第77章 閉鎖病棟。
一月一日、一年の始まりの日。まだ朝日昇らないうちに、明、里恵、直史は神社へ行った。
「斐羅ちゃんも来れたらよかったのにね」
「そうだなあ。外出くらい、いいじゃんな」
明と斐羅の会話を、直史は眉間に皺を寄せながら無言で聞いていた。里恵もそれに気付き、
「直史さ、お前も隠し事するの下手だな」
「か、隠し事なんてしてねえよ」
「まあ、斐羅のように上手すぎても困るけどな。アタシは気付けなかった。リスカしていたのも、あんなに虐待されていたのも」
「……その話、なんだけど」
直史は重そうに口を開く。
「何?」
「安藤、入院してるよ」
「え、知ってるけど?」
「違う」
里恵は明と目を合わせ、首を傾げた。
「何だよ。はっきり言えよ」
「……閉鎖病棟」
「……!」
里恵は目を丸くしたあと、言う言葉探しているのだろうか、視線を宙に泳がした。
「ね、閉鎖病棟って?」
明にはその意味が分からなかった。
「……ああ、ちょっと具合がかんばしくなくて隔離されているんだよ」
直史は頭を掻きながら言った。
「そんなに悪いの?」
「大丈夫だよ。今月中には戻ってくるさ。さあ、合格祈願しようぜ」
そう言って直史は賽銭箱の方へ歩いて行った。里恵もあとへ続く。明も仕方なく二人の元へと向かった。
五円玉を入れ、鈴を鳴らす。
「友達皆が受験に受かりますように。ただし、明以外」
と言った。
「ストップ、ストップ! それ、洒落にならないって! 本当に願いが叶っちゃったらどうするのさ!」
「仕事をすればいい。そして、アタシと一緒に暮らすんだよ」
「……え?」
「アタシ、いつかは皆で一緒に暮らしたい」
明と直史は里恵の顔を見た。いきなり、何を言い出すのだろう。
「でも、斐羅と直史は両想いだから、アタシたちがいたらお邪魔じゃん。夜とか、ね」
「……ふざけないでくれます? 今井さん」
直史が低い声を出して里恵を睨んだ。
「まさか、まだエッチしてないとか言わないよな?」
「その前に、付き合っていないし」
と、直史。
「ええっ、まだ付き合ってねえの? 早くしないと他の男に盗られちゃうぜ」
「でも……」
「お前が支えてやれよ。斐羅には、お前が必要なんだよ」
里恵ははっきりと言った。
「分かったよ……つーか、安藤を意識し始めたのが入院してからなのに、どうやったらお前が言ったような行為に及ぶんだよ」
「病院の中で」
「ばーか」
直史は里恵の頭を小突いた。微笑ましい光景だ。全員賽銭を入れて手を合わせ終わると、絵馬に願い事を書くことにした。明の願い事は、『友達とずっと仲良く出来ますように』。
「りーえー、何書いてるのー?」
明は里恵の書いている絵馬を覗き込んだ。
「皆と一生友達でいられますように……か。私と同じこと書いてる」
明は笑った。里恵は照れくさそうに頬を掻いた。
「おい、直史。お前のも見せてみろよ」
「あ、やめっ……」
直史の抵抗も虚しく、里恵は絵馬を取り上げた。明もそれを見る。そこに書いてあった言葉は、
『安藤が元気になりますように』
里恵はふっと笑った。
「元気になってくれるといいな」
「ねえ、斐羅ちゃん本当は凄く悪いんじゃない?」
明は不安になった。
「精神科だよ」
「えっ?」
「精神科の閉鎖病棟。外には一切出られない。窓には鉄格子。安藤の傷痕を見た母親が無理やり入れたらしい」
直史が説明する。
「だって……斐羅ちゃん三学期になったら学校行くって。高校にも行くって。本当に、今月中に退院出来るの?」
不安が増大してゆく。頑張っているところに、そんなところに閉じ込められて、酷い話だと思った。
「斐羅なら大丈夫だよ。明。大丈夫」
里恵にそう言われても、不安は消えなかった。直史に他人は面会することすら出来ないことを聞き、明は途方に暮れた。空を見上げると、黒雲が立ち込めていた。