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15歳。  作者: 月森優月
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第9章 他人同士。


 直史の手にあるシャーペンを無言で見ている里恵の目は、大きく見開かれていた。怯えているように見える。


「なあ、教えてくれよ。どうして今井のシャーペンがあそこに落ちていたんだ? 野次馬、っていうのは嘘だよな。だって、それならすぐ気付いて拾うはずだ。移動教室もないのに筆箱から落ちた、っていうのも有り得ない。多分制服のポケットから落ちたんだろう。よほど急いでなければ、落ちることはない、そうだよな? 今井」


 直史はすがるような目つきで里恵を見ていた。里恵は足元に視線を落とし何か言おうと口を開くが、返す言葉が見つからなかったのだろう、再び口を閉じた。直史は無理矢理里恵の手にシャーペンを握らせた。


 里恵は無言でシャーペンを目線の位置まで持ってきてまっすぐと見つめる。明は戸惑って何も言えなかったし、何も考えられなかった。隣の直史の顔をうかがうと、切実な眼差しを里恵に向けていて、やはり否定してほしかったのだろう、本人の口から。 


「疑っている訳じゃないんだよ。ただ、今井の口から真実を語ってほしいんだ。ちゃんと、説明してほしいんだ。事故が起きた時、今井は杉沢のそばにいた。違うか?」


 里恵は顔を上げる。直史と目が合うと、切羽詰まった顔から一変、観念したかのようなあきらめの表情になった。


「そうだよ」


 うなるような声で認める。


「でも」


 すうっと息を吸うと、一息で言った。


「アタシは杉沢を落としたりなんかしてにいない。あの事故と関係ないのかっつったら嘘になるけど、何もやっていないんだ」


 明は無言で彼女を見つめる。里恵と直史は小さい頃から知っている、きっと仲も良かったのだろう。自分が発言するところではない、そう思っていた。


「そうか」


 直史が言った。


「分かった。じゃあ、これ以上は何も聞かない」


 明はびっくりした。まだ、分からないことはたくさんある、なのにこれで終わり? そんな宙ぶらりんの状態でいいというのか。


「うん」


 里恵が小さく言う。


「帰ろう、江川」


 明は曖昧にうなずいた。


「じゃあな」


 と直史が短く言い里恵に背中を向けたので、明は慌てて彼女に


「またね」


 と声をかけて彼についてゆく。その時、後ろから里恵に声をかけられた。




「ねえ!」




 明と直史は振り向く。


「……また、来てくれる」


 明は一瞬嬉しくなったが、すぐに自分に言ったのではないと思い直す。――和泉に言ったんだろうな。そう思うとちょっぴり哀しくなる。


「江川さんもさ」


 里恵は白い歯を見せる。どういう意味なのか理解したとき、明はすごく嬉しくなった。だから満面の笑みを浮かべ、思い切りうなずいた。


「ここから帰れるか?」


「大丈夫、ほとんど一本道のようなものだし」


 エレベーターを降りた一階のフロアで、直史は明に言う。


「どうもな、付き合ってくれて」

「うん。でも……和泉は気にならないの? 本当のことが」


 自分は気になる。昔から、知らないことがあると明は不安になるのだ。直史は宙を見つめながら、


「そりゃ、気になるよ。でも、今井は何もしていないって言うし、信じてるから。あいつのこと」


 と言い切った。そろそろ帰ろうとした時、直史は表情を曇らせてぽつりと言った。


「何か、あったんだと思うよ。誰にも言いたくないことが」


 思いつめた顔で、うん、とうなずく。ただ、何があったのか分からないと、生ぬるい水のような不安が胸に押し寄せてきて、たまらず直史に聞いた。


「和泉は、このままでいいと思ってるの? 知らないままで」

「俺は逆に、このまま知らない方が良いと思う。というか、知りたくない」

「何で!?」


 明は思わず大声を出した。


「今井自身が誰にも知られたくないことなんだから、知らない方が幸せだと思うし、聞きたくない。……俺は、あいつの苦しみまで背負いたくはないんだよ」

「そんなのって……」


 しかし続く言葉がなかなか出て来なくて明は目を伏せ、コンクリートとの床にある直史の大きなスニーカーをじっとにらむ。里恵を気遣って聞かなかった訳じゃない、直史は知るのが怖かったんだ。知ってしまったら、彼女が感じたであろう負の感情が自分の心にも流れてきてしまうから。


 その内やっと湧き上がって来た感情を表す言葉が見つかり、彼と目を合わせると鋭く言い放った。


「そんなのって、自分勝手だよ……!」

「そんなものさ。所詮他人だし」


 直史がため息まじりに言う。別れの言葉も交わさず、明は逃げるようにマンションを飛び出した。 


 ――明日は敵になっているかも分からない人と喋って、遊んで、それらはあまりにも刹那的で無駄なこと、でもそんなものなのかもしれない、と人生に見切りをつけ始めていた明にとって、直史と里恵の関係はある意味衝撃的だったのだ。派閥も何もなく、天真爛漫に遊んでいた子供の頃に知り合った彼と彼女は、例え何十年も話さなくても、深い絆で結ばれていると思っていた、けれど。


「結局、他人同士なんだ」


 屋上で見たものと変わらない青い空を仰ぎ見ながら、明はつぶやいた。



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