第74章 変わりたい。
「斐羅ちゃん、おはよう」
「おはよう。……?」
斐羅は明の後ろにいる人物に驚いた様子だった。
「初めまして、安藤さん。明の母です」
母親はにこりともせずに言った。
「あ、初めまして」
斐羅の困惑した様子が見てとれる。
「何かお母さんが斐羅ちゃんに会ってみたいって言うから」
「ごめんなさいね、突然。明の付き合ってるお友達と話してみたくって」
「あ、いえ。わざわざお越し頂き、ありがとうございます」
「怪我はどう?」
「はい、まだ痛みますけど、大丈夫です」
斐羅の声は固く、緊張しているようだった。
「安藤さん、不登校なんですって?」
「お母さん」
明は母親を睨んだ。いきなりデリケートな部分に触れるなと思った。
「あ、はい……」
「怠けているの?」
「怠けているというか……人間関係が上手くいかなくて」
「そんなんで逃げてるようじゃ、この先やっていけないわよ?」
「……そうですよね」
斐羅は目を伏せた。
「あなたはこれからどうするつもりなの?」
「……高校に行って、夢を叶えたいです」
「夢?」
「児童福祉士になりたいんです」
「えっ」
明は驚いて声を出した。
「斐羅ちゃん、児童福祉士になりたいの?」
「うん。恥ずかしくて皆には黙ってたけど……」
「何で恥ずかしいの? 立派な夢じゃない」
「安藤さん、どうして児童福祉士になりたいの?」
母親が訊いた。
「私、父に虐待されていたんです。だから、同じような思いをしている子どもを救いたいと思って」
斐羅はまっすぐ前を見つめながら言った。
「私、不登校で心も弱くてどうしようもない人間だけど、子どもたちの為に何かがしたいんです。少しでも力になりたいんです」
「そうなの……」
母親は斐羅の語気を強めた口調に押されているようだった。
「斐羅ちゃん、凄い。私、応援してるよ」
「ありがとう」
斐羅ははにかんだ。
「でも、結局三学期も学校に行かないつもりなんでしょう?」
「行けば、認めてくれますか」
「え?」
「行けば、明ちゃんと付き合うことを許してくれますか」
斐羅は母親が明に付いて来た本当の理由に気付いているようだった。彼女の勘の良さに感心する。
「ええ……そうね。それくらい勇気のある子だったら、私は安藤さんを認めるわ」
「分かりました」
「斐羅ちゃん、そんな無理しないんでいいんだよ」
明は思わず言った。まさか、自分の為に学校に行くと言うなど思いもしなかった。
「大丈夫。元々、行くつもりだったから」
「斐羅ちゃん……」
斐羅は二学期が始まったとき、学校に行こうとした。しかしそれは失敗に終わり、彼女は自分の腕を……。
「もう嫌なの。朝を重い気持ちで迎えて、先生からの電話にビクビクしているのは。私も、変わりたい。明ちゃんや里恵、なおくんのように」
斐羅はきっぱりと言った。
「そう……じゃあ、三学期になって退院したときを楽しみにしているわ」
母親が言った。そして、母親は病室を出て行った。
「明ちゃん、ごめんね」
明が言った。
「ううん。明ちゃんのお母さんは、きっと明ちゃんのことを大切に思っているんだよ。だから、本当は私なんかと付き合っちゃいけないんだよ」
「そんなことない!」
明は声を大にして言った。
「私、斐羅ちゃんと出会えて本当によかったと思ってる。斐羅ちゃんと出会えていなかったら、人を思いやる気持ちなんてないままだった」
明は斐羅の手を握った。
「大好きだよ、斐羅ちゃん」
そう言うと、斐羅の目が涙ぐんだ。それを隠すかのように下を向いて、
「ありがとう。私も、明ちゃんのこと大好き。……親友だよ」
今まで、里恵と斐羅との間には絶対的な信頼関係があり、そこにはどう頑張ったって及ばないと思っていた。二人の仲のよさには勝てないと感じていた。それが、実は寂しくもあった。でも、斐羅は自分のことを親友だと言ってくれた。里恵と斐羅、どちらの方が大切かと訊かれても答えることは出来ない。自分も、里恵と肩を並べられるようになったのだろうか。そう思うと嬉しくなって、明は微笑んだ。
家に帰ると、母親が言った。
「あの子は思っていたより強い子かもしれないわね」
「斐羅ちゃん?」
「あの子の瞳。まっすぐ前を向いていた。未来を見つめていたわ」
「お母さん……」
母親も斐羅のことを分かってくれたのだろうか。
「でも、本番は三学期よ。それで、私が認めるか認めないか決めるから」
「お母さんって、本当自分勝手」
明は思わず毒づいた。
「あなたも、親になれば分かるわよ」
斐羅の言う通り、自分のことを大切に思っているが故の言葉なのだろうか。それでも、大切な友達をあんな風に言われた怒りは消えなかった。近いうち、里恵を家に招待しよう。口の悪い彼女だから少し心配ではあったが、斐羅の母親に対する口の効き方を思い出して、大丈夫だろうと思うことにした。




