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5-2

「あの、新出 類と言います……」

「……浅染 瀬砂」


 おずおずとされた自己紹介に、瀬砂はぶっきらぼうにそう返した。とりあえず防衛省では居心地が悪かろうと、近くの公園まで来たは良いが、釈然としない感情は未だに瀬砂について回っている。

 新出 類と名乗ったその少女は、驚く程に瀬砂の癇に障る要素を詰め合わせていた。まず最初に目に付いたのは、服装だ。絵麗菜すら霞んで見える程にふんだんにあしらわれたフリルが特徴的な、薄桃色の防護服は、戦意という物を疑わせる。下にはスパッツを身につけているのがせめてもの救いか、これがなければ瀬砂は一も二もなく突っかかっていたかも知れない。今は普段着と思しき真っ白なワンピースを着ているが、それにしてもいかにも汚れを知らない、と言う雰囲気は戦場に赴く者としていかがなものなのか。

 そしてそれ以上に気に入らないのは、先程から続いているおどおどとした態度。さながら何かに怯える小動物のような表情だ。この弱々しそうな顔立ちで、一体何を守ると言うのか。やはり彼女も魔法少女と言う響きだけに惹かれた、ただのミーハーなのだろう。そう察するのには、一目見るだけで十分だった。


「ええっと……魔法少女志望、だよね?」


 こんな所に来ているのだから、聞かずとも分かりきった質問。しかし、類の姿を見るとどうしても確認せずにはいられなかった。あるいは、ミーハーの一言で済ませるには、あまりに理知的に見えた瞳がそうさせたのかも知れない。その前提の前ならば、彼女の反応はある意味予想通りと言うべきなのだろうか。


「えっと……その……」


 当然返ってくるはずだったごく当たり前の答えは、なかなか返ってくる様子がない。どちらとも取れない受け答えに、瀬砂の苛立ちもいよいよ最高潮となりつつあった。


「あー、もう! 言いたい事があるならハッキリ言ってよ! そういう態度が一番イライラするんだ!」


 頭を掻きむしりながら、思わずドスの利いた声を出す。類はびくりと身体を震わせると、今度はそこそこ通る声で「す、すみません!」と応えた。少し瞳を逡巡させると、一度大きく息をついてから話し始めた。


「申し上げにくいんですが、実は魔法少女になる気はあまりないんです」

「……ハァ?」


 言えと促した手前、あまり怖い声は出さないようにしよう。そう思っていた瀬砂だったが、あまりに訝しい返事にやはり低くから声が出てしまった。


「どういう事? これ、確か魔法少女の希望者を対象にした研修……だったよね」


 確かにそう聞いたと記憶している。流石に直前に聞いた話を忘れる程の馬鹿ではないという自負は瀬砂にもあるのだ。それ故に、この返答は不可解極まりない。この反応を予想していたのか、類の表情は「怖い」と言うより「申し訳ない」と言う色が強くなっていた。


「ぼ……私が秘書官さんにお願いしたんです。なんとか瀬砂さんにお会いすることは出来ないかって」

「別に僕で構わないよ。それよりなんでボクに?」


 言いにくそうにする類に、とりあえず注意を促す。自分もそうなのだから、今更僕呼び程度は気にしないのだが、彼女は何故か居づらそうに「では、僕が……です」と言い直した。癖で出るほど言い慣れていると思ったのだが、もしかしたら勘違いだったのかも知れない。だが、そんな事よりも瀬砂は話の本筋の方が気になって、深く追求する事はなかった。

 つまり、研修云々と言う話は秘書官の方便だったと言うことなのだろうか。よしんば本心だったとしても、今回は類の希望を聞いた故の試験運用だったのかも知れない。そんな事を可能とする彼女は一体何者なのかと言う疑問は残ったが、それ以上に気になったのは、自分にお呼びがかかった理由だ。彼女には他に数多の魔法少女が居る中で、自分が選ばれる理由に皆目検討がつかない。それを尋ねると、やはり理解の出来ない答えが返ってきた。


「僕、瀬砂さんに憧れていて、貴女のような人になりたいんです!」

「うん、とりあえず頭は正常かな?」


 こともあろうに憧れと言う言葉を持ち出す類の額に、瀬砂はそっと手を当てる。冗談か、錯乱か、とにかく冷静な判断ではないのだろうと言う事に確信を持って、視線が自然と遠くへと運ばれて行った。そんな彼女の反応が不満だったのか、類は心外であると顔だけで表現しながら、ケータイを操作し始める。


「そんな、瀬砂さんは魅力的な女性です! ほら!」


 言いながら向けられたケータイに表示されているのは、インターネット上の大型掲示板らしかった。正確にはその内容をまとめた物だろうか、本筋に関係のなさそうなコメントは省かれているらしく、読みやすく感じる。

 表示されているタイトルは「浅染 瀬砂とか言う暴力魔法少女wwwwww」だ。書き込みの一番目、即ち投稿者のコメントにはただ一言「割と好き」とだけ書かれている。以降も否定的な反応が返ってくると思いきや「アイツが事件解決するとスカっとするよな」、「ちっぱい可愛い」、「あの金属製の足で踏まれたいんじゃあ~^^」など、恐らく好意なのであろう言葉が並んでいる。類はどうだとばかりに自慢げな顔をしていたが、このある意味変質的とも取れる賞賛を、彼女はどう受け止めれば良いのか。


「……とりあえず、世の中頭のおかしい奴らばっかりだって事は判った」


 とにかくこの事については深く考えない方が良い。ある意味最も妥当な判断を下した瀬砂だったが、彼女のコメントに類は不満をあらわにしていた。どうやらそれほどまでに、彼女は瀬砂に自らの魅力を解って欲しいようなのだが、何故そこまでこだわるのかと瀬砂は思わずため息をつく。何か理由を探るきっかけになる物はないかと類を眺めていると、彼女が小さく呟いたのが聞こえた。


「縁君ならもっとうまく伝えられるのに……」

「エニシ?」


 咄嗟に類へと聞き返す瀬砂。珍しい名前ではあるが、瀬砂に限って聞き間違いと言う事もないだろう。正確にその名を問い返すと、類はうろたえた様子で目を逡巡させた。だが、微動だにしないまま無表情で見つめ続ける瀬砂に流石に根負けしたのか、少し頬を染めながら小さな声で話し始める。


「……古知屋 縁(コチヤエニシ君。僕のお友達で、すごく瀬砂さんの事が好きな子なんです」


 一度話始めてしまうと熱の入ったもので、縁についての話が次々と出てくる。類の目の色が変わって瀬砂もヤブヘビには気付いたが、時は既に遅く長話はもう止めようがわからなくなっていた。仕方なく話はそこそこに類の様子を見るが、本当に楽しそうな顔をしている。先程までのおどおどとした雰囲気は一体どうしたのかとも思ったが、途中でふと至った考えが口を突いてでた。


「ああ、その縁君とやらが好きなんだ」

「……!?」


 言葉が発せられてからほんの一瞬の出来事。全く止まる気配のなかった類の声がやみ、みるみる内に顔が真っ赤に染まっていく。もはや取り繕う手段はあるまい、図星だったのだなと、瀬砂は悟った。ここまでくれば、なんとなく意図も判ってくる。類はその縁と言う少年の事が好きで、なんとか彼の気を引こうと考えた。そこで好み等を聞いたところ、瀬砂の名前が出てきた、そんなところだろう。もっとも、それに巻き込まれた瀬砂自身はたまったものではないのだが。


「……で? 好きな男にアピールする為に、ボクをダシに使おうと?」


 考えていて、だんだんと不快になってきた。自分の色恋すら曖昧になっているこの時期に、何故人の恋愛の世話までしてやらなくてはならないのか。それに魔法少女と言う仕事を利用されたのも不愉快に感じる。彼女にとっては、魔法少女は歪んだ自分が許される数少ない場所なのだ。誰かが軽々しく利用して良いものではない。


「と、とんでもない! 僕も貴女に憧れて、貴女のようになる為にここに来ています。それは本当です!」


 瀬砂の声色に何かを感じ取ったのであろう。類は両手をバタバタを振りながら彼女の言葉を否定した。そして、真剣な目で続ける。


「今日だけは魔法少女の端くれのつもりです。どんな危機にも立ち向かって見せます」

「……へぇ?」


 類の言葉を聞いた瞬間、瀬砂の眼が光った。その瞳には偽りなし、類の眼光はそう察するにあまりある物だ。今にして思えば、秘書官は「類は戦闘経験がある」と言っていただろうか。であるなら、浮ついた考えと言う点に関して類に心配は無用だったのかも知れない。


「じゃあさ……」


 ふと、小さな欲求に駆られる。試してみたくなったのだ。その眼がどれだけ本物なのか。秘書官の言った「戦闘経験」とは如何程の物を言うのか。まさかこの歳で実戦経験があるとは思えないが、だとすれば何をもって経験と呼ぶのだろうか。気付けばそれが気になって仕方がない自分がいる。そして判った時には、瀬砂は獣の姿勢をとっていた……。


「立ち向かって、みる……?」

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