第75章 立派な子。
今日はいよいよ、里恵が家に来る日だ。明のいるマンションはこの辺りでは一番高いので、口で説明しただけで里恵は場所を分かってくれた。
インターフォンが鳴る。
「はい」
「アタシ」
「分かった。今開ける」
マンションの入口のドアの開ける。これから、里恵が来る。どうか、好印象でありますように。ドアがノックされた。明が出ようとすると、母親が、
「私が出るわ」
と言って玄関に向かってしまった。明も慌ててあとを追う。
「あら、いらっしゃい」
「初めまして、今井里恵です」
里恵がぺこりと頭を下げるのが目に入った。
「噂は聞いているわ」
母親の言葉には悪意を感じた。
「あはは、そうですか」
里恵は笑っていたが、母親の言葉の深意は分かっているだろう。
「上がって」
「ありがとうございます、お邪魔します」
里恵は靴を脱ぎ、几帳面に揃えた。
「私、ちょっと今井さんとお話ししたいの。リビングへ来てくれる」
「はい」
里恵は私の顔を見ると「よっ」と手を上げ、脇をすり抜けてリビングへ向かった。明もあとへ続く。
「今井さん、耳に穴あけてるでしょう」
母親がソファに座るなり言った。確かに、髪の間からちらりと覗く耳たぶには穴があいている。
「ああ、前はピアスしていたので」
「穴をあけるのは校則違反でしょ?」
全く、お母さんは人のあらをつくのが得意だ。明はため息を吐いた。
「アタシ、不真面目でしたから」
里恵はそう言って笑ったあと、真顔になり、
「でも、今は違います」
と口にした。
「髪、黒くしました。学校にもちゃんと行くようになりました」
確かに、十二月に里恵は一度も学校を休まなかった。
「中身はどうなの? 変わったの?」
「明が、アタシを変えさせてくれました」
「明が?」
「はい。明は凄い子ですよ。他人のことを思いやる、優しい女の子です」
里恵はいつだって素直だ。決してお世辞なんかではないだろう。明は照れてしまった。
「私、優しくなんかなかった。他人に合わせて、ただ、皆に嫌われるのが怖かっただけ」
と言う明。
「それだけ、明は人を好きなんだよ」
里恵が言った。里恵の、何でもポジティブに捉えるところが明は好きだ。
「お母さん。私が変わった一番の理由は、里恵と出会ったからなんだよ」
「どうして変われたの?」
母親が問う。
「里恵の他人に媚びないところ。自分をしっかり持っているところ。里恵は私の憧れの存在なの」
明の言葉に母親は黙り、何かを考え込んでいる様子だった。
「アタシ、高校生になったら勉強頑張ります。規則も守ります。そして、将来カウンセラーになるんです」
人は夢を語るとき、真剣な顔になるのだと、里恵、斐羅、直史を見て思った。
「ごめんなさい、今井さん」
母親は突然謝った。
「私、誤解してたわ。今だけの快楽を求め、格好つけて非行を繰り返している人だと思ってた。そうじゃなかったのね」
「アタシは、明と一生付き合っていきたいんです。明は、大切な親友だから」
里恵にまで親友と言われて、明は嬉しかった。こんなに、自分を大切に思ってくれている人がいる。自分は、幸せ者なんだ。
「もういいわ。今井さん、明の部屋はリビング出て右だから先に入ってて」
「分かりました」
里恵がそう言ってリビングを出て行ったあと、母親が口を開いた。
「明、これからも今井さんに付き合ってもらいなさい」
「……いいの?」
「彼女は、立派な子だわ」
母親は、里恵を認めてくれた。明は満面の笑みを浮かべ、
「お母さん、ありがとう!」
と言った。あとは斐羅が学校に行けるようになるのを、勉強を頑張りつつ祈るばかりだ。