表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

生死不明

作者: 川崎ゆきお

 マンションの谷間に、民家が残っており、そこだけは、昔の日本家屋がある。しかも平屋だ。立ち退かなかったのではなく、この一帯の地主なのだ。

 庭は朝日と夕日がわずかに差し込む。日の当たっている樹木だけは何とか生きているが、常に日陰の庭木は成長を止めている。

 しかし、雑草は日陰でも伸びるようで、ジャングルのように生い茂り、花も咲けばチョウチョも来る。だが、ヤブ蚊のほうが悩ましい。そのヤブ蚊が嫌で、主は庭の手入れをしない。

「また、お邪魔しますよ」

 近くのマンションに住む増村が庭に現れる。

「幽霊じゃないのかね」

「冗談を、まだ楽は出来ませんよ」

「あっちの方が、楽なのかい」

「極楽でしょ、あっちは」

「そう決まったわけじゃない。地獄かもしれんぞ。それはそうと、最近見かけないねえ。散歩はよしたか」

「それなんですよ。ご隠居」

「あんたもご隠居じゃないか」

「そんな身分じゃないよ。私は」

「で、他に行くところでも見つけたのかい」

「いや、そうじゃない。おっくうになってね。散歩も」

「それは、またどうして」

「眠いんだよ」

「ほう」

「食べた後ねえ。眠いんだよ」

「調子でも悪いのかい」

「悪くはない。眠いんだ」

「眠り病かね」

「そんな病気、あるのかい」

「どんな具合だ」

「食べた後、眠くて、散歩に行きたくなくなる。このまま寝てしまいたい。それで、ここに寄るのも久しぶりなんだ」

「食べたあとは眠いさ。誰だって」

「そうかなあ、以前はそんなこと、なかった。食べるとすぐ散歩に出かけたよ。ところが最近は、そうじゃない。動きたくなくなる。それで、出かけなくなった」

「眠いほうが優先なんだね。散歩よりも」

「そうなんだ。これじゃますます外に出る機会が減る。あんた、そんなことないかい」

「あるよ。ずっと前からだ。だからずっとうちにいるよ。食べたらすぐに横になる。そのまま寝てしまうときもあるね。昼寝じゃなく、朝、食べた後、また寝てしまうこともあるよ」

「体に悪いよ」

「いや、散歩に出るほうが体に悪いんだ。体を動かすだけなら、家んなかでも出来るさ。外に出る必要はない。歩きたけりゃ、家の中でうろうろすりゃいいんだよ」

「じゃ、あたしの場合、散歩はどうなるんだい。散歩に出たいよ。こうして、ここにも寄りたいしさ」

「そりゃ、好きなようにすりゃ、いいさ」

「そうだね」

「ちょっと考えるんだけどね」

「何だい」

「あたらしら、もう冥土にいるんじゃないだろうねえ」

「まさかぁ」

「いやいや、二人とも、もうあっちへ行ってるから分からないだけでさ」

「脅かすなよ」

「あんた、若い人と会ったことあるかい」

「ああ、どうだったかなあ」

「娘や孫と最近会ったかい」

「そういや……」

 チャイムが鳴る。

「あ、客だよ。じゃ、あたしゃ、失礼する」

 増村は雑草を踏み分けながら、庭から出て行った。

 主は、玄関に向かう。

「こんにちは、新聞屋です。近くにオープンしましたから、ご挨拶に伺いました」

 主は玄関戸を開ける。

 そこにまだ二十歳代の青年が立っていた。

「ひと月だけでもとってもらえませんか」

「君は、交通事故で、死ななかったかい」

「えっ」

 

   了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ