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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
松鳥 絵麗菜と言えば天才の代名詞である
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2-4

「絵麗菜、いつまで寝ているのさ?」


 聞き覚えのある、しかしあまり馴染みのない声に起こされ、絵麗菜はゆっくりと目を開いた。ぼやける視界には明らかに自室ではない、と言うより部屋ですらない景色。見るからに清掃を放棄した、薄暗い倉庫か牢獄のような場所に彼女はいた。意識が覚醒しきらず、自分が何故そんな所で眠っているのかが思い出せない。そもそもここは何処なのか、ぼんやりと考えていると覗き込むように視界へと映る影が現れた。暗がりで少し判りづらいが、赤黒い長髪の女だ。それだけで認識には充分だった。目の前にいる人物に気付き、瞬く間に意識がはっきりとしていく。


「せ、瀬砂さんっ!?」


 必死に思考を巡らせ、最初に出たのは天敵の名前だった。目の前ではその天敵、浅染 瀬砂が不快感を満面に出した表情で耳を塞いでいる。


「起き抜けから耳障りな声だな……」


 歯に衣着せぬ暴言を投げ掛けられたが、絵麗菜の心境はそれどころではなかった。ここ数日の間、さながら恋する乙女の如く考え続けた相手が目の前にいる。あまりに突然の事にもはや話すべき事すら思い浮かばない。


「え、だって、ここ、何処ーー」


 混乱冷めやらぬまま、状況を無理矢理に整理しようとする。ここは何処か、何故こんな所にいるのか、何故瀬砂と一緒なのか、色々な疑問が浮かぶがまるでまとまらない。やはり落ち着かなくては。しかし落ち着くには何をしたら良いのだったか。思考のどつぼにはまる絵麗菜を見ながら、瀬砂はぼそりと彼女に問いかけた。


「絵麗菜、アンタ頭は大丈夫?」

「どういう意味ですの!?」


 反射的に瀬砂へと反論する絵麗菜。迅速な反応が予想外だったのか、瀬砂は一瞬身体をビクリと痙攣させた。一瞬間を置き、顔をしかめさせてため息をつく。


「いちいち耳に響く……そのままの意味だよ。アンタ、ここに来る前に頭を殴られてたじゃないか」

「え……?」


 絵麗菜には一瞬、瀬砂が何を言っているのか判らなかった。信じられないまま、ふと頭に手を添える。そこにはふわりとした布の感触があった。それと同時に走る僅かな傷み。それが記憶をフラッシュバックさせた。


「そうですわ。わたくし、何かの魔法で知らない場所に誘導されて……あら? では瀬砂さんは何故ここに?」


 やっとの事で状況が理解出来てくる。どうやら自分は監禁された、という事で間違いないだろう。だが、それは瀬砂の存在の理由にはならなかった。彼女もあの術中にいたという事なのか、と思ったが答えは否だった。


「ボクは変な魔法を感知したから、犯人探しにアンタをつけてきただけだよ」


 彼女は術中に落ちたのではなく、あえて敵中に飛び込んだのだと説明した。アジトを突き止めるには、実際に捕まって現地に入るのが一番だと思ったのだという。納得しかけた絵麗菜だったが、途中でふと疑問が浮かんだ。


「でもそれなら、私が襲われた時に主犯を捕らえれば良かったのではありませんの?」

「なんでそう言う細かいコト気にするかな……」


 愚痴るような瀬砂の口調が、そのまま理由を物語っている気がした。

 経緯を確認した所で、次は状況の確認をする。絵麗菜が部屋の様子を改めて見回すと、どうやら20畳程の広さがある空間にいくつもの牢屋が置かれたという間取りのようだった。かなり単純な作りで、鉄製の格子に南京錠が取り付けられている。そのいずれにも数名ずつ、年若い女性が閉じ込められていた。


「これ、壊して出れば良いんじゃありませんの?」


 見たところなんの変哲もない、旧式の監禁場所だ。魔法を用いれば容易く破壊できるのではないか、と意識を集中してみる。


「……あら?」


 しかし、彼女の意思にマナ細胞が応える事はなかった。不思議に思い、二度、三度と力の行使を試みるが、雷はおろか火花の一つも見えてこない。


「やっぱりアンタでも無理か」


 それを予め知っていたかのように瀬砂が呟く。片手を見つめながら、何度か拳を固めて見せるが、彼女も普段見せる程の力強さは見せてはくれなかった。


「多分建物全体に、マナ細胞の活動を抑制する仕組みがあるんだ」

「それはまた、随分大掛かりですわね……」


 絵麗菜は考え込むように瀬砂の言葉に頷く。その仕組みというものには彼女も心当たりがあった。

 強い魔力を持った人間の中には従来の拘束手段が意味を成さない者も少なくはない。怪力で、高熱で、あるいは念動力の類で錠前や拘束具その物を解除出来ては、頑丈さすら意味を成さなくなる。それ故に考えられたのが、解けない、壊れない拘束具ではなく、そもそも壊す手段を得られない環境だった。警察機構は特殊な電磁波を発生させることで、マナ細胞の働きを抑制する装置を開発し、全国の刑務所に設置しているのだと言う。もっとも、一般に販売など当然されていないが。


「参りましたわ……」

「だね。その道具を壊さないと、人質を取られでもしたら洒落にならない」


 瀬砂の言う通りだった。ここにいる全員で脱出したところで足手まといにしかならない。魔法の使えない一般人では捕まって人質になるのが関の山だ。だとすれば少数で脱出し、ばれないように装置だけを破壊するしかないが。


「……ってお待ちになって。何故脱出できる前提になっていますの?」


 ここに来て絵麗菜は会話にずれがあることに気付く。そもそも瀬砂の話は、牢を出なければ成立する物ではあるまい。疑問をぶつける絵麗菜に瀬砂は再びしかめっ面を向けた。


「だから、声が響く」

「そんな大声は出してませんけど」

「地声が既にうるさい」


 聞いていられないとばかりに、瀬砂。すっくと腰を上げると、格子戸に取り付けられた南京錠を見る。絵麗菜は一瞬掴み掛かりそうになったが、なんとか歯を食い縛って彼女の次の行動を待った。鼻から怒気と空気を漏らす絵麗菜を尻目に、瀬砂は掛け金へと親指を押し当て、


「……ふっ!」


 思い切り力を込めた。直後にパキッと言う甲高い音。南京錠がどうなったかなど、確認するまでもない。最早四角い箱になったソレをぞんざいに放り投げると、瀬砂は不快な摩擦音と共に牢を開いた。


「そんな、どうやって」

「マナ細胞なしでもかなり力はあるんだよ、この腕はね」


 手を軽く振りながら背砂は答える。その指先はかなりの力が込められていたはずだが、腫れ一つ見当たらない。彼女の身体が既に人間のソレではないのだと実感するには、充分な反応だった。


「……便利な物ですわね、機械の身体は!」


 反射的に声が大きくなる。何日もの間渦巻いていたサイボーグへの嫌悪感を、隠せるはずもなかった。そんな絵麗菜の気持ちなど知る由もない瀬砂は怪訝そうに首を傾げる。


「なんでいきなり怒るの」

「なんでもありません!」


 瀬砂の問いに顔をプイと背けた。絵麗菜自身我ながら子供じみた真似をしたと思ったが、一度やってしまった以上は退くことはできない。これに瀬砂がどう反応するか、それにどう返すか悩みながら瀬砂の動きを待つ。


「……ま、なんでも良いけどさ」


 しかし、特別大きな反応もなく瀬砂は呟く。こちらなどお構いなしか、と少し肩透かしを喰らった気になった絵麗菜だったが、すぐに考えを改めた。彼女の眼が、唐突に鋭くなったのに気付いたのだ。何かあった、直感的にそう感じた。


「おい、うるさいぞ!」


 間もなく部屋の出入口が開き、男が一人入ってくる。恐らく牢番だろう。騒ぎを聞き付けてか、ずかずかと二人の閉じ込められた牢の間近まで寄ってきた。まずい、と絵麗菜は身をこわばらせる。鍵は既に瀬砂が破壊しているのだ、気付かれれば脱走がばれてしまう。どうする。混乱する頭で考えを巡らせようとするが、


「一人か……」


 横から瀬砂の安堵したような声が聞こえ、思わずそちらへ振り向いた。いったい何をと言う当然の疑問が絵麗菜の口を突こうとしたが、瀬砂の行動はそれよりも速かった。彼女が手を突き出したかと思えば、握られた物から小さな塊が飛び出す。それが牢番の眉間に。痛みで身体が丸まると同時に瀬砂の踵が後頭部を直撃していた。絵麗菜が彼女の取り出した物が銃だと気付いたのは、遅れて数秒の後だった。


「身体検査くらいはするべきだった……ねっ!!」


 格子の隙間から足を戻すと、瀬砂はすかさず檻をでて、うつ伏せに倒れる男の背に掌を押し込む。その行為の意味するところが絵麗菜には理解できなかったが、それよりも手元にぶら下げられた物が気掛かりだった。


「実銃?」

「な訳ないでしょ。模型だよ、模型」


 呆れ気味に瀬砂が銃を放り投げてくる。慌てて受けとると、確かにそれは先日の武装集団が持っていた物と比べて光沢がなく、材質も安っぽく感じた。いわゆるエアガンの類だろうか、前世紀には流行ったと言う噂は聞いたことがあった。


「極振りはフォトンガンが使えないからね。護身用だよ」


 なるほど、と絵麗菜は頷いた。その割には使い慣れ過ぎていた気もしたが、今はそれどころではない。牢番は倒してしまったのだ。いつ異変に気付かれるかもわからない。早くこの場を離れなければいけないだろう。絵麗菜は自らも牢を出て、エアガンを瀬砂に手渡そうとする。しかし、


「あんたが持ってて。魔法なしじゃ身も守れないでしょ」


 手で彼女を制しながら瀬砂は言った。確かにその通りだった。サイボーグとしての力を持つ瀬砂と違い、絵麗菜は牢を出たとは言え非力な人間に過ぎない。彼女と協力するなら戦う手段は必要だ。手を引っ込めて銃を構え直す絵麗菜。使った事はないが、ないよりはマシだろう。


「ちなみにそれ、彩人に改造してもらって、至近で撃てば致命傷にもなるから」


 瀬砂が物騒な事をさらりと言う。思わず銃を見直す絵麗菜だったが、確かに今から赴くのは戦場だ。相応の装備、そして覚悟がないと戦い抜けないだろう。だが、瀬砂が言わんとする事は、ある意味真逆とも取れる内容だった……。


「もし耐えられなくなったり、捕まったりしたらそれ使って、死んで」



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