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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
内藤 瑠和の名は彼女にとって誇りだった
20/45

3-3

「瀬砂さん。注意力、散漫じゃありませんこと?」


 不意に後ろから触れた熱い感触に、瀬砂はびくりと身を震わせた。振り向くと絵麗菜が、自分の頬に缶を押し当てている。それを見て瀬砂は安堵の溜め息をついた。


「絵麗菜か……警戒はしてるよ。アンタこそ気にした方が良い、そこの茂みにいるカメコ、アンタが三周する間ずっとあそこにいるよ」


 後半を大きめの声で、指を指しながら瀬砂が言うと、その先からガサリと音がした。大きさからして小動物の類いではありえない。


「人気者は辛いね」

「すみませんね、気付かなくて!」


 ドスの利いた声と共に絵麗菜が投げつけた缶を、瀬砂は器用に受け取った。

 缶を受けとると、ラベルを見ながらしばらく暖かみを楽しむ。真冬の深夜ともなると寒さも尋常ではない。身体が機械になっても、冷えるとアンニュイな気分になるのだと瀬砂は知った。


「おしるこは嫌いでした?」

「あーいや、そんなことはないよ。ありがと」


 言いながらやっとプルトップに手をかける。絵麗菜への答えは半分本当、半分嘘だ。味は嫌いと言う事はない、しかし明らかに食べさせる気のない小豆で、ただでさえ少ない容量を埋められたその形態が、瀬砂は気に入らない。甘ったるい液体を口の中に流し込み、彼女は小さく息をついた。


「その様子では、まだ仲直りできていないようですわね。あれだけ口を酸っぱくして言っておきましたのに」

「アンタの無茶ぶりだけでうまくいくような事なら、最初っから悩んでいやしないよ」


 瀬砂の息が、より深く重いものになる。結局護衛当日になるまで、瀬砂が瑠和に会うことはなかった。理由が判ったので話そうともしたのだが、不運が重なり会えなかったのだ。憂鬱な気分は深夜の病院前にいるから、というだけでもないのである。一旦休憩らしく、正門前にしゃがみ込んだ絵麗菜に先日彩人とした話を聞かせた。


「嫉妬、ですか。確かにあり得るかも知れませんわね。彼女、貴女と仲良くなろうと必死でしたから」

「またその話? なんだってそんなにボクに拘るのさ。選り好みしなきゃ、友達なんていくらでも作れるでしょ」


 瀬砂がそう問うと、絵麗菜は空を仰ぎ見た。比較的山あいの場所だが都会は都会、星など数える程しか見ることはできない。ただただ暗い闇に、彼女は想いを馳せていた。


「それだけ内藤 瑠和の名は彼女にとって誇りだった、と言う事でしょうね」


 ひとしきり考えをまとめたのか、思い出したように絵麗菜が口を開く。名前への誇り、瀬砂は聞いたことがない話だ。眉を傾けていると、絵麗菜が話を続ける。


「昔、彼女が言っていた事です。瑠和と言う名前は、人との繋がりを宝石のように大事にする子になるよう付けられたのだとか」

「アレ、意味あったんだ。通りで変わった字面だと」


 瀬砂が産まれた年の前後では、女子の名前を「な」で結ぶ流行があったらしいが、和の字で読ませるのは珍しい。それに瑠璃など宝石を意味する瑠を加えて瑠和。なるほど彼女ほどその名を体現した者も珍しかろう。瑠和の代は魔法少女が極端に少なく、殉職や行方不明もあって残ったのは彼女一人。必然的に今、瑠和は実質魔法少女のリーダーとなっている。曲者ぞろいの魔法少女を束ねる彼女の手腕がなければ、瀬砂ももっと酷く孤立していただろう。瑠和はずっと、そうやって人同士を繋げようとしていたのだ。


「だからボクみたいのとも、必死に仲良くしようとしてた訳ね」

「まぁ間違ってはいませんが……絶対に瑠和の前ではそんな言い方しないでくださいね」


 そう答える絵麗菜は難しい表情をしていた。この発言は地雷か、彼女の様子を見て瀬砂もそう察する。


「きっかけは勿論名前だったのでしょう。でも、あの人が今それに従っているのは、あくまで自分自身の意思ですわ。仕方なくやっているみたいに言ったら、きっと瑠和さんは傷つきます」


 絵麗菜は言う。瑠和は心から瀬砂と仲良くしようと思っていたのだと。頻繁に話を聞いていたからこそ湧いてくる自信が、彼女にそう豪語させた。瀬砂に引退を持ちかけたのも、本当に自分と絵麗菜の関係を気にしてとも思っていたらしい。

 そこまで考えてくれていた瑠和に、瀬砂は感謝する反面思うことがあった。それが思わず口を突いて外に漏れる。


「……めんどくさいヤツ」

「せ、ん、さ、い、なんですよ! 貴女と違って!!」


 瀬砂の言葉に、絵麗菜は跳ね返るような勢いで返した。久しぶりに彼女の声が耳に響いて感じ、瀬砂は耳を押さえた。


「どっちでも同じだよ」


 げんなりと言った表情でそう答える。どちらにせよ、彼女に面倒事が舞い込んでくる事には変わりがないのだ。自分に落ち度もないのに気を遣う必要が出てくるのは、やはり面倒としか言いようがない。瀬砂はナイフを取り出し、缶切りの要領でおしるこ缶を開けると、小豆を口へと転がした。


「それは貴女が面倒事になるほどの人付き合いもして来なかったからです!」


 缶を取り上げながら絵麗菜が言う。声色にはやや怒りがこもっているが、表情はむしろ真剣さが伝わってくる。彼女としても心配なのだろう。瑠和だけではない、このままでは友人も作らず、孤独な人生を歩むであろう瀬砂の事もだ。


「……貴女は対人関係には奥手なのですから、瑠和さんのような積極的な人は大切にした方が良いですわよ」


 少し気を落ち着けてから、そう続ける。瀬砂は答えることができなかった。自身に人付き合いの才能がないのは重々承知している。だが、彼女にはそれが不幸な事なのかが判らなかった。瀬砂の人生で、今まで友達と言って良い人間などほぼ皆無だったが、現に今彼女は不自由はしていない。ならばそんなものは必要ないのではないかと思える。

 無言のままでいる瀬砂に、絵麗菜は深くため息をつく。そして「世話が焼けますわね」と小さく呟くと、瀬砂に奪った空き缶を返してきた。


「瀬砂さん、今向こうに怪しい人影がありませんでした?」

「は? 別に反応はないみたいだけど――」


 瀬砂はそこまで言った所で絵麗菜に口を塞がれる。もごもごと口を動かす瀬砂に、彼女は一言「空気を読みなさい」とのたまった。そしてわざとらしく首を横に振りながら答える。


「いいえ、間違いなくいましたね。私の予想が正しければ、裏門の方に行きましたわ」


 話がのみ込めず、瀬砂は首を傾げる。人影から行き先など判るはずもないし、そもそも人などいなかった。それなのにこう力説する絵麗菜を、訝しげに見ながら考える。


「……ここは私が見ておきますから、貴女は向こうを調べてきてください」


 呆れたように絵麗菜が付け加えた。そこまで言ってやっと瀬砂は彼女の真意に気付き「……あ、あーあー!」などと声を上げた。絵麗菜は満足げに頷き、軽く瀬砂の背中を押す。


「念入りにお願いします。じっくり、じ〜っくりと!」


 それに応えるように「ありがと」とだけ言うと、瀬砂は裏口へと走り始めた。途中見掛けたくずかごに、空き缶を投げ込みながら……。


「ついでにゴミも捨てるから、ちょっと時間が掛かるかも!」

「せめて捨てる前に言いなさいっ!!」



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