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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
浅染 瀬砂の不幸は生誕の時まで遡る
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1-6

「やれやれ……大人しくお縄についとくれよ」


 番傘に手を添えながら、瑠和は低く構えた。十字路に威圧的な空気が漂う。男もそれは感じられたのだろう、しかしそれ以上の意味はなかった。流石に街の往来で通り魔事件を起こそうなどという人間は胆が据わっているという事か、それとも別の理由か。答えは彼女の理解の範疇にはない。


「はっ、こけおどしても何もできないんだろうが!」


 余裕の笑みすら浮かべて手に持っていた鉄パイプを振り上げる。力強い動きは、彼の若々しさを象徴している様だった。

 彼のような手合いは珍しい。魔法少女が担当する犯罪の多くは、成人だからだ。歳を取れば取るほど、不安が募る今の世相故だろう。とは言え慣れていなくとも難しい相手でもなかった。若い故に動きも素直で、裏がない。こちらとは違って。


「絵麗菜!」


 瑠和が叫ぶとほぼ同時に、上空から光が迸る。男が空を見上げると、巨大な光の塊のような物が浮かんでいた。強いて言うなら、雷を丸めたような、そんな外見だ。それを片手で持ち上げているのは、呼ばれた絵麗菜その人。すみれ色のドレスにあしらわれたフリルをはためかせながら、今にも振り下ろさんとしている。目を丸くした男は、咄嗟にやや細身の腕を絵麗菜に向け交差した。その動きを、瑠和は見逃さない。


「スァッ!!」


 掛け声と共に瑠和が踏み込む。ただの一歩で五mはあろう間合いを詰め、隙だらけになった男の腹部へ。番傘の柄を強く引くと、持ち手が引き抜かれ中からは刀身が姿を現した。それが鞘走りと共にわき腹へと直撃。実に一刹那の出来事である。峰打ちなどの配慮はない。元々傘の中身は模造刀だ。


「こんな感じでよろしかったかしら?」


 声を張って絵麗菜が尋ねる。振りかざした雷球は少量の白煙を伴って霧散していった。殺傷能力を持たない、外見だけの魔法。フェイクの類いである。


「上出来だよ。これで細胞への負荷も抑えられるってモンだ」


 遠くからでも見えるよう、サムズアップで応える瑠和。歳の離れた二人だったが、その連携はすでに熟練と言える程となっていた。短期間でのハードスケジュールが妙な所で功を奏してしまったと、瑠和は苦笑いする。

 瑠和達にとってここ数日はまさしく激動の日々だった。数日前に魔法少女の中でも特別働き者だった瀬砂が入院した影響は、予想以上に大きい。多発する事件に彼女達は出ずっぱりになり、過労を理由に休む者も次々と現れた。最終的に残ったのは瑠和と絵麗菜の二人のみ。もうすぐ一年とは言え、新人の絵麗菜が残った事に瑠和は苦笑いしかできなかった。


「瀬砂がいてくれりゃ、もう少し楽ができたかも知れないんだけどね」


 ため息交じりに瑠和が言う。額を軽く拭うと、冬だというのに玉の汗がいくつも浮かんでいた。絵麗菜はその名を聞くと、少し不機嫌そうに顔を背ける。


「あの人の力に期待はしませんわ。彼女は規律を乱し過ぎます」

「あらら、嫌われたモンだね」


 後頭部を掻きながら言う瑠和だったが、絵麗菜から返ってきたのは意外な反応と、明確な否定の言葉だった。


「彼女が嫌いなんじゃありません、極振りという境遇を考えれば、彼女程の実力を身に着けるのにどれだけの努力を要するかは分かっているつもりですわ。対内能力の極振りならなおさらです」


 無意識に「ああ……」と声が口を突いて出る。納得できる理由だ。魔法の名門、松鳥の人間が無様な姿など見せられない。平然としてはいるが、絵麗菜も相当の修練を積んできた事だろう。彼女はある意味、誰よりも瀬砂の苦労を知る人間と言える。


「でも、それとこれとは話が別ですわ。犯罪抑止の為に犯罪をしたら本末転倒じゃありませんか」


 そう語る絵麗菜の背後には炎が灯っているように見えた。屈託のない、真摯な眼差しが瑠和には眩しい。いや、彼女程生真面目に生きている人間が、今のご時世どれだけ居るか。箱入り娘だからで済まされる状況ではあるまい。


「いや、生きにくい娘だねぇ……いや、あの娘も同じだったか」


 ふと、脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。苛烈に過ぎる戦いに明け暮れ、他人からの理解を得ようともせず孤立する少女。どこまでも真逆だが、どこまでも同じな二人。しかし真逆故に、決して交わる事はない。


「そして交わらないままこの結末、か……」


 既に少女の道は断たれてしまった。ある意味最悪の結末とも言える決着だったが、瑠和には安堵もあった。道が交わる事もなければ、ぶつかる事もなくなるのだから。これで彼女に任せればそれで済む。歪んだ安心感を伴って、瑠和は絵麗菜を見つめていた。凝視、と言う訳ではないが、瑠和のマナは視力など、神経へ強く影響を与えている。故に、漠然とした視界からでも背後から絵麗菜を狙う何かが見て取れた。


「絵麗菜ッ!」


 反射が、彼女のもとへと瑠和を走らせる。同時に体内でマナ細胞を活性化させ、意識を研ぎ澄ました。護るイメージ、それが彼女の手元に、透明な光を発生させる。紙一重で彼女の背後までたどり着き、腕を前面に構えた。直後に痛みと金属音が続く。


「クッ……!」


 防御が一瞬遅れたらしい。大半の攻撃は瑠和が生み出した見えない壁にその進路を阻まれたが、数発がその前に通過し、瑠和の腕を貫いている。表面には人差し指程の穴が空いていた。恐らく銃痕だろう。滴り落ちる赤を見ると、腕の痛みがはっきりとした気がした。


「瑠和さん!? ……そこかっ!」


 瑠和に駆け寄りながら、絵麗菜は青白い光を投げつけるように放つ。路地裏へと飛び込んだ光は間もなく爆音を伴って外へと漏れ出す。それに追い出されるように、人影が十字路に姿を表した。


「うわ、やっぱ『真の魔法少女(トゥルー・ワン)』は格が違うなぁ」


 隠れていた男がよろよろと立ち上がりながら言う。手には案の定銃が握られている。今となっては骨董品(アンティーク)と言っても何ら支障のない道具、よく手に入れた物だと瑠和は感心してしまった。しかも。


「ひぃ、ふぅ、み……五人くらいかね。その全員に拳銃を用意って、主犯は成金のボンボンかなんかかい?」


 隠れていたのは一人だけではなかった。年齢も、服装もまちまちな男女が、倒れた男も含め計六人。めかし込んだ若者もいれば、くたびれた服を着た中年も。統一感といったものはまるで感じなかった。だと言うのに、皆が皆、何か異質な目付きと笑みを浮かべている。その眼光が瀬砂に似ている、と言ったら彼女は怒るだろうか。


「さぁ? オレらSNSで知り合ったネッ友だから。ああ、でもキリちゃんはすげぇガチャしてるから案外そうかも」


 瑠和が倒した男を起こしながら、一人の若者が答える。なるほど、と妙に納得した。それならば純粋に趣味だけが一致していれば、それ以外の要素がまばらでも不思議はない。頷く瑠和に対して絵麗菜は怪訝そうな顔をしている。


「SNS? ネットモ?」

「ネットゲームを通じて知り合った連中って事だよ」


 絵麗菜が首を傾げながら呟いた言葉に、瑠和が適当に答えた。どれも彼女にとってはごくありふれた単語だったが、絵麗菜はそういった事への知識をあまり持っていないのだろう。インターネットへの長時間の接続は、マナ細胞の機能を損なうと言う説がある。マナ細胞研究の権威で、多くの優秀な魔法少女を輩出した松鳥家なら、使用を禁じていると言う事もあるのかも知れない。


「そんな初対面も同然の方と一緒にこんな事を? 理解出来ませんわ……」


 信じられないと言った表情で、絵麗菜。それに反応して、一人の女性が少しうわずった声で反論する。


「本音も話せないリア友より、ネットの方がお互い変に自分を隠さなくて良いからよっぽど信用できるわ! リアルじゃ事件起こしたいなんて口が割けても言えないしね!!」


 瑠和には女の言葉が少し胸に刺さった。一般的な趣味しか持たなかった彼女には理解のできない苦悩である。以前にも、近い理由で心を痛めた事があった為に、余計に気になってしまう。


「そ、だからこうして同好の志を集めて、オフ会を開く事にした。浅染 瀬砂引退記念、連続通り魔オフってところかな?」

「引退……記念……!?」


 集団の中心にいた、何故かタキシード姿の、恐らく主犯格であろう男が笑いながら言う。この、人を小ばかにしたような薄い笑いが、彼らの唯一の共通点と言って良い。私欲の為に平然と人を傷つける、身勝手な表情だ。そして、何よりも男の一言が、瑠和の頭から思考を掻き消す。代わりに流れ込んで来たのは、怒り。


「そうさ、アイツさえいなければ魔法少女は極力無傷での確保が基本だからね。身の安全は確保されたようなものだ」


 瑠和の怒気をよそに、男は言葉を続ける。不遜な態度からは絶対的な余裕が見て取れた。そんな姿を見て、瑠和は自然と番傘を腰だめに構える。だが、同時に血が白い腕に赤い筋を作り出すと、怒りで忘れていた痛みが蘇った。


「無理無理! そんな状態でどうやって戦うのさ?」


 そこで顔を歪ませたのが良くなかった。瑠和の状態は、容易く相手に漏れてしまう。彼女を心配して絵麗菜が前に出ようとしたが、瑠和はそれを手で制した。


「止めときな、対外極降りのアンタじゃ、銃弾なんて受けたらひとたまりもないよ」


 絵麗菜は先天的に対内能力を持たない、言わば瀬砂とは真逆の極振りである。対内能力を一切持たない人間が数少ない以上、彼女は平均から見て体力に劣っていると言っても相違ない。絵麗菜は「ですが……」と食い下がるが、瑠和は首を横にふるだけだった。


「この状態じゃ結界も長く維持できない。通行人は避難してるんだ、隙を見てさっさと逃げるよ」


 瑠和が小さく後ずさりする。怒りを抑え込んだ冷静な対応だったが、男達も二人を逃がすつもりもないらしい。メンバーの中でもやや小太りで、体力のありそうな中年男性が二人の前に立った。手に握られているのは大柄なナイフ。恐らく戦闘を目的につくられたファイティングナイフの一種だろう。素早い身のこなしで、地面を蹴り、瑠和への距離を詰める。


「ッ……!」


 痛みにかき乱される意識を無理矢理に集中させようとするが、目前まで迫る男を捌くには間に合わない。瑠和が直撃を覚悟すると、彼女の横を赤黒い風が猛然と駆け抜けた。その勢いを正面から叩き付けられ、煽られた男は踏み込みの倍近い速度で真逆へと吹き飛ぶ。腹からまそれを推進力としたかのように血が噴き出し、コンクリートを赤く染め上げた。


「……ガァッ!?」


 一足遅れて悲鳴が上がる。痛みを感じるよりも先に全てがなされたのだろう。地面に転がってから男はその場でのたうち回り始めた。

 一体何が。瑠和ですら起こった出来事が把握しきれず、赤い何かの正体を確かめる。凝視の為に一度は細められた眼だったが、間もなく見開かれる事となった。彼女にとって、目に映った物はあまりにもあり得ない物だったのである。

 立っていたのは彼女もよく知る女性だ。赤黒い髪を腰まで伸ばし、風に靡かせるその姿。服は髪に合わせた赤中心のゴスロリであるのに、出で立ちは勇ましくすらある。そんな女性を瑠和は一人しか知らない。それでも、彼女と認識するには数秒の時間差を要した。


「通り魔オフ、ね。なかなか面白い企画じゃないか、ボクも混ぜてくれよ」


 少女は圧迫感のある声色で呟く。違和感も相まって、彼女の声は通り魔達だけでなく、瑠和すらも震えあがらせた。彼女の窮地を救ったのは、掌底を用いたのか右掌を突き出した姿勢の瀬砂だったのである……。

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