N-016 冬の終わり
森の西で銃声が沢山聞こえてから10日程経ったある日。
レムナスさん達が他のチームと一緒に俺達の小屋を訪ねてきた。
総勢10人近い人数では小屋に招くのは無理で、雪が所々に残る小屋の前に薪を椅子代わりに使って、小屋の前に焚火を作る。
そんな焚火に座ったレムナスさんがあの騒ぎの経緯を教えてくれた。
やはり、ルミナスの言うとおり、低レベルのハンター達がアカド採取をしていた時に、野犬に襲われたらしい。
「100は越えていると言っていたが、実際は数十というところだろう。見張りすら置かず、ひたすらアカドを採っていたらしい。そこを野犬の大群に襲われれば、簡単にパニックになる。懐に入られては銃も使えないしな」
「まぁ、死人が出なかっただけでも良かったと思わざる得まい。傷を負った者は大勢いたけどな」
「そして俺達が駆けつけてどうにか追い払ったんだが、群れを殲滅する事は出来なかった。追い払って、怪我人の手当てがどうにかだったな」
「そんな訳で俺達が森の調査をしてるのさ。近くで小屋住まいしている連中にも声を掛けておいた。とりあえず野犬を見たら小屋にこもれ。春先は結構稼げるが、怪我でもしたらお終いだからな」
「ありがとうございます。そんなことはどれ位続くのでしょうか?」
「とりあえず、5日我慢してくれ。その間に野犬の群れを何とかする」
リスティナさんの質問に、レムナスさんはそう答えると焚火の傍から腰を上げた。
「ご馳走になった。皆、行くぞ!」
ハンター達は焚火の傍を離れ、レムナスさんについて東へと歩いて行く。
焚火の薪を間引いて焚火を消すと、念のために近くの雪溜りから雪を運んで焚火跡に載せておいた。
これで火事になることも無いだろう。
周囲を見渡して異常がないのを確認すると急いで小屋に入った。
「釘を刺されては、5日間は小屋にいなくちゃならないな」
「それでも、去年と比べ物にならない位アカドを採れたのよ。そして今度はグルネだから、雪が殆ど消えてからになるわ」
「まぁ、そうだけど……。せっかく雪が消えてきたのになぁ」
ルミナスはじっとしてるのが苦手だからな。俺も似たようなもんだけど。
暇に任せて図鑑を見ている。
結構色々載っているし、簡単なイラストが描かれているのもおもしろい。
図鑑の分類は獣、虫、魔物、薬草そしてその他という5つの分類で整理されていた。
黒レベルになるまではこれで十分ってリスティナさんが言っていたけど、高位のハンターはもっと凄いのを相手にしてるんだろうか?
俺にはガトルでさえ精一杯だったけどね。グラルは運が良かったんだろうな。
野犬を開くと、大まかな姿と大きさが描かれている。そして討伐部位の説明と、換金部位も書かれていた。毛皮が売れるのはリスティナさんから聞いたけど、ちゃんと図鑑にも書かれてたんだな。
そして主な活動期間は春と夏になっている。たぶん、気にしなければならない季節ということだろう。主な生息地がエイダス北部地方とだけ書かれていたが、これってこの島の北部全体を指すのだろうか? 島の半分から上と考えれば良いか……。
途中からエルちゃんも俺の図鑑を覗き込んで、へぇ~とかキャーとか言いながらも食い入るように見ていた。
丁度虫の項目だったから、確かにあまり気持ちのいいものではなかったけどね。
「熱心ね。その図鑑は私も見たことがあるけど、そんなに沢山の種類は此処では見られないわよ。島の全体にそれだけ確認することができたと考えた方がいいわ。でも、魔物については良く読んでおいて欲しいわ。魔物は特殊能力を持ってるの。一番多いのは毒だけど、それだけじゃないわ」
リスティナさんが忠告してくれる。
魔物か……。ここから3日程の距離と言っていたな。
という事は、レベルの高いハンターの獲物は魔物かも知れないな。
あれ程森で薬草採取をしていても、レムナスさん達に会ったことは無かったし。
「気が付いたみたいね。その通りよ。白レベルから魔物を狩るハンターもいるわ。でもね、魔物を相手にするのは野犬を倒せるようになってからよ」
野犬が1つの目安になるのか。ということは、魔物は野犬以上に手強いということになるな。
「頑張ろうね」
「そうだね」
エルちゃんが俺を見上げてながら言った。それに微笑んで答えたけど、さてどうしたものか。とりあえずは体を鍛えないとな。せっかくM29があるんだから、腕を鍛えておくか。それなら室内でもできるだろう。
早速、炉の入口側に行くと腕立て伏せを始めた。
「何を急に始めたんだ?」
「あぁ、腕の力を付けようとね。俺の銃は反動が大きいから、腕の力を付ければもっと当るようになるかなってね」
「それなら俺もやるぞ。長剣をもっと素早く振ることができればガトルだって殺れるはずだ」
俺達が入口近くで運動してるのを呆れた目で3人が見ているようだが、そんなことを気にしていてはダメだ。彼女達を守る為にも俺達は強くならなくてはならない。
◇
◇
◇
5日が過ぎて、俺達は春の薬草採取を始めることにした。
今度は、グルネという薬草になる。サフロン草と併用すると傷を即効で治してくれるらしい。
その薬草だけど、どう見てもゼンマイワラビだよな。確かに春に採れる山草ではあるけどね。
村からなら1日掛かりの採取になるが、俺達は最初から森の中だ。
朝食を終えると早速森へと入って行った。
「あったぁ!」
「待ってぇ……!」
エルちゃんが嬉しそうに数本まとまって生えているグルネを見つけて駆けていくと、その後をサンディが追い掛ける。
そんな光景を俺とルミナスそしてリスティナさんで微笑みながら見ていた。
「まったく、サンディは何時までも子供なんだから」
ルミナスはエルちゃんと一緒にグルネを摘むサンディを羨ましそうに見ていたが、俺達には周囲の監視という大事な役目がある。
5日待てといったレムナスさんからは特に連絡は無かったが、こうして森に出てみると野犬の姿も見えない。
それでも、万が一を危惧するリスティナさんの指示で、2人が採取を行い残った3人が周囲を見張ることになった。
森に出て3時間程になるが、まったく野犬には遭遇していないぞ。
やはり、野犬の群れはこの森を去ったのだろうか。
昼食は、センベイみたいな黒パンに干した杏のような果物を挟んだものだ。
ちょっと硬いけど、甘みがあるのがいい。お茶と一緒に皆で食べていると、遠くで銃声が上がる。
「あっちだ。だいぶ距離があるぞ」
ルミナスが北東を見ながらそう言った時に、また銃声が聞こえてきた。
「3つだよ。2発に聞こえたけど3つの銃が撃った音だよ」
「そうね。エルちゃんの言う通りだわ」
「3人で撃ったということは、3人がローディングしている間に相手を牽制できた人がいたと考えるべきね」
5、6人のチームなんだろう。
気になるのは相手だな。やはり野犬だろうか?
「春になれば獣も増えるんだ。そんな獣を狙ったのかもな」
「新芽を求めて山から下りてくるみたいね。ソリを曳いていたヤングルに似てるけど、ずっとスマートだわ」
そんな獣を狩る依頼もあるんだろうな。
でも狩れなければ、全く収入にならない。俺達は収入こそ少ないかも知れないが、採取だから何も採れないということはない。
どちらが良いのかと聞かれれば、意外と選ぶのに困ってしまうような気がするぞ。
とはいえ今の俺達は赤レベル、採取が主な仕事だ。白になれば少しずつ狩りをして狩りの腕を磨くことになるんだろうな。
小屋に早めに戻ると、炉の傍でグルネの処理をしなければならない。処理と言ってもゴミを取り除き15本ずつ蔦を細く裂いた紐で結ぶだけなんだが、15本纏めた束で取引されるという事だ。
「1束で8Lになるのよ。束を魔法の袋に入れておけば萎びないわ」
「まぁ、余れば行商人に売れるから無駄になることはないんだ」
「だいぶ雪が消えたけど、まだ村には戻らないの?」
「そうね……、後10日したら一度戻ってみましょうか。グルネももう少し採っておきたいし、この後に出てくるセリムも、この場所なら沢山採れそうだわ」
「村に戻ったら、先ずはギルドだ。かなりレベルが上がっていると思うんだ」
ルミナスが勢い込んでそう言った。確かにそんなことを前に言っていたな。
「でも、何時までも村にはいられないわ。日が暮れる前にはこの小屋に戻らないとね」
「それはそうだ。この小屋は俺達の小屋なんだからな」
「ちょっと聞いておきたいんだが、この森で虫が出てくるのは何時頃からなんだ? 小屋で寝ると刺されるような気がして心配なんだけど……」
「そうね。それは大事な事だわ。確か暖かくなってくると刺す虫が飛んでくるわ。蚊帳を買う必要があるわね」
蚊帳ってお婆ちゃんの家にあった網みたいなものか? 蚊取り線香みたいなものはないんだろか?
「確かに蚊帳は必要になるな。湖にも近いし、結構蚊が多いかもしれないぞ」
「寝床に掛けるだけでいいのよね。そしたら、ベッドも欲しいね」
ベッドか……。出来なくも無いな。
今年はベッド作りをしてみるか。
「ベッドは手作りで良いなら作ってみるよ。まぁ、ベッドと言うよりは台になってしまうかもしれないけど」
「そうだな。運ぶことなんて出来ないから、作ってみるか」
ルミナスは乗り気だな。まぁ休みの時に少しずつ作って行けば何とか3つ作ることができるだろう。
そんな暮らしがしばらく続く。
グルネが終ると今度はセリムだ。これはサフロン草と一緒で球根を採る。
そのセリムなんだが、どう見てもキノコそれもシイタケにしか見えないぞ。
だが、シイタケの茎がずっと深く土の中に伸びていて、チューリップのような丸い球根が付いているのだ。
思わずシイタケを手にとって匂いをかいでみたが、シイタケの匂いは全くしなかった。
こんな不思議な植物があるとは思わなかったな。
「これ焼いて食べたいんだけど……」
「ダメよ。セリムの球根は即効性の毒消しに使えるんだけど、その笠には毒があるの。煮ても焼いても毒は消えないわよ」
猛毒の植物が毒消しになるのか。逆もまた真なりってやつかな。でも、これを最初に薬草だと確認した人は毒を受けなかったのかな。俺だったら球根よりも笠の方を食べるぞ。
そして、森に雪が無くなったある日。
俺達は村を目指して歩き始めた。
ルミナスが小さな籠を背負っている。その中には薬草が一杯だ。
一体幾らになるんだか見当もつかないけど、ちょっとした金額が俺達の懐に舞い込むんだろうな。
食料を新たに買い込み、エルちゃん達は毛糸玉を買うそうだ。
俺とルミナスは皆には内緒でお酒を買うつもりでいる。
長い夜にチビチビと飲みながらパイプを楽しめると思うと思わず顔がにやけてしまう。