N-013 グラルの襲撃
夕食を早めに食べ終えて、俺とルミナスで外の様子を伺う。
リスティナさんの話では、グラルが小屋を襲う際に入口から来るということだ。屋根の方が柱が細いにも係わらず入口を襲うのは、屋根に積もった雪が関係しているらしい。
この時期だと屋根の雪は50c以上積もって硬くなっている。周囲の雪と一体になっているから、グラルには小屋の入口が洞穴に見えるんだろう。
「まだ来ないな。突然来る事もあるから左右も見てるんだが。」
「来ないという事もあるだろうさ。今度は俺の番だ。」
そう言って炉の傍を離れる。一応革の上下に片手剣を背負って万全の体制だ。
炉には薪が勢い良く燃えているから、小屋の中は暖かい。隙間だらけの丸太で作った扉の傍で、外の様子を見ている時でも暖かく感じる。
風も無く空には満月が輝いている。昼の内に薪を運び込んでおいたから、安心して炉に火を入れておけるな。外は相当に冷え込んでる筈だ。
そんな事を考えていると、視野の外れに動く物が見えた。
丸まった姿で少しずつ小屋に近付いている。距離は……まだ200m以上はあるみたいだ。
「来るぞ。まだ1M(150m)以上離れている」
「何処だ!」
俺の言葉に、ルミナスが急いで俺の隣にくる。
「この位置だ。黒くて丸まってる」
「あぁ、確かにグラルだな」
ルミナスが囁くように言った。
そして素早く俺の脇から炉の方に戻っていった。
「お兄ちゃん。炉の方に戻って」
「そうだな。100D位に近付けば鳴子に引っ掛かる。先に戻って! 俺は少し扉を補強しておく」
俺を呼びに来たエルちゃんにそう答えると、直ぐに作業を開始する。
補強と言っても丸太で作った柵を扉に被せて、それを丸太で押さえる位のものだ。
それが終ると、急いで炉の所に戻る。炉を挟んで入口に近い場所に、俺とルミナスが座れば準備は終了。カップに半分位のお茶を飲んで心を落着かせる。
「いい、最初の一撃は全員で撃つのよ。そして、てっちゃんが次の弾を撃ってくれるから、私達はその隙にカートリッジを装填するの。狙う場所は目と口内に限るわ。他の場所に当ててもグラムは倒せない」
エルちゃんの減装弾やルミナスの散弾でも、目に当ればそれで致命傷だ。口内ではどれだけ減装弾が有効かは分らないな。
からから……、鳴子が音を立てる。
距離は100D(30m)だな。やはり、入口から来るみたいだ。
「銃を取って!狙いは入口から顔を出したグラルの目か口内よ」
俺達は銃を手に持つ。まだ構える事はない。銃の重さはそれなりに重い。今から構えていては、本番に構えることができなくなる。
俺は銃を膝に置いて俺を見ていたエルちゃんの耳にバンダナを巻いてあげた。
少しは銃声を押さえることができるだろう。自分の耳にはタオルを折って巻いておく。
「おもしろいことをしてるな。何の呪いだ?」
「少しでも銃声を押さえようとね。5人が一斉に撃つんだ。うるさいどころじゃないぞ」
俺の言葉に3人が顔を見合わせる。そして急いで布を頭に巻き付けた。
突然扉がバン!っと大きな音を立てる。
続いてガシガシと爪を立てる音が聞こえてきた。
「構えて!」
リスティナさんの指示で俺たちは銃を入口の扉に向けた。
バン!っという音がして扉の丸太の一部が千切れとんだ。バリバリと爪を立てて千切った穴を大きく抉り取っている。
40cm程の穴が開くと、ぬーっとその穴から小屋の中に頭が出てくる。
大きな口を開けてグラルが叫び声を上げると、その叫び声に負けない大声でルミナスが叫んだ。
「撃て!」
一斉に全員の銃が火を噴いた。
ルミナス達がカートリッジをバレルに急いで詰める中、俺が2発目を撃つ。
その後に、エルちゃんが続いた。
硝煙で前が良く見えないが、確かに俺の銃弾は奴の口の中に飛び込んだ筈だ。
グラルの扉を壊す音も聞こえない。し~んとした静けさが広がる。
「殺ったの?」
「分らない。けど、扉を壊すのは止めたみたいだ」
「油断は無しよ。少し下がって様子を見ましょう」
エルちゃんが2丁目の銃にカートリッジを詰めている。
そして、2丁の銃を持って俺の隣に張り付いた。
「殺ったのかも知れないな。だが、様子を見るのは明日だ」
「そうね。手負いの獣は危険以外の何者でも無いわ。まして、グラルとなれば尚更だわ」
俺達は全員で一夜を明かす事にした。
簡単なスープをサンディ達が作り始める。エルちゃんもせんべいみたいなパンを炉にかざして焼き直している。
「殺ったとなれば、一気にレベルが上がるな。来年には白に手が届くかも知れないぞ」
「そうなればギルドの2階には泊まれないわよ。ここでずっと暮すことになるけど、この小屋なら安心ね」
「でも入口は早いとこ修理しないとな。大きな穴が開いてる」
その穴のおかげで小屋の中の気温が下がっている。普段なら綿の上下にもう一枚厚手の綿のシャツを着ていれば丁度いいんだが、今はその上に革の上下を着ている。それでも寒けを感じる状態だ。
エルちゃんが寒そうな感じなので寝床の毛布を1つ取って2人で包まる。
銃は持ってると危ないから、ホルスターに戻してある。もう1丁は寝床に置いておく。
「確かに寒いわね」
リスティナさん達も毛布を持ってきて体を包んだ。
毛布から腕だけ出して夜食を取る姿を見て互いに笑いあう。
少し緊張がほぐれてきたな。
2時間程経っても、入口では物音1つしていない。
やはり、グラルは小屋を去ったのだろうか?
何時の間にか、俺にもたれ掛かってエルちゃんが寝息を立てていた。
まだ、小さいからな。そんなエルちゃんに毛布をキチンと掛けてあげる。
「寝ちゃったのね。そのまま朝まで寝かせてあげなさい」
そう言ってリスティナさんが俺に微笑む。
まぁ、そうしようとはしていたけど、これだと何も出来ないぞ。
サンディが作ってくれた渋目のお茶を飲みながら朝を迎える。
結局、グラルの2度目の襲撃は無かった。
恐る恐る、俺とルミナスが銃を片手に様子を探る為に扉に向かう。
それを炉の傍で3人が見守っている。
「見ろ! 血が付いてるぞ」
「あぁ、この距離だ。最初の射撃は全部当った筈だ」
その内、何発が急所に当ったかが問題だけどね。
俺が銃を構える中、ルミナスがゆっくりとグラルが開けた穴を覗く。
そして後ろに跳び下がると、俺の肩を叩いて穴を指差す。
恐る恐る穴に近付き外を見ると、扉の直ぐ前に黒くて丸い物がうずくまっている。
後ろに下がると、ルミナスと顔をあわせ肩を叩き合う。
「どうなの?」
「殺ったぞ。これでもう直ぐ白になれる!」
リスティナさんの問い掛けに、嬉しそうな顔でルミナスが答えた。
それを聞いて3人がホッとした表情を見せた。
どれどれって感じでサンディがエルちゃんを連れて俺達を通り過ぎ、扉の穴から外を覗いてる。
「死んでるんだよね」
「間違いない。周囲に血飛沫の跡があるだろ」
2人が満足した様子で炉に戻るのを見て俺たちも炉の傍に腰を下ろした。
「今日は忙しいわね。ルミナスと私でグラルの毛皮を剥ぐわ。てっちゃんは扉の修理をお願い。サンディとエルちゃんには食事の準備をお願いするわ」
確かに扉は早いとこ修理しとかなくちゃな。
「いいよ。何とか修理してみるけど、材料が薪だから穴を塞ぐ位しかできないぞ」
「それで、十分さ。それと、てっちゃんの鉈を貸してくれないか」
俺はバッグから半分に折れた短剣を取り出した。
片刃片手剣の折れた奴だが、ルミナスが火の番の暇潰しに研いでくれたから、鉈と言うよりは短剣のように切れるぞ。
「これは、ルミナスに進呈するよ。元々小屋を作るのためにギルドの物置で見つけた物だ。これを此処まで研いでくれたのはルミナスだしね」
「いいのか? ありがとう。これでグラルの皮を剥ぐんだ。俺のナイフだとグラルには小さすぎる」
そう言ってリスティナさんと小屋を出て行く。
エルちゃんは鍋を持って外に出て行った。直ぐに雪を山盛りにして帰ってくると炉に鍋を掛ける。
水場が凍ってしまったから水は雪を融かして作る。
今度はポットを持って出て行ったぞ。
俺は扉の所に行って、穴を良く調べてみた。
爪の後が外側に深く着いているが壊れてはいない。丸太を組み合わせて頑丈に作ったのが役に立ったようだ。
だが、穴を塞ぐとしても板が無いぞ。
しょうがない。穴だけ塞いで本格的な修復は春以降にやるか。
穴に合わせて薪を切り、それを両側から棒で押さえる。扉の丸太に隙間があるからその隙間を利用して両側の棒をしっかり結べば塞いだ薪が落ちる事はない。
2時間程で作業を終えると、エルちゃんがお茶のカップを渡してくれた。
ひと仕事を終えた後のお茶は美味しいな。
「グラムの毛皮は高値で取引されるわ。銀貨何枚になるか楽しみね」
そんな事を言ってサンディが喜んでいる。
確かに銃弾が効かないならばそれなりに使い道があるな。兵隊の鎧にでも使えば鉄板よりは動き易いな。だけど、刺突に有効なんだろうか?
ナイフと銃弾の両方に有効ならばいいんだけどね。
「終ったぞ! やはり、これは使えるな。てっちゃんに感謝だ」
そう言ってルミナス達が帰って来た。リスティナさんが大きな毛皮を抱えている。
毛皮を寝床の奥に仕舞いこむと、炉の傍にやってきた。
早速、サンディが皆にスープを配り始めた。
何時もの味気ない食事だけど、思い掛けない大物をし止めたので俺達は笑顔が滲んでいる。
「結構大きなグラルよ。高値で取引できると思うわ」
「俺は長剣を新調するぞ。これでギルドのお下がりとも縁が切れそうだ」
「やはり、魔法よ。2つは手に入れられるかもね」
「てっちゃん達はどうするの?」
「そうですね。魔法の袋を手に入れようと思います。結構色々と道具が増えましたからね。まさか籠を背負って狩りをするようになっても困りますから」
俺の言葉に3人が笑い出す。
どうやらその姿を想像したみたいだな。
「ふふふ……、でもその考えは正しいと思うわ。最初の魔法の袋が安いのも、それに関係があるのよ。私達赤レベルは採取が主な仕事だけど、白になって狩りを始めると途端に物が増えるの。てっちゃんの言葉通りに籠を背負ったハンターって珍しくないのよ」
リスティナさんの言葉に、へぇ~って俺達は感心する。
「となると、もうちょっと雪レイムの罠を増やさなくちゃならないな。何とか俺たちももう1つ魔法の袋を手に入れなくちゃならないぞ。」
「そうね。期待してるわ。グラルはちょっとイヤだけど、ガトル位なら私達でも何とかなるかも知れないわね」
「でも、冬だから獲物は少ないよ」
「それが問題だよなぁ……」
取らぬタヌキって訳だな。
まぁ、俺達が小屋掛けしたのは冬のギルドの2階に押し込められるのがイヤだからであって、狩りをするためではない。
精々雪レイムが数匹獲れればいい位の思いで、ルミナスと罠を仕掛けているのだ。
今回運良くグラルを狩ることができたのは大金星に違いない。例外中の例外と考えるべきだ。
ここは、驕ることなく俺達が赤レベルである事をもう一度良く考えるべきだろう。
採取をしていた俺達が、一気に狩りを始めるのは荷が重いとしか思いようがない。
「とはいえ、ルミナス。仕掛けた罠を見に行かないか?」
「そうだな。掛かってればいいんだけどな」
俺はポンチョを被りルミナスはマントを着ける。そして小屋を出るとスノーシューと雪メガネを着ける。
簡単なメガネだが結構良く見えるぞ。それにそんなに眩しくない。
俺達は小屋の回りに仕掛けた罠を見に一巡りする。
「やはり、世の中そんなに甘くないな」
「なぁに、冬はまだまだ始まったばかりだ。明日は掛かるかも知れないぞ」
獲物は無かったが、そんな言葉を互いに交わすのも気持ちがいい。
そして、小屋の前でパイプを取り出す。
昼間だからな、ここで吸っている分には、エルちゃん達から顰蹙をかうこともないだろう。