第81章 残りわずか。
中学三年生には、受験以外にもう一つの大きなイベントがある。
卒業。
卒業したら皆ばらばらになって、会うことも少なくなって、いずれは繋がりが消えてしまうことが多いだろう。それはとても寂しいこと。自分はそんな風にならないようにしたいと思った。でも、そうやって阻止するのは簡単なことではないだろうとも思っていた。
卒業式までの時間は残りわずかしかなかった。その間、明たちは沢山の会話をした。
ある日の会話。
「色々あった、一年だったよな」
そう言った里恵が飲むのは、アイスココア。場所はいつもの屋上だ。もう四月なので、暖かい風が髪の毛をさらう。
「……ごめん」
「ああ、違う違う。あのことは斐羅のせいじゃないから」
俯く斐羅に慌てて言葉を発する里恵。それは、明も忘れかけていた事件。杉沢は今も、学校には戻ってきていない。勿論、クボタも。
「私も、ごめん。もっと早くに、気付いてあげてればよかったのに。斐羅ちゃんも、ごめん。私のせいで、斐羅ちゃん刺されちゃって……」
私も改めて謝罪する。二人はほぼ同時に首を振った。
「親友たちに話さなかったアタシが悪いんだよ。こっちこそ、隠しててごめんな」
里恵が頭を下げた。そのとき、ちらりと丸く毛が抜けているところがあるのに気付いた。
「里恵、てっぺんの方、髪が……」
「ああ、ただの円形脱毛症だよ」
「……杉沢のことで」
「まあな」
軽い口調で話し、くすりと笑う里恵を直視出来なかった。やっぱり、心の傷は深いのだろう。明は杉沢を憎んだ。あんな奴、一生少年院にいればいい。
「明ちゃん。私も、明ちゃんが私に謝る必要はないよ。……ね?」
斐羅は私の手を握った。七分袖の服から見える手首には、リストバンドがはめられていた。斐羅は夏でも長袖を着ていて、決して手首を出すことはなかったのに。明の視線を感じたのか、斐羅はちょっと笑って、
「私は、この傷と向かい合って生きていこうと思う。このリストバンドを見て、リストカットをしたことがあるんだなと思った人が、狂ってるとか、かまってちゃんだとか、そういう目で見てきても、気にしないことにした。だって私には大切な友達がいるから。特に、この三人がいるから」
「斐羅ちゃん……強くなったね」
「ありがとう。……でもね」
斐羅の表情が曇る。
「ん? どうした?」
里恵が心配そうに声をかける。
「いつかまた、切りたくなるときが来るかもしれない。そして、実行してしまうかもしれない。……そうなっても、私のこと見捨てないでくれる?」
斐羅は不安げな表情だ。里恵は、フェンスに寄りかかっていた身体を起こし、斐羅の髪を梳き、
「当たり前だろ」
と言った。明と直史も頷いた。斐羅は俯いて顔を隠しながら、「ありがと」と震える声で言った。
「俺たち、少しは大人になれたかな?」
直史が言った。
「なれたよ。絶対」
「思えば、江川が俺たちの仲間になってくれたから、皆、変わることが出来たんだよな。ありがとな、江川」
「えっ……そんなこと……」
「確かにそうだな。アタシの見る目は間違っていなかったぜ」
「明ちゃんって、すごい人だったんだね」
自分の顔が赤くなるのを感じた。皆に背を向け、上がってゆく心拍数を抑える為に、冷静になれと言い聞かせる。
「その、私もだから! 私も、皆のおかげで随分変われたし、本当、皆には感謝してるっていうか……」
そのとき、背中を強く叩かれた。振り向くと、やはりこいつが犯人かと思う明。
「ばーか、何もじもじしてるんだよ!」
「ばーかって酷いなあ……」
明は口を尖らせた。
「皆のおかげで、皆が変われた。それでOKだろ?」
「OKだな」
直史が指で輪っかを作った。
「卒業式終わったら、ここに集まろう」
斐羅の提案に皆は賛成した。
卒業式は、もう明日だ。