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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
浅染 瀬砂の不幸は生誕の時まで遡る
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1-4

「ちょっと瀬砂さん! 折角お見舞いに来たのに面会謝絶ってどういう事ですの!?」


 病室の外から甲高い叫び声が聞こえる。そばには瑠和もいるらしく時折なだめているようだったが、それでも絵麗菜の勢いは収まらなかった。彼女なりの心配なのかも知れないが、今の瀬砂にとっては苦痛以外の何物でもない。


「絵麗菜、ここ病院だから。今日はこの辺にしてさ……」

「瑠和さんは悔しくありませんの? 邪魔者扱いされてるんですよ、私達は!」


 絵麗菜の声はよく通る分壁越しでも伝わってくる。瀬砂は「実際邪魔なんだよ」と応えるように言ったが、恐らく傍らでリンゴの皮をむく母にしか聞こえていないだろう。もっとも、仮に聞こえていても絵麗菜に油を注ぐだけかもしれないが。

 結局絵麗菜が周囲の看護士に追い返されることでやっと病室には平穏が訪れた。静寂を取り戻し、瀬砂は小さくため息を漏らす。それは安堵か、それとも失意によるものか。いずれにせよ、彼女の心に立ちこめる暗雲に影響を与えるには至らない。


「……せっちゃん、あれで良かったの?」

「会いたくない」


 大事にしている母にさえも、今は冷たい言葉で突き放す事しかできなかった。彼女の心は、右腕と共に失われてしまったのかもしれない。

 全治三年、欠損した右腕の診断結果である。マナ細胞によって体内を循環する魔力、その情報から欠損箇所の形状を読み取り復元する。魔学文化における最新技術によって可能となった奇跡と言って良いだろう。しかし、それすらも彼女が望んだ結果とはかけ離れていた。治る頃には瀬砂は齢十八、魔法少女でいられる期間を完全に過ぎてしまっている。


「当医院では研究室で義手に関する研究も行われています。しかし、とても戦闘に耐えうるものでは……」


 医師が放った言葉は、彼女にとって死刑宣告よりも重いものだった。魔法少女浅染 瀬砂は、死んだも同然であるという事なのだから。

 瀬砂に与えられた最悪のクリスマスプレゼントの噂は、瞬く間に広がった。彼女の名誉の為か腕については伏せられていたが、重傷で引退確定という話は魔法少女を始めとした国中が知っている。先程の見舞いも、話を聞きつけての事だったのだろう。彼女達なりに本気で心配してくれていたのかも知れない。それでも瀬砂には、何をする気力も残っていなかった。

 沈黙が二人きりの個室を支配する。ここ数日、瀬砂は最低限の受け答え以外では口を開かない。今まで母にだけは自然に接していたのに、それすらも心を閉ざしてしまった。心の整理に時間が必要、そう思っていた母もそろそろ限界だった。


「……せっちゃん、お母さんに隠してる事、あるよね?」

「……なに」


 変わらず冷たい口調で返す。だが、瀬砂もうすうす感じてはいた。今まで母に勝てた事など一度もないのだ。自分が抱えている物を知られるのにそう時間は必要ない事など分かりきっていた。


「腕の怪我がショックなのは分かるわ。でも、治らない物じゃなかった。なのにそんな辛そうな顔をしているのは、魔法少女でいられなくなったから。そうよね?」


 やはりか、瀬砂は口の中だけで呟く。母には全てお見通しだった。彼女の消沈が怪我ではなく、魔法少女になれなくなるからと言う事も、そして彼女が魔法少女に歪んだこだわりを持っている事も。クリスマスイブに語った出任せなどで、この人を誤魔化せるはずもなかったのだ。

 純粋に魔法少女を楽しんでいる、など方便に過ぎない。本当にそうなら、越権行為など行わずにいれば良かったのだ。ルールを嫌い、それでもなお魔法少女でい続ける理由が彼女にはある。随分前から自覚していた事だ。それでも、母に言う事をずっと躊躇っていた。だがもう限界らしい。瀬砂は観念したようにため息をついた。


「……楽しんでたんだ、人を傷つけるのを」


 目を閉じ、思考の海へと意識を泳がせる。初めにそれを意識したのはいつの事だっただろうか。記憶にあるのは小学校の頃、まだ家にいた父に殴り掛かった時だ。毎日のように母へと暴力を振るう父に、その痛みを思い知れと言わんばかりに拳を打ち込んだ。幼い娘に牙をむかれ、動揺と恐怖で歪む彼の顔は今でも彼女の心へ鮮烈に刻み込まれている。 その頃からだ、瀬砂はたがが外れたように暴力的になった。無数にいたいじめっ子を片端から殴り、それらの顔を一人ずつ観察するのが楽しみになっていた。元々極振りの彼女が腕力で負ける事などほぼない。当時はクラスの半数ほどいたいじめっ子は、次第に数を減らしていった。だが、今度はそれが瀬砂にとって痛手となる。彼女は、既にそこに価値を見出だしていたのだから。新しい人を傷つけられる立場が、必要になった。


「より凄惨に傷付ければ、より苦しみに悶えれば、それだけ楽しくなれる。最高の職場だったよ、魔法少女は。犯罪者って言う極めて人権の弱い相手を好きなだけなぶって、報酬まで貰えたんだから」


 思い出しながら清々しげな表情になる。だが僅かばかりだけ、自嘲気味になっていたのに彼女自身は気付いていない。ただ、母の顔つきから心配をかけている事だけは察する事ができた。


「分かってるんだ、こんな感じ方おかしいって。いつか止めようとは思ってた……それが今だって事なのかもね」


 極力何事もないように取り繕った笑顔。とにかく母を安心させたかった。しかし、気持ちとは裏腹に声が震える、視界が滲む、頬を生暖かい物が伝う。気持ちとは裏腹に、耐えれば耐える程涙が溢れてきた。母もそんな彼女を見守る事しかできない。二つの失意が、病室に重苦しい沈黙を作り出していた。しかし、時間だけが流れるその空間にも変化がもたらされる。


「本当にそうだろうか?」


 男の声だった。耳に覚えもない。瀬砂は一瞬目を見開き、次の瞬間には母から果物ナイフを奪い取る。それを左手だけで扉の横へと投げつけた。片腕を失っても技量に衰えはない。直接扉を狙わなかったのは、当てる意図のない威嚇攻撃だったからだ。とは言え、面会謝絶の部屋への無断侵入者、油断はならない。扉を凝視していると、やがて向こうから一つの影が姿を現した。


「君はこんな所で終わるような器か? いや、そもそもそれは君が望む事なのか?」

「……誰?」


 扉をくぐって来たのは背広の上から白衣を着た青年だ。やや灰色がかった黒髪を短く整え、銀縁の眼鏡をかけた端正な顔立ちをしている。どことなく冷たい雰囲気を持っているが、斜に構えていると言う訳でもなく、あくまで落ち着いたと言う様子で瀬砂を見つめている。


「……失礼した。私は的衛 彩人(マトエサイト)、この病院で医療器具関係の技術協力をしている」


 彩人、と名乗った男はそう答えたまま入り口に立ち尽くしていた。彼なりに非礼を自覚しての行動だろうか、後ろ手にドアノブを掴み、既に退室の準備もしている。拒絶すればすぐさま部屋を後にするだろう。


「お医者先生が一体ボクになんの用かな」


 不信感は強い。しかしあえて追い出す真似はしなかった。興味を示したととったのか、彩人もベッドに少し近付く。声を張らずとも聞こえる程度の位置まで移動すると、彩人は再び口を開いた。


「君に是非知っておいて欲しい事があったので伝えに来たのだ。だが病室は面会謝絶、どうした物かと悩んでいた矢先に君達の話が――」


 そこまで言って彩人が一瞬黙りこむ。少し考えるような仕草をすると、瀬砂へ向き直った。


「――いや、もっと単刀直入に言おう。君の腕をすぐにでも動かせるようにする方法がある。勿論戦闘も可能だ……これを伝えに来た。」

「!!」


 彼の言葉を聞いた途端に、瀬砂は眼を見開いた。その勢いのある反応に、傍らの母までもビクリと動く。母の驚く姿に気付き、瀬砂はなんとか落ち着きを取り戻そうとした。


「……的衛先生、って言ったっけ? それはおかしいよ。ボクはここの医者に直接言われたんだ」


 平静を装いつつも、期待で声が震える。対称的に無表情を崩さない彩人は、軽く首を横に振るった。


「まず最初に訂正しておくが、私は医者ではない、科学者だ」

「カガクシャ?」


 聞き慣れない響きだ。口の中で何度か反芻するが、何を意味する言葉か、綴りすらも想像ができなかった。すると横の母がため息で注目を集める。


「科学って言うのは前世紀に使われていた文明技術よ。電気を動力にして、機械って言う道具を動かすの……せっちゃん、学校で普通に習う事だからたまにはちゃんと行きましょう?」


 向けられる白い視線に、瀬砂は眼を反らすしかなかった。事実、科学はロストテクノロジーの類いとは言うものの、現代の技術とはハードウェアの類似点が多い。生活との密着度も高く、相当無関心でなければ概要程度は知っていそうな物なのだが。そのまま説教に発展しそうな所で、彩人から「よろしいだろうか」と助け船が出る。


「親御さんの言う通りだ。そして科学者はそれらを復刻することを生業としている。末期の科学は発展が著しくてね、魔学では不可能な事も科学ならば、と言う事も多い」

「つまりその、カガクを使えばボクの腕は治る……?」


 動悸が早い。早く確信を得たいあまりに、急かすような言葉が浮かんできた。説明を交えた彩人の口調すらも、今の彼女には回りくどく感じる。


「いや、腕の再生ではなく新たな腕の取り付けを行う」


 彼女の様子を察してか、彩人の口調が速まる。表現も遠回しな物ではなく、より直接的になっていた。


「義手、ですか? 先生は戦闘に耐えられるような物じゃないと言ってましたけど……」


 異を唱えた母だ。おずおずと手を挙げながら彩人に先程の話をする。それは彩人にとっては好都合だったらしく「そこまで聞いていたか」と深く頷いた。


「ならば話は早い。重要なのはここからになる。要は一部分だけを機械にするからそこに不和が発生するのだ、対策としては、身体全体に機械を組み込めば良い。つまり――」


 瀬砂は耳を疑うしかなかった。彩人の提案はそれだけ現実味がなく、陳腐な言葉にしか聞こえなかったのだ。だが、それこそが彼女の運命を左右する最大の選択となるのである……。


「――浅染 瀬砂、君は改造人間として生まれ変わる事になる」



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