? サベナスは大蛇にゃ。急所は頭にゃ」
「やるしかなさそうですね。これで行きます」
M29は大型獣には頼りになる。はたしてキチンと狙えるかが問題だが、距離をおかなければ当てることはできるだろう。
シャー……っと、大きな口から二股の舌を出して大蛇が姿を現した。
頭だけで2mはあるんじゃないか。エルちゃん位なら一飲みにできそうな大きな口を開けると、小型のナイフを並べたような歯が見えた。更に、短剣程の牙が上顎から突き出している。
牙から滴っている緑色の液体はどう見ても毒のようだ。
アイネさんとマイネさんが槍を手に大蛇に足を踏み出したとき、銃声と共に大蛇の片目が弾けた。
幸先が良いぞ。これで、立体視ができなくなった筈だ。
アイネさん達が槍で牽制する後ろでエルちゃん達が銃撃を浴びせる。
問題は、エルちゃん達の使う銃弾がロアルの通常弾だということだ。丈夫な鱗を持っているから弾丸が深く入らないみたいだ。
ますます怒り狂ってアイネさん達を攻撃してくるが、【アクセル】で2割増しになった素早さの前に大蛇の攻撃は紙一重でかわされている。
「退いて!」
そう言って大蛇の前に出ると、鎌首を上げた大蛇の頭にマグナム弾を打ち込んだ。
一瞬仰け反る大蛇に、もう1発命中させる。
ゾロリ……。大蛇の鱗が床を擦る音がする。
何時の間にか、大蛇はその全身を広場に現していた。
俺の打ち込んだ銃弾の穴から血を流しながら俺に向かって飛び掛ろうとしたところへ、火炎弾が顔に爆ぜた。
苦し紛れに叫び声を上げる大蛇の口内に3発目のマグナムが飛び込む。
ドサリと大蛇が倒れる。M29をホルスターに戻すと、槍を持って大蛇へと走り飛び上がると、俺の全体重を載せた槍を大蛇の眉間に突き刺した。
ブルっと一瞬大蛇の全身が震える。
そして、次の瞬間には大蛇の姿が消える。俺の足元に1個の魔石を残して……。
「凄いにゃ。白の魔石で曇りが少ないにゃ!」
アイネさんに魔石を渡すと、飛び上がらんばかりに喜んでいる。
「これは貰っていいんでしょうか?」
「倒したのは私等にゃ。何の問題もないにゃ」
そんなことを言いながら、魔石ケースに収納している。
俺は、階段から上がってきた3人組みのところに行って様子を見る。
「ありがとう。助かったぞ。……俺達は青5つのチームだ。4人で魔物を狩っていたのだが、先程のサベナスに襲われて、1人はやられたよ。残ったのは3人だから、村へ帰るが、まさか、階段の広場に黒のハンターがいたとは……」
「私等は白にゃ。今回初めて奥に来たにゃ」
「その実力で白とはな。早くレベルを上げて階段を降りて来い。お前達がいるなら下の階も安心して狩りができる」
男は2人を立ち上がらせると、俺達にもう一度礼を言って迷宮の出口目指して歩いて行った。