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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
納部 莉理奈の真意を誰が理解できていたのか
31/45

4-5

「ヒャッハァーッ!!」


 意味不明な奇声を上げながら、男が刀に爪を立てる。爬虫類を思わせる細身に反して力は強く、模造品とは言え鉄の塊である瑠和の獲物が、キチキチと音を立てて軋んだ。押し付けられる力に対し、瑠和の受け止める力などたかが知れている。何とか飛び退いて距離を取ると、瑠和は一旦刀を納めた。


「こんなモン振り回してたら良い的だよ」


 瑠和は悪態をつきながら既に闇に包まれた天井を見上げる。蛍光灯は最初の不意打ちでほとんどが破損してしまい、明かりは周囲の非常灯や、良く分からない魔道具が発する僅かな明かりのみ。そんな光を反射する金属を持っていては、自分の位置を相手に教えているようなものだった。機械の陰に隠れて、袖で汗を拭う。知らず、大きなため息が漏れた。


「畜生、一体なんでこんな事に……」


 焦りの為か、つい先程の出来事が思い出せない。瑠和は気持ちを落ち着けて、頭を整理し始めた。

 確か、今回の任務は捜査の護衛と言う話だった。莉理奈が発見したと言う、黒魔術教団との繋がりがある工場に強制捜査をかける。その抵抗を想定しての対抗戦力である。

 簡単な任務の筈だった。それほど規模の大きい施設ではないと言う話だったし、いわゆるガサ入れで大っぴらに暴れると言う話は聞かない。大概の場合は抵抗するより隠す方がよほど一般的な手段だ。


「だって言うのに……誰だい、少数精鋭で充分なんて言ったヤツは!」


 捜査員に人数を当て、護衛を三名とした結果がこれである。施設内部には戦闘の経験者とおぼしき構成員が多数配置されており、国防相側の人員は瞬く間に押し返されてしまった。瑠和も救助に努めたが、恐らく助かるのも約半数といったところだろう。誰しも想像しえない、最悪の状況がそこにあった。頼みの綱は自分を含めた三人の魔法少女のみ、しかしそれすらも他の二人が見当たらない。


「なんとか皆と合流しないと……」


 状況が分からなくてはどうしようもない。捜査員の退路を確保したらまとまって戦うべきだろう。その為にも、目の前の相手をどうにかしないとならない。


「隠れてんじゃねェぞオラァッ!」


 そう思ったところで、示し合わせたように先程の男が飛び込んで来る。盾にした機械を飛び越えて来たらしい、上空からの攻撃を、瑠和は咄嗟に結界を張って防いだ。瞬間的に作った為にバックラー程度の大きさにしかならなかったが、爪と言う重量のない武器が幸いしてなんとか受け止める事に成功する。


「とは言え、これ以上は厳しいか……」


 魔力が練りきれていなかったらしく、目には見えないものの、結界には確実にヒビが入っているのが解った。次の一撃を受ければたちまち砕け散る事だろう。


「だーっ! もう、ただでさえ少ない人の魔力を!!」


 無論、そんな苦情を相手が聞き入れてくれるはずもない。男はそんな事はお構いなしに手を伸ばして来た。瑠和はなんとか動きを見切り、それを紙一重でかわす。


「チィッ!!」


 大きく前に傾く男の身体。瑠和は自棄気味にその顔面目掛けて砕けかけた結界を叩きつける。それは瑠和の手元にだけ鈍い感触を残し、粉微塵に砕け散った。だが、その甲斐あってか効果は思った以上に大きかった。結界が鈍器の役割を果たしたのだろう、まともに受けた男はそのまま昏倒してしまった。


「結界って攻撃にも使えるんだね……よし、早く皆に合流しないと!」


 周囲を見回して、灯りに使えそうな物を探す。床に落ちていた、誰の物かも分からない懐中電灯を拾うと、瑠和は仲間達を探して施設奥へと足を進めた……。





「ここまで来ても見つからないなんて……二人は本当に大丈夫なんだろうね?」


 静寂の中に響く自らの靴音だけを聞きながら、瑠和は不安を吐露した。この地下への隠し通路を発見するのに時間を掛け過ぎたのが歯がゆい。先行した優里那達は上階にはいなかった以上、この階のどこかにいる事は間違いないだろう。既に激しい戦闘の跡が見られる廊下を見ると、不安が尽きる事がない。


「よくこうも躊躇いなくやるモンだよ……」


 そこかしこに見える銃痕、鉄の焼ける臭い、立ち上る黒煙。それら全てに容赦という物が見られない。ここは教団が秘密裏に行っていた何かが保管されている場所と思っていたが、それらは一切見つからなかった。あれだけの戦闘準備が整えられていたのだ、重要な資材は全て運び出されているのかも知れない。横たわるのは、ただただ敵味方を問わぬ死屍累々のみ。その光景が、戦いの激しさを感じさせる。


「こんな所まで平然と来られるのは、あの娘しかいないよね……」


 思わず辺りを見回す。そんな事はないだろうと思っても、倒れる者の中に優里がいるような気がしてならなかった。先程からそうだ、ずっと胸騒ぎがして、止まらない。


「大丈夫、だよね。大丈夫……ん?」


 なんとか気を落ち着けようと自らを励ましていると、遠くから足音が聞こえてきた。敵か、一瞬そう思ったが、音が随分軽い。これは自分と同じ程度の少女の物だと気付いて、身体の緊張が急に解かれるのが判った。


「優里……莉理、奈?」


 呼び掛けようとして、予想と違う人物であることに気付く。現れたのは、セーラー服にアレンジを加えたような典型的な防護服。手にはロッドを携えた莉理奈だった。こんな所まで潜入できた事に驚く瑠和だったが、それでも探していた仲間には違いない。呼び止めようとして片手を軽くあげる。


「莉理奈! よかった、無事だった、ん……?」


 言葉が最後まで紡がれるより先に、彼女が視界から消える。瑠和の姿にもスピードを落とさずに素通りしてしまったのだ。


「あ、ねぇちょっと!」


 呼び止める声も聞かずに、すぐに見えなくなるまで走り去ってしまった莉理奈。瑠和は現状も忘れて首を傾げた。向かった先は出口のようだったが、一体何を急いでいたのか。それに彼女は優里那と一緒に居たと思ったが、近くにその姿はない。ならば彼女にしんがりでも任せて助けを呼びに行ったのか。もっとも、その解でも疑問は残る。助けならば目の前の自分に声が掛からないはずがない。そして走り去る莉理奈の表情。彼女は笑っていたのだ。恍惚と、それでいて不気味に。


「……っ!?」


 思い出して身震いを起こす。普段の彼女では決して見せない表情。その違和感が常ならざる出来事を想起させる。いてもたってもいられなくなった瑠和は、彼女が来た道を辿るように進んでいった。

 道は至ってシンプルだ。一本道の廊下の最奥に、大きめの扉が一枚。半ば蹴破る勢いで、瑠和はその中へと飛び込んだ。視界に広がったのは一面が白い壁で包まれた、やや広めの部屋だ。それ故に、異物が存在すればすぐに判る。それも部屋のほぼ中心にあれば、なおさらだろう。横たわるそれを見つけて、瑠和は一瞬息を飲んだ。


「あ、ああ……優里那! そんな、うわぁぁっ!!」


 なんとかそれだけ口にして、倒れ込んだ優里那へと駆け寄る。胸には小さく穴が空き、止めどなく血が流れ出ている。身体は一気に痩せ細り、まるで一瞬で衰弱しきったようだった。


「……そうだ! 医療班!!」


 やはりショックが大きいのだろう。そんな当たり前の事に気付くのに、結構な時間を要した。すぐにその場を離れようとした瑠和だったが、立ち上がろうとしたところでその手を何者かが掴む。弱々しい握力を感じると、瑠和は手の主を凝視した。


「無理よ……黒魔術を受けてしまったの……マナ細胞は治しようがないわ……」

「優里那!? そんな……一体誰が!」


 息も絶え絶えといった様子で答えたのは優里那だった。今まさに生命の危機に瀕していると言うのに、その声は穏やかだ。まるで自らの死を受け入れているかのように見える。彼女の落ち着き払った様子を見ると、瑠和の中で逆に怒りが燃え上がった。優里那をこんな目に合わせたヤツを倒したい、仇を取りたいと躍起になる。だが、彼女の問いに優里那はゆっくりと首を横に振った。


「これはきっと報いなのよ。人の心を捻じ曲げて、良いようにしてきた事への……」

「何言ってるんだい、アンタは人を助ける為に……ッ!?」


 瑠和は必死で彼女の言葉を否定しようとする。それを認めたら優里那が死んでしまう、そんな願掛けじみた想いがあったのかも知れない。だが、言い切る前に瑠和は言葉を詰まらせた。聞きながら、優里那が涙したのが見えてしまったのだ。


「瑠和さん、ごめんなさい……これから大変になると思うけれど、負けないで……」


 優里那がそっと手を伸ばす。瑠和の頬を掠めると、手の甲が少し濡れた。そこで初めて、自分が泣いているのだと言う事に気付く。思わずその手を握り返したが、それとほぼ同時に優里那の手がダラリと下がった。そして、微かに聞こえていた優里那からの音が、完全に消え去る。


「……優里那? 優里那ァァァアアアアッ!!」


 半ば悲鳴とも取れる瑠和の声。必死の呼び声にももう、応える者は何処にもいなかった……。

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