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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
内藤 瑠和の名は彼女にとって誇りだった
21/45

3-4

「あんまり薄暗いのは勘弁して欲しいんだけどな」


 薄暗い廊下を、瀬砂は足音を殺しながら歩いていく。こういった歩き方も不得手ではないが、好きではない。彼女の得意とするところは、いつでも凄惨ながら華やかな大立ち回りだ。それでも、消灯時間を過ぎた病院内で騒ぐほど非常識でもなかった。


「さて、瑠和は持ち場を離れて何処に行ったのやら」


 暗視カメラを起動させながら、軽く周囲を見回す。院内の非常灯は心許ない、この中にいるならば、灯りの類いを持っているか、部屋自体を明るくしているだろう。詳細な居場所が判らない以上、それを頼りにする程度しか方法が思い当たらなかった。


「あとは瑠和が仕事をサボって何処かに出掛けた訳じゃない事を祈るしか――うわ、ホントに減りが速いよ」


 義手に仕込まれたメーターを確認して、思わず声を上げる。彩人に暗所での戦いにも耐えられるよう改良は加えて貰ったがそれでも変化はあるらしい。普段は満タンから動かないエネルギー量が、今は若干の消費を見せていた。


「これはさっさと見つけて外に出ないとね」


 そう言いながらも、細かい所まで念入りに探す瀬砂。しかしそんな努力もむなしく、フロア中を探しても人影一つない。2階、3階と探しても見当たらず、結局最上階まで来てしまった。


「瑠和のヤツ、まさか本当に帰ったんじゃ……ん?」


 不安を覚え始めていた瀬砂に、文字通りの光明が差し掛かる。廊下の最奥に位置する一室、その扉の隙間からは僅かだが光が見えた。瀬砂はその場で耳をそばだてる。部屋までの距離はかなりあるが、彼女にとっては具体的に内容が聞こえなくなる丁度良い位置となった。


「――うじ――くちづけ――」


 耳に入ったのは確かに瑠和の声だ。それに、仔犬のように甲高い声が一つ。どうやら子供と一緒にいるらしい。恐らくは病室の患者なのだろうと、瀬砂は少し表情を曇らせた。自身が子供受けしない自覚もあり、顔を出すのが少々躊躇われる。


「……いや、折角時間を貰ったんだし」


 そう自分に言い聞かせ、なんとか足を前に踏み出す。少しずつ彼女達の声もはっきりと聞こえてきた。どうやら童話か何かを読み聞かせているらしい。内容から察するに、白雪姫だろうか。丁度白雪姫が王子と結婚し、継母を焼けた靴で処刑するシーンだ。もっとも、そこは随分とぼかして説明したようだが。状況が飲み込めないまま瀬砂は扉の前まで立ち、深呼吸をする。手を伸ばせばすぐに届く位置にいたが、やはりなかなか踏ん切りがつかなかった。

 いつまで立ち往生し続けるのか、瀬砂が決意を固めようとしていた時に状況は向こうから動いた。扉が向こうから開かれたのだ。それも、凄まじい勢いで。


「っ!?」


 目を丸くする瀬砂の首元に、冷たい感覚が走る。そこには鈍い光を放つ刀が、ギリギリ触れない位置で突きつけられていた。構えていたのは言うまでもなく瑠和だ。戦闘時特有の、冷たい目つきを瀬砂に向ける。


「……何するのさ」

「え……せ、瀬砂ッ!?」


 いつでも首を狙える状況にも怯まずに瀬砂は問いかけた。恐怖はない。模擬刀で自分は死なないし、瑠和ならば実際当てるような失態もないだろうと言う確信があったのだ。瑠和も声の主に気付き、慌てた様子で刀を納める。目つきも普段のつり目ながら人懐っこさのある物に戻っていた。


「なんだってアンタがこんなところに?」


 驚きながらもそう問う瑠和に、瀬砂は嫌な表情をまるで隠さず「それ、アンタが言う?」とだけ返した。彼女に睨まれてから少し思考を巡らせ、瑠和はやっと自分の立場を思い出したのだろう。申し訳なさそうな表情で頭をポリポリとかきながら、謝罪の言葉を述べた。


「ご、ごめんよ……」


 そう頭を下げる瑠和には最近ずっと見え隠れしていた挙動不審さがない。突然の訪問にそこまで頭が回っていないのかもしれない、と瀬砂は思った。それに気づくと同時にここしばらくで溜まっていた瑠和への鬱憤が勝手に顔をを出し始める。


「確かに何処にいても良いって言われてたけどさぁ、室内に入るのはどうなの? 普通に侵入されたら洒落にならないよ」


 知らず、いつになく粘着質な叱責が口をついて出ていた。普段ならば他者の行動など歯牙にもかけない瀬砂だったが、彼女が考えていたよりも、瑠和に与えられた心労は大きかったらしい。


「お姉ちゃんは悪くないのっ!」


 いよいよ話がくどくなってきたと言うところで、瑠和の後ろから声が聞こえた。目を向けると、部屋の奥にはベッドで少女が上体を起こしている。顔が隠れそうな程長い黒髪の向こうから、怯えと怒りが入り交じった視線を送っていた。年の頃なら小学校中学年辺りか。色白で、いかにも弱々しい雰囲気のある少女である。病院服を着ているので、彼女がこの部屋本来の主なのだろう。


「……アレ、知り合い?」


 初対面の人間にこうも良くない感情をぶつけられると、瀬砂でも動揺する。戸惑いながらも瑠和にその素性について訪ねた。


「いや、この娘が訓覇 聖愛(クルベセイラ)ちゃんだよ。黒魔術教団の生き残りの」


 事も無げに言う瑠和に、瀬砂は「えぇっ!?」と大げさな程大きな声をあげる。一応資料に生存者の顔写真は貼ってあったが、そんなものは数ページ適当に目を通しただけで机の肥やしになっていた。実のところ、名前も今初めて聞いた。瀬砂は顔も名前も知らない相手の護衛をしていたのである。聖愛と紹介された少女は、震える声で瀬砂に言った。


「わたしがお姉ちゃんに一緒にいて欲しいって言ったの。そうしたらお姉ちゃん、お仕事が忙しいのに来てくれるって……!」


 息も絶え絶えと言った様子の聖愛に、瀬砂もだんだんと罪悪感が湧いてくる。涙声だったのは自分を怖がっての事だと思っていたが、それ以外の理由もあるのかも知れない。その弱々しさに、これ以上喋らせる事すらためらわれる。


「いや、ボクも瑠和を怒りに来た訳じゃないから、大丈夫……」

「……ほんと?」


 今にも泣きそうな声で、聖愛。勇気があるのかないのか、そう言う妙な行動力も含めて、瀬砂は子供を好きになれそうもない。なんとか聖愛をなだめながら、そばでその様子を見ながら笑う瑠和を睨んだ。


「ほらほら、怒らない怒らない」


 のんきな様子でそう言ってくる瑠和。何故自分がこうも気を使わねばならないのかと、心の中で苛立ちがつのる。なんとか平静を装うと、ひきつった表情で瑠和に話しかけた。


「……忘れてた、ボクはアンタに用があって来たんだよ、瑠和」


 瀬砂の声色から何かを悟ったのか、瑠和の肩がピクリと震える。同時に、首筋に汗がひとすじ流れるのを、瀬砂は見逃さなかった。仕返しと言わんばかりに少し語気を強める。


「ちょっと、表に出ようか……!」

「あーうん、そうだねっ! そろそろ仕事に戻らなきゃねっ!?」


 若干顔を青ざめさせつつも、瑠和はなんとかそれを隠しつつ聖愛に近付き、頭を撫でる。


「じゃあ、お姉ちゃんそろそろ行くから。明日の検査もしっかり頑張るんだよ」


 聖愛は満面の笑みでそれに頷いた。瀬砂に食いついてきた時とは随分と様子が違う。それだけで瑠和がいかに信頼されているのかが判った気がした。


「待たせたね、じゃあ行こうか」


 やがて瑠和は聖愛の元を離れ、既に部屋を出ようとしていた瀬砂についてくる。このような微笑ましい光景を見せられては、手荒な事はできないと、瀬砂は心の中で溜め息をつくのだった……。



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