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5-6

「はぁ…‥はぁ……くぅっ!」


 涙ながらに走る新出 類に、目的地などなかった。抑えきれない感情が推進剤となり、彼をただがむしゃらに走らせていく。魔力の放出を伴う疾走は速度、勢い共に凄まじく、突風を巻き起こしながらもノンストップで街中を駆け巡る。全てを投げ出したい心持ちであるにも関わらず、無意識に信号は避けているらしい。止まる事なく走り続ける事が出来たが、反面そんな理性が働いているのだと思うと自分に嫌気が差した。

 自分の秘めた想いを、信じた人に頭から否定される。その悲しみと悔しさは、実際に味わった本人にしか知りえないのだろう。例え類似した感情を持ち合わせた人間であっても、共感する事は類自身が許さない。

 瑠和は言った。自分の今の気持ちははしかのような物だと。今の気持ちは捨てた方が良いとまで。何一つ納得できないかった。彼の気持ちは決して一過性のものなどではない。いや、例えそうだったとしても、どうして捨てることが出来ようか。

 だからこそ、彼は更に掻き立てられる。思考は次第に歪みを生み、その苦悩も矛先が少しずつずれつつあった。これほどに真剣な想いを、何故こうも否定されるのか。何故、自分だけが否定されるのかと。


「……違う」


 そこまで考えて首を振る。自分だけではなかった。少なくとも、瑠和が自分と同じである事は知っている。方向性は違うようだったが、瀬砂も同じようだった。結局自分が弱いだけなのだ。いくら技を磨いても、心の弱さを捨てきれない。自分の情けなさに腹が立つ。同時に、弱いと言うだけで否定される世界も恨んだ。


「弱いって、そんなにいけない事なのかな……」


 消え入るように呟く。やっと立ち止まるとそこは、郊外にある工業区だった。静かな所、人気のない所を無意識に選んでいった結果、このような場所に来てしまったらしい。行先すら把握できていなかった、ただそれだけの事にすら今は理由のない嫌悪感が芽生える。

 だが、そんな物はすぐに消え去った。それが些末事に感じる程に、答えを要さない言葉への返答は彼の肝を抜いたのだ。


「なに当たり前の事ぶつくさ言ってるワケ?」


 不快な気持ちに追い打ちをかけるように、背後から誰かがねっとりとした声でそう答えてくる。類は肩を震わせ、勢いよく振り向く。誰もいないと思って来たはずのその場所にしては、呼びかける声の存在感はあまりに大きかった。何故今まで気付かなかったのか、それが不思議でならなくなる程に。

 理由はすぐに判った。彼はその声の主を知っている。人を小馬鹿にしたような口調。元々あった黒を無理矢理に染めたような、銀色の髪と赤いカラーコンタクト。場所にそぐわない派手なゴシックパンク風のドレス。そのどれもが自身の記憶とはかけ離れているが、それでも類は優里那と同じ遺伝子を持つ実の弟だ、目には自信がある。


「莉理奈、さん……」


 震える声でなんとかそれだけ絞り出した。納部 莉理奈、優里那の同期にして同僚。そして彼女の魔力と命を奪い取った張本人。現在の所属は……黒魔術協会。これだけの悪条件が揃っていて、おびえない方が嘘だ。目の前に立っているのは、自分にとって逃れられぬ死の予兆に他ならない。


「……アンタ誰? なんでウチの名前知ってるの」


 対する莉理奈は、どうやら類の事が判らないらしい。女装をしているからなのか、それとも単に彼の存在を忘れているのか。優里那が現役の間に、数回の面識はあったはずなのだが。ただ、記憶としては覚えていなくても、頭のどこかでは覚えていたのかも知れない。彼女の類を見る眼は鋭く、まるで仇敵と巡り合ったかのようだった。


「どうでも良いや、なんかアンタ見てるとムカつくから、死ねよ」


 しばらく思案が続いたかと思った矢先、何かの冗談のようにあっさりとそう呟く。それはまるで、散歩の途中に夕飯の買い物も済ませようと言うような、些細な思い付きのように宣告された。

 間髪入れず、莉理奈の手元に大仰な鎌が姿を現す。その凶悪な外観に触発され、類は咄嗟に胸元の魔法石に手を当てた。直後、光と共に彼の衣服が純白のワンピースから、フリルに包まれた防護服に変わる。服が完全に実体化するのと、光を物ともせずに刃が走り抜けるのは、ほぼ同時だった。


「クゥッ!」


 腕にのし掛かる鉛のような鈍い痛みに、類は顔をしかめる。受け流した筈なのに、腕を伝う痺れは一瞬で彼の守りを無力化した。受け方はこれ以上ない程の精度だったと言って良い。その威力は恐らく一割に満たない域まで軽減されただろう。その上で、莉理奈の力は防御の上から彼を戦闘不能に持ち込むに十分なものだった、ただそれだけの事である。

 卓越した類の合気も、型破りな力の前には意味を成さない。彼は初めて気付いた、先の瀬砂がどれだけ手心を加えていたのかを。

 そんな彼の恐怖を他所に、莉理奈はなおもその凶刃を振りかざす。やられる、類は直感的にそう思った。それでも格闘技を学んだ身の上故か、迫りくる死に対しても目を背ける事ができない。振り下ろされる鎌が、やけにゆっくりとして見える。これが走馬燈という物なのか、と類は漠然と思った。最早抵抗する事すらも忘れ、腕をだらりと垂らしたその時、自身の両脇を何かが駆け抜けるのを感じた。

 ギィン、と金属のぶつかり合う音がする。鎌に何かが衝突し、その刃を押し返していたのだ。得物はその甲高い音とは裏腹に徒手空拳。鋭い突きで正確に鎌の柄を捉え、絶妙な拮抗を生み出している。その拳の主を知るには、それだけで十分だった。


「瀬砂……さん……」

「私もいましてよっ!」


 瀬砂の代わりに応えたのは、傍らにいた少女。こちらは杖を正面に向け、そこから風を起こす事によって刃を押し返していた。慣性と重量に身を任せた鎌を正面から押し止めるには、どれだけの力がいるのだろうか。瀬砂と並び立った松鳥 絵麗菜は、そんな芸当を涼しい顔でやってのけた。

 剛と柔、双璧の魔法少女達は、ただ一人の少年の危機に駆けつけたのである……。

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