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魔法少女アサゾメ セスナは改造人間である  作者: きょうげん愉快
松鳥 絵麗菜と言えば天才の代名詞である
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2-3

「各部異常なし。瀬砂、そちらも違和感はないだろうか」

「別に」


 彩人の問いかけに瀬砂は気のない返事で答えた。確かに身体に不調はなく、むしろ好調だ。体調は崩さないし、昔は激しい運動をした後には襲ってきた疲労感も、改造されてからはなくなっていた。エネルギー残量に応じて擬似疲労は蓄積するようになっていると彩人は話していたが、そのエネルギー効率は極めて高いらしい。


「何回やっても異常なしばっかり。いつまでやるのさ、こんな事」

「それでは本末転倒だ。これは異常が出ないことを確認するためにやっている」


 彩人は抑揚なく、極めて無表情にそう説明する。瀬砂は彼のそんな態度が何となく好きになれなかった。絵麗菜や瑠和のような感情的な口調も苛立ちを覚えるが、それとは違う意味で嫌な感じがする。この薄暗い部屋と同じく飾り気がなく、拒絶感が伝わってくるようだった。

 瀬砂のメンテナンスは現状定期的に行われている。これは彩人が言い出した事で、機体が正常に機能しているかを確認したいのだと言う。定期的に瀬砂に会う理由が欲しい、などとも言っていたが、瀬砂は「死ね」と一蹴した。瀬砂も最近になって判った事だが、彩人はあまりに頻繁に、そして淡々と愛を語る。こうも雑な告白だと、流石の瀬砂も嘘だと理解する。彼が人をからかう性格とも考えにくいので、何かをはぐらかす方便なのだと思うようになった。それからは瀬砂の応対も堂のいった物に変わっている。と言っても大概は「死ね」で終わるのだが。


「しかし、体調に問題がないなら、表情が優れないのは心の問題か」

「……なんだって?」


 いつものごとく何気なく述べた彩人の言葉に、瀬砂は思わず眉をひそめながら自らの顔に触れた。無論、手触りで表情など判るはずもない。自分でも気付いていない事だった。言われてみれば少し精神的な気だるさはあったが、それだけだ。それを彩人に言い当てられたのが、瀬砂には意外だった。


「伊達に君を観察はしていない」

「アンタ、たまに発言が気持ち悪いよね」


 納得しつつも嫌悪感を露にする。無表情な分こう言った表情を見せても険悪にならないのも彩人の特徴だ。そう言った意味ではあまり気兼ねしなくて良い人間であり、その点は瀬砂も助かっている。


「しかし沈んだ君を見るのも辛い。私で良ければ話を聞くのだが」


 彼女の思った通り、気にした様子もなく話を続ける。彩人の言葉にまた歯が浮く気持ちになるが、そんな些末事よりも頭を支配するものがあった。


「話って言われてもね……」


 瀬砂はここ最近の事を思い出すも、顔に出るほどの出来事など考え付かない。いつものように街を徘徊して、犯罪者を見つけ、料理する。やっていた事などその程度だった。彼女の生活は復帰前と何ら変わらない。


「あ……」


 そこでふと思い至る。復帰後は確かに変わりない。だが、丁度復帰する時にあった事は、今でも時に頭をよぎった。報告を済ませた時の絵麗菜の後ろ姿、遠回しに引退を促す瑠和。秘書官も中立を理由に何一つ言葉を述べなかった。あまり期待はしていなかったとは言え、考えようによってはあんまりな反応である。


「何か思い当たる事でもあったか?」


 瀬砂の反応を不審に思ったのだろう、彩人が問いかける。さすがに細かい表情の違いによく気付く、と瀬砂は感心した。いつも見ていると言うのはあながち嘘でもないのかも知れない。そう評価しようと思って、途中で現実的に考えると相当おぞましい行いだと気付いた。


「いや、少し思っただけだよ。魔女はどこまで行っても魔女なんだな、と」


 一瞬彩人に話をしようと思って、止める。それが大した問題だとは瀬砂は思わなかったし、重要であってもさして親しくない彩人に話すような事でもない。自嘲気味に笑って、それで済まそうと思った。胸に残るわだかまりも、時期に消えるだろうと。


「そうでなくては魔女を愛した私が困る」


 不意に彩人がそう答える。彼の言葉にはすっかり慣れてきたと思っていた瀬砂だったが、これは堪えたらしい。身体が湯気を出す程火照っているのが判る。視線が泳ぎ、止めようとしても何故か彩人を正視できない。何か反応しようと必死に周囲を見回して見つけたのは、何かの作業に使われていたとおぼしき六角レンチだった……。







「ホントに気持ち悪いな、アイツ!」


 どかどかと大股気味にアーケード街を歩きながら、瀬砂は声を漏らした。周囲の人間はその怒気に気圧され、彼女の前にはモーゼのように道が開かれて行く。彼らの判断は決して間違ってはいないだろう。実際彼女は今しがた、慣れぬ言葉に混乱して、彩人に六角レンチを投げつけてきたばかりである。ただでさえ重みのある工具だが、彼女が投げればもはや砲弾である。幸いレンチは横に逸れ、壁に刺さるだけにとどまったが、瀬砂はそのまま勢いで帰ってきてしまった。


「流石に不意討ちには慣れないな」


 思い出すだけでも瀬砂の顔は赤くなる。少し嬉しいかも知れないと思ってしまう自身が腹立たしかった。

 それもこれも、彩人が変に優秀な所に問題がある。彼はなかなかの美形だ。インドア派特有の白い肌に、きりりとした切れ長の瞳。無表情さえもメガネのアクセントで理系男子のアクセサリとしてしまう。無頓着も同様だ。体格もやせ形だがガリガリと言う程でもなく、必要な筋肉はしっかりとついている。小汚ない研究所に押し込めておくには勿体ない外見であることは、瀬砂も認めるところだった。


「人格をもう少しどうにかできれば幸せだったろうにね」


 性格の問題は言わずもがなであるが、科学者などという奇特な職業を選んでいる辺り、嗜好も減点対象だろう。これさえどうにかなっていれば世の女性の方が黙っていなかったのではとすら思えた。


「……いや、人の事は言えない、か」


 自然に首が左右に動いた。瀬砂とて、今の性格にはなりたくてなった訳ではない。自身の外見が良いなどとは思わないが、瀬砂とてこの嗜好がなければあと少し程度はまともな人生を歩めたであろう自負はあった。だが、だから直そうと言って直せるものでもなく、また直す気もない。きっと、人の心とはそう言うものなのだろう。似たような事を考える度に、瀬砂が至る結論はそれだった。


「変わろうと思って変われたら苦労はしない……うっ!?」


 諦めの混じった声が口を突いて出た瞬間だった。ズキリ、と頭の奥に突然痛みを感じる。瀬砂は無意識にこめかみを手で抑える。痛みは直ぐに引き、それ以上彼女を蝕む事はなかった。


「今のは……」


 瀬砂は考える。いや、思い出していた。自らにおこった出来事の意味を。

 今の瀬砂には疲労がない。疑似疲労以外の部分は戦力低下に繋がりかねないとカットしてしまったのだ。つまり、病や疲労を原因として頭痛が起こることはあり得ないのである。ならばこの頭痛は改造で備わった機能、と言う事になる。


「確か頭痛は……そうだ、魔力反応!」


 思考の中に彩人の説明がよぎる。頭痛は周囲に魔力の大きな動きがあった時にそれを感知するものなのだと彼は言っていた。


「リアルタイムで検知された大規模な対外魔法に反応、だったっけ?」


 機能をそれだけ限定するにも何か理由があった気がするが、思い出せなかった。話を聴くことより、やって来た睡魔に身を任せる事を優先したのだ。とは言え原理や意義などさしたる意味はない。重要なのはただ一点の事実。


「誰かが魔法を使っている……?」


 瀬砂は周囲の様子をうかがう。このどこかで、超常的な何かが行われているのは間違いない、だがその内容や規模は彼女には判らないのだ。


「せめて術者を……ん?」


 術が判らない以上止めようがない。ならば本体を叩けばと、不審な動きや強い魔力を探る。すると、向けた視線の先には見慣れた少女が歩いていた。


「……絵麗菜?」


 針金を丸めたような巻き髪と、防護服程ではないがヒラヒラとしたすみれ色のドレスは間違えるはずもない、松鳥 絵麗菜その人である。強大な魔法を使える人間としては充分候補に挙がる人物だ。先日の事もあり少し話すのは気が引けたが、非常時を理由に声を掛ける程度はしておく事にした。


「ちょっと絵麗……菜?」


 呼び止めようと伸ばした手があと数メートルで届く、と言う位置で瀬砂は咄嗟にそれを引っ込める。ある程度の距離まで来て、彼女の様子がおかしい事に気付いたのだ。この距離まで来ているのに声に反応しないほど呆然としていて、それでもふらふらとした足取りで確実に何処か目的地を持って移動している。それはさながら、頭が考えるのを止め足だけが勝手に歩みを進めているようだった。もしやと思い、瀬砂は再度周囲を確認する。動きに注目すると、絵麗菜と同じ挙動の人間は何人も見られた。


「洗脳、いや暗示か」


 瀬砂の出した結論はそれだ。これだけの人数にひとりひとり洗脳を施すのは難しい。だが、暗示ならば特定の行動を無意識に介入して植え付けるだけで良い。無差別に複数の人間を集めるならば有効な方法だ。広域に用いれば相応の魔力も必要になるだろう。センサーの条件にも一致する。


「もう少し泳がせるか……」


 そう呟くと瀬砂は、絵麗菜から少し離れた。強化された自分の視力で見える範囲に入るよう距離を調整して、彼女の歩き方を真似しながら歩く。

 人を誘導したなら、何らかの目的があるはずである。ならば彼らの集合場所に行けば術者に会えるかも知れない。身体をゆらゆらと揺らしながら、瀬砂は郊外に続く道へと入った……。



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