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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
納部 莉理奈の真意を誰が理解できていたのか
30/45

4-4

「だからね? ああ言う所であんまり余計な事言わないの」

「どうして? あの方の疑問に答えるなら、どうしても知ってもらわなければならない事でしょう?」


 呆れ気味に諭す瑠和に、優里那は全く意味が分からないと言った表情で小首を傾げた。暖簾を押すような感覚に、知らず知らず瑠和の声は大きくなり、気付けば廊下に居たほとんどの役人達の視線を集めてしまっている。こうしてやっと今居る場所が国防省の内部なのだと言う事を思い出し、彼女は声を少し抑えた。


「……うん、まぁそうなんだけどね。だから言ったとしたって、理解できない事はあるんだよ」


 一度落ち着いてからそう返すも、優里那は変わらず考え込んでしまうだけだった。才能が有り過ぎると言うのも考え物なのかも知れない。

 曰く、茨木 優里那には人の感情が「視える」のだと言う。比喩の類ではなく、彼女の視界には景色の一部として当然のように存在しているのだそうだ。専門家に言わせると対内魔力が視力に作用し、本来なら見えない物も見えるようになった結果なのではないかと言う話だ。瑠和も視力は魔法で高められている方だが、無論そんな物は見えない。ラジオで言うなら瑠和の視力強化はボリュームを捻る物で、優里那のそれはチューニングをする物と例えられたが、瑠和の頭を余計に混乱させるだけだった。

 加えて彼女はその感情に物理的に干渉する事が出来る。目に見える物なら触れる事が出来る、それは彼女にとっては感情とて例外ではないらしい。瑠和もにわかには信じられなかったが、これまでの戦いで幾度も、彼女に戦意を完全に削がれた学生を目の当たりにしたり、自らも模擬戦で同じ体験をしては信じない訳には行かなくなっていた。


「もう、何をそんなにイライラしているの? 刈り取る?」

「止めなさいっての!」


 百歩譲って力の存在は認めたとして、別の問題が一つ。即ち、優里那自身はその力に何の特殊性も感じていない事だ。幼少の時から感情を含む景色を見ていた彼女にとってはそれが当たり前で、他の人間にも出来ているかのように振る舞ってしまうのだ。身内だけの時ならまだ良い、事情を知らぬ者の前でも同じ態度を取るのが始末に負えない。優秀且つ聡明である彼女も、理解できなければただの狂人でしかないのである。今回のように優里那が原因で話がこじれたのは、一度や二度ではなかった。事ある毎に自分や莉理奈がその後始末をしているのだが、その苦労を彼女は知らない。


「そういう世間知らずな所、もう少し何とかしてくれたらアタシも、もう少し好きに仕事ができるんだけどねぇ」


 瑠和とてこの仕事を好きでしている訳ではない。どちらかと言えば荒事よりも、災害救助などの方が得意と言う自負もある。それでも優里那とチームを組んでいるのは、彼女のこういった所をサポートするようにと、秘書官から頼まれているからだ。恐らく彼は世話焼きな瑠和の性格をいち早く把握したのだろう。既に彼女は、危なっかしい優里那から目を離せなくなっていた。彼女が類稀なる美貌を持つ事もあり、今では進んで彼女のサポートを行っている。と言っても、事情説明は専ら莉理奈に任せきりなのだが。瑠和が担当するサポートは、優里那の無垢が起こすもう一つの問題に対しての物だ。


「あら、二人とも随分賑やかねぇ」


 不意に、後ろから声が聞こえて来る。言葉遣いこそ丁寧であるものの、内側に隠しきれない程の悪意を含んだねちっこい口調。瑠和はまたかとため息をつきつつ、声の主へと振り向く。


「……お疲れ様です、先輩方」


 後ろに立っていたのは、案の定彼女達の先輩に当たる魔法少女達だった。優里那が起こすもう一つの問題の原因でもある。並んだ三人は容姿、体型共に三者三様だが、共通して言える事としては、美人ではない。きっと心の醜さとは外見に出るのだろうと、彼女達の吊り上がった目だとか、口角だとか、ふくよかな体格だとかを見ながら漠然と思った。そんな彼女達の表情は、取り繕ってこそいるが、内面は優里那でなくともわかる。お世辞にも美しいとは言えない感情が、空気にまで染み渡っていた。


「……何か御用ですか?」


 対する優里那は、隠す気すらない敵意で返す。さすがにこう言った状況には慣れているのだろう、僅かな疑惑を残し、開けっ広げにはできなかった瑠和と違い、優里那は確信を持って睨みを利かせている。だが、そんな彼女の態度にも先輩達は態度を崩さなかった。


「嫌だわ、恐い恐い。私達はただ、貴女がまた大活躍をしたって言うからお祝いを言いに来ただけなのに」


 挑発的な笑みを浮かべるリーダー格とおぼしき先輩。それに合わせるように、取り巻きの二人が相づちを打つ。よく言う、と瑠和は内心毒づいた。

 これが優里那につきまとう、もう一つの問題。才能がある者に対する妬みや嫉みといった感情だ。理解ができない者に話すのは首を傾げられて終わりだが、身をもってその力を知ってしまった者は、こうなってしまう事が少なくない。何せ彼女は中学1年のルーキーにして、既に学校への対策を一手に任された実力者だ。そんな彼女に否定的な感情を持つのは、決しておかしな事ではあるまい。こうやって優里那に突っかかってくる魔法少女は、少なからず存在していた。そんな彼女達の感情が見えるからだろう、こう言った者達の相手をすると、普段悠然と振る舞う優里那も、目に見えて不機嫌になった。


「白々しい人ね。貴女の気持ちなんて透けて見えるわ」


 刺々しい声色で優里那は応える。そこには瑠和が止めに入る暇もなく、彼女にはその光景を見ながら頭を押さえるしかできなかった。逆に先輩達は鬼の首を取ったように口元を歪めた。


「そうやっていつも私達を悪者に仕立てようとするわね」

「そうよ、貴女の勝手な偏見なんじゃないの?」


 口々にぶつけられる罵声に、優里那の眉がどんどん傾斜を描いていく。自身には判りきっている事にこうもしらを切られているのだ、無理もない。相手もそれがわかってやっていると見て間違いないだろう。

 確かに優里那の力は特異である。それ故にその場景を共有できる人間はおらず、言ってしまえば嘘をついたとして誰に気付かれる事もない。無論優里那がそんな人間ではない事は瑠和が一番良く知っているが、それを他者に求めるなど酷と言う物だろう。むしろ、今のように悪意ある者が現れれば、彼女の語る真実すら歪められてしまうのだ。


「なんですって……!?」


 ちなみに、優里那は煽り耐性と言う物がおおよそ存在しない。魔法の名門と名高き茨木家の箱入り娘だけに、こういった事にはどうやら慣れていないらしかった。瑠和は今にも斬りかかりそうな優里那の肩に手を置いて、彼女を諌める。


「やーめーなーさーいっての! 先輩もあんまりからかわないでやってください。この子、なんでも真に受けるんだから」


 彼女がやんわりと制止をかけると、先輩は少し緊張を解きながら笑った。こんな相手でも悪人ではない。少し嫉妬深い程度で人を敵視するほど狭量でもなく、彼女自身はうまく付き合っている。最近はどうやら、彼女も優里那に嫉妬する同類なのだと思われている節さえあるが、それは彼女にとっても甚だ不本意だった。


「まぁ貴女がそう言うなら今日はこのくらいにしようかしら。でも、こんな事で我を見失うようで、これからやって行けるの?」


 先輩のあまりに直接的な言葉に思わず苦笑いする。この性格がなければ腕は確かなのだが。これ程判りやすい皮肉ともなると優里那も気付くらしく、眉をひそめながら憎々しげに受け応えた。


「ええ、代わりがいてくれたら私も助かるのだけれど、皆さんできないようですから仕方ないわ」


 わざわざ「できない」を強調した返答に、先輩も顔を真っ赤にして優里那を睨む。双方頭に血が昇っているらしく、もう瑠和の制止も聞きそうもなかった。どうしようかと考えあぐねていると、意外な所から助けが入った。


「優里那、瑠和。秘書官がお呼びだから、入ってきて」


二人の丁度間辺りにあった扉が開き、中から声が聞こえてくる。莉理奈だ。そこで瑠和と優里那はようやく、任務の報告を彼女に任せて外で待っていた事を思い出した。


「りょーかーいっ! さ、優里那も行くよ。じゃ、先輩。この辺で失礼します」


 天の助けとばかりに優里那を引きずり、部屋へ入ろうとする。先輩達はまだ釈然としない様子だったが、彼女達がこの件で納得する事などないだろう。気にしては負けと言わんばかりに、瑠和は無視を決め込んだ。


「ジャスタモーメントだよ、莉理奈。助かった〜」


 防音設備の行き届いた扉が閉まったのを確認してから、瑠和はまた拝むように手を合わせるが、莉理奈は小さくため息をついて「別に」と返す。


「話があるって言うのは本当だから……次の任務の事だって」

「もう? 皆さん随分と荒れているのね」


 応えたのは優里那だった。莉理奈に後ろから抱きつきながら、耳元へと話し掛ける。瑠和は不満げに優里那を見て頬を膨らます。


「またアンタは莉理奈にばっかりスキンシップするぅ」

「だって私、莉理奈さんとはずっと友達でいたいもの」


 平然と答える優里那に一瞬瑠和の表情が固まった。彼女は一度もそんな事をしてもらった覚えがない。自分とは友達でいたくないと言う事か。


「……今回は学校からの依頼じゃないよ」


 瑠和の心中に答える者がいるはずもなく、莉理奈は鬱陶しそうに優里那を払いのけながら言う。それは一体どう言う、そう言おうとするが、その前に莉理奈が表情で察したらしい。彼女は無言のまま、部屋の中を睨む。そこにはいつまでも話を切り出せずに、しかめっ面を続けている秘書官が鎮座していた……。

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