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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
浅染 瀬砂の不幸は生誕の時まで遡る
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1-3

 クリスマス。華やかな街並みがイルミネーションに彩られ、幻想的な世界を生み出す日。道行く男女は仲睦まじくその世界を堪能している。夜の闇は危険であると言う認識は、既に迷信になりつつあった。魔法少女は中高生故に、深夜に活動する者が限られる。例えば彼女、瀬砂である。この時間帯の犯行は、最も会ってはならない魔法少女の対応率が飛躍的に増すのだ。故に、犯罪者が闇に潜む事はあっても、行動に移るものはほとんどいないのだ。そしてそれは、光届かぬ深淵には多くの悪意が身を潜めていると言う事に他ならない。


「黒魔術教団の根城、見つかると良いんだけど」


 日本有数の犯罪組織黒魔術教団(ブラックロッジ)。魔法少女政策の決定打となった集団である。人間から成熟したマナ細胞を摘出し、他者に移植する「黒魔術」と言う魔法を用いた人身売買を主力産業としている。構成員も移植を施している場合が多く、細胞の劣化が始まった成人が彼らに対抗するのは困難だ。黒魔術でマナ細胞を失った人間は死亡するケースが多い事もあり、人々の恐怖の対象となっていた。


「この辺りか……」


 瀬砂が行き着いたのは先日起きた黒魔術教団による誘拐現場。彼らがいくら強いとは言え、人一人を運ぶとなれば距離が限られる。ならば現場から近い位置の何処かに本拠地がある可能性が高いと考えたのだ。


「……見つかったところで何ができるやら」


幾度も黒魔術教団とも戦った瀬砂である、乗り込むような無謀はしない。この場にいる理由は単なる興味と、クリスマス会を断る口実の為だ。最初は家にいようと思っていたが、母が自分だけ出掛ける事を気にした為、適当に外出する事にしただけ。瀬砂にとってはどうでも良いことなのだ。むしろ黒魔術教団があった方が--。


「……ん?」


 少し付近を徘徊していると、瀬砂は妙に場違いな物を見つける。闇の中から聞こえるコツコツという足音。踵の高めの靴特有のそれは、女が歩いている事を示していた。日付も日付なのだ、めかし込んだ女性がいてもおかしくはない。しかし、ここは華やかな外界とは隔絶された工業区。何故このような場所に。銀髪をなびかせる後姿を認め、瀬砂は自然と気配を消していた。

 女の後を尾ける内、周囲がどんどん暗くなっている。時間の問題ではない、それだけ女の行く先が、月明かりを遮る奥まった場所なのだろう。当たりか、瀬砂は内心呟いていた。女が何者かはわからないが、このミスマッチさは何かあると考えて間違いない。女が角を曲がるのを確認し、瀬砂は慎重に歩調を速める。足音も視線も、気配すら消した完全な尾行だった。だというのに、


「!?」


 彼女が追った先に女の姿はない。路地は一本道、普通に歩いていれば見失うはずがないというのに、である。逃げたか、しかしどうやって。そもそも何故気付かれた? 様々な疑問が瀬砂の脳裏を飛び交う。しかし、それらが解決するのにそう時間は要さなかった。答えの方から第六感へと飛び込んで来たのである。


「ハァァアアッ!」


 背後に向かってハルバードを振り抜く。その動きはほとんど反射の領域だ。殺気を感てから寸分の間も置かず、得物を呼び出して反撃へと至る。魔法少女として幾度となく死線を潜り抜けた経験と、対内能力で限界まで高められた第六感が成せる業だった。ハルバードは甲高い金属音を立て、何かを受け止める。彼女に迫っていたのは、大型の鎌だった。そしてそれを持つ手の先には、案の定と言える人物がいる。


「へぇ、不意打ちだったんだけど、やるじゃん。さすが狂える魔女(バーサークウィッチ)ってトコ?」


 鎌に力を込めながら銀髪の女がにやけた。距離があり確証が持てなかったが、瀬砂と同じか、それに近い少女だ。少々けばけばしい顔をしているが、どうやら化粧をしている為らしい。髪も根元には黒い部分が僅かに見え、染めているのだと言う事が分かった。ただ、それらを加味しても瀬砂は彼女に見覚えがない。


「アンタ、誰?」


 ハルバードに左手を添える。片手で競り合うのが辛かった。いや、両腕を使ったとしてもいつまで持つか分からない。瀬砂にとっては初めての経験だった。彼女は、瀬砂よりも腕力が強い。


「ウチは納部 莉理奈(ノベリリナ)、黒魔術教団の幹部。別に覚えなくても良いよ、アンタこれから……死ぬしっ!」


 莉理奈と名乗った少女の腕にかかる負荷が増す。筋肉が悲鳴をあげ始めた。力比べではこちらが不利、そう断じた瀬砂は、叩きつけられる重圧を横に受け流すように構えた。ハルバードの柄を滑るように莉理奈が前のめりになるのを確認すると、背中を突き飛ばして距離をとる。出来れば追撃で仕留めたかったのだが、腕に走る痛みがそれを許さない。体勢を整え直すに留めた方が良い。今までにない異質の敵を前に、瀬砂はいつになく慎重だった。


「……は? 何逃げてんの? ウザいんですけど」


 莉理奈がゆっくりと立ち上がる。声色が明らかに低くなり、苛立ちを隠すつもりがまるでない。そんな彼女の態度が、更なる違和感を瀬砂へと植えつける。怒りが人間の判断力を鈍らせる事など周知の事実だ。それをこうもあっさり見せるのは、戦士としては致命的な行為である。それ以外の動きを見ても粗が目立ち、瀬砂にはどうしても莉理奈が戦闘熟練者とは思えなかった。

 とは言え、莉理奈の戦力が圧倒的な事には変わりない。正面からぶつかってもあまりいい結果は得られないだろう。目的は既に果たしたのだ、逃走と言うても十分択に入れられる。むしろ、現状の瀬砂ならばそれがもっとも安全にすら思えた。


「シカトかよ、ああっ!?」


 痺れを切らした莉理奈が、鎌を構えて突進してくる。素直な軌道の横凪ぎだ。瀬砂は空いている足元へ頭から飛び込み、攻撃を回避する。そして莉理奈が通りすぎると同時に慣性で足を持ち上げた。ロンダートの要領で莉理奈へと向き直る為である。スカートが大きく捲れようが関係ない。元々そんな慎ましい性格でもなければ、羞恥と命ならば天秤に掛けるまでもなかった。莉理奈は莉理奈で回避されると同時に振り向こうとするが、大きな武器に振り回され僅かに遅れが生じる。その隙を瀬砂は見逃さなかった。ハルバードの柄の端を持ち、遠心力を利用して全力投擲する。高速回転でまるで円盤のように見えるハルバードは真っ直ぐ莉理奈へと飛んで行った。


「ウゼェよっ!」


 だらりと垂らした腕ごと鎌を振り上げる莉理奈。鎌はハルバードの刃に直撃し、彼方へと弾き飛ばした。莉理奈の口元に笑みが浮かぶ。


「バカじゃね? 何武器捨ててんのお前……!?」


 だが、それも一瞬で消え失せた。ハルバードに気を取られている隙に、瀬砂は莉理奈の懐まで飛び込んでいたのだ。既に防護服に着替え、低い姿勢で莉理奈を捉えている。威嚇の意味合いが強く、実戦ではあまり使わない得物など、彼女には必要ない。


「ボクは素手の方が得意なんだよ!」


 そのまま飛び上がるように蹴りを仕掛ける。上段足刀蹴り、そこに軸足のバネを加えた彼女の技は、莉理奈の身体を軽々と吹き飛ばし、コンクリートの壁へとめり込ませた。しかし、それでも莉理奈に通用しているかは怪しい。多少の個人差はあるものの、対内能力は身体の丈夫さにも影響があるものだ。今の蹴りはあくまでも時間稼ぎであり、彼女の目的はこの場から脱出するだけだった。見たところ莉理奈はかなり対内寄りのマナをしている。黒魔術教団とは言え、瀬砂を超える怪力なら対外能力はそうあるまい、距離さえ離れれば手出しは難しいはずである。今を好機と見た瀬砂は、莉理奈に背を向け一目散に走り出した。角さえ曲がれば相手も追って来れまい。あと数メートル、彼女からすれば大股一歩程度の距離まで来た時である。背筋に何か悪寒を感じた。何かが迫っている、直感にそう告げられた瀬砂は咄嗟に後ろを振り向いた。直後に視界に入ってきたのは、鮫の背ビレを思わせる地面から伸びた漆黒の刃が、高速でこちらに迫ってくる姿だった。驚くべきはその速さ。瀬砂が全力で開いた距離を嘲笑うかの如く、目前にて彼女に狙いを定めている。


「っ!」


 咄嗟に腕で守りを固める。それが焼け石に水だと言う事は分かりきってたが。それでも、直撃に甘んじる事はできなかった。


「ぐっ! ああぁぁあっ!?あ……っおおぁ……っ!」


 当たったと認識した瞬間、腕の感覚がなくなる。そして1拍遅れてやってくる強烈な痛み。いや、痛みと言う表現は果たして正しいものか。腕から全身の力が奪われる感覚と、灼け付くような熱さ。腕から伝わる痺れに、悲鳴どころか呼吸すらおぼつかない。感じ得るあらゆる苦悶に、瀬砂は涎混じりに喘ぐしかできなかった。


「ダッセェ、マジウケるんですけど!」


 何かのたがが外れたように、莉理奈が甲高い笑い声を上げる。倒れ込む瀬砂に悠々と歩み寄ると2、3度その身体を蹴りつけた。その度に悲痛なうめきがあがる。ひとしきり反応を楽しむと、莉理奈は首元へと鎌を突きつけた。


「さって、そろそろマナを貰おうかな」


 空いた手が瀬砂の胸元へと伸びる。莉理奈の手が怪しい輝きを放った。瀬砂にとっては初めて見る黒魔術だった。ノウハウが分かればそう高度な技術ではないが、基本的に法で禁止されている為見ることなどないのだ。もっとも、今の彼女にはそれを見る余裕も、意識すらあるか曖昧だが。


狂える魔女(バーサークウィッチ)のマナ細胞ゲット……ん?」


 あと数センチと手を伸ばせばと言うところで、莉理奈の手が止まる。声だ、かなり近い位置から人の話し声が聞こえてきたのである。未だ痛みに悶える瀬砂だったが希望になり得るその声は正確に聞き取れた。


「こっちの方だ、斧が飛んできたのは!」


 どうやら先程莉理奈が弾き飛ばしたハルバードを見つけたものが異変に気付いたらしい。まだ少し距離はあるが、対内能力に長ける瀬砂なら十分聞き取れる位置だ。当然、彼女以上の対内能力を持つ莉理奈にも聞こえただろう。彼女は口惜しげに舌打ちをした。


「チッ、ウゼェな……まぁ良いや、極振り女のマナ細胞なんていらないし」


 そう瀬砂を鼻で笑いながら、莉理奈はビルの彼方へと跳び去って行った。それから多少の間を置いて二人の中年男性がやってくる。先程聞こえてきた声の主だろう。彼らは近くまで来ると、すぐに瀬砂の存在に気付いた。


「おい、こっちで女の子が倒れてるぞ」

「これ、浅染 瀬砂じゃないか!? 急いで救急車を!」


 男に言われて、あわててもう一人が119番をする。朦朧とする意識の中、瀬砂に一瞬の安堵が訪れた。しかしその電話がある種、彼女へのとどめになったのかも知れない。


「はい、腕が肩から千切れていて……」

「……え?」


 あの男は今、なんと言っただろうか。不吉な言葉に、ふと横を見つめる。攻撃を直接受けた右腕の方を。既に感覚を失っていたその場所には、あるはずの物がない。そして、少し離れた位置に転がっていたのは見慣れたもの。フリルを押し潰すようにガントレットが取り付けられた、鮮烈に赤く染まる白い腕だった……。


「……うわあぁぁあああぁぁああっ!?」



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