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5-7

「「はぁっ!!」」


 示し合わせたように二人が同時に莉理奈を突き飛ばす。瀬砂を凌ぐ怪力の持ち主である莉理奈だったが、魔法少女のトップ2相手には及ばず距離を取る形となった。立ち回りに余裕のできた瀬砂達は、位置取りを気にしながらも構えを整える。


「お、お二人とも、どうして……?」


 この状況に一番ついて来れていないであろう類が、戸惑いながら問いかける。無理もない、彼女達もお互いに相棒がここにいる理由は知らないが、類はその双方が未知のままなのだから。莉理奈も状況は同じだろうが、彼女にはまず状況を理解しようという思考自体があるまい。


「ボクは友人の非礼を詫びに来ただけだよ。余計なヤツを呼んでアンタを傷つけてしまったみたいだから」


 思い出したように類が声を漏らす。突然の奇襲に怒りを忘れていたのだろうか。あるいは瀬砂が思うほどは類も思い詰めてはいなかったのかも知れない。それでも彼女の意見は変わらない。自分の行いが彼にとって無礼だった事には寸分も違わないのだから。


「……で、アンタはこの社会不適合者達に何の用?」


 自身の理由に納得してもらったところで、瀬砂は冷たい視線を絵麗菜に向ける。しかし彼女が振り向く事はなかった。なにかまだ後ろめたい事があるのか、などと考えた瞬間に、言葉よりも早い回答を得た。鮫の背鰭のように地を這う黒い刃が、彼女を襲ったのである。


「シカトしてんじゃねぇよッ!!」


 苛立たしげにそう叫んだのは莉理奈だ。瀬砂も覚えている。あの漆黒は、彼女の腕を切り落とした忌まわしき一撃。常人が当たればひとたまりもないものだ。絵麗菜はそれに気付いたのだろう。万全の体制で結界を眼前に設置し、それを受け止める。なおも勢いの止まらない刃に周囲から紫電がほとばしり、やっとその存在を無に還した。いつの間に仕込んだのだろうか、気付けば刃を取り囲むように、魔法を停滞させてあったらしい。そこまで綿密に対策し、やっと防げた一撃であった。


「私は……魔法少女の務めを果たしに来ただけですわ!」


 膝を付きながらも絵麗菜は力強く答える。莉理奈の魔法は盤石の絵麗菜の守りを崩してなお余りあるものだったのだろう。だが、自らのダメージは省みずに彼女は口を開いた。彼女にも思うところがあったのかも知れない。これほど必死な様子の絵麗菜を、瀬砂は初めて見た。


「務め? ルールに背いたヤツを助けるのが?」

「背いてなどいません、二人はただ弱いだけ」


 瀬砂の問いに絵麗菜は首を左右に振るう。語る彼女の言葉を、瀬砂は決して遮らなかった。いつ莉理奈が仕掛けて来ても良いよう、注意だけはしながら言葉に耳を傾ける。


「人と違うが故に、人より少なく、人に迫害されているだけの、普通の人間。そんな人たちも幸せに暮らせるように守るのが、魔法少女の務め。そして秩序のあるべき姿。そうでしょう?」


 そう言って、彼女は瀬砂に微笑みかけた。全てを赦すかのような、慈愛に満ちた瞳。それが彼女の本来の姿なのだろう。全ての人が、平等に幸せになれる世界こそが彼女の望みだった。その方法を秩序に求めていたのに、いつの間にか手段と目的が入れ替わっていたのかもしれない。それに気付いた絵麗菜は、とても晴れやかだった。


「ボクが弱い、と来たか……」


 瀬砂もまた、クスリと笑いが浮かぶ。彼女に面と向かって弱いなどと言う人間は初めてだ。無論、力ではなく立場への言及だとは理解している。その上で、瀬砂の事を守るなどと彼女の他に誰が言えるだろうか。瀬砂は思った。彼女はいつか、自らの手で本当の秩序を創り出すかも知れないと。


「不満ですか?」

「いや……良いんじゃない?」


 少し笑ったきり、目を閉じて沈黙を始めた瀬砂に違和感を覚えたのだろう。絵麗菜は訝しげに彼女の顔を覗き込もうとする。瀬砂はそれを許さず、視線から逃れるように顔を背けた。今の表情は見られたくない。きっと「お前はすごいな」と言いたいのが、それだけでバレてしまうから。そして、そんな事で今の集中を途切れさせたくなかったから。閉じられた彼女が今見ているのは、二拍先に起こり得る未来だ。


「……ナカヨシごっこは終わったかァッ!?」


 それは予想した通りのタイミングで起こった。言葉より若干早い鎌の横薙ぎを、瀬砂は突き上げて軌道から外す。

 叫んだのは痺れを切らした莉理奈だ。彼女が次なる追撃の時を計っていたのは、瀬砂も気付いていた。だからこその警戒体勢だったのだが、それは杞憂に終わったらしい。図らずも莉理奈は話が終わるまで動かず、逃げ回りながら絵麗菜に続きを促す事態は避けられたのだから。彼女は絵麗菜を抱えて飛び退くと、類の元に軽く放り投げた。


「強者の絵麗菜さんはそこで見てるんだね」

「馬鹿にしてます!?」

「いや別に?」


 ただ死なせたくないと思っただけ、と言いかけた言葉を呑み込んで瀬砂が跳ぶ。事実、先ほどの攻撃で絵麗菜が受けたダメージは存外大きい。隠してはいるが、手の震えを見るにまともに戦闘ができる状態ではないだろう。過去には瀬砂の腕をも切り裂いた一撃だ、それを防げただけでも見事なものではあるのだが。


「またテメェかよ……いい加減ウザいんですけど!?」

「今までと同じと思わない事だ……ねッ!」


 瀬砂と莉理奈は向き合うと、互いに力の限り獲物を振るう。莉理奈は上段からの振り下ろし、瀬砂は横薙ぎだ。莉理奈の動きはいつも通り素直で、技巧がまるでない。その性格とは裏腹な動きに、瀬砂は軽く口元を歪めた。

 瀬砂が構えていたのは、レーザーブレードだ。戦場で敵を斬る事を目的としたその光の刃は、鋼鉄すら一瞬で熔解する程の高熱を放つ。如何に重量のある武器と言えど、鉄である以上は莉理奈の鎌とて同様だ。競り合う間もなく柄を灼き斬り、その首をはね飛ばす。莉理奈の危険性を見越した上で、後の叱責もやむなしと判断した瀬砂の殺意を持った一閃だった。しかし、


「グッ、ムウゥゥゥッ!」

「今までと何が違うってぇ!?」


 瀬砂の予想に反し、レーザーの光は鎌に阻まれて力のぶつけ合いとなる。未だ腕力では莉理奈に及ばぬ彼女は、びりびりと悲鳴をあげる腕を何とか引き戻した。全身のバネで飛び退くと、莉理奈は余裕の笑みを浮かべる。


「結局勝てねぇじゃねぇかよ、バーカ!」


 勝ち誇ったように言う彼女を、瀬砂は睨む。激昂からではない、反応を観察しているのだ。本来斬れるはずの物が斬れなかった。ならばその理由がどこかにある。最も怪しいのは莉理奈自身だが、頭の中で否定した。彼女はこちらの手の内を知らないはずだし、とても攻撃を看破したような雰囲気はなく、こちらに手があった事すら気付いていない様子だ。

 ならば一体何故? 考え始めるより先に答えを提示したのは、絵麗菜と共に後方に退避した類だった。


「駄目です瀬砂さん! あの人が使っているのは、姉の鎌だ!」

「茨木 優里那の得物? ……そうかっ!」


 彼に言われるも一瞬首を傾げた瀬砂だったが、記憶を整理すると一つの可能性に行き着いた。

 茨木 優里那は常人には見えない感情を視て、それに干渉のできる魔法少女だったと言う。言い換えれば、彼女の武器は不可視、不干渉の物に干渉していたのだ。無論彼女の力で存在を認識しなければ感情への干渉は不可能。だが、目に既に見えている物だったならば。武器に備えられていた特別な力が、本来触れられないレーザーを受け止めてもおかしくはないのかも知れない。


「チッ、なんて面倒な置き土産を……っと!」


 悪態をつきながらも、莉理奈の追撃を紙一重でかわす。彼女の腕力をもってしても、大鎌の重量は自在に振り回せる物ではないらしい。彼女の思考もあって、攻撃方法は極めて単純だった。注意していればそうそう当たるものではない。それでも直撃すれば致命傷は免れぬ攻撃だ。現に、攻撃を受け止めた右腕は痺れで思うように動かない。


「防御したのにこれか……どうすれば」

「防ぐんじゃなくて、受け流すんです!」


 独り言に答えるように叫んだ類に、瀬砂は知らず「えっ!?」と問い返していた。そして莉理奈の攻撃に合わせて必死に飛び退く自分を見て、先程の類との模擬戦を思い出す。格段の違いがある腕力差をも覆す、流麗な受け。確かにあれを用いればこの猛攻を凌げるのかも知れない。だが、あれほどの技を急に使えと言われて出来るものなのか。


「瀬砂さんならきっとできます! もっと相手をよく見て! 全面に、点を散りばめるように!」

「どっちだよ……えっ?」


 点と面、二つの矛盾する言葉を並べ立てられ、瀬砂はやけ気味に莉理奈を睨む。それに構わず鎌を振るう姿を凝視すると、ふと身体の妙な所が動いた気がした。二の腕辺りが引き締まり、それに合わせるようにこちらへと向かう鎌。それは実際に向かってくるよりも早く瀬砂に攻撃を知らせ、より早い回避を可能にした。


「なっ!?」


 莉理奈から動揺の声が上がる。それは瀬砂も同じだった。実際の動きよりも先に、相手の行動が読めたと言う、今までにない感覚に一瞬の戸惑いを覚える。だが、すぐに気付いた。これが類が言っていた「目を使う」と言う事なのだ。

 人間が四肢を動かすのに使うのは何も関節だけではない。関節を曲げる為には筋肉で部位を引く必要があり、その動きは当然実際に動くよりも早く発生する。ならばその筋肉の動きを目で捉えられれば、敵の行動に先んじる事が可能なのだ。

 それを実感した瞬間、瀬砂にある種の確信が宿る。勝てる、と。


「チィッ!!」


 苛立ちと共にだんだん雑さが増す莉理奈の攻撃は、既に筒抜けだ。その軌道、速度、威力全てが判る。瀬砂の瞳は既に人間のソレではない。やり方さえ解れば、類の業すら上回る。最小の動きと最低限のいなしで、瀬砂は少しずつ莉理奈との距離を詰めた。


「クソッ……クソッ!! なんで当たらないんだよ! 死ねよ!」

「少し相手が強くなったら、それ?」


 ついに自身の間合いまで入った瀬砂は、振り上げられた莉理奈の鎌を最上部で掴んだ。位置エネルギーに依存した振り下ろしは、少し手を添えられただけで勢いを得られずにその動きを封じられる。莉理奈の表情が、恐怖に歪んだ。


「なら、今度はアンタが思い知れ」


 鎌を掴んだまま、もう片方の腕を大きく引く。次の瞬間、莉理奈の顔面に右の拳がめり込んだ……。

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