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街は一面クリスマス色で染まっていた。辺りには色とりどりの電飾が取り付けられ、街路樹には例外なくオーナメントなどが吊り下げてある。夜になればこれらが一斉に輝き、商店街を美しく染め上げるのだろう。心なしか待ち行く人々も少々浮かれ気味になっている。周囲から感じる視線は随分とまばらだった。改めて見れば一目瞭然だ、クリスマス本番は間近に近づいているのである。
「なるほどね……そろそろカレンダーの買い時か」
自宅に来年度のカレンダーがない事を思い出し、近場の大型書店を目指す瀬砂。彼女にとってクリスマスに対する印象などその程度だ。異教の偉人の誕生日という認識しか感じられない。プレゼントなど小学校から貰っていないし、共に過ごす恋人どころか友人すら心当たりはなかった。一般的に見れば決して幸せとは言えない環境だったが、瀬砂が不満を感じる事もない。これまでの僅かな人生の中でも現状は不幸と呼ぶに能わず、むしろ幸せすら感じていた。
浅染 瀬砂の不幸は生誕の時まで遡る。人の可能性を引き出すとされる古代の遺産、マナ細胞。彼女が生後間も無く与えられた力は、決して羨まれるものではなかった。彼女にはマナ細胞の力、即ち魔力を体外に出す能力を持たなかったのである。マナ細胞の機能を著しく損なった者は俗に極振りと呼ばれ、中でも対外能力を持たない極振りは障害者に相当する。魔力を糧とする魔法製品を使うことができないからだ。それを理由に受けた迫害は一つ二つではない。それでも戦い続け、やっとたどり着いた今なのだ。どうして不幸などと言えるだろう。
「お、あった」
商店街の真ん中程にある書店の前で立ち止まる。店頭に数種類の30XX年度カレンダーがあった。品揃えや値段から考えて、もうここにあるのは売れ残りと言う事か、彼女にとっては好都合である。中でも一番質素な能率カレンダーを瀬砂は、他の物には目もくれずにレジへと向かった。元々安価なものでしかも値下げ品という事もあり、値段は随分と安い。買ったカレンダーを鞄に押し込むと、瀬砂は早足気味に帰路についた。
瀬砂の自宅は商店街のすぐ近くにある。決して大きくはないマンションだが、買い物はすぐできるし駅も近い。部屋も二人で暮らすには十分な広さがある。商店街を抜けて歩くこと約10分、4階にある部屋に入り、瀬砂は周囲を見回した。間も無く奥からパタパタとスリッパの足音が聞こえてきた。
「あら、せっちゃんお帰りなさい。中学校は?」
リビングから姿を現したのは瀬砂の母。女手一つで瀬砂を育てた、現状彼女が唯一好意を持って接している人物でもある。料理をしていたのかエプロンを着用しており、キッチンからはスパイスの香りが漂ってきていた。
「早退してきた」
「あらあら、またサボタージュ?」
ぶっきらぼうに答える瀬砂に、母は少し困ったような笑みを浮かべた。とは言え、本気で悩んでいる様子ではない事も読み取れる。
瀬砂がこのように学校の授業時間中に帰ってくる事はそう珍しい事ではない。彼女は事件が発生すれば授業中だろうが必ずそちらを優先する。そして一度外に出ると、相当学校の近場でもない限りはそのまま帰宅してしまうのだ。それは彼女が学校でも畏怖の目で見られている事に起因しているのだが、その事を母に話した事はなかった。
「別に学校なんて良いじゃない。中学は誰でも卒業できるし、勉強ができなくてもボクらは食べていけるんだから」
「そうなのよねぇ。だから叱る理由がなくて困っちゃうわ」
魔法少女はなにも趣味でやっている訳ではない。彼女達は国防省より依頼を受ける、言わば公務員なのである。
マナ細胞の発見により、人類は大いなる進化を遂げた。医療施設では出産から三日以内に細胞を摂取する事が義務付けられ、今や魔法の使えない人類などこの世にはいないと言って良い程である。しかし、同時にそれを利用した犯罪も多発するようになった。こう言った多くの犯罪に対して制定されたのが「魔法少女政策」だ。これは人体と共に成長、劣化をするマナ細胞が最も活性化する14~16歳の若者、取り分け対外能力に優れる少女に事件解決の協力を依頼する制度である。無論、最悪の場合命に関わる危険な仕事だ。報酬は一般の公務員と比べても破格で、一度に100万単位の金額が動く。瀬砂は魔法少女になってから一年だが、既に切り詰めれば一生働かずに暮らしていける程の額を稼いでいた。
「母さんも無理して働く事はないんだよ。これからはボクが……」
「ありがとう、せっちゃん。でも、無理なんて思った事は一度もないわ。お母さん、お洋服が大好きだもの」
瀬砂の母は個人経営のアパレルショップに勤めている。元々店主が知り合いという事もあり、随分と親切にしてもらった。店主の厚意で譲り受けた衣服も多く、瀬砂のクローゼットは大半が店の主力商品であるゴスロリファッションの物で占められている。話ながら自室に戻った彼女は、今まさにその服に着替えている所だった。店の傾向なのか、ゴスロリと言っても簡易で布地も少ない、十分に収納に足るものだ。内一着を取り出しながら制服を適当に放り投げる。
「むしろお母さんはせっちゃんが心配だわ。今日も強盗と戦ったんでしょ?」
「もうニュースになってるの?」
瀬砂は母に聞こえない程度の小さい舌打ちをした。相変わらずマスコミの魔法少女に関するニュースは早い。国防省のプロパガンダの意味も兼ねているのだろう。瀬砂としてはプライバシーもあったものではない。着替えを終えた瀬砂は、説得の言葉を考えながらリビングに戻って、母と向かい合う形でテーブルについた。
「……大丈夫だよ、戦うって言っても警察の手伝いが中心だし」
「でも、危ない事には変わりないわ」
不安げな眼差しで母は言う。自ら望んで死地に赴きたがる人間などそうはいない。増して瀬砂は対内能力の極振りだ。魔法少女政策の意図を汲み取るならば、決して望ましくはない存在のはずである。それでもなお、彼女が魔法少女でいる事に、母は負い目があるのだろう。
「せっちゃん、もし貴女がお金を稼ぐために魔法少女をやっているなら……」
「違うよ」
皆まで言わせない。この母の心配性は瀬砂が一番良く知っているのだ。家庭の事情もあり、母が彼女の働く理由を勘繰るのは必然と言えた。彼女にとっては金銭は二の次でしかないのだが。
「母さんと同じだよ。ボクも自分でしたいと思ったから魔法少女になったんだ」
瀬砂の意志は固い。命を賭けても欠いてはならない物をそこに感じていた。例え家が裕福だったとしても、報酬などなかったとしても、彼女は魔法少女となっただろう。
「それより、何か食べる物ない? 急な呼び出しだったからご飯食べ損ねちゃって」
母はまだ何か言いたげだったが、これ以上話を掘り下げまいと話題を切り替える。一瞬の間をおいて、母が指差したのはキッチンに置かれた鍋だった。今は火が止められているが、まだ熱を持っているらしく絶え間ない湯気が溢れる。
「あのカレーは多目に作ってあるから食べて良いわよ。でも、明日の分だから食べ過ぎないでね」
「明日の分を、今から?」
瀬砂は訝しげに首を傾げた。母は「そうなの」と両手をパンと叩く。聞けば彼女は明日、仕事先の仲間とクリスマス会を開くのだと言う。夕食も食べて帰るので、瀬砂の分は予め作る事にして、熟成の為に今料理していたのだそうだ。
「こっちもか……皆好きだね」
「まぁ、ウチの場合は独身のコが多いから、抜け駆け防止の意味合いが強いみたいだけど……ってせっちゃんの所もやるの? クリスマス会」
「らしいよ」
聞き返してくる母に一言答えた後「まぁボクは欠席だけど」と付け加えた。すると再び母は苦い顔をする。
「もう少しお友達ができて暮れればお母さんも安心なんだけどね」
「それは難しいかな……」
母の期待にはなるべく沿いたいと瀬砂も思っている。しかしそれでも、今さら他者に合わせられるはずもない。寂しげに笑顔を返しながら、瀬砂はカレーをよそいに行った……。