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6-1

「……あああァッ!!」


 銀の髪を乱暴に振り乱しながら、納部 莉理奈は拳を壁に叩き付けた。既に何度も繰り返したその行為は、コンクリートの壁に次々とクレーターを作る。一振りすればわずかな間は苛立ちが収まるものの、手に返ってくる痛みが再び怒りに火を付ける悪循環がひたすらに行為を続けさせた。砕け散ったコンクリート片は粉塵として周囲に漂い、彼女の派手なパンクドレスを煤塗れにしていく。一見すると霧に包まれたような幽玄さが、夜の河原を支配していた。


「随分な荒れようだな、納部 莉理奈」


 ひとしきり暴れ終わり肩で息をしている所に、本革の靴特有のコツコツという足音が聞こえて来る。そんな高そうな靴と、高圧的な口調だけで相手を判別した莉理奈は鬼のような形相で相手を睨んだ。

 視線に一瞬たじろいだのは、中年の男だ。とはいえ莉理奈の聞いた四十半ばと言う年齢の割には年若く、切れ長の眼が特徴的な整った顔立ちをしている。反面高そうなスーツからのぞく腕は、骨と皮しかないのではないかと疑う程に細い。上から羽織った白衣からも、デスクワークを好む人物である事は容易に想像ができる。

 正宗 九郎。初めて会った時にそう名乗った男は、莉理奈が魔法少女を辞め、黒魔術教団に入るきっかけを作った男である。


「九郎、どういう事!? 言ったじゃない、優里那のマナさえ手に入れれば、最強の魔法使いになれるってッ!!」


 叫ぶ莉理奈の言葉遣いは、すでに粗雑さがない。これこそが彼女の本来の言葉なのだ。彼女はほんの二年前までは一般家庭に育てられていた、ごく普通の少女に過ぎない。力を手に入れた事で過去の自分と決別したと思い無理に変えていたが、十数年の積み重ねはそうたやすくなくなりはしないのである。

 その様子を見てか、すぐに余裕を取り戻すと九郎は不敵に笑って返した。


「勿論だ。今でも君の魔力は最強と言って差し支えあるまい。使い方には多少問題があるようだがな」

「だったらなんで!」

「浅染 瀬砂に負けたのか、か?」


 九郎に掴み掛かろうとした莉理奈だったが、その手はあっさりとかわされてしまう。その痩身ですら容易く見切れるような動きしか出来ていない事、そして彼の図星を突く言葉で一瞬冷静になった彼女は、変わらず鋭い目つきで言葉の続きを待った。


「そんなザマでは無理もないと思うがね。瀬砂は幼少の頃から格闘技を学ぶ手練れだ。魔力の総量に利があろうと、その扱いで差が埋まってしまうのだろう」


 説明する九郎はどこか誇らしげだ。自分の手柄と言う訳ではないだろうにと、莉理奈は内心で悪態をついた。その姿を冷ややかな気持ちで見ている内に、彼女もまた多少の落ち着きを取り戻す。あくまで「多少」であるのは、未だ胸の奥には逸る気持ちが残っているからである。焦燥で顔を曇らせながら、彼女は九郎へと詰め寄った。


「ならもっと強くしてよ! もっと強いマナがあれば、アイツにだってまた勝てるんでしょう!?」


 押し出すように壁際まで追い詰める莉理奈。しかしその心境はむしろ追い詰められる側であると言って良い。やっと手に入れた人より優れた力。一度手に入れたそれを失う事は、彼女にとっては代えがたい恐怖だった。すがるような想いで問い詰めると、やがて九郎はゆっくりと頷きながら何かを取り出した。


「勿論だ。さぁ、これを黒魔術で移植したまえ」


 彼の懐から姿を現したのは、透明な小箱だった。中には小さな肉片が蠢いていて、それがマナ細胞であると認識するのに、莉理奈はそう時間を必要とはしない。彼女は黒魔術教団の一員として幾度となく取引や強奪を繰り返していたのだ。見間違える事など、ない。ただ一つ彼女が不安に思ったのは、それが普通のマナ細胞と比べて何か異質な雰囲気を放っている事だ。


「これは研究所のサンプルで実験をしていた、強化型のマナ細胞だ。先日やっと完成したのでね、君に慣らしをさせてやろう」


 研究所と言われて、莉理奈は昔の事を思い出す。一カ月程前に組織が保有していた実験施設が潰され、彼女はそこから脱走したサンプルの始末を担当した。確か名は訓覇 聖愛と言ったと記憶している。その少女も放っていた魔力は凄まじい物だった。その力を自分が手に入れたら、と一瞬手が伸びる。

 だがそこにはためらいもあった。恐らくはまだ人間では試していない完成版のマナ細胞。それは本当に安全なのだろうか。あの時の聖愛のような暴走の危険は。その迷いが彼女の手を止めた瞬間、九郎は囁くように呟いた。


「未だ誰も行き着いていない、未知のステージが見られるぞ」

「ッ!!」


 彼の言葉に莉理奈は目を見開く。どこをとっても凡庸でしかなかった自分、それが嫌でここに来たのではないのか。折角得た誰よりも強い力も、既に脅かされている。時間がない、早く更なる力を手に入れなくては。そんな過去へのコンプレックスが、彼女に力を求めさせる。


「そうだ……あたしはこれで、最強の魔法少女に……」


 うわごとのように呟く莉理奈。彼女がケースを受け取った瞬間、九郎が口元を歪めた事に気付く者は誰もいなかった……。

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