第80章 合格発表。
ついに今日、合格発表の日が訪れた。どんよりとした雨雲は、敏感になった明の不安を掻き立てる。斐羅と一緒に結果発表を見に行くことにした。
「斐羅ちゃん、私、怖い」
「私も」
高校の掲示板の前には沢山の人が集まっている。中には哀しそうに泣きながら携帯を持っている人もいた。お願い。受かっていて。
掲示板に近付き、自分の受験番号を探す。
「……あった!」
そう言ったのは斐羅だった。
「私、受かった」
明はよかったねと言いたかったが、自分の番号を見つけるまでその言葉をかける余裕がない。必死に数字を目でなぞる。
「……あ」
明は間抜けな声を出した。
「受かった……」
明の受験番号は確かにそこに書いてあった。口にすると、にやりと笑みが零れてきた。
「よかった! やったね!」
斐羅が明に抱きついてきた。明はその柔らかい身体を抱きしめた。やっと、苦労が実った。少し先の未来が決定した。嬉しくて、思わず泣いてしまいそうだった。
「里恵たちは、どうだろう」
明が言うと、斐羅は少し不安な表情になって、
「結果を見たら屋上に集合するように約束してる。電話だけじゃ、落ちてた場合感情を伝えきれないから」
そうか。明と斐羅はもう一度しっかり抱き合ったあと、自転車に乗った。
屋上には直史がいた。
「あ、なおくん」
「おう」
直史は笑っていたが、合格したからの笑顔なのか、落ちて哀しいのを誤魔化す為の笑顔なのか、明には判断がつかなかった。
「お前ら、どうだった?」
「受かったよ。二人とも」
斐羅はにっこり笑って言ったあと、真顔になり、
「……なおくんは?」
と訊いた。
「俺が落ちると思うか?」
「思う」
「江川、お前は里恵に毒されている。縁を切った方がいい」
冗談を言っているところを見るともしかして……。
「受かっ、た?」
「勿論」
直史が白い歯を見せた。すると斐羅は直史の肩に触れ、
「よかったね」
と言った。
「あとは、今井か」
「里恵か……」
そう話していると、屋上の扉が開いた。
「里恵!」
近付いてくる里恵。目が赤い。明は最悪の結果を想像してしまった。
「……はは」
突然里恵が笑い出す。
「受かっちまった!」
里恵は大声で言った。直史と斐羅の顔が明るくなる。明は里恵の背中を叩き、
「さっすが!」
と言った。
「お前らは?」
「受かったよ、全員」
明がピースしながら言った。すると里恵は、
「やったぜ!」
と言って皆とハイタッチした。皆が受かるという夢は、今、現実になった。新しい世界が、全員の前に広がっている。それは進むべき道への別れをも意味していたが、今の自分たちならそれを乗り越えていける、明はそう思っていた。
「今日は祝杯だ!」
「里恵、未成年未成年」
斐羅が苦笑しながら突っ込みを入れる。普段通りのやり取りを見るのが、こんなに嬉しくて愛おしい。こんな時間がずっと続けばいいと明は思った。卒業後も、ずっと。
学校へ行ってナツキと紀子に会った。ナツキの顔色は明らかに悪く、紀子は少し困ったような笑みを浮かべ、明に言った。
「私は受かったけど、ナツキは落ちちゃった」
明は眉をひそめ、
「雨が降ったあとには虹が出るんだよ」
とナツキを励ました。ナツキは微かに笑って、
「ありがと。明は?」
と訊いてきた。
「受かったよ」
「よかったね」
ナツキが力のない声で言う。彼女が立ち直るまで時間はかかるだろうが、出来る限り支えていきたいと明は思っていた。こんな自分でも元気を分けることが出来たらいいと。
「ナツキ、ごめんね、何か」
紀子が言った。
「謝んないでよ。紀子、何も悪くないから。あーあ、二人とも羨ましいぞう」
そう笑って言うナツキはどう見ても無理をしていそうで、明は、何も言わず彼女を抱きしめた。ナツキは静かに泣き出した。哀しいのは痛いほど分かる。ナツキの背中を撫でていたそのとき、明の頭に何かが触れた。
「こういうときの友達だろ」
そう言った里恵は、明とナツキの頭の上に手を置いていた。
「ナツキもさ、明もさ、無理すんな。哀しいときは泣いたっていいし、嬉しいときは素直に喜んでいいんだよ」
「……ありがと、里恵」
ナツキは微笑んだ。
「急がば回れ、だろ?」
「里恵、そんな学のある言葉知ってたんだ」
紀子の言葉に、
「お前に呪いのチェーンメール送るわ」
と言う里恵であった。
こうして、明たちの受験と言う名の戦いが終わった。




