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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
松鳥 絵麗菜と言えば天才の代名詞である
15/45

2-7

「なに、あれ……」

「……タコ?」


 奇妙な生体反応、それはすぐに見つかった。あれだけの煙が出ていれば、窓からだけでなく扉の方からも煙が漏れる。その元を辿り到着した部屋で、二人は絶句していた。扉を開くと同時に飛び込んできたのは、充満した煙と薬の臭い、そして得体の知れない「生き物らしきもの」の姿だったのだ。


「周りに海もないのに、しかもあんな肉食みたいなタコがいる訳ないだろ!」

「言いたい事はなんとなく判りますが、タコは元々肉食です!」


 瀬砂は舌打ちをしながらソレを見直す。タコと称した絵麗菜の言葉は、ある程度的を射ていたと思える。ソレのシルエットだけを見れば、確かにタコが最も近いだろう。丸々とした塊から伸びる、無数の触手。強いて言うなら数はこちらがやや多いか。しかし、圧倒的に違う部分が一つ。赤々とした血の色は、材質の観点から言えば魚介よりは獣のそれだ。肉の塊のような物体が触手を四方に張り付けて中空に設置されている。周囲にはガラス片と液体が飛び散り、水槽か何かから逃げてきた事は容易く想像できた。


『これは魔獣だな。それにしては大きいが』

「マジュウ?」


 不意に頭の中から疑問の答えが返ってくる。瀬砂は耳元に手を当て、音を聞き取るイメージを描いた。これで研究所にいる彩人からの通信を聞くことができる。


『許容量を超えて移植されたマナ細胞を、魔学会ではそう呼称している。マナ細胞は本来寄生と言う形で人体に定着するが、上手く適合出来ないと逆に身体を侵食されてしまう。細胞移植手術が生後三日以内と義務づけられている理由はそこにありーー』

「話が長い!」


 しばらくは我慢して聞いていたが、途中で我慢できなくなり耳元から手を離して壁へと叩きつけた。彩人の説明にノイズが入ったが、彼女にそれを気にする暇はない。鈍い音に反応するがごとく、突如として魔獣と呼ばれた肉塊から新たな触手が生え、飛ばされて来たのだ。警戒していた瀬砂は危なげなく飛び退いてこれをかわし、絵麗菜もそれに続く。


「こっちを狙ってきた?」


 先程まで二人がいた場所に、ベタリと触手がへばりつく。粘液の不快な音が鼓膜を刺激した。生き物だとは判っていても、実際に動くのを目の当たりにすると怖気が走る。


『気を付けろ、あんな姿でもマナ細胞だ。その姿を維持するために人体は不可欠、周囲に人間がいれば際限無く取り込む』

「それを早く言ってよ!」

『それを含めた説明だったのだが』


 意外な返答に自然と舌打ちが漏れた。反論しようにも触手は二度、三度と放たれ、回避に気が行き言葉が思い付かなかった。


「っ! いい加減に!」


 もう何度目かの攻撃、瀬砂は回避を止め、代わりに義手から一本のナイフを取り出す。その刀身を迫り来る触手に押し付けると、まるで紙のように綺麗に切断されていった。しかし、


「瀬砂さん、後ろ!」

「え? ……って、ちょちょちょッ!?」


 絵麗菜の声にふと後ろを向くと、彼女がつけた切り口は先端から復元が始まっていた。瀬砂の身体は残った切れ目に挟まれる形になる。


「くっ……!」


 ナイフで反対側に対応しようとする瀬砂。だがそれよりも早く、目の前にいくつもの火球が降り注いだ。触手が黒い煙を上げて炭化する。そこにすかさず絵麗菜が現れ、瀬砂の手を引いた。


「あ、ありがと……」

「油断しないで。次が来ますわ」


 瀬砂の礼に絵麗菜は目を向けずそう返す。確かに絶え間なく攻撃が襲う現状ではろくに会話もできまい。まずは魔獣を片付けるのが先決だと言うことで、二人の意見は一致した。


「切れても再生するけど、燃えたら治らないんだね……レーザーブレードなら行けるかな?」

『それなら一度外におびき出せ。今のままではまたエネルギー切れを起こす』


 ナイフの効かない相手に攻撃手段を考えていると彩人からまた通信が入る。確かに調べると、先程屋上で三割程充填したエネルギーも既に二割を切っていた。このまま持久戦になると部が悪い。


「でも外に出すって言ってもどうやって。この部屋には大きな窓もないし、そもそもアレに触ったらろくなことにならない気がするんだけど」


 もう一度魔獣の本体を見やる。口らしき物は見当たらず、人間の吸収方法が想像もつかなかった。仮にあの外皮から取り込むのだとしたら体当たりなどは選択肢にも入るまい。


「外に出すんですの?」


 瀬砂の発言から通信内容は把握したのだろう、絵麗菜が飛び回りながら問うて来る。瀬砂が曖昧にうなずくと、絵麗菜は一旦瀬砂の元まで戻ってきた。そこから一歩前に出て、両手を突き出す。


「そのくらいなら任せなさい。今までの借りを返させて貰いますわ!」


 恐らく彼女はそう言ったのだろう。もっとも、瀬砂には最後までは聞き取れなかったので定かではない。次の瞬間、彼女の聴覚は爆音で埋め尽くされたのだから。さらに視覚には火花と爆炎、嗅覚には肉の焦げる臭いが襲い、瀬砂の五感は次々と機能しなくなる。それらが晴れる頃には壁には大穴が空き、魔獣は壁との繋がりを片端から灼き切られて遥か下方であった。


「こんなところでよろしいかしら?」

「……」


 これだけの事を平然とやってのける絵麗菜に、瀬砂は言葉を失った。魔法少女は治安維持の象徴であり、国家の名誉を傷つけてはならないと言う規則を遵守する絵麗菜が、人間相手に力をセーブしている事は知っていた。しかし、ひとたび人間が相手ではなくなっただけでこうも苛烈になるとは。そして、そんな滅茶苦茶な戦いを可能にする圧倒的とも言うべき魔力と集中力。


「これが松鳥の魔法か……」


 瀬砂は改めて、目の前の少女がどれだけ才能に満ち溢れた人間なのかを思い知った。また、それだけの力を持ちながら、それを正しく使おうとできる絵麗菜の強さも。

 ともあれ、これでやっとエネルギーを気にせずに戦う事ができる。気付けば一晩経っていたのだろう、差し込む朝日を浴びながら瀬砂は穴から下を眺めた。この高さから落ちたのだ、もしかすればもう魔獣は死んでしまったかも知れない。それなら話は早いのだが。


「そうもいかないか……」

「嘘、まだ動けますの!?」


 部屋は瀬砂が考えたより幾分高い位置にあったようだが、そこからでも充分見える程に魔獣は蠢いている。落ちる瞬間は焦げあとで黒ずんでいたが、既にそれもなく赤々とした姿を再び晒していた。


「あれ、もしかして全然効いてないんじゃない?」

「私にもそう見えてきました……一体どうすれば」


 頭を悩ませる二人だったが、状況はそれを許してはくれない。距離が離れたからか、魔獣は瀬砂達には見向きもせず、あろうことか再びビルに入り込もうとしたのだ。瀬砂は何をしているのか判らなかったが、絵麗菜はすぐにあわてふためき始める。


「……まずい! 新しい獲物を狙っていますわ!」

「狙うって、誰を」


 未だ状況を飲み込めない瀬砂を、彼女が待つ事はなかった。「決まっています!!」とだけ豪語し、瀬砂の後ろ襟を掴んでビルから飛び降りる。減速の類いはしていないのか、まっ逆さまに落ちる我が身に瀬砂は目を白黒させた。


「ちょっとぉ!?」

「ジャミングを破壊したのはついさっきなんです! 魔力が戻ったらすぐに逃げろと言ったけど、さすがにこんな短時間であの場所から逃げられるとは思えませんわ。つまり、まだあの辺りには……!!」


 切迫した表情で絵麗菜は説明し続ける。助けようとした命に迫る危機、このままでは閉じ込められていた人質があの化け物に喰らわれてしまうと言う事実を。自由落下を続けながら、絵麗菜は胸元のブローチを握りしめていた。

 しかしそんな彼女の心境も、混乱する瀬砂には届かなかったのは言うまでもない……。


「良いから一回手を離してぇーっ!!」



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