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N-015 春の採取の始まり

 「此処に来るのも今期はこれが最後になる。もう直ぐ春だが油断はするなよ」

 「一斉に小動物が動き出すから、今度は野犬が厄介だな。いいか、必ず見張りを1人立てるんだぞ」


 炉の回りで暖を取っているレムナスさん達は、最後まで俺達を心配してくれる。

 

 「そして、これが今回の報酬だ。雪ライムが11匹で77Lだな。さらにこれは前回のグラルの毛皮の残金だ。やはり大きいだけあって高く売れたらしい」


 ルミナスの手に77Lそして250Lが追加された。


 「ありがとうございます」

 「なぁに、かまわないさ。そしてこれはリスティナに預けておく。春先の薬草の相場だ。ギルドに持ち込む時はその値が守られる。半端は村に来る行商人達に渡せば少し安いが1つでも買ってくれる筈だ」


 「後一月ですね。小屋の回りもだいぶ雪が減ってきました」

 「パリム湖の氷ももうすぐ融けるだろう。前は中央を横切っても問題はなかったが今日の帰りは岸辺伝いになる」


 彼らを見送りに小屋を出ても以前のような寒さではない。たまに雪は降るが、それよりは日差しのある日の方が多くなってきた。

 

 「えぇ~と、今年の狙い目は……。」


 リスティナさんとサンディ、それにエルちゃんがレムナスさんから貰った小さな紙片を睨んでいる。

 春先の採取を如何に効率よく行なうかは、今の内に考えておくものらしいが、まだ回りは白一色だぞ。少し早くはないのだろうか?

 そんな3人から離れて、俺とルミナスは小屋の扉近くでパイプを楽しんでいる。

 

 「幾らなんでも早いよな?」

 「いや、そうでもないんだ。薬草の中には雪の下で芽を出す奴もあるんだ。それを狙うなら、後10日も経たずに始められる。たぶん、薬草を取る順番を決めてるんじゃないかな。雪に包まれている時、雪が残っている時そして雪が無くなってからと3つに分けて何を採るか考えておけば後が楽だ」


 要するに今後の行程表を考えてるってことかな。まぁ、その辺は彼女達に任せておこう。俺たちは一服が終れば罠を一回り見に行こうと思ってるからね。


 「ちょっと出掛けてくるぞ!」


 ルミナスが3人に声を掛けると俺達2人はスノーシューを履いて森の中を歩いて行く。

 

 「昨日も一昨日も掛からなかったな」

 「あぁ、今日は罠の回収だ。今期はこれでお終いみたいだ。雪レイムも山に帰ったに違いない」


 寒くなって山から下りてきたんだから、このところの暖かさで戻ったのかも知れないな。小屋の屋根に厚く茅を重ねておいて良かった。雪解けで雫が小屋の中に落ちてきたらイヤだからな。


 次々と罠を回収しながら森を歩く。ルミナスが担いだ籠の中は沢山の罠で一杯だ。

 何時の間にか30個以上の罠を仕掛けていたみたいだな。


 もう少しで冬が終る。俺達も外で活動できるのだ。

 どんな薬草を採るのかは分らないけど、サフロン草やデルトン草はまだ早いと思うから俺にとっては始めての薬草になるな。


 森の雪もだいぶ浅くなってきたように思える。そして森の木々の周りにはドーナツのように雪が融けてきている。

 そんなドーナツの中を覗くと……、確かに小さな青い物が姿を現している。

 なるほど、薬草採取の時期が近付いてるってことだな。


 小屋に入ると入口近くにルミナスが籠を置く。

 そして炉に俺達が座ると、エルちゃんがお茶の入ったカップを渡してくれた。

 暖かくなったとはいえ、3時間程外にいると体は冷える。まだまだ冬なんだなと感じずにはいられない。


 「どうだった?」

 「円座が出来てたよ。後5日もあれば始められそうだ」


 円座ってなんだ?

 

 「円座って、春になると森の木々の根元に出来る丸い穴の事だよ」

 

 エルちゃんが耳元で小さな声で教えてくれた。

 ありがとうって言いながら頭をガシガシと撫でてあげると、キャ!って言いながらも嬉しそうに俺を見てる。


 「今度は皆で森に行く事になるわ。でも春先は野犬が活発だから、見張りは常に2人に立って貰います。てっちゃんとエルちゃん、それにルミナスとサンディで交替よ」

 「近付いてきたら全員で迎え撃つんだ。まだまだ雪が深い場所があるし、雪靴なんか履いていたら逃げるのは出来ないってことだな」


 「なら、雪が消えてからの方が良いんじゃないか?」

 「それだと遅いのよ。さっきルミナスも言ったでしょ。後5日も経てばアカドが芽吹くわ。その蕾が薬草になるの」


 「アカドは疲労回復に効果があるの。乾燥させてからお茶にして飲まれるのよ。このお茶にも入っているわ」


 どれ位の効果は分らないけど、漢方薬のような物かな。だけど、これにも入っているとは驚きだな。

 疲れに良いってことは、それだけ煎じて飲む人だっているかも知れないな。

 ごそごそとバッグのなかの魔法の袋の中を探って図鑑を取り出す。

 

 野草のところを探すと、アカドがあった。

 どう見てもフキノトウだ。確かに春先に取れる山草だけど、薬草じゃなかったような気がするぞ。


 「そうだ、それがアカドっていうんだ。円座の中で芽を出すから、その中心にある蕾を採るんだ」

 「分ったけど、そんなに早く芽が出るのか? 今日見た感じでは少なくとも一月は早そうだぞ」


 「それが吃驚するぐらい早いんだ。成長速度が極めて速いから、それが疲労回復に関係するのかもしれないな」


 何となく納得できる話だけど、ちょっと信じられないな。

 それでもしばらく使う事の無かったスコップナイフを取り出して、サビを落として研いでおく。

 肩掛けバッグも穴が開いていないかを良く見てみた。俺のはギルドの倉庫にあった奴だからかなり年期が入っているからな。

               ◇

               ◇

               ◇


 朝食を終えた俺達は、小屋の前に勢揃いした。

 足には全員スノーシューを履いている。雪が減ってきたとはいえ森の中はまだまだ雪が深いからね。エルちゃんの足にもしっかりと革紐で結びつけた。

 

 小屋の入口には薪の束を積み上げておく。こうすればハンターなら俺達が外出中なのが分るし、獣が扉を破って入り込むこともないだろう。


 「準備はいいわね。出発します。先頭はルミナス、お願いね。後ろはてっちゃんに任せます。」

 「行くぞ、ゆっくり行くからちゃんと付いて来いよ!」


 ルミナスが先頭になって歩き出す。直ぐ後ろはリスティナさんだ。俺が一番後ろで直ぐ前にエルちゃんがスノーシューを滑らせるようにして歩いて行く。


 森の中に入ると、ルミナス以外は周囲の監視を始めた。雪の起伏を利用して野犬が近付いてくる可能性があるのだ。

 そして、ルミナスは木々の円座を覗き回りアカドの芽をひたすら探している。


 「あったぞ! 此処だけで10個はある」

 

 そう言って、円座に下りるスロープをベルトに挟んだスコップを使って作り始めた。

 直ぐにサンディとルミナスが中に入って、アカドの蕾をスコップナイフで蕾の直ぐ近くで茎から切取っている。


 そんな2人が入った円座の上では、俺とエルちゃんそれにリスティナさんの3人で周囲を見張っているから安心して採取が出来る訳だな。


 「終ったぞ。次だ!」


 そう言ってルミナスが円座から上がってきた。サンディを竹のストックで引張っている。確かにちょっとスノーシューを履いて雪の上に出るのはキツイよな。

 

 森を3時間程歩いて、アカドを集める。

 焚火を作れないので、休憩は小屋に帰ってからだ。

 

 小屋に戻ると、炉に薪を入れて火を強めポットを乗せると、その脇にルミナスが雪を山盛りにいれた鍋を掛けた。


 「結構、大きな蕾ね。これなら相場通りで買ってもらえそうね」

 「小さな物は半値にもならなかったからなぁ」


 リスティナさんとルミナスがそんな言葉を交わしながらアカドを笊にあけている。そして、ゴミを丁寧に摘んでいた。

 

 「鍋が沸いたよ!」


 俺の言葉に、サンディがバッグから小さな革袋を取り出した。その中のものをサッと鍋に一振り……。

 すると、ルミナスがアカドを鍋に入れて数を数えだす。

 10のカウントで素早く笊でアカドを掬うと入口脇の方に持って行った。


 「アカドは成長が早いでしょ。一度お湯に入れて置くと成長が止まるのよ。でないと、この小屋の温かさで花が咲いてしまうわ」

 「全部で33個だ。1個は早速頂こうぜ」


 ルミナスはそう言うと、枝の先にアカドを突き刺して炉で丁寧に炙りだした。

 表面が焦げる位に焼き上げると、焦げた表皮をむしり取って素早くナイフでスライスしながらポットに入れる。

 ポットを炉に掛けると、香ばしい匂いが漂ってきた。

 

 「もう大丈夫だ。エルちゃん皆に配ってくれないか」


 うん。と軽く返事をすると、全員のカップを並べて均等にアカド茶を入れて俺達に配ってくれた。


 匂いは、青臭いかと思ったが、そんな感じは全く無い。ちょっと果物に似た甘い香りがするな。

 少し、口に含むと清涼感のある感じだ。お茶と言うよりもスポーツドリンクを飲んでる感じだな。

 

 「疲れが取れるんだ。確かにお茶も良いんだけど、これは格別だな」

 「乾燥させると、この香りが無くなっちゃうのよ。この季節にアカドを採るハンターだけの楽しみね」


 そんなアカドの芽は1個5Lで引き取ってくれるそうだ。

 これから10日位は、アカバを採って過ごす事になりそうだな。

               ◇

               ◇

               ◇


 アカドを採る事6日目で、俺達は野犬の群れに遭遇した。

 幸い群れは数匹だったので一斉射撃で撃退する事が出来たが、10匹を越えるような群れでは俺達も怪我は免れないだろう。

 その日は10個に満たないアカバの芽と、野犬4匹分の牙に毛皮が俺達の成果だった。

 

 「やはり、野犬が森に戻って来てるわ。数匹なら問題ないけど……。」

 「スノーシューを履くと動きが制限されるからな。明日からは雪靴だけにしよう。少しは動けるぞ」


 そんな事を炉で体を温めながら話し合う。

 初めての冬越しだ。何が起きる分らないからな。


 「でも、ルミナス達はアカド採りは初めてじゃないよね。冬越しは初めての筈じゃなかったの?」

 「村から赤レベルの連中が総出で森に行くんだ。10人以上になるからアカド採取は競争だ。それに大勢だから野犬も近付いてこない」

 「でも、凄い競争よ。村に戻る頃には全員雪まみれになるの。ギルドの暖炉の前は大混雑だったわ」


 たぶん新年最初の仕事になるんだろうな。少しでも収入を得たいハンターは必死で取る事になるんだろう。そして村から森への道程では、森で採取できる時間はそれ程無いと思うぞ。

 

 ドォーンっと銃声が聞こえた。次の銃声は無い。

 

 「別の群れかな。次発が無いから追い払うことが出来たみたいだ」

 「2つ重なっていたわ。今頃は剣で戦っている筈よ」

  

 ドォーンっとまた銃声が聞こえる。

 俺達は互いに顔を見合わせた。

 ルミナスが急いで入口の扉を確かめに行った。

 ひょっとして、来るかも知れないってことかな?


 「大丈夫だ。扉はしっかりしてるし、外には野犬の姿も見えない」

 「群れが複数森に来ているみたいね。アカドはだいぶ手に入れたから、明日は様子を見ましょう」

 「そうだな。近場の円座にもまた生えてくるかもしれないし」

 

 リスティナさんは慎重だな。だが俺達にとって悪いことではない。俺やエルちゃんは初心者だし、全員が駆け出しと言っていい赤レベルだしね。


 銃声は夜になっても散発的に聞こえてくる。

 そんな銃声が聞こえるたびにエルちゃんがビクって体をふるわせる。


 「大丈夫だ。この小屋は丈夫だからね」

 そう言って安心させる。


 ルミナスが扉の隙間から外を覗うが今の所変化は無いようだ。

 そして、連続した銃声が聞こえてきた。

 数発どころではなく数十の音が重なったようにドロドロと言うような感じで聞こえた。


 「西からだな。ありゃ、村のハンター総出だぞ」

 「何があったのかしら?」


 「一番考えられるのは、赤の連中が森で野犬に囲まれたってことだ。帰りが遅いのでギルドがハンターを集めたんじゃないかな」

 「白レベルなら銃は必携だものね。そうなると、かなり大きな群れがきてるってことになるわ」


 村の一大事ってことじゃないか?

 ハンターが沢山いてもレベルが低ければ危ないってことだよな。

 俺達はたまたま運良く冬を越せそうな気がするけど、最後まで気を抜くことはできないな。

 レムナスさんが、油断をするなと俺たちに釘を刺していたのは、春先の採取は危険が多いことを教えてくれたんだと思う。

 

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